Dies irae -elysium-   作:湯瀬 煉

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シュピーネさんの最期は書いてやるか!!


第七話 SEHR HÜBSCH

形成(イェツラー)───」

 

 時よ止まれ──おまえは美しい(Verweile doch, du bist so schon!)

 

 藤井蓮とシュピーネの対決は、ついに決着が着こうとしていた。

 

 ここまで至った経緯としては、こうだ。

 

 ベルンにねじ伏せられつつも好きにしろと言われたシュピーネは、予定通り「綾瀬香純を殺す」と脅して藤井を呼び出し、()()()()()()()()()()()()()()する。

 曰く、シュピーネは黒円卓の幹部五人と出会いたくないらしい。首領、副首領、三騎士……この5名だけは桁外れだと、そしてこの街で起こっている異変は総て、彼らを呼び戻すためのものだと告白した上で、己はこの儀式を停めたいのだという。

 自分は今のままがいい。ゆえに、怪物五人の部下に戻るなどまっぴらごめんであると。後顧の憂いを──綾瀬香純を排斥してやるから、ともに戦おうと、そういった訳だが。

 

 藤井の答えは、否。

 そもそも、彼にとって家族にも等しい幼なじみを殺そうとした男など断固許せるものでは無い。ベルンが言ったことは、つまりそういうこと。藤井がシュピーネに協力することはありえない。

 綾瀬を巻き込もうとした時点で、詰んでいたのだ。

 

 当然戦闘に至った両者だが、最初押していたのはシュピーネである。

 当然、藤井はエイヴィヒカイトの最底辺、活動位階。シュピーネはその上の形成位階。活動位階で形成した聖遺物は越えられない。

 

 だが、その戦局も、ここに覆るだろう。

 

「形成───」

 

 藤井の右腕が変形する。それは歪曲した刃、腕から伸びる刀身は、刀や剣ともまた違う。そう、これはギロチンに他ならず。

 間違いなく、藤井蓮の聖遺物はここに、形を成した。

 

 

 

 呟いた言葉は誰のものか。ただ瞬間に爆発した意識が奔流となって彼の中を駆け巡る。

 

時よ止まれ──おまえは美しい(Verweile doch, du bist so schon!)

 

 それは魔法の言葉。聖遺物を駆動するのに必要な、彼だけの祝詞。右腕に落ちたギロチンは形を変え、藤井蓮が使うに相応しい物へと昇華する。

 利き手の刃は黒く重く、長大でありながら無駄がない。これが藤井の、意志のカタチ。日常に帰るため、希った力の具現。

 

「血、血、血、血が欲しい」

 

 そして耳に響くのは、処刑場を震わす黄昏のリフレイン。無垢で無邪気で透明で、地上最も美麗な殺意が祝福となって刃を包む。

 

 共に唄い、共に戦い、共に生き残り共に踊ろう。

 

「ギロチンに注ごう、飲み物を」

「ギロチンの渇きを、癒すために」

 

 血を捧ごう───これから共に。

 焼き付いた斬首痕こそ誓いの証だ。

 奴らを一人残らず殲滅する時まで、この首飾りを魂に刻み込む。

 

「ひっ─ぎゃあッ──」

 

 怒りのあまりに一気に餌にしていた女たちを首り殺した絞殺縄が、ギロチンが閃く度に切り刻まれていく。

 

 ベルンの推察は、ある意味で当たっていたのだ。それはギロチンの性能や性質というより、魂の質。

 このギロチンに宿るたった一人の女の魂が、シュピーネの築き上げた千人以上の魂を凌駕するという理不尽である。ゆえに今度こそ、助からない。

 

「お、のれェ、ベルン・カレイヒぃぃぃぃ──!!」

「人のせいにするなよ。総てはお前のミスだ」

 

 そんな言葉を投げつけて。藤井蓮は、シュピーネの首を刎ね飛ばしてみせた。

 

 

 

 同刻、諏訪原市の某所。

 そこでは、男女の絶叫のみが響いていた。

 

「ぎ──あ、がァ……ッ」

「づゥ………ッ」

「あァ……ッ」

「……………ッ」

 

