装甲悪鬼村正 蛇足編   作:らかん

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悪鬼

「ッ!?」

 

 どよめきが虚空に消え、宙を舞っていた兜付きの頭がゴトンと地に落ちた。

 死体は主を失ったことにいまさら気づいたかのように、血を撒き散らして草花を紅く染めていく。

 一条以外の誰も、この決着を予期してはいなかっただろう。

 

 吉野御流堂上礼法・比翼が崩し

 電磁殺法(ライトニング)(ストライク)

 

 まず相手の一撃を誘い、振った勢いで太刀を投げ捨てるまでは常道。

 剣技“比翼”の教え通りである。

 

 かてて加えて、一条は更にたわいない手妻を弄した。

 本来ならば一刀するには足を踏み込む必要がある。が、所詮一の太刀は捨て技。足を二の太刀のために温存したのだ。

 つまり、二の太刀が出る直前に足が地面を踏むように遅らせ、踏んだ反動を利用し、剣力と変えたのである。これは意外とバカにならず、武者の一踏みだけで刀を振り上げるのに十分なパワーを得られる。

 

 そして、陰義により脇差の鞘の中に磁力の反発を発生させ、刀剣を弾き飛ばす。それを掴み、反動エネルギー、射出エネルギーを完璧に和合する。

 後は剣閃に筋道を教えてやれば、敵手の首を絶てるという寸法だ。

 

 そう書くだけなら簡単に見えるだろう。実際には、すべての動作、反射神経に人智を超えたものを求められ、本来ならば魔剣の領域にある技。人が到達する場所にあらず。

 ならば、超常の力を借りればよい。

 武者の膂力、二刀、神力の三柱によって生まれた、先の先と後の先を内包する、理を超えた剣。

 それが、一条の見つけた魔剣である。 

 

「う、うわあああああああああああああああああ!!」

 

 大将を失った敵兵がしっぽを巻いて逃げていく。

 所詮は雇われ兵。雇い主が死に、勝ち目がゼロとなれば自明のことである。

 

 一条は(ちぬ)れた脇差を払い、血振るいした。

 美しい緑のキャンバスに赤い汚点が残る。

 残心。

 納刀。

 一颯(いっさつ)の風が駆け抜け、草原をざわつかせた。

 

「ふぅ……」

 

 一条は太刀を拾いながら、ため息をついた。

 まるで百回は素振りしたかのような疲労がドッと押し寄せてきた。生死を賭けた決闘とは、それほどまでに緊張を伴うもの。

 

 とはいえ、これで財血を絞られていた村は救われるだろう。

 

 数秒の後、呆然から我に返った無名軍が一条の周りに集まってきた。

 敵を打ち倒し、平和を取り戻したのである。通常ならば歓声が辺りを包み、人(いき)れを生み出しているはず。

 が、彼らの顔はサーッと蒼褪め、拷問を受ける寸前かのように強張っている。

 当然のことである。

 悲劇はまだ、終わっていない。

 

「お武家……様ぁぁ……」

 

 無名軍の人垣を掻き分けて出てきたのは、一条に依頼した老爺であった。

 立つのもやっとだという老体でありながら、戦いを見届け、己の脚でここまで歩いてきたのだ。それは彼の復讐心が与えた最後の気力だった。

 彼に続いて幾人かの村人もやってきた。逃げろ、と忠告したはずだが、おそらく老爺を追ってきたのだろう。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 老爺は首を失くした敵将を見るや、膝をつき、澎湃の涙を流した。顔をくしゃくしゃにしながら、これ以上の喜びがないほどに楽しそうに笑っていた。

 あんなにも憎んでいた相手が無様に死んでいるのだ。これが嬉しくて他に何を喜ぶというのか。

 

 突として、村正のヘッドアップディスプレイが老爺をロックオンした。

 

《殺傷対象――確認》

 

 村正の冷たい金打声が脳裏に響く。

 一条はそれを眺めながら、できるだけ心を殺すことに努めた。

 自身は無我である。自身は機械である。自身は何人をも斬る悪鬼である。

 

(逢佛殺佛。逢祖殺祖。逢羅漢殺羅漢。逢父母殺父母。逢親眷殺親眷。始得解脱。不與物拘。透脱自在)

 

 その泣き笑いはどれだけ続いただろう。

 蒼天はすっかり茜色に染まり、人々の影が濃く、長く伸びている。

 山向こうに覗いた夕日は、これから起きる惨事だけでも見届けようかというほどにしぶとかった。

 

 老爺は跪いたまま、十指を絡め、深紅の武者を見上げた。

 

「ありがとう……ございます……。

 この命を、お取りください……」

 

 一条は頷き、

 

 瞬――

 

 呆気なく、哀れな老爺の憐れな人生を終わらせた。

 

