Dies irae -elysium-   作:湯瀬 煉

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第二話 VORWORT

 首切り殺人。

 夜出歩く者を無差別に襲う猟奇殺人。凶器は()()()()()()()()()()()()。当然、日本で普通に持ち明けるような代物ではない。

 

 考えずとも分かる。ツァラトゥストラによる犯行だろう。犯行の粗や、殺人の質の低さが、メルクリウスの代替として考えると怪しいところもあるが、この時期に起こる猟奇殺人など、黒円卓(我々)絡みでないと思う方が難しいだろう。

 既に七件。人死にが起こっている。

 

()()()()()()()()()が気がかりだ」

 

 教会の隠し部屋。其処に、黒円卓の面々が揃っていた。

 あの異物感、異質な気配。まず間違いなくアレは聖遺物で、その使用者はあの青年だろう。しかも、彼は月乃澤学園に属するときた。勘と理性が、彼をツァラトゥストラといっている。

 

「あ? ギロチンだァ? そいつはどういう意味だよベル。何か知ってやがんのか」

 

 ……が、この情報はあまり伝えたくない。だが殺意を全身から迸らせている白貌──ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイには、下手な嘘は効かないだろう。この会話を穏やかに聞いているヴァレリア・トリファ=クリストフ・ローエングリーン神父や、嘲るように眺める魔女、ルサルカ・シュヴェーゲリン=マレウス・マレフィカムのような狡猾さはないが、野性の勘という、ある意味で一番厄介な感性を持ち合わせている。

 変に誤魔化せば気取られるだろう。この中で騙しやすそうなのはそれこそ、新兵のレオンハルト──櫻井螢くらいなもの。

 

 まあ取り敢えず、答えてお砕け答えた方が特だろう。

 

「博物館に展示されたのだよ。聖遺物だろうなというものが。ゆえにそれがツァラトゥストラの得物だと思ったのだが──ふむ。勘違いかな。長物の刃というか、斧みたいなイメージなのだが」

 

 というだけなのだが、ベイの答えはもっと単純だった。

 

「単に、“活動”位階なんだろうよ。……はンッ、舐めた真似しやがる。煽るだけ煽って能力は見せねえってことかよ」

「別に、そうとも限らんだろう。いや、まあ。アレの代わりなのだから分からなくはないが」

 

 副首領──カール・クラフト=メルクリウスはそういう人物だ。総て達観し、総て見通し、総て知っているがゆえ、見下ろしている。代わりがそういう人物ではないという保証はない。

 

「そんなこと言ってたってしょうがないでしょー」

 

と。此処で話に入ってきたのがルサルカである。甘ったるい声で制止をかけられてしまえば、議論は中断する。そもそもが、正体不明が過ぎる我らが敵が見つからない苛立ちをぶつけ合っただけのような会話だ。続けたところで意味はなかっただろう。

 

「とりあえず、Quecksilber-Manie(水銀マニア)の貴方でもよく分からないんでしょう。なら論じたってムダムダ。

 今夜もベイとあたしでまた探し回ってあげるわよ。貴方は、どうする?」

 

 水銀マニア、ね。まあ実際、初期の団員でカール・クラフトを好ましく想っている人間など私しか居ないだろうが。夜鷹の星(ツィーゲンメルカァ)なんて魔名よりはよほどしっくりくる。

 

「遠慮しておく。二人で動いた方が強いだろう」

 

 これは本音だった。ベイ、マレウス。この二人は、現存の黒円卓でも最強格だろう。もっとも頂点は──今も地下で眠る“アレ”だろうが。

 

 

 

 

 集会が終わると、外は夕方だった。ツァラトゥストラと思わしき者の犯行は、毎回夜に行われている。ゆえに、二人が狩りを始めるのも夜になるだろう。と、思い散策していたのだが。

 

「さて………。どうしたものかな」

 

 その呟きは、手持ち無沙汰を意味しない。人気のない公園に響く轟音。数百、数千の人間がまとまって動いているような気配。そして微弱なメルクリウスの気配。

 

