なんかこう、すごく、長くなりました。
「おーおー、丈夫な歯ぁしてんなあ、お前。実は小魚とか好きなんだろ」
からかうような気軽な声で、遊佐司狼は笑っている。虚勢などなく、本当に友人にたまたま会ったからイタズラしてみた、という感じで。
「てめえ、ガキ。死にたいか」
ベイの呟きは、殺意に濡れていた。彼は戦士気質だ。ゆえに、この手の乱入が気に食わないのだろう。
まずい───そう思った時にはもう遅く、ベイは不可視の杭を発射していた。銃弾のような速度で、威力は戦車の砲撃だ。遊佐司狼は特殊な雰囲気を持つ青年ではあるが、常人でしかない。ゆえに、喰らえば即死。かつ対処など絶望的だろう。
藤井は間に合うか。──いや、遊佐との距離も離れているし、彼が遊佐の登場に呆気に取られているうちに行われた攻撃だ。藤井が遊佐を助けられる確率は限りなく低い。
「遊佐ッ!」
私の叫び声も虚しく、遊佐は───
「………あ?」
立て続けにベイから放たれる杭、杭、杭、それらを総て、どこに撃たれるのか
これを異常事態と呼ばず、なんといおう。
これはベイの狙撃が下手というわけでも、弱いということでもない。いやむしろ、カズィクル・ベイの名を関する彼は現存の黒円卓の中では最高レベルの戦力のはずだ。
そのまま遊佐は軽い調子で、ついに藤井との合流を果たした。
「テメェ、ナニモンだ……ッ」
ぎり、と歯軋りをしてベイが睨む。私にしても、思っていることは同じだった。
「中尉もベルンちゃんもよ、ちっとばかし俺らのこと舐めすぎじゃねぇの?
なんの気負いもない、司狼の声が聞こえる。余裕そうな声、態度は変わらず、その証とでもいうように、デザートイーグルを二発、三発とベイの眉間へと叩き込んでいる。
無論、効きはしない。戦車でも持ち出さない限り、一般的な軍事兵器は軒並み向こうが出来るだけの頑丈さを、私たちは持っている。だが、正確に狙って眉間を打てる余裕がある、という事実が、一番苛立たせるのである。
「俺が何者かってそりゃあ、決まってんだろ。
通りすがりの、イケメンだよ」
眉間へと飛んだ銃弾を、ベイは握り潰した。
ここに、今宵の配役は決まる。
ベイは遊佐司狼と。
私は藤井蓮と。
示し合わせたように互いの相手を定めると、同時に地面を蹴った。
殴り、蹴り、殴られ、蹴られる。
チンピラのような格闘だったのは確かで、実に外見は不格好だったろう。だが一撃一撃が鋼鉄をもぶち抜く打撃の応酬ともなれば、戦いの次元は必然、高いものとなる。
藤井の左フックを右腕で受け止め、同時にあいつの脇腹へと左足を叩き込んでやる。お返しに繰り出した左ボディは直撃、右ストレートは躱されて反対に私の顔面に右ストレートが当たる。
速度は音速に達していて、常人には視認は不可能。ゆえに共に怪物級の対決としか写らないだろう。
だが違いは如実に、現れているものだ。
こちらの一撃に相手はふらつき、たたらを踏む。大してこちらは相手の一撃を受けてもなお全く怯まずに進み続ける。精神性というよりは、場数の違いともいうべきか。更にいえば、両人を強化しているエイヴィヒカイトの法則により、魂の保有量、そして達している位階が勝っているのも、私有利の戦局を支える要因だろう。
左アッパーが藤井の顎を捉えて、身体を吹っ飛ばす。
いつの間にか、戦場は公園から離れた橋の上になっていた。もちろん、これは私の思惑通りである。
「テメェ……」
当然、それに気付かない藤井ではない。こちらを睨みつける彼に苦笑を見せてやると、彼はいよいよ噛み付いてきそうな勢いである。