 黒い円卓を赤く濡らすのは、そこに集う者らの血である。

 聖痕と、俗に呼ばれる場所から血が吹き出ている。その現象はカルトチックであり、しかも流血をしている人物を聞けば、大半ひっくり返るだろう。

 

 聖槍十三騎士団黒円卓──銃弾も効かず、生木や金属の柵など素手で粉砕できる戦鬼。魔人といって差し支えない化け物が揃って苦悶に顔を歪め、血を流し、霊圧により押し潰されそうになっている。

 ありえない。端的に、異常事態である。

 

 これは連帯責任。黒円卓を裏切り、打倒しようと口にした同胞(シュピーネ)の暗愚。その果てに交渉相手に殺されるという痴態。そうした興醒めを、つまり我らが首領の不興を買ったことへ下される罰。

 

 マレウスが激痛に悶絶する。

 ベイが厳罰に絶叫する。

 

「シュライバァァァーーッ」

 

 それは何をきっかけに、どういう意図でそうなったのか。己の宿敵の名を叫びながら、円卓十二番目の席へと手を伸ばしたベイは、雷鳴に打たれたごとく吹き飛んだ。

 

「メェェルクリウスゥゥゥァァァアアアッッ」

 

 同様に、黒円卓全員にのしかかる重圧の中に、彼の気配を感じた私も十三席へと手を伸ばし、吹き飛ぶ。

 

 触れない、埋められない。圧倒的で絶望的な差がそこにある。この大霊圧を前に、まともに立っていられる存在などいないだろう。

 

 そしてついに───その根源たる男の影法師……つまり、本体の万分の一にも満たぬ影が、ここに降りる。

 

 そう、本体よりも確実に薄く、ゆえに本人ほどの力は持たぬはずなのに。存在も、万分の一未満に弱いはずなのに。軽く影を送られただけで、皆潰れそうになっている。

 

 男──聖槍十三騎士団の首領が言ったことは、ひとつだった。

 

「卿ら……」

 

 黄金の瞳が私たちを見ているのが分かる。もはや顔もあげられないほどの重圧だったが、感じられる。

 

「私を失望させるな」

 

 その一言が、すべてだ。

 もし次に彼を失望させれば、その時こそこの程度では済まず。残らず殺されることになるだろう。それを予感させるには、十二分な圧と、威と、言だった。

 

 

 程なくして影は消えたが、団員の心はひとつだったと思う。

 

 一刻も速い開戦を。儀式の完遂を。

 我らが首領のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 …………。

 ………………。

 ………………と、ここまでは良いのだ。

 

「こんなところで油売ってていいのかよ」

 

 拝啓、とっくに死に果てているお父さん、お母さん。

 私は今、ロリババアとタワーで景観とか眺めちゃってます。

 

「何よ、失礼ね。わたしだって本当は男が良かったけど、ベイは付き合い悪いし、レンくんをまさか呼ぶ訳には行かないし………」

「……クリストフだって男だろうがよ」

 

 相手の言い分をそう咎めると、彼はちょっとないかな、という明るい笑顔が見られた。このロリババア、笑顔だけは可愛いな。ロリババアの分際で。

 

「だー、もー。心の声ダダ漏れなんですけどー? 目が口ほどにものを言ってるんですけどー?」

 

 そうはいっても、同性として焼いてしまうほどかわいいのも確かなのだ。猫被りすぎて半周回ってムカつく。

 

 マレウスは、白いワイシャツに橙色のオーバーオールという着こなしだ。私などが着ればまず田舎くさいナンセンスな組み合わせになるだろうに、彼女が着るだけで純朴さと少女の愛らしさを演出している。普段は物々しいSS隊服など着ている私たちだが、まさかあんなに目立つ服装で街中を歩くわけにもいくまい。つまりこれは、私たちの私服ということになるのだが。

 

 今もぴょこぴょこと赤いアホ毛を揺らしながら街を眺める姿は小動物的な可愛さである。たぶん、何も知らない第三者が見れば、今の私たちは女子高生の友達同士にしか映らないだろう。マレウスの少女らしさは黒円卓でも群を抜いている。あどけなさと大人っぽさの同居というか、男に惹かれる方法というものをよく弁えているのだ。

