装甲悪鬼村正 蛇足編   作:らかん

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激突

 翌日の早朝。

 一条がそばにあった木にぶら下がって懸垂をしていると、見慣れた顔の人間が立ち寄った。

 無名軍で、一条に依頼を持ってくる男である。

 名は知らない。知る必要もない。

 

「そろそろ我らの軍がやってくる。

 準備はできたか?」

 

「ウォーミングアップは済ませた」

 

「今回は何人殺すんだ」

 

「必要になった分だけ」

 

 男は双眸に侮蔑を刷かせて、唾棄した。

 

「ペッ……悪鬼が……そんなに血を浴びたいか。

 おまえは敵の大将を殺しさえすればいい。

 後始末は我々に任せろ」

 

「そうしてくれると助かる」

 

 無名軍が砦を遠巻きに観察し、成算を予測する。

 敵戦力。有する劔冑の数。人質の有無。それらは望遠鏡を覗いたからといって全貌を把握できたりはしない。あくまで、可能性を考慮するに留めるのみ。

 

 杳として知れぬ敵の全体像に、一条はわずかな恐怖を感じていた。敵と戦う前はいつもこうだ。今日こそ自分の死に境ではないかと、心胆を寒からしめる毎日。

 昔はそうではなかった。たとえ森を更地に変える巨大な劔冑が相手だろうと、躊躇せず果敢に飛び込んで行けた。

 今は、あまりにも死を身近に体験しすぎた。いつ首と胴体がオサラバしてもおかしくない戦いを続けていれば、真っ直ぐだった心根も自然と歪む。怖気づくことを覚えてしまう。

 

「敵の劔冑は一領のみ」

 

 報告してきた男に、一条は瞥見することなく問い返す。

 

「確かか?」

 

「間違いない。

 戦力も大まかに推量できる。人質もおそらくいない」

 

「ならば、いつ出撃する?」

 

「午後になるだろう。

 念のため村人を遠くに避難させる。

 我ら無名軍も武器を十全にするのにも時間がかかるしな」

 

「手早く済ませろよ」

 

「言われなくとも」

 

 遺漏なく準備は進んでいるらしい。

 風が吹いて、木が揺れた。木の葉がぶつかって潮騒のような音が辺りに鳴り響き、初夏の暑さにはほどよい清涼剤となった。

 

 一条はやおら瞑想の体勢になった。

 邪念を振り払うためではない。自らを邪そのものとするためだ。

 正義ではなく、悪でもなく、己の身心を首を刎ねるための利刀と化すのだ。敵味方の区別なく、何人をも斬る村正の伝説を、自身に降ろす。

 

「逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。始得解脱。不與物拘。透脱自在」

 

 人を殺す悪鬼が解脱を図ろうなどと愚の骨頂。然れば、これは一条にとって別の意味を有するものとなる。

 

――――――――――――――

 

 以前、村正の呪いで一条は泣きながら子供を殺したことがあった。村正と装甲してから一年も経たぬ頃のことである。

 子供はまだ年端も行かぬ少女であり、ほんの数回顔を合わせただけだというのに、一条のことを心から慕っていた。

 

 悲劇は、予想だにしないタイミングで起きた。

 

 契約によって少女の村を救ったが、命を差し出す予定だった男が村から逃げ出したのだ。

 理由などどうでもよかった。

 まさか、覚悟を決めた男が逃げ出すなんて。一条は愕然とした。人を信じた結果、裏切られた経験はあった。しかし、あんなにも大見得を切っておきながら、我が身可愛さに姿を眩ます腑抜けがこの世にいるとは。

 

 さて、重大な問題が発生した。

 代わりに首を斬られる人間に誰も立候補しなかったのである。

 当然、誰が好き好んで他人のために死ねるだろうか。それも、この場を逃げ出すような矮小な者のためになど。

 けれど、村正の呪いがある以上、このままでは適当な村人を選んで殺す必要があった。

 そのとき、彼らの一条を見る目は「村を救った英雄」ではなく「村を襲う悪鬼」に変貌していた。

 にわかに殺気立ち始める村人たち。「おまえが行け」「いいやおまえだ」とお互いに掴み合い、罵りあう。

 一条はその光景を眺めながら、臍を噛む思いだった。

 

「私を殺していいよ」

 

 人垣を割って前に出たのは、少女だった。

 親を奪われ、孤独だった彼女は死に怯えながらも、笑顔を作って首を差し出したのだ。

 

「お姉ちゃん、悪い人じゃないもん。

 きっと、これは必要なことなんだよね。

 それに、私、ぜーんぜん怖くないし!」

 

 嘘に決まっていた。

 今も彼女の手足は震えて、笑顔だって歪つで、声だって震えていた。死にたくないと全身が訴えかけている。

 それでも、少女の眸子はまっすぐに一条を信じて向けられていた。

 

 呪いのタイムリミットは迫っている。

 他に名乗り出る者はいない。

 少女を殺すしか……ない。

 

「嫌だ……」

 

 一条は泣きながら、拒否しながら、抵抗しながら、刀を振り上げた。己の意思に因るものではなかった。

 村正の呪いがそうさせているのである。

 

「嫌だ……やだ!! 村正ぁ!!」

 