「これでも気を使ってやったんだぞ。ベイの得意分野は広範囲の殲滅だ。私たちまで巻き込まれて全滅、なんてシャレにならない。
それに、遊佐ならなんとかするだろうよ。チンピラにはチンピラをぶつけるのがいい」
「……だとしても。さっさとおまえ片してやるから来いよ」
なるほど。可愛いくらいにやる気満々なご様子である。ではそれに応えてやろう、と相手に飛び込む。それに応じて藤井が突撃。
藤井の手首を掴んでやると、橋から放り投げて川へと落としてやろうと目論む。
レオンハルトあたりならばこのまま自分も降りて派手な空中戦を繰り広げるのだろうが、私はその手の遊びはない。
橋の手すりに足を乗っけて藤井を見下ろす。
「────っ!」
「逃がすつもりはないよ。ツァラトゥストラ」
そのとき――空から黄金が落ちた。
それは桁違いの破壊光線。一撃の威力は、爆撃に等しいだろう。掠りでもすれば、今の藤井では蒸発してしまう。
ゆえに分水嶺としてくれよ。これからお前が戦うのは、そういう相手なのだと知ってもらわねばならない。
そう思いながら眺めていると、期待通り彼は体を全力でよじって光線を回避していた。本当にギリギリといったところだが、これを生き延びたのだ。私としては満足した。
「ちゃんと私に集中しろよ。でないと、遊佐より先にお前が死んでしまうだろうが。
この劇の主役は藤井、おまえなのだから」
これまでの攻撃は戦力を測るためのものゆえに。そろそろ任務を果たそう。
「まあひとまずはこの招集に応じてくれないかな。 物語が先に進まなくなってしまうだろう」
川に落ちた藤井を追うように、私も橋から飛び下りる。普通ならば水中にいる藤井に逃げ場などなく、この一撃は当たって然るべきであったが。
返ってきたのは斬撃。橋から飛んで体を縦回転させながら、かかと落としを叩き込もうとしていた私に、漆黒の刃が迫る。その軌道は私の右脚を確実に切り飛ばす軌道。
そして、空中にいる私に回避する術などない。
果たして、ダメージを負ったのは藤井の方だった。ゼロ距離から
「
それで手一杯では困る。
先んじて形成をしておいたことは褒めて然るべきだが、相手もまた可能であるという大前提を忘れた様が、今のカウンターだろう。
私が手に持つのは刃渡り一メートルほどのロングソード。これこそ、私の得物である。
「………ッ、この、野郎………ッ」
それを見て、藤井も武器を構え直した。
これより魔人同士の対決はさらなる段階へと登り、さらに激しく剣戟が飛ぶこととなる。
さて──表舞台がこのように華やかであればこそ、その舞台裏が全く何も無いということはありえない。派手な演出がある歌劇ほど、裏方はよく動いているものだ。
そして己とは裏で手を引くものと弁えるがゆえに、クリストフ──ヴァレリア・トリファはこうして、闇の聖堂に馳せ参じている。
「卿は変わらんな、聖餐杯」
厳かに、しかし滑らかで張りのある声が木霊する。
「六十年……決して短くはあるまい。我々が人として生きた年月の倍に相当する期間だろう。時代は変わり、人も変わる。通常、それが自然であると私は思うが。
卿は変わらん。微塵たりとも。正直、呆れを誘う頑迷さだ。妄執と言ってもいい。
問うが、何が卿をそうさせる?」
「さて……」
対話は、この上もなく奇妙な様相を呈していた。ここにいるのは長身の神父一人のみ。彼は無人の席に頭を垂れ畏んでいる。
一見すれば、一人芝居としか言えない状況。
だが、違う。
目に見えず、触ることも出来ないが、この聖堂には明らかに別の者が存在していた。
「仰る意味がわかりませんね、ハイドリヒ卿。臣が愚直であることは、あなたにとって不都合でしょうか?
私が変わらぬということが、問題になると。あなたは仰るのでしょうか?」
喩えるならば、それは影。
位相の異なる世界から、本体の一部を投影している。
見えぬ壁の向こう側……地獄のように渦巻く魂の混沌が。
ごく一部の干渉で、空間を波紋のように震わせて。
黄金の瞳と
「問題がある、とは言わん。だが強いて不満を挙げれば、興醒めだ。私は卿が逃げ出すと思っていた」
「これはまた」
「カールと賭けをしていてな。それに負けたというのが一点。加え、いつの頃か、私の予想はことごとく外れるようになってきた。
ゆえに、まるで先が読めぬが、そのこと自体は別よい。だが……」
「結果が既知であれば話は別だと……なるほど、心中お察し申し上げます。
私はあなたを、楽しまることが出来ていないということですね。
ご期待に添えず申し訳ございません。とはいえ、ハイドリヒ卿。それも詮無きことでありましょう。私ごとき卑賎の身ではゲットーは破れません。
そしてだからこそ、副首領閣下とその代替が必要なのではありませんかな」
「然り──確かにその通りだ」
かの者こそ、この戦に必要な御敵。あれなくして、願いの成就は叶わない。
会話は続く。カールと呼ばれた副首領について、この儀式について、団員について、主の問いに、神父は頭を垂れて答えていった。
聖堂に響き渡る笑い声に呼応して、尋常ならざる霊的圧力が周囲を覆う。獣にとっては愛玩動物を撫でるが如き程度だが、跪く神父にとっては巨人の手がのしかかっているのと変わらない。
しかし神父自身、この圧倒的力量差には慣れているのだろう。常人ならば恐慌必至、悪くすれば脳障害する起こしかねない圧力の中でも、柳に風と受け流すだけの心的余裕は持っていた。
「それでは、閣下。引き続き私に指揮を任せてくださると解釈してよろしいのですね?」
「言ったであろう。卿の手並みが面白ければ、あるいはそのまま最後まで……というのもありえるだろうよ。
だが、そうだな……」
言葉の途中で、不意にからかうような、悪戯けな間が開いた。訝しりつつも面をあげない神父に対して獣は一言。
「一つ賭けをしてみるか」
「賭け?」
「そう、件の代替、その出来よ。卿は現状、どう見ている?」
「さて………」
予期せぬ問いというわけではない。あの少年に関わることは全て報告する必要がある。神父は率直に事実を伝えた。
「よく言えば順調、……悪く言えば予定調和と言うべきですか。今のまま事が進めばこちらの脱落者はせいぜいがニ、三人。副首領閣下の手際にしては落とし所が真っ当すぎるやもしれません」
「つまり、私には届かぬと?」
「御身どころか、この
神父はため息混じりにそう語り、ゆえに以降も自分一人で事足りると締め括った。
件の少年は弱くない。だがあの程度では、ここから先たかが知れているだろう。黒円卓全体で見れば、実に平均的なレベルにすぎない。
そしてだからこそ、続く獣の台詞に神父は耳を疑った。
「一度だけ、私が出よう」
「───────」
この怪物が、自ら動く。それがどんな事態を招くか、理解できない神父ではない。
「………ご冗談を」
「そう思うか?」
楽しげに笑う獣の気配。彼の気配は未だ幻影にすぎず、こちらに干渉できるのは、本体の数十分の一以下である。
だがしかし、それでも危険だ。現段階の少年ではおそらく対峙しただけで魂まで焼き尽くされる。
「……閣下は、この儀式を破壊するおつもりですか?」
「だから、賭けと言っただろう」
いつの間にか礼を忘れ、面を上げていた神父を嘲るように、獣の命はある種の熱を帯びていく。
「友の手際を見てみたい。カールの代替が如何ほどか、直にこの目で確かめよう。これはただの好奇心だ。卿の報告を疑っているわけでは無いが、弱ければあとは任す。強くとも、ニ、三注文を付けるだけに留めよう。だが───」
その時、神父は頭蓋が割れるような凶念を感じ取った。
全身の肌が粟立つ。久しく忘れていた恐怖という感情が内から湧き上がってくるのを自覚する。
彼は本気だ。もし藤井蓮が下手に獣を刺激することになれば。
「愚か者ならばその場で喰らう。案外それによって、私とカールはゲットーを乗り越えるやもしれんだろう」
「………………」
「どうした、聖餐杯。それほど卿は、私に眠っていて欲しいのか?」
「………いえ」
何にせよ、結果は一波乱どころではないだろう。ことによると、総てが今夜中に終わるかもしれない。
「でしたら、準備は私が整えましょう。どうか閣下、それまでは臣におまかせくださいますよう」
控えめに進言しつつ、神父は持てる駒と考えうる事態を想定しながら、しかし既に答えは出ていた。
さてこの場合、自分にとって最も都合よく収めるにはどうすべきか。
残念ながら、他に方法が見当たらない。テレジアとの家族ごっこもどうやら終わりが来たようである。
あの少年がいささか不憫だ。
彼は遠からず、真の怪物というものを知ることになるのだから。
遊佐司狼とベイのコンビから得られない栄養があるんですけれども、力足らずゆえに、全編カット、とさせて頂きます。
あとで必ず回収します。