装甲悪鬼村正 蛇足編   作:らかん

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契約

「弁助さん! やめてください!」

 

 村人たちが諫めたが、老爺は尚も頭を床に擦ることを止めなかった。

 

「ワシの命で、どうか……仇をぉぉぉ……!!」

 

「よろしいのですね?」

 

「はいっ! はいぃぃ……!」

 

「……諒解いたしました」

 

 一条が首肯すると、老爺は涙を流し「ありがとうございます」と何度も、何度も謝礼を述べた。

 しかし、村人はそれを黙って見ていなかった。やにわに腰を上げ、眦を釣り上げる。事情を知らぬとはいえ、当然の行動である。

 ひとりが瞋恚を双眸に滾らせ、怒声をあげた。

 

「あ、あんたは……

 あんたはいったいなんなんだ!?」

 

「なんだ、と申されますと……」

 

「聞いただろ!?

 この爺さんはな、家族を全員奪われたんだ! ただ平穏に暮らしたかっただけなのに、それを理不尽にも奪われたんだぞ!?

 可哀想だとは思わないのか!?」

 

「えぇ、ご老獪の悲しみの慟哭は、他人の身でありながら胸打つものがありました。

 同時に、砦に蟄居する六波羅にも、腹に据えかねるものを覚えます。穏やかな村を襲い、無辜の人々を殺し、屍山血河の上で私腹を肥やす。このような所業が許されてよいわけがありません。

 ……許される世があってはなりません」

 

 淡々と、事実を、真実を、この世の理を押し並べる。

 

()()()()ことは、悪です。

 理不尽なのです。

 否定しなくてはなりません。

 絶対に」

 

「なら……!!」

 

「再三申し上げますが、例外はありません」

 

「…………っ!!」

 

 村人たちの表情から怒りが消え、恐懼が蔓延り始める。それは“理解できない者”に対する悍ましい畏敬。

 そう、一条がつい先ほど口にした“理不尽”と遭遇した者の顔である。

 

「譲歩も妥協も折衷もありません。

 善悪相殺。

 それがあたしとあなたたちが交わす、ただひとつの契約です」

 

 言葉の通じない化生を装い、一条はあらゆる感情を噛み殺す。

 下手に歩み寄ることを許せば、それは彼らに無駄な期待を与えるだけ。もしかしたら“殺されずに済むかも”などという淡い期待を与えたうえで、絶望満ちる奈落の底へ突き落すほど悪辣にはなれない。

 ゆえに、理外にある“機械”“神”“システム”であるかのように振る舞う。それが一条の手によって無残に殺される者たちへのせめてもの情けだからだ。

 

「いいんだ、みんな」

 

 老爺は穏やかに笑った。まるでこれから起こることが楽しみでしかたないような、無邪気な微笑みだった。

 

「ワシの命ひとつであいつらが惨たらしく死んでくれるのなら、こんなに安い買い物はない。

 まさしく、天の裁きじゃあないか。

 ありがとう……一条綾弥さん」

 

「綾弥一条です」

 

「あぁ、すみません……」

 

「明日、無名軍が集まり、砦の調査を開始します。

 十分に情報を集め次第、すぐにでも攻撃を開始できるでしょう」

 

「あと二日で、息子たちに会えるんですね」

 

「……きっと、天国で待っていると思います」

 

 自分でも、なにをふざけたことを言っているんだという自覚はあった。

 これから殺す相手に対して、天国に行けます、だと?

 なんて気持ちの悪い。

 人でなし。

 俗物。

 露悪。

 いまさら正義の味方面するな。

 おまえは人殺しなんだぞ。

 

 そんな一条の肚裡に気づかず、老爺は手を合わせて目礼した。

 

「ありがとうございます。

 あぁ……ありがとうございます……」

 

 その心からの感謝は、誰の目から見ても哀切を窮める様でしかなかった。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 家屋を退出する一条の背に、若い男の声がぶつけられる。

 

「この世に、正義はないのかよ……!」

 

 重くのしかかるセリフ。

 後ろ髪を引かれる思いであったが、一条は心を拉いで外へと出た。

 

 正義。

 かつて、父が求めたもの。

 父が成したこと。

 父を殺した語。

 彼は信じる正義のために友人を殺し、自らを殺し、挙句に家族までもを殺しかけた。だが、そのおこないは間違いなく正義であったはずだ。正道そのものであったはずだ。

 けれど、正しいことが常に人々に求められるとは限らない。正しさだけで世界が回るだけではない。

 

《また悪いクセが出たようね》

 

 相も変わらず、その身と同じ鋼鉄のように冷たい声が届く。

 

《天国?