 

「せっかくなんだから楽しみなさいよ。ここなら眺めもいいんだし」

 

 そう言って頬を膨らませる姿は、完全にノリの悪い彼氏に不服申し立てる恋人だ。私って実はレズビアンか、もしくは男なのかもしれないと思うほどに、会話するたびにドキューーン、ズキューーン、トゥンク……と胸を撃ち抜かれ揺さぶられている。絶対、わざとである。同性に媚びるなど、彼女にはメリットなどないだろうし。

 だがまあ、せっかく来たのだからという意見には賛成だ。付き合ってやってもいいだろう。

 

「いい眺め、ね。……そういえば、ここからスワスチカを眺めることもできるんだな」

 

 スワスチカ―ーー儀式を完遂するために用意された、八つの場。どうしようもないくらいの本能で、私はその場所を見て回っていた。

 

 マレウスもそこは一緒らしい。文句を言うことなく、頷いた。

 

「あそこが博物館、公園、クラブ、遊園地、学校、教会、病院……それと、ここ(タワー)ね。

 わあ、本当に結ぶとかぎ十字の形(スワスチカ)ね。うまく出来すぎていて怖くなるくらい」

「さすが、メルクリウスの術というべきかな。ああ、こういうなにもかも仕組まれている感、彼らしい」

 

 マレウスの言葉に含まれるものは純粋な恐怖で、私の言葉に含まれるのは歓喜。それは、メルクリウスという男をどう捉えているかが如実に現れているといっていいだろう。彼の掌にいることを歓喜出来る精神を持つ者など、この世に私くらいしかいないだろうから。

 

 

「それで、どうしてここに誘った?

 男が良いなら、おまえなら容易く釣れるだろう。まさか、メルクリウスの話でもしたいわけでもあるまいし、スワスチカを眺めたい、だなんて感傷とは無縁に思われるが」

 

 私が問うと、彼女は不愉快そうに唇を尖らせた。

 

「失礼ねえ。私だって、ベイとは長い付き合いだけど扱えるわけじゃないし、感傷にだって浸るわよ。でも、今回に関しては降参、あなた、正解よ」

 

 そう言って両手を挙げた彼女は、挙げた右手で、展望デッキのエレベーターを指さした。

 その意味は、一瞬後にドアが開いてわかる。藤井や綾瀬、それと知らない少女がいた。その少女、見るからに人ではない。正体不明ながら、それはうっすらと理解する。

 

「藤井に会いに来たのか。ストーカーじみた真似をしやがる」

「なによ、あなたも会いたいかなって思ったから誘ったのにぃ」

 

 まあ、私たちから見えるということは藤井からも見えるということで、私たちを見た彼は途端に殺気立った。それに応じて、名も知らぬ少女の顔も険しくなり、藤井の服のすそをぎゅ、と握った。

 なるほど、確かに特別。

 

「人体を持つ聖遺物か」

 

 そのつぶやきは、マレウスに聞こえたのかどうか。迷わず彼女は綾瀬に飛びついていた。

 

「カスミーーーっ!!」

「わーッ、ルサルカちゃん、え、なんでぇ!?」

 

 なんだろう、眼福といえばいいのかな。

 とりあえず交戦の意思はない。先ほどまでのマレウスのように両の腕をあげて降参のポーズを示しながら藤井に近づいていく。

 

「…………許せよ、元凶は総てマレ…ルサルカだ」

 

 とりあえず綾瀬に聞こえてもよいように言い換えつつ、事故だ、殺すならあのロリババアにしろという念を送り続ける。

 

「……わかった。で、なんでここに?」

「知るかよ。……とりあえず、スワスチカの案内でもしてやろうか? 一応観光名所になってる場所も多いし、その、ええと、聖遺物」

「ま……マリィだ」

 

 一瞬、少女――マリィが聖遺物だと看破されぎょっとした藤井だったが、それは想定内でもあったようで、すぐに返答した。ああ、それでいい。下手に騒いでマレウスが変なことするのは嫌だし。彼女の前では隙がないように振舞うのが吉だ。

