Dies irae -elysium-   作:湯瀬 煉

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第十三話 LOTUS

 わたし、ルサルカ・シュヴェーゲリンには、好きな人がいた。名前は■ー■ス。かつて、同僚だった男の子だ。一世紀以上生きてきた自分にしてみればガキ同然なんだけどね。

 

「はあ……。なんなのよ、アイツ」

 

 すっかり忘れてしまっていたが、だいぶいい顔をするだけして戦死した気がする。実に気に入らない。何が気に入らないのかよく分からないけれど。そういうストレスがたまっていたからだろうか。完全に油断していたし、らしくもない独り言が漏れていた。

 

「ルサルカ」

 

 背後からする声に反応したわたしの顔は、果たしていつも通りの”ルサルカ”だっただろうか。

 

「へえ、レンくん。来てくれたんだ?」

「来なけりゃ、おまえが何をするか分かったもんじゃないだろう」

「ひっどーい」

 

 どうやら、調子も出てきたらしい。軽い調子で相手の肩を叩くと、どうやら怒ったような視線を向けてきた。あんまりからかいすぎるのも良くないかもな、と、変わらずいたずらっ子のような笑みを向けるだけ向けて、内心で算盤(そろばん)を弾く。

 

「まあいいわ。来てくれただけでも感謝してる。

 そうね………まぁとりあえず話だけでも付き合って。テレジアちゃんとも約束したから、取って食ったりはしないわよ。そんなことしたら、今度はベルンが怖いし」

 

 それは半分嘘で、半分本当。個人的な興味が割合としては大きいのが正直なところだ。こんな胸の高鳴りは初めてで、この出会いは何かあると確信している。それが例え、メルクリウスのクソ野郎の計画通りだとしても。

 

「わたしは今、レンくんのことが知りたいの。その代わりに黒円卓(わたしたち)のことだって話してあげる」

 

 わたしの冷たい戦争は、今ここに始まったのだ。

 

 

 

 

 

 ───再び意識が回復した時には、遊佐たちの気配は無かった。私たちを強襲した白貌のSS隊服はクラブを出ていこうとしていて。

 

「おい、待てよ白髪野郎」

 

 その先には綾瀬がいることは分かっている。異様な雰囲気にあてられて入口で立ち往生してくれるようなか弱い女の子ならちょっと助かるが、たぶん帰ってきて、血生臭さを感じたら遊佐のためにここに駆けつけてしまうだろう。

 綾瀬香純はどうしようもなく『正義の味方』なのだ。見逃すとか、逃げるという選択肢はない。

 

 なればこそ、彼女が帰ってくるまでに目の前の障害(ベイ)を取り除かなければならないだろう。せめて撃退―――とりあえずスワスチカが完成しているクラブでは、ベイは生還を優先したいはずだろう。用事が済んだ場所にいつまでも残って感傷に浸りたいような人種でもないし、今回のような虐殺ならばそれこそベイとしては面白くない作業だったに違いない。そして一度スワスチカを開けば、あとは仕事も特にないのである。彼の好きな戦闘が、しばらく封じられてしまう。

 

 つまり、今こそは正念場。ベイは戦い足りないだろうし、私は気まぐれに綾瀬を殺されるわけにはいかないから、ここでお互いの認識はマッチしている。

 

「五分だ」

「あ?」

 

 すぐに乗ってくると思っていただけに、相手の反応は予想外だった。思わず、間抜けな声が漏れたほどである。答えは、すぐ返ってきた。

 

「あのガキが俺に殺されるまでに、五分かかった。だからよ――俺と遊びてぇならそんくらい耐えてみろよ」

 

 なるほど、思ったよりも遊佐はしぶとかったらしい。今は亡き同盟者を過小評価していたことを心の中でそっと謝罪して両手を広げた。

 

「それは難しいな、ベイ。お前の相手として私は役不足がすぎる」

 

 その瞬間。ベイの足元を薙ぎ払うように黄金の熱戦が私の後方から放たれた。威力こそ抑えているが、コンクリート製の床が解けてしまっていることからもその脅威は目に見えて明らかだろう。ベイが軽いステップで回避すると、回避先の地面を光線が抉った。

 これは聖遺物による攻撃だ。ゆえにベイにも通るし、ハイドリヒ卿ほどの質量をもたない相手は足首から先を容易に失う。

 

「ッてめぇ……。さっきのは演技かコラ」

「事実、気は失ったよ。気を抜いていたし、弱点を一発で突かれたからね。さすがはベイ中尉。だが」

 

