Dies irae -elysium-   作:湯瀬 煉

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名シーン過ぎてどう書くか迷いに迷い、気付けばこんなに間が空いてしまいました。
すみません(´・ω・`)


第四話 VERWEILE DOCH

「おーおー、派手にやってんな」

「よくもまあ、平然と見ていられるよ。私ならばとうに飛び出している」

 

 感心する司郎と、呆れる私。此処から大橋はよく見える。

 

 大橋を疾走する車が、秒単位で消えていく。それは決して比喩表現などではない。本当に、始めから幻覚だったかのように消滅し尽くしている。端から順番に、決して遅くない速度で。

 そしてその僅か前方を見れば、赤い杭が次々と車を貫いているのを見られるだろう。そしてその少し前方では、車が真っ二つに切られて転がっている。

 

 つまり、車の消滅現象とは証拠隠滅の為に起こっている超常現象なのだ。三人の常識外れが鬼ごっこ(ドッグファイト)なんてするものだから、障害物である人やその乗り物は巻き込まれて粉砕される。

 飲まれてしまえば最後。死体も死に場所も、誰も分からぬがゆえ、皆、行方不明者として扱われるのだ。

 

 警察組織も、非常識の前には無力だ。

 

 前方を駆けるのはツァラトゥストラ。最速で駆け抜け、ギロチンで軌道上の障害を断ち切っていく。それに続くのはベイ。杭を連射して車を串刺しにしながら、それを足場にして高速移動している。単純な敏捷ステータスならばツァラトゥストラが上だろうが、歩幅はベイが上。ゆえ、段々と距離は詰められつつあった。

 そして──その後ろから証拠隠滅をしているのはマレウス。彼女は二人に比べれば遅いだろう。しかし車輪型の刑具を形成することで二人に追いつくほどの疾走を見せている。

 

 二対一。ツァラトゥストラは劣勢だ。

 

 そして此処から見る限り、ツァラトゥストラとは遊佐の知人であり。ならば何かするのかと思えば、遊佐は紫煙をくゆらすのみだ。

 

「あんなんに参戦したら、死ぬのは俺だろ」

 

 それが本心でないことは、短い付き合いで分かる。ゆえに流し目で遊佐を見つめると、鼻で笑う。

 

「まあ、理由はどうでも良いんだよ。今はツァラトゥストラ(主人公さま)のターンだ。遊佐司狼(真打)のターンはもうちょい後なんだよ」

 

とのことで。ならば用はあるまい、と視線で問えば、それこそ愚問と断じた。

 

「それじゃ面白くないだろ。わかってねえな、エンタメってやつを」

 

 私にしてみれば、まるで理解できない理論ではあるのだが、この男の勘は無駄に当たるゆえ、無視もできない。嘆息してそのまま眺めていると、しびれを切らしたのか、ついにベイとマレウスが二人がかりで攻撃を繰り出した。鎖と杭の連係プレイは逃れようもなく、ツァラトゥストラの死亡を幻視する。

 

 先日、遊佐たちに語ったこと。

 儀式の進行により帰還するだろう幹部三名と首領、副首領の五名を除き、あの二人こそ黒円卓の最高戦力である。保有する魂の量は屈指で、軍隊の単位でいえばそれぞれ、旅団、連隊にも匹敵する。つまり最低でも千人単位分の霊的加護が肉体を覆っている。神秘に頼らず近代兵器で対抗したいのなら、同数を殺し尽くせる兵器でも持ち出さない限りはまともに対等な勝負にもならないだろう。

 襲われればその時点で詰み。大技、火力、質量、力任せの蹂躙をするベイ。細かく、じっくり嬲るように攻め立て、削り殺してくる謀殺のマレウス。破壊を振りまく戦士にも、狡猾な魔女にも、誰しも勝つことはできない。正確にいえば黒円卓や同様の神秘的な存在以外に、二人は傷を負わされたことすらあるまい。六十一年、不敗無敵の戦場の怪物。

 

「エンタメ、ね」

 

 ()()が死ぬかもしれないというとき、そうやって笑えるのは何故だろう。異常な神経を持っているのか、それとも確証があるのか。飛び出そうにも、速度的な差など無視して相手は止めるだろう。言葉、体さばき、うまいこと立ち回るのだ、遊佐司狼は。

 

auf Wiedersehen(さようなら)、ツァラトゥストラ」

 

  ゆえにもう駄目だったらしい副首領閣下の代替に別れを告げた刹那。それは反対方向に駆け抜け、あっさりと二人にカウンターを叩き込んみ、直後川に飛び込んだ。

 

 呆気にとられた。なんだそれは。肉切らせて骨を断つ、とでもいうのか。なまじ接近していたゆえ、二人はツァラトゥストラが川に飛び込んだことにも気が付かない。

 

「な?」

 

 遊佐の自慢げな顔。なるほど、どうあれ切り抜けるだろうと思っての静観か。というより、どれほどのものか見ておきたかった、というのもあるだろう。

 