 ツァラトゥストラと思わしき青年、藤井 蓮は現在、マレウスとベイに遊ばれていた。

 そう、これは遊びだ。藤井の方が死にかけていようとも、公園設備がところどころ素手で壊されていようとも、遊びでしかない。恐らくどちらか一人がやる気ならば、既にこの公園は枯れ落ち、藤井は死んでいるだろう。

 

 問題は、これに介入すべきか否か。

 如何にベイが加減しているとしても、このペースではきっと彼は死ぬ。一般人のリンチですら、軽い遊び気分で命を奪うことがあるのだ。魔人といって差し支えない彼がやればどうなるかは、想像に難くない。

 

 ならば───

 

 

 刹那、流れ込んできたメルクリウスの気配。藤井蓮から、彼の臭いがした。

 

 

 

 自制など、出来なかった。とはいえ反省はするべきだったろう。

 

 

「メェェェェェルクリウスゥゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 瞬きした直後、私は藤井の頭を踏み潰そうと間合いを瞬時に詰めていた。瞬間──。

 

 

「ベイ、ベル。おまえたちは何している」

 

 櫻井──レオンハルトの細腕がベイの手首を掴み、私の脚を上方に弾いていた。外れた蹴りは藤井のもたれかかっていた樹木に直撃し、幹をへし折っていた。

 

「……悪い。少し興奮した」

 

 私が先に謝ってしまうと、ベイの方も反駁する気力が削がれたようで腕から力を抜いていく。私も、それを以て後退した。

 

 だから。これに対処できたのは奇跡だろう。

 

「それで───おまえ、なんで俺に触れてる?」

 

 それは、唐突。

 これはいけないと思った。反射的に藤井の襟首を掴んで飛び退く。そしてその直後、殺意が爆発する。

 

「てめぇは、劣等の分際で、何を馴れ馴れしく俺の体に触ってやがるって言ってんだよォッ!」

 

 藤井がいたところ、レオンハルトがいたところ。ついでに私がいたところに杭がある。

 

「……私も巻き込むつもりだったのかよ」

 

 私の非難に、彼は嘲るように笑うのみだ。

 

「悪い悪い。人の獲物掠め取るような奴はよ、予めぶっ殺したくなるんだよ。俺の生涯的に、そういうのは一番ムカつくからな」

 

 レオンハルトとも、私とも睨み合いを続けるベイ。恐らく、残存戦力で一番強いのはこのベイだろう。マレウスも強いには強いが、戦闘者というよりは魔術師であるがゆえに。だが、だからこそ不味い。此処で暴れれば藤井が死ぬ。

 

「……悪かった」

「あ?」

「降参降参。ヤリ合うなら、後でスワスチカとなる場所でやればいい。どちらかの命で開けるんだしな」

 

 ゆえに。こういうときに取るべき選択肢は降参以外にあり得ない。場所を変えてド派手に動くのはもう少し後になるだろうから。

 

「は、イイねぇ。そういやてめぇ、零位だもんな。スワスチカは8つ。残された団員は9人。ってこたぁ一人くらい死んでも構わねぇよなあオイ」

 

 殺意がヒリヒリと伝わる。内心興奮を覚えながら、それを押さえ込んで鼻を鳴らす。相手の興が、醒めるように。

 此処で競って良いことはない。今は相手の好きなように取らせて退かせるまで。

 

 

 相手の意図を勘で嗅ぎ取ったのだろう。つまらなそうに相手も鼻を鳴らし、両手を掲げた。

 

「ああ、もういい。後は好きにしろ」

 

 

 

 

「さて………。どうしたものかな」

 

 先程と同じ文。だが状況も違う。私とマレウスとレオンは倒れ伏している藤井を中心に立っていた。

 

「取り敢えず、レンくんとは少し話したいことがあるんだよね。水銀マニアさんは?」

「少々。興味がないといえば嘘になるな。マレウス、おまえには下手な嘘を言うより此方の方が良いだろうから話すが。コイツは5割方、ツァラトゥストラだ」

「うーん、やっぱりそうなのね」

 