 そんなものは存在しないわ。

 死は、無よ。その先は存在しない。

 正しい者だけが辿り着ける理想郷はどこにもない》

 

(だけど、それに縋らないと生きていけない人々がいる)

 

《あなたはまだ、自分が天国に行ける人間だと思ってるの?》

 

(いいや、あたしは殺し過ぎた。

 もしあの世があるのだとしたら、きっと地獄に行くだろうさ。

 ……あの人と同じところに)

 

《えぇ、そうね。

 あの世があるのならね。

 あいつはきっと、いつもみたいにムスッとした顔をして待っていて……》

 

(説教でもしてくれるかな。

 いや、そんな人じゃないか)

 

《案外、あの頑固劔冑――正宗と仲良くなっていたりしてね》

 

(ははっ、そりゃいいな。

 死んだら、四人で宴会でもするか。

 ……おまえが一緒に死んでくれるのなら)

 

《仕手と死に別れるのは一度で事足りるわよ》

 

 だんだんと会話が弾んできて、ふと一条は気づいた。

 

(っていうか、さらっと正宗も地獄に行くこと確定みたいに言ってないか?)

 

《……え?

 でも、行ってそうじゃないかしら?》

 

(不服だからって閻魔様相手に大暴れしてそうだな)

 

《すごく想像できる……ウラァァァとか言いながら》

 

(ダリャァァァァじゃなかったっけ?)

 

《いや、ドラァァァァだったような》

 

 無駄話をしつつ、村を外れた林へと足を伸ばした。

 草原の向こうに小さく黒点が見える。おそらく、あれが件の砦だろう。なるほど見晴らしがいい場所に、どしんと構えている。

 あれなら接近する敵を察知しやすい。こちらからの奇襲は不可能だろう。

 

《……あいつとは、こんなにおしゃべりしなかったな》

 

(そうなのか?)

 

《ちょっとした雑談はあっても、結局はあくまで道具扱いだった。

 ……いいえ、道具扱いしたがっている感じだった。自分のおこないは自分の責任であって、道具に罪はない、って。

 でも、私もあいつに“あなたは手足を貸すだけの存在でいい”って返しちゃってから、お互いに一歩も歩み寄ることがなくて……》

 

 金属で構成された蜘蛛は、懐かしむように、金打声に人並みの暖かみを載せる。

 

《もしも違っていれば、どうなっていたでしょうね》

 

(そのときは、あたしが死んでただろうさ)

 

《ずいぶん高く見積もるのね?

 それとも、自分を下げてる?》

 

(客観的事実を述べただけだ)

 

 あれは本当に一片の誇張なく、薄皮一枚の差で決まった戦いだった。

 

 体を縦半分にぶった切られていながら生き延び、あまつさえ反撃さえできたのは正宗という劔冑のふざけた陰義によるもの――というだけではない。一条自身の狂気に足を踏み込んでいる位の精神力があってこそ。

 

 もしも彼と村正が真の意味で装甲していたら、結果は間違いなく変わっていたのだろうな。

 

 あの戦い。どう決着したのかは覚えていない。

 互いに劔冑を失い、仕手を失うほどの僅差での終戦。勝敗などはなく、最後には相棒を失った女たちだけが残された。

 死に瀕している両者は、相手を憎たらしいと思いつつ、生存という利のために手を結んだのだ。

 

(最初はあんたが嫌いだったよ。なんであの人やあたしに無意味な殺しをさせるんだって。なんでそんな呪いがあるんだって。

 でも、劔冑になった理由を知ったら、分からなくなった。あんたにとって、それらの行動は紛れもなく、あんたの正義を貫いた故のことだったから)

 

《……………………》

 

 村正は声を失い、沈黙した。

 知ったきっかけは些細なことだった。一条が戦いの最中で死線を彷徨っていたいたとき、夢を見たのだ。

 かつて、村正が人間だったころのことを。

 

 初代村正、二世村正、そして一条と共にいる三世村正の家族の身に起きた災厄の数々。

 理不尽に奪われ、理不尽に裏切られ、初代村正はそのすべてに怒りをぶつけ――果てに観てしまった。

 正義とは、結局は人の見方によるものでしかない、と。この世を戦乱に貶めるものはことごとく独善であると。

 ならば、自らが悪鬼となって、世に独善とはなんたるかを知らしめよう。戦いに正義はないと骨身に刻んでやろう。

 その血に濡れた結論によって生み出されたのが、善悪相殺の呪いである。

 

(きょうできることは、もうないな。

 寝床を探すか)

 

《うら若い乙女が、また野宿?》

 

(とっくに慣れた)

 

 村で宿を求めないのは、自身の立場を理解してのことだ。

 いくら怨敵に誅するとはいえ、村人からすれば対価として首を頂くと宣告する悪鬼。彼らの心情、そして懐事情を慮るならば、ここは身を引くのが双方にとって利となるだろう。

 慮外の者に胸襟を開く者無し。

 そんなことにいまさら懊悩は覚えない。他者に避けられる経験なら嫌というほどしてきた。

 だから、思い出してしまう。

 銀星号を追いかけていた日々を。

 

 ――ちょっと、楽しかったよな。

 巨体糸目女がいて、お付きのばあさんがいて、あの人がいた。短いあいだだったけど、人生で一番充実してた毎日だったなぁ。

 

 もっとも人に囲まれていた頃に思いを馳せる。

 GHQの女たちと交誼があったとは考えていないが、同じく命を賭けて戦った仲ゆえの思い入れはあった。顔もまぶたの裏に焼き付いている。

 いま、彼女たちはどうしているだろうか。

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