「当然だろ」

 

 川岸から顔を出すツァラトゥストラを見ながら、遊佐は微笑んだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 双頭の蛇(カドゥケウス)。つまり、藤井があまりメルクリウスの気配を感じさせなかったのは、博物館でメルクリウスの気配に気づけたのは。

 

 

 綾瀬香純と藤井連の二人で、聖遺物を共有していたからだ。

 

 

 博物館の時には、綾瀬香純と藤井連がセットでいたゆえ気付けて、ベイとマレウスに襲われた時には一人だったゆえ気付かなかった。恥ずかしい話ではあるが、つまりそういうことだろう。なおかつ、私は学校には行っていない。綾瀬香純と藤井連は幼馴染であり、同じクラスで住んでいる部屋も隣同士。二人と接触する機会があれば気付けたかもしれないが、それはつまらいタラレバ話だろう。

 おおかた、藤井が寝る夜には殺人鬼の綾瀬が起きて、藤井が起きている昼には殺人鬼の綾瀬は眠る。異常は夜にしか存在せず、昼間は藤井の望む日常が展開できる。藤井がベイ、マレウスと出会ったあの日はたまたま、綾瀬を心配でもしたんだろうか、夢遊病同然に部屋を飛び出して彼女を追ったがために、綾瀬と交代した直後に二人に襲われてしまった、と。

 

 

 

 

 遊佐の承諾を得て綾瀬のあとを追うと、レオンが待っていた。

 その目下では、真実に気づいたらしい。藤井と綾瀬が向き合って、何やら話している。

 会話は数秒で途絶える。次の瞬間、綾瀬香純の得物であるギロチンの斬撃が、藤井に向かって飛んだ。

 

「なんだ、出歯亀か?」

「そんなわけがないだろう。二人の顛末を見届けたかっただけだ」

 

 何が違うんだよ、と内心ツッコミながら藤井たちの戦いに目を向けると、当然というか綾瀬が押している展開が続いている。少女の手には、首。藤井と出会う前に殺したのだろう。ベイとマレウスに襲われたのだ、その損傷を補わなければならない。

 

 邂逅直後から戦闘は始まり、すでに十枚は斬撃が飛ばされただろうか。舗装された石畳が、敷き詰められた植物が、藤井の肌が、切り刻まれていく。無傷でぼう、と立っているだけの綾瀬に対して藤井の負傷だけが増え続けている。

 飛び出したくなるような一方的な戦場だが、干渉するのは無粋だろう。二人には二人での語り合いの時間が必要だ。

 

「しかし、いいな」

「なにがだ?」

 

 腕を組み、観賞を続ける。その言葉こそ、私の素直な感想だった。

 

「男がああまでして、これ以上罪を重ねるな、俺が守ってやるから下がっていろと言ってくれるのだぞ? 女ならくらりと来ないかな、そういうのは。まるでヒロインみたいじゃないか」

「さあ」

 

 レオンからの返答は冷たい。齢は十七とか六とか、つまり藤井と同世代だろうに。鉄の女ぶっているのは何故なのか。彼女の渇望やら望みは知らぬゆえ、推察も出来ない。

 ただつまらないな、という不満がある。女というのは好きだろう、恋バナ。レオンの前任などよく食いついたので、意外といえば意外。彼女は二代目の五位。当然、彼女の縁者が黒円卓五位を継いだのだと思っていたのに。

 

「キルヒアイゼンは、その手のどんちゃん騒ぎは自重していたのか?」

 

 その問いに、彼女はそっぽを向いただけだった。まるで、関係ないとでもいうように。まあ、あれの知り合いだからといってあれと似ている道理はあるまい。

 

 どうでもいいか、と思考を棚に上げた直後である。

 

……そんなの、やだよぉ………

 

「───なに?」

 

 綾瀬の言葉が、あまりに衝撃的すぎた。

 思考が停止する。頭が真っ白になる。なんだ、なんだそれは?

 おまえ、今は力を持っていてもしょせん藤井のためだろう。すべて奪われる定めであろうがよ。人外の相手人外にしかできないし、任せるべきだろう。努力は大切だが、それは、それは。

 

 力になりたい、と。無力でもなにかしてあげたいと。蚊帳の外は嫌なのだと。それは、それはまさに太陽のようであり。何もできないからといって何もしないのは、違うだろうというその考えは、眩しすぎて。

 認めたくない現実から逃げた黒円卓(私たち)ならばこそ、うらやましくて堪らない。

 

 なによりも、本人にとっては不満でも、その在り方は陽だまり。戦う理由で、帰る理由で、なにもない、日常であるだけで力を与えてくれる太陽───。

 これだ。これだったのだ、求めていたものは。

 

 わき上がる歓喜を抑えきれず、私はその後の二人の会話をあまり覚えていない。確か藤井が必ず帰ってくるとか何とか抜かしていた気もしたが、それすらもどうでもいい。私はただ食い入るように、綾瀬香純を見つめ続けていた。




香純、最推しです
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