Dies irae -elysium-   作:湯瀬 煉

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第一話 ZARATHUSTRA


 努力が報われれば良いと思っていた。

 

 不屈の精神と不断の努力、そうしたものが必ず実ればいいと願っていた。頑張って手に入れた結果というのはとても嬉しくて、頑張っても手に入れられないのはとても辛いから。地道な努力を積み重ねていた人が、下らない悪意で砕けるのは許せないから。

 

 別にこれまでの人生で努力が報われなかったとか、誉められたことがないということではない。否むしろ、望んだものはだいたい手に入れてきたし、努力すれば大抵のことは出来た。所謂、人生の成功例のような王道を生きてきたといえる。

 だが、だからといって一切の挫折がなかったわけでも無い。努力しても届かぬ壁、手に入れられないものも知ったし、挫折だってしたことがある。

 

 それゆえ、といえるだろう。私の中で、そういう渇望が渦巻き始めたのは。

 

 努力しても手に入れられないものがある以上、努力して手に入れたものは、何の努力もなく手に入れたものよりも価値が高い。それはあくまで主観的なものだけれど、とても大切な価値観だろう。ならばそういう大切なものをもっと手に入れられるように、努力には報いがあって欲しいと思った。頑張れば頑張るほど認められれば、どんなに良いだろうと。

 

 だが、所詮は子供の戯れ言。成長するにつれて、そんな考えも捨てていく。現実を知り、叶わぬ努力を知った。その虚しさも。

 ───戦争(W W 2)が、始まるまでは。

 

 死んでいく友、男、上官。その渦中で思い知った。

 皆。悪魔などではなかった。世界の敵だったろうが、実に良い人物で、愛国心に優れ、忠実な兵だった。それが、なんて事のない物のように死んだ。国はやつれ、知り合いの女は分不相応にも、とある女将校を目指して、疎まれて、恥辱を受けて、自殺した。

 

 ──何だ、これは。

 

 よく分かりもしない政治とやらのせいで、無辜の民が死ぬ。無辜の民を殺す。兵卒も将校も残らず死ぬ。

 死ぬのは怖くない。殺すのは仕事だ。だが、その中身が気に食わない。努力を重ね、頑張ってきただろう人たち。それを轢殺して進む先にあるのは、地獄しかないと予感していたから。私は───。

 

 

 

『起きなさい。そろそろ時間ですよ、ベルン』

 

 其処まで考えて、妙に甲高い声に起こされる。

 

「シュピーネさん……」

 

 痩せこけた頬、クリクリとした瞳、長い手足。長い舌。此処まで生理的嫌悪感を催す見た目の男も珍しいな、と思う。私は現在、彼の蜘蛛の糸に絡められていた。

 

 2006年、12月6日。

 とある資産家のプライベートVIPルーム。マンションの最上階。シュピーネは、別人名義でここに住んでいたし、それゆえ私も此処を住み家としていた。

 

 聖槍十三騎士団黒円卓第十位、ロート・シュピーネ。

 おそらく、策謀ならば黒円卓でも三本指に入るだろう程に頭のキレる男だ。そして私たちの目的を果たすためのシャンバラに団員を招き入れ、それまで街を維持する職務も負っている。超人、魔人、変人まみれの黒円卓においては数少ない常識人である。故に弱く、凡庸な強さしか持たないのだが、そんな彼だからこそ有用であるともいえる。

 

 私は、彼の部屋のキングサイズのベッドで、大の字に拘束されている。シュピーネは私に馬乗りになり、下卑た視線を私に注いでいた。

 

「時間、とは?」

 

 実は、彼のことはそう嫌いでもない。

 16歳の頃からの付き合いで馴染みがあるし、基本的に丁重に扱ってくれるのだ。

 

 ベルン・カレイヒ。それが私の名前だ。ドイツの何処にでもありそうな家に生まれ、何処にでもありふれていた悲劇に遭った。一種、天才と呼ばれる類の人種である私は、それがゆえなのか半狂乱になって私に暴力を振るっていた。歯が抜けたり、痣ができるばかりではなく、処女も強奪された。シュピーネが()()()()()()を一切しなかったわけではないが、それでも怒りをたたきつけるように襲われるよりはマシに感じた。

 その後は、ドイツの広報に入ってきたカール・クラフトという男に惚れ、着いていった先で今所属している、聖槍十三騎士団、黒円卓という組織に所属することになる。

 ざっと、私の経歴はこんな所である。

 

 つまりシュピーネは私の人生を決定づけた人物というか、恩人の類いには違いあるまい。 

 とはいえ、である。この状態で、こんな姿勢では嫌な予感が先行してしまう。時間とは、つまり、どういう意味なのか。それを把握する必要がある。

 

「あなた、私の話を聞いていなかったのですか? ツァラトゥストラを探し、助力を乞うのですよ。しばらく様子を見たいが、万が一にでも、ベイやマレウスが先に見つけてしまったらどうするのです」

 

 それはあなたの心配事で、私とは関係ないだろう、とはいえない。現在の私は彼の下に所属しており、彼の喜びは私の喜びでもあるのだから。世界で唯一、己を己として接してくれる彼のためならば、といったところ。

 今は取り敢えず、彼の手足として働くべき時だ。

 

 

 拘束を解いてもらい、マンションから出ると、空はきれいな青一色だった。もう今年も終わるような時期だというのに、こういう晴れやかな天気は元気が出る。

 

「……さて」

 

