続! キングコング対ゴジラ   作:マイケル社長

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―船や車に酔ったときは、事前に酔い止め飲んでても効きやしねえ―

・9月1日 11:59 ミクロネシア連邦 ファロ島沖合

※日本より2時間進んでいる

 

 

 

 

 

 

「おーい!ファロ島だぞぉー!」

 

甲板でコンノ三世が大声を上げ、傍らの飯島がピクリと動いた。

 

「ヒロキン、島が見えてきたらしい。動けるか?」

 

宏樹は苦渋の表情で頷いた。

 

ファロ島まで20時間かかる、と言われて以来、宏樹はひとまず睡眠を取った。それから夕食(船会社で用意してたのはレトルトだった)を済ませ、神鍋のいびきが聴こえる前に眠りに落ちたは良いものの、夜に海が時化気味になった。

 

揺れはそこまでひどいものではなかったが、胃がもたれまくる不快感に睡眠から覚醒してしまった。日付が変わる頃に胃の中がすべて空になったが、それでも胃を中心とした不快感と倦怠感は消え失せることはなかった。

 

そういえば、修じいちゃんが共にファロ島へ渡った同僚の藤江がひどい船酔いになってなあ、と笑いながらしゃべっていたことを思い出した。そんな簡単に船酔いなんて罹るモンなのかなあ、と訝しく思っていたが、いまとなっては、修じいちゃんのかつての同僚にひどく同情を禁じ得なかった。

 

フラつきながら外へ出ると、心地よい海風に少しは気が落ち着いた感がある。南国特有の湿気った空気の向こうに、うっすらと険しい峰を湛えた島が見えてきた。

 

飯島は早速iPhoneで撮影を始めたが、宏樹はとても撮影などする気も起きない。粗い息づかいのまま、手すりにつかまった。

 

「宏樹サン、ダイジョウブ?もうすぐファロ島だヨ。陸地に上がればフナ酔い、良くなーる」

 

コンノ三世はそんな宏樹の背中をさすってくれる。年齢は宏樹より少し上らしいが、船中でもいろいろ気を利かせてくれた。

 

朝進海運の船員たちは、上陸に備えホバークラフトの支度を始めていた。これほどの大型船だと、それなりの港でないと着岸できない。またファロ島は遠浅とのことで、沖合からはホバークラフトを利用して上陸する手はずとなっていた。

 

少し目が回る気もするが、宏樹は修じいちゃんが嬉々として話してくれた島、ファロ島がすぐそこへ迫っているのだと思うと感慨深くなった。

 

「ヒロキン、撮影はしないの?」

 

iPhoneをかまえたまま、飯島が訊いた。

 

「ムリ、無理。悪いけど任す」

 

しゃべると胃液がこみ上げてきそうだ。出発時にパシフィック製薬から傷薬やら胃腸薬やら解熱剤やら、一式餞別がてらもらえたのだが、酔い止めまでは入っていなかった。

 

「ファロ島だって??」

 

隣の部屋で腕立て伏せをしていた神鍋が現れた。上半身タンクトップのみで、筋トレの成果か汗びっしょりだ。

 

「なんだオイ、ヒロキンしっかりしなよ~」

 

そういって、神鍋は団扇のような手で宏樹の背中を叩く。その一撃が、宏樹の内臓を刺激してしまった。

 

「オ・・・オゲェ・・・ダメだ」

 

口を押え、必死に下階のトイレを目指す。降り終えた際、着岸の用意をしていた警備担当のマックスと鉢合わせ、運ぼうとしていた荷物にぶつかってしまった。

 

まずいことに中身は銃弾だったようで、箱の中からジャラジャラと銃弾が散らばった。

 

「ああ・・・ごめんなさい」

 

ぶつかってしまったこと、そして荷物の中身に驚いたことに、少しは胃液が引っ込んだ。

 

「気をつけろ!」

 

思わず母国語で「Shit!」と鋭くつぶやいた後、溢れ出た銃弾を拾い始めた。ひっくり返してしまった手前、宏樹も手伝おうとする。

 

「余計なことをするな。安易に手を触れて良いものじゃない」

 

差し出した手をつかみ、不快感も露わな視線を向けてくるマックス。

 

「だいたいこのくらいの時化で船酔いなぞなるな。これだから部屋にこもり好き放題わめくしか能がないYouTuberはイヤなんだ」

 

さすがにそこまで言われる筋合いはない。そのうえ偏見に満ち溢れている上、わざわざ日本語で話してくるということは、よほど嫌悪感を向けているようだ。言い返そうとする宏樹だったが、いよいよ胃液が海以上に時化てきたのでトイレへ向かうしかなかった。

 

吐けるだけ吐いた後、甲板へ上がる宏樹。だいぶすっきりはしたが、手先が痺れるような感覚が抜けない。

 

「さあ、いよいよだな」

 

背伸びをしながら、神鍋は明るく言った。

 

「いよいよ、ということは、島へ近づくと遭難するってジンクスに出逢えるのもいよいよ、ってことだ」

 

飯島はiPhoneから目を離さず、言った。

 

「ローミングもとっくに圏外だ。コンノが持ってる衛星電話しか、もう通信手段はないぞ」

 

「マジで?でもさ、ここまで来ても何も起きないんなら、大丈夫なんじゃねーの?いままではホラ、波が強かったとか、小さい船だったから難破したとかさ。今回の船はでっかいし、心配ねぇろ」

 

呑気なもので、神鍋は島を背景に左腕の筋肉を膨れ上がらせて動画を収めている。

 

「だといいが・・・雲行きが怪しくなってきてないか?」

 

飯