 了解、とつぶやくと彼を窓辺へと誘う。まさか、マレウスもこんな白昼堂々と暴れまわるほど間抜けではあるまい。というか藤井の前で綾瀬を害せばそれこそどうなるか、わかったもんじゃない。

 

「でも、そんな情報ペラペラ話していいのか? 俺たちは敵のはずだろう」

「わからんかな。スワスチカは戦争か、殺戮でしか開かない。だったら戦争場所をはじめから教えておいたほうが楽だろう。夜な夜な徘徊して回って遭遇戦、じゃあまりに効率が悪い。私たちが事を起こしたら、すぐに藤井には来てもらわねばならない。

 殺戮で開いても質は落ちるし、そもそも、無辜の民を殺して回るなんて気分が悪いんだよ」

 

 マレウスあたりは、別に殺戮でも気にしないだろうが。とは言えず。

 とりあえず順に、指さして場所を教えていく。教会や遊園地が入っていると知ると修羅の形相でこちらを睨んできたが、それはこちらにはどうしようもない。私もそうだと知っているだけだし、そう仕向けたのはメルクリウスだ。

 

「……とりあえず、分かった。そこでおまえらを倒せばいいんだな?」

 

 私は君の味方だがね、という言葉を飲み込んで頷く。彼が司狼と出会うまで、少なくとも私が彼の軍勢に加わることは言うつもりはない。それが、一番自然の流れだろうと思うがゆえに。

 

「レンくー-ん! カスミが、おなかが減ったから下でなにか食べようってさー!」

 

 マレウスのその言葉で、私たちは窓辺から離れた。途中、綾瀬に藤井と何を話していたかと質問攻めにもあったが、街の案内をしてもらったんだよ、と適当に流した。まあ、彼女にとって私はルサルカの友人だろうし、それでも誤魔化せるだろう。

 

 

 

 

「よく、食うよな」

 

 話し通り、下で何か食べることにしたわけだが。

 

 綾瀬とマリィが、大食い対決をしていた。

 相対するは巨大パフェ。人間に食えるものなのかな、と不安になっているところである。それをマリィは爆速で食い進め、綾瀬はそれに必死に追いすがっていた。

 生命の神秘、というか。ほんとよく食うよな……。

 

 マレウスはといえば、二人より小さなパフェを食していた。いわく、小娘の小競り合いには参加したくないとのこと。年齢で胃が小さくなっているか、大食い過ぎてドン引きされるのを防ぎたいんのどちらかと見た。

 

「金の方は、大丈夫なのか?」

「ああ、香純は残したら自腹だからな」

 

 さらっと明かされた、『マリィしか奢らない』発言に綾瀬は数度むせ返り、負けるなあたし! と気合を入れ直してスプーンを進めた。ちょっと苦しそうなので、たぶん残すんだろうが。

 

「もぐ、もぐ……」

 

 一方のマリィは、ペースが一向に衰えない。まさしく大食い女王のような貫禄を見せつけて、綾瀬との差を広げていく。

 

「しっかし、藤井ってアイツに似ているよな」

「あ? 誰にだよ」

 

 ふと、マリィや綾瀬には聞こえぬようにつぶやくと、同じく声を潜めた藤井が苛立った声を返した。まあ、彼には知ったことではなかろうが。

 

「ほら。ルサルカの知り合いの、■■■■だよ」

 

 その言葉を、発した刹那だった。

 からん、という金属音と共に、マレウスがスプーンを落とした。一瞬後にはあたらしいスプーンを受け取り、平然と食べ進めてこそいたが―――。

 

 

 

 タワーを出たところで藤井たちとは別れた。終始、私たちは友達のように駄弁って、どうでもいい話題で笑ったり、言い合ったりした。

 しかしその日、私は、■■■■という名前を聞いたときの、よくワカラナイ、聞いてはならない言葉を聞いたような顔が忘れられなかった。




ちなみにタイトルの意味は「とても可愛いもの」です。
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