 ツァラトゥストラ。聖槍十三騎士団黒円卓十三位、副首領代行。それが、はるばるこの極東の島国に来た理由である。我々黒円卓は彼と戦争を行い、八つのスワスチカを開くことで首領たる男から祝福を得られるらしい。団員のそれぞれが自分の夢を叶えるがため、この約束の地に訪れたのである。

 

 とはいっても、副首領代行というのがどういう人物かは知らない。男かも、女かも不明。能力も何もかもわからない。ただ、我々の敵役を担うのだからそれなりに強いのだろう、ということ。

 

 まったく。それらしい事件も起こらないうちから探せというのも可笑しな話だ。ツァラトゥストラが動けば、怪事件が起こることは間違いない。

 

 

 私たちに共通する()()()ことの一つが、それだ。

 

 ---聖遺物を用いる、魔人錬成の魔術。エイヴィヒカイト。

 ここでいう聖遺物とは、神の子や神に関する聖なるものとは限らない。むしろ、それとはかけ離れた、しかし真逆にして同質の信仰が捧げられた物品が多い。たとえば、拷問に執心したハンガリー王国の血の侯爵夫人。たとえば、侵略者たちを串刺しにして国中の街路にさらしたルーマニアの串刺し公。彼らにまつわる物品は忌々しく禍々しいものとして有名だろう。かつ、それに殺された者などの慟哭や怒り、怨念が集まっている。血を吸い、人を殺戮せしめた血濡れた遺物こそ、聖遺物。由来がどうあれ、人の血と怨念を大量に吸ったそれらは、無生物ながら食料として人の魂を食らう。ゆえ、常人が持てばまず間違いなく聖遺物に自我を奪われ、屍と化すだろう。

 そこで、エイヴィヒカイト。この魔術は黒円卓の副首領が編み出したものであり、非常に高度な魔術理論が基盤となっていた。

 つまり、聖遺物に使用者を選ばせ、使用者は聖遺物と契約した上で魂を食わせ続ける。これにより、聖遺物と同調した術者は、()()()()()()()()()()()()魔人として生まれ変わる。先ほど名前が出たベイ、マレウスなどは、銃弾の雨あられを浴びせたところで血の一滴ですら流しやしないだろう。彼らが殺した人数は、百や二百では済まされず、千単位で語られるだろうから。

 

 重要なのは、つまり魂を燃料とするということ。話題を戻せば、彼は魂を集める必要があるのだ。もとから何千、何万と殺していれば別だが、今のところそのような気配は街に存在しない。隠密に長けているだけかもしれないが、戦争前に準備を怠るなど愚の骨頂だろう。私たちと戦争をするような存在が、そんな間抜けには思えない。まあなんにせよ、何らかの動きがなければおかしいのである。ゆえに、それを手がかりとするべきだろう、と思ったのだが。

 

「まあ、仕方がない」

 

 きっとシュピーネが恐れているのは、一番槍になれないことだろう。

 武勲とか、そういうことは度外視して、彼はツァラトゥストラと話したがっている。黒円卓の制圧、この街で予定されている儀式の中断。その目的のために。かの存在が味方に付けば、きっとそれも成し遂げられるだろう、と。

 しかし、もし仮にベイあたりが見つけ出してしまったら大変だ。あの戦闘狂、間違えて殺した、とかやりかねない。普通に儀式を執行するならば、彼が死んだところで手はある。だが儀式を、盤上からひっくり返して中断させるには、ツァラトゥストラは死んでは困るのだ。

 

 つまり、シュピーネの命令の意図は其処にあるのだろう。

 

 

「あー……そういえば。もう開いていたのか」

 

 そんなことを考えながら歩いていくと、気付けば博物館の前に、私はいた。そういえば、世界の刀剣博物館とか何とか、実に怪しげな催しがされているのだとか。

 

「まさか……な」

 

 期待半分、興味半分。笑いを浮かべながら、館内に入っていった。

 

 

 

 

「─────ッ」

 

 ……。

 ………。

 …………。

 

 悪寒。これは、異質なものが発する気配だ。魔境にいるがゆえ、感じられる血の臭い。私は思わず駆けていた。

 

 その場所は、ギロチン。正義の柱と呼ばれる、処刑具。しかし、それが内包するのは……おそらく、超異次元の魂。まるで。まるで……

 

 その気配が、強すぎたゆえだろうか。同じようにこの展示物を魅入る男女に気が付かなかったのは。

 

 女のような顔立ち、傍らにいるのは不安げに眉をひそめる女。

 

 ───既知感。

 

 少女が手を引くと、青年はしばしの硬直から立ち直り、すぐにそれに応じた。

 

 ───既知感。

 

 その声、その顔、()()()()()()()()()()

 

「見つけた……!」

 

 見つけた、見つけた、見つけた、見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた───!!

 

「君が、ツァラトゥストラか」

 

 少女の手を引き、博物館から足早で退散する青年の背中を眺め、私は知らず、昂揚していた。

 

 

 今から思えば、この内に手を下せばよかったのだろう。

 シュピーネが先手を打てたのは恐らくこの時しかなかったし、私も平穏に接触できるのはこのタイミングしかなかった。ゆえ、シュピーネの願いを叶えたいのなら、此処で声をかけるなりするべきだったのだ。

 

 開戦は、あまりに唐突で。明日があると楽観視した私のミスだろう。

 

 次の日───諏訪原市で、首切り殺人事件が始まった。

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