 零位(番外)ではあるものの、メルクリウスへの嗅覚は人一倍優れている自負がある。ゆえに、私の意見を団員は重んじていた。そういうこともあってあまりバラしたくはなかったが、ボロを出すよりはマシ。

 

「レオンハルト。おまえはどうだ。同年代の縁で話すことでもあるのか?」

「……いや、別に」

 

 こうなれば後は起きるまでフリータイムだ。死体回収はマレウスが、壊れた公園設備は何とか私が修復を試みる。

 

 聖槍十三騎士団において、魔術師は三人いる。

 一人は、我らに共通する魔術、エイヴィヒカイトを開発した副首領、メルクリウス。

 一人は、目の前にいる幼女─の外見をした魔女。少なくとも百年以上は生きているというマレウス。

 そしてもう一人が、私ことベルン・カレイヒ=ツィーゲンメルカァというわけだ。私は錬金術を専攻しており、物質の復元などは専門分野に当たる。

 

 

 

 魔女二人による証拠隠滅作業が終わったタイミングで、藤井がむくりと起き上がった。何故かレオンも残っている。とはいえ、もうちょっと語り合ったら必要事項はだいたいマレウスが言うそうなので二人とも帰れと言われたのだが。つまり私が残っているのもおかしいのである。

 いや、別におかしくはない。あのビッチと藤井を二人きりにしたら何をしでかすやら分からないという判断である。

 

 頭を強打したこともあるんだろう。まだ、周りにいる団員に気付いていないようだ。まあ、レオンハルトもいる。私はそれを以て、公園から立ち去ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 後日。

 

「えーーー? なんでだよぅ」

 

 私は珍しく、素っ頓狂な声を上げていた。いや、だってさ。だって。

 

「レオンは分かるぞ。レオンは! でもさぁ。マレウス。ツキガク行くなら私だろ!? おまえ、イタいぞ!!」

「はぁ? ちょっと失礼しちゃうわね。あたし並の魅力ある美少女ならともかく……あなたなんて中学生にしか見えないでしょう!?」

「ならおまえは小学生だろうがロリババア!!」

「あー! あー! 女の子に歳の話しちゃ駄目なんですけどー。デリカシーとかないわけ? そんなだからあんな男好きになってあんな男にすらフラれんのよストーカー!」

 

 そう、学校のスワスチカに入る人員を決めていたのだが……。よりによって、ロリババアのマレウスと現役学生の櫻井螢という人選なのだ。これなら、これなら私選ばれてもイイだろう! と、先程から講義しているのだが。

 

「あ、あんな男だと!? メルクリウスの良さも分からん節穴め。あのミステリアスさとか声の妖艶さとか気付けない無感女! そんなだから変な奴に付きまとわれたり好きな奴に置いてけぼりにされるんだろうが! 股広げて馬乗りになって子どもが欲しいくらい言ってみやがれッ!」

「それは!! あなたが!! 重いのよ!!」

 

 実に、実に平行線である。よりによってお互いの趣味の悪さまで罵り合うのだが……ペット嗜好の私と拷問嗜好のマレウスではほぼ互角の衝突であり。此処で鶴の一声を発せるのは一人しかいない。

 

「まあまあ、お二人とも。ベル、貴方はクラブの方が馴染みが良いでしょう。これも必要なことなのです。それに……ほら」

 

 あん、と眉をつり上げる私に神父──クリストフは囁いた。

 

「マレウスでは、あの治安の悪い場所で乱交パーティーなど始めかねませんし。貴方の方がお行儀が良く彼処に溶け込めるでしょう」

 

 なお、マレウスには

 

「ベルは負けず嫌いですし、ゴリラのような方ですから。何かしら勝負を生徒から持ちかけられて捻じ伏せる、なんて事もあり得ます。其処ら辺貴方なら安心して、周囲とコミュニティを作れるでしょう」

 

 ……と、お互いへ都合良いことを言っていやがった。

 

「誰がビッチか──!」

「誰がゴリラか──!」

 

 クリストフが女性団員二人から回し蹴りを喰らったのは、まあ、必然といえるだろう。

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