たぶん、シャドーロールの怪物?   作:はー!

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第2話

春――――。

東京府中市にある「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」(通称トレセン学園)には毎年数多くの新入生が明るい未来への期待と同時に不安を胸に抱えて校門を潜る。

 

 

広大な学園の敷地内は、校舎の真正面に噴水が設えられ、欧州風の建築をした建物と青い屋根が特徴的な本校舎の尖塔が遠くからでも目立って見えた。

 

 

校舎に続く道の両側には桜が群青色の空へと、精一杯に咲き誇っている。

 

 

新入生のウマ娘たちが次々と正面玄関へと向かう中、群衆の流れに逆らうように一人の男が足早に進む。

無精ひげを生やし、淀んだ目とやつれた顔つきは、幽霊と形容できるほど生気に欠けていた。

 

彼の名を、大滝耕作と言った。

 

ヨレヨレのカッターシャツ、古い濃紺のスラックス、履き潰した革靴。一見してホームレスのような外見の彼は、一応、学園のトレーナーライセンスを持つ関係者であった。

 

周囲の生徒たちは、異様な雰囲気を漂わせる彼と誰一人目を合わせず、顔を逸らしながら通過した。

(あぁ、またこの時期か……。)

 口をもごもご動かし、銜えていた禁煙パイポを上下に揺らす。

「――嫌だねぇ」

 出会いの季節である筈の春を耕作は毎年、憂鬱な気持ちで迎える。

 ズボンの右ポケットに手を入れ、ストップウォッチを取り出す。

 デジタル数字の「0」が並ぶ画面を眺めながら、耕作は盛大に溜息をつく。

 「一秒…………コンマ一秒ねぇ」皮肉っぽく口端を曲げ、首を横に振る。

 そして、今通り過ぎた新入生のウマ娘たちの後ろ姿と――脚部を一瞥した。

 

 (どれだけの奴が、半年以内に消えるんだろうな)

 暗く淀んだ目をした耕作は、これから新人ウマ娘たちがブチ当たる壁について思いを巡らせた。

 周りのレベルの高さに挫折する者、怪我により選手生命を絶たれる者、レースへの気力を失い自ら辞める者――そして、成績不振によって辞める者。

 本来、彼女たちウマ娘は「速く走りたい、レースに勝ちたい」という原始的な欲求を持って生まれる。普通の人間とは異なる体を持ち、恵まれた容姿で人々の注目を集める存在。

そんな彼女たちを絶望の淵へと追いやるのもまた、その「レース」だった。

 

 「今日だけだ……せめて、今日くらいは楽しめよ」

 耕作は、楽し気な表情を浮かべる新入生のウマ娘たちに複雑な感情を抱きながら、頭を前に戻して歩く。

 

 

 ふと、突風が桜並木を揺らして漣のように枝が騒がしく鳴る。

 

 桜の淡い花弁が風に浚われ、サラサラと視界の端を流れた。

 「ちっ、毎年毎年なんなんだ」

 手で花弁を振り払って舌打ちをする。……春に桜は咲くのに、どうして世間の人々は『お花見』など、ワケの分からないお祭り騒ぎをしたがるのだろう? 耕作は苛立ちながら朝食を買い足しに歩調を速める。

 

 

 ……――いつまでも、美しく咲き誇る花などない様に、いつまでも輝き続けるウマ娘などいない。

 

 ピタリ、と耕作の目の上に桜の花弁が貼りついた。

 「だから俺は桜が嫌なんだよ……」

 ボヤきながら顔を荒く手で払った。目を再び開く。

 開けた視界は、春の穏やかな陽気を湛えた風景を映した。

 

 ――――その時だった。

 

 

 僅かな距離の向こうに、古い桜木を見上げる一つの影があった。

 一瞬、独立した影だと錯覚した――しかし、見間違いだった。

 あれはウマ娘だ。

 彼女は、漆黒のような髪を自然の風に靡かせたまま、右の掌に落ちた淡いピンクの花弁を眺めている。

 鼻筋の通った顔だちと、シャープな輪郭は単純な美しさだけでなく、意志の強さまで感じさせた。

 だが、彼女の印象で言えば皆口を揃えて「綺麗だ」と褒め称えるのだろう。凛とした佇まいを感じさせる。

 後ろ髪を飾り紐で束ねた黒髪のウマ娘は、金色の瞳をした涼やかな目元で、何かを考えている様子だった。

 

 (――なんだ、ありゃ)

 

 ゾワッ、と耕作の背筋に悪寒のようなものが走った。

 

 今までのトレーナー生活でもお目にかかった事がない程、均整のとれた肉体と、静かに溢れ出る強者のオーラを纏っていた。

 

 

 耕作の視線に気が付いたのか、考え事をしていたウマ娘は、顎を上げて耕作の方角へと向く。

 

 

 美しいラインの眉は、不審な相手を一瞥して眉間に皺が寄る。

 『なんだ?』

 遠くからでも、彼女の口の動きで意味が解った。

 ササッ、と桜花弁の紗幕が再び、両者を隔てた。

 大滝耕作とナリタブライアンの初めての邂逅であった。

 

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