たぶん、シャドーロールの怪物? 作:はー!
――何かが満たされない。
ずっと、ずっとそんな気持ちが私の中で
『君の素質は十分なのに、どうして最後まで力を発揮することができないんだ? ―― ブライアン』
昔、所属していたレース教室の教官に言われた言葉だった。
私の走りに文句をつけるのは、いつも私に「期待」する連中だった。そして、その期待を悉く私は裏切る。
私の走りに勝手に期待しておいて、勝手に絶望して見放す。
そして、私の前から居なくなる。
走るのが苦痛になったのはいつの頃からだろう?
レースをするたびに、どこか景色が色褪せてゆく。そして「一番」から遠い着順に落ち着く。身体疲労とは異なる疲労感。周囲との疎外感。虚無感。
レースが息苦しい。
いつもそうだ…………私が本気を出そうとする時、何か〝違和感〟を覚えてしまう。自然と体から力が抜けるような感覚と、足が急速に萎えて次第に周囲のスピードが遅くなるのが理解できた。
いつも歯がゆい気持ちでレースを終える。
トレセン学園に通う姉、ビワハヤヒデを追いかけて私も学園に入学した。
幼い頃は姉と共に自由に走りまわって遊んでいた。子供の時は、走る事に違和感なんて一つも覚えなかった。
どこまでも自由に、どこまでも楽しく走ることができた。
姉曰く、私の走りがおかしくなった原因は『イップス』らしい。
そのイップスが原因なのかは分からない――けれども、トレセン学園に入学する際の受験でも大したタイムを残せなかったにも関わらず、私の潜在能力に対する期待を込めて、学園側は合格にしたらしい。
(この学園も、私に〝期待〟するのか……。)
合格の知らせと理由を聞いたとき、思わず私は苦笑いを浮かべた。
だったら、一層のこと全部裏切ってしまえばいい。
半ばヤケになった気持ちで私は、学園の門を潜った。
学校の敷地内に咲き誇る立派な桜の木々から流れる桜の雨を眺めながら、私は憂鬱な気分が更に募った。
――――その時だった。
一人のみすぼらしい恰好をした……まるで幽霊みたいな男が私の目の前に現れた。
私は思わず、
「なんだ?」
と、訊ねていた。
男は戸惑ったように、慌てて下手くそな笑顔を浮かべて、この場をやり過ごそうとしていた。
明かに変質者のようで、私はなるべく関わらないように無言で彼の隣を通り過ぎた。
――――だが、入学式の最中も、妙に印象に残るあの男の目を思い出した。
「あの男は何者だったんだ………」
濁って淀んだ目が何を考えているのか分からない。
私はあんなに、ロクでもない大人を見た事がなかった。
◇
「大滝トレーナー。聞きましたか? 野良レースが始まるみたいですよ? しかも、新入生がいきなり先輩ウマ娘に喧嘩ふっかけるみたいに挑んだらしいんですよ?」
ボブカットのウマ娘がストレッチをしながら言った。
「へぇー、血気盛んな奴がいるんだな」
ボーッと呆けた顔の大滝耕作は中庭でカラーコーンを運びながら適当に相槌をうつ。
広大なトレセン学園の敷地では許可さえ出ればどこでも練習ができる。
今日は、比較的許可の出やすい中庭で練習プログラムを行う予定だった。
「そんで、誰が走るんだ?」
コーンを等間隔で置き、簡単なコースをつくる。
「ええっと……確か新入生の、ナリタブライアンって娘で、相手がGⅠレベルの――」
「おい、それ本当か!?」
クルッ、と急に踵を返した耕作は、ボブカットのウマ娘まで詰め寄ると凄い形相で尋ねた。
「うぇええ!! はい、間違いないと思いますよ。――結構目立つ娘だから」
耕作の勢いに押されながらも、しっかりと返事をする。
「そうか……――なぁ、今日は練習プランを変更して野良レースを見に行かないか?」
「ええっ!!?」
驚きのあまりピーン、とボブカットのウマ娘の尻尾と耳が立った。
「な、いいだろ? 行こう!」
耕作は力強く、ボブカットのウマ娘の両肩に手を置いて顔を近づける。
「か、顔が近いです!! 分かりました! 分かりましたから離れて下さい!」
顔を真っ赤にしたウマ娘が、早口で了承した。