《これは契約よ。私には止められない》

 

「村を救ってくれてありがとう。一条お姉ちゃん。

 これからも正義の味方として頑張ってね」

 

「やだぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

 ふたりの眦から涙が零れた瞬間、

 

 斬ッ――――

 

 少女の首は消え、彼岸花のような血の飛沫が断面を彩っていた。

 

 村人たちの悲鳴を遠くに聞きながら、一条はその場にひざをついた。刀刃から伝わる、肉を絶つ感触の悍ましさに身を強張らせながら。

 殺したのだ。本来なら死ぬべきではなかった、未来があった、慕ってくれた少女を。

 

「キヒ……」

 

 呆然とする一条の背平に、軽薄な男の嗤い声がかけられた。

 かつて何度か顔を合わせ、一条に劔冑“正宗”を譲渡した男である。

 何を目的とし、何のために動いていたのか、最後まで分からず終いだった。

 

「お嬢もあの男と同じになっちまいやしたか。殺しておきながら泣き叫ぶなんざ、あの女の子に失礼ってもんでしょうに」

 

 彼の言葉が、今もなお一条の心金に突き刺さって抜けない。

 

――――――――――――――

 

「逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。始得解脱。不與物拘。透脱自在」

 

 故に唱える。

 己を刀である。

 己は刃である。

 己は善悪を諸共に絶つ凶刃である。

 感情は介在しない、機械的な存在と成れ。

 

 無名軍が集まったことを確認し、一条は彼らの前で今回の作戦を説明した。不遜な態度をとる彼らに臆せず、声を張り上げる。

 

「あたしが砦の大将と一騎打ちをする。

 終わるまで、あんたたちは敵軍が不審な行動をしないか見張ってほしい。たとえば、敵が私の目を盗んで、村に向かおうとするとか」

 

「諒解した。

 双輪懸はなされるおつもりか」

 

「いや、しない。

 無名軍より砦の兵の方が多い。激突すれば、無名軍の消耗は甚大になる。

 ここは地上での太刀合いによって事を収めたい」

 

「であれば、戦いに勝利したとして、六波羅の兵を逃がすことになるかもしれませんぞ」

 

「構わない。

 あたしたちは村を――」

 

 救うことだけ考えればいい、と言いかけて、一条は心を刀に変えた。

 

「いや……あたしたちが殺すのは最低限の数だけだ」

 

 そして、決戦の時刻となった。

 

 砦が遠く見える林の中で、一条は頭上に村正を感じていた。

 背後には臨戦態勢の無名軍。

 息が詰まるほどの殺気は、木々をわななかせるかのように渦巻いている。

 

「では、まずはあたしが前に出る」

 

「頼む」

 

「行くぞ。村正」

 

《いいわよ、御堂》

 

 一条は眼瞼を下ろし、幾度となく詠唱した呪句を口ずさむ。

 

「鬼に逢うては鬼を斬る。

 仏に逢うては仏を斬る」

 

 スッ……と手を虚空に翳すと、一条の周囲を鋼鉄が乱回転し始めた。

 村正が劔冑形態になるため、己を分解、再構成しているのである。いま鋼刃そのものと化す彼女は、身を重ねる仕手の最後の一言を待っている。

 

「ツルギの理、

 ――ここに在り!」

 

 許しを得た血濡れた劔冑は、ようやっと装甲と相成った。

 

「では、往く」

 

 鎧の板が擦れあう戛然とした音を響かせながら、悪鬼は砦へと歩み寄る。

 

 その後、数度の問答が交わされ、話は現在に巻き戻る。

 

「そちらに提示する選択肢はふたつ。

 大人しく首を差し出すか、抵抗した上で首を落とされるか」

 

「なに?」

 

「いかがなされる」

 

「この……ッ!! 決まっておろうがァ!!」

 

 傲岸な宣告に対し、苛立ちをあらわにする敵大将。

 一条はあえてゆったりとした動作で鍔口を切り、鞘から太刀を引き抜いた。陽光に照らされた白銀は、その身に宿す波を輝かしく浮かび上がらせる。皓皓たる三日月が如き明光であった。

 

「ならば、これ以上の会話は不要。

 そして、騎航のため合当理を噴かす必要もなし。

 地上での太刀打ちにて、刃鳴りを散らしたく……」

 

「……舐めくさりおって!

 いいだろう!

 胴体とサヨナラしてから、いくらでも後悔するがよいわ!」

 

 大将は野太刀を上段に構えると、すり足で距離を詰めてきた。一条の持つ太刀よりもはるかに長尺である。その長さゆえか鋩子は彼の背に隠れ、確かな間合いを見失う。

 

 惑わされるな。今までの経験を信じろ。一条は己を叱咤した。

 

 彼我の間合いは急直下で狭まっていく。

 敵の足運びに躊躇いは一切なかった。油断とはまた違う。経験がなせる仕業である。

 素人ならば、敵にどこまで迫ればいいのか分からず、雑に突っ込むか、距離を離しすぎることになるはずだ。

 しかし、老兵は間合いを知り、ひいては戦場全体を識る者。無駄なところに時間をかけず、最速で潮合いを見極め、有効的な一打を繰り出すことができる。

 

(まずいな……)

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