 無名軍、村人、誰も彼も目の前でおこなわれた蛮行によって、顔貌に怒りと悲しみを刷いていた。

 納得できるわけがない。

 罪もなく奪われただけの人間が救いを求めただけで、どうして死ななければならないんだ。

 

 一条はその鬱屈した感情を、幾度となく向けられて生きてきた。

 慣れている。

 慣れているからといって、何も感じていないわけではない。

 

「…………」

 

 別れも告げず、無名軍がひとり、またひとりと離れていく。

 彼らにとって、この砦にいた敵将は作戦の邪魔になる存在だった。企図を遂げるために、一条の力を借りる他なかった。いわば、助けられた格好のはずである。

 なのに、礼のひとつもなく、

 

「殺し屋め……」

 

 侮蔑を吐き捨て、去って行く者までいた。

 まるで自分たちは違うとでも言いたいかのように。

 

 敵を殺すことを仕事にしている以上、一条も無名軍も同じ殺し屋である。

 だが、彼らは言った。

 

 我々には正義がある。

 

 それがあれば殺しは正当化されるのか?

 人の命を踏みにじる動機が、自分とおまえたちの差異なのか?

 そんな問答はもうしない。やるだけ無駄だ。

 帰ってくる言葉はいつだって同じ。

 

 我々には正義がある。

 

 それは何に裏打ちされた物なのか。なにゆえそこまでの信頼を寄せて口にできるものなのか。誰も懇切丁寧に教えてくれない。

 正義だから、正義なのである。

 トートロジーを軸として、壊れたラジオのように繰り返すのみ。

 碌々とした価値観だけが、この世に蔓延しているだけ。

 

 一条は血に沈んでいる、かつて人間だった二体の肉塊を見下ろす。

 あれほど血気盛んだった武者も、いまはもう死にかけていた老人と一緒にあの世行き。

 命とは、なんなのか。

 彼らの畢生に与えられた最後の役目が、一条に殺されることだったのだろうか。

 

 一条は装甲を解除し、皮膚から鋼鉄を分離させる。汗ばんだ肌を風が浚い、冷気を与えた。

 辺りに彼女以外に人の姿はなく、しかれど孤影にあらず。

 

 共に在るは、彼女の劔冑。

 巨大な化け蜘蛛。

 赤い装甲と、朱色の目が彼方へと向けられている。鉄冷えとした態度には、一条を慮るつもりがないことを如実に表していた。

 

 村正は、悄然と立ち続ける一条に問いかけた。

 何度も、何度も、何度も訊ねた言葉を。

 

《――やめるの?》

 

 一条は、何度も、何度も、何度も口にした答えを返す。

 

「やめない」

 

《……………………》

 

 村正は沈黙によって、一条の言葉を受ける。

 

「やめるもんか」

 

 意地でも張っているかのように、切歯した口調。

 そう、これは意地である。

 世に真の正義を示すための、世に真の悪があることを証明するための旅である。

 何よりも、殺してきた者たちのために歩みを止める選択などはなから存在していない。

 

「やめられないだろ……」

 

《……そうね》

 

「まだ答えは出ていない。

 何が争いを生むのか。何が平和を生むのか」

 

 殺すから始まるのか、殺せば終わるのか。

 

「正義なのか。

 悪なのか」

 

 何が正しい死なのか。何が間違った死なのか。

 

《ええ。

 まだ答えは出ていない……》

 

 過去を振り返れば、酸鼻を窮める死体の山が積み重なっている。

 轍には血の河が流れ、それは未来へ延々と通じている。

 死臭が背中を伝い、身体に絡みつく。

 

 否。

 死体の山だけではない。

 立っている。

 ひとりの男が。

 彼が。

 

 ――――湊斗景明。

 

 見定めるように、その暗々とした双眸が一条へと向けられている。

 

「お前を、俺は否定する」

 

 その幻影と戦わなければならない。

 そう思うだけで、一条の脚に力が入り、頽れそうになる体を支えてくれた。

 

「……負けない」

 

 一条は決意を込めて言い返すと、彼に背平を向けて歩き始めた。

 己が征くべき未来。

 空事とさえ思える道。

 到達できるかどうかすら分からない場所に。

 

 罪障が心を苛み、いつか斃れたとしても、その時まで立ち止まるわけにはいかない。

 彼女と彼。どちらが正しいのかを見届ける。

 意に沿わぬ殺人を諷する正義という糊塗を拭い去り、真実を白日の下に晒してやる。そうすることで、やっと一条は勝利できる。

 

《行くのね》

 

「あぁ……」

 

《人々から恨まれ、蔑まれ、唾を吐きかけられ、殺して、傷つけて、

 それでも前に進むのね》

 

「決まっているだろ。

 なぜなら、あたしたちは――」

 

 迷いなく、己が身に着ける罪名を口にした。

 

 

「――――悪鬼、村正だから」

 




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