 ゼロ距離でもない限り、そこは私の射程圏内(キルゾーン)である。戦うと分かって立ち向かうのであれば、ベイはさして恐ろしい敵ではない。

 

 だが此方の優勢もここまでだ。私の周囲から突如血濡れの杭が出現し、私を貫かんと迫った。面制圧の優秀さは団員でトップクラス。私は聖遺物を形成し黄金の剣を手に取れば、迫る杭を弾いていく。

 さすがは団で有数の戦闘狂というか。確実に私をベイへと近づかせていた。白兵戦ならば己の領分だと確信しているらしい。それを阻むのは剣や虚空から照射される光線。近付いた杭から蒸発させていき、距離を一定に保ちながら、相手を焼き払おうと断続的に背後から光線を撃ち込み続ける。

 

「私を見下ろしていいのは、メルクリウスだけなんだよォッ!!」

 

 杭と光線が交差して、激突して、爆ぜる。

 速度の有利はこちらにあり、量の有利は相手にある。拮抗した戦闘が幕開けた。

 

「それならなァ――俺を倒せるのはハイドリヒ卿(あの人)だけなんだよォォォォッ!!」

 

 活動はぶつけあった。

 形成は拮抗した。

 ならばあとは――語るまでもない。

 

Sophie, Welken Sie——Show a Corpse(恋人よ枯れ落ちろ 死骸を晒せ)

Danke den Göttern, gib am Glückstag.(この至福の日に 神に感謝を贈ろう)

 

 祝詞は簡潔に、だが殺意は膨れ上がって。

 まだスワスチカにまつわる儀式は序盤。ゆえに眼前の敵ごとき、瞬く間に仕留めてやろう、と。両者とも同時に宣言した。

 

Briah(創造)―――

 

 己の渇望を理として他人に押し付ける、覇道型の創造どうし。お互い別の法則の異界を同時に展開するため、お互いに削り合い、せめぎ合いが起こる。消費する魂は必然的に増え、あとはどれだけ自分の世界を狂信しているかや、質や量の面においてどれだけ魂を保有しているかが勝敗を分ける。

 

Der Rosenkavalier Schwarzwald(死森の薔薇騎士)

Ragnarök Bifröst Loki Dainsleif(終末戦争・楽園招く必滅の剣)

 

 それはまさしく、神が引き合わせたかのような対決となった。

 

 己を吸血鬼へと変える夜を展開するベイ。

 己を太陽へと変える昼を展開する私。

 太陽と月。昼と夜が同時に展開し、激突する。

 

 熱戦必至かと思われた対決はしかし、一瞬で優劣が判明した。ベイの体から煙が上がり、崩れ始めたのだ。

 

 今のベイは吸血鬼そのものであり、太陽光を浴びれば当然に弱体化し、やがては死に果てる。今、太陽そのものである私は死神といっていいだろう。

 

「が、ぎィ………ッ、クソがァァァァッ!!」

 

 ゆえにベイの起こした行動はシンプル。即座に創造を閉じて、撤退したのである。ちゃんと疲弊させたから、すぐさま綾瀬を襲うほどの余力もないだろう。本音で言えば、殺してしまいたかったが、即座にバックステップで距離を取り引き下がるベイを追うことは私としても疲れるし、綾瀬を守るのであれば、別に無理に追いかける必要は無い。

 

「てめえ、覚えとけよ」

 

 ベイの恨みの籠った声が、主なきボトムレスピットに響いた。

 

 

 

 

 

「じゃあレンくん、名前の由来は知らないわけ?」

「まあ、そうなるな」

 

 タワーの上で、わたしたちは雑談を続けていた。特別新しい話題があった訳では無い。わたしはレンくんの趣味とか、どうして戦うのかを聞いて。レンくんはわたしたちがどうしてここに来たのかとかを聞く。つまらない情報交換。

 

 どうやら、レンくんは両親というものがよく分からないらしい。実の親を知らなくて、ゆえに気にすることでもないと捉えてしまっている。重要な話では無いが、なにか聞かないといけない気がして聞いた話題がとんだ地雷だったわけだ。

 

「でも自分の名前は知ってるのよね。ああ、それはカスミの家族のおかげなんだっけ。

 レンってどう書くの?」

「………蓮の花だよ。ハス。えっと、ドイツ語でなんて言うんだ?」

「ハスの花ね。えぇと、それはロート………ス」

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 頭の中で、記憶が弾けた。

 

 

 

 わたしが好きな男の名前を、彼との記憶を、思い出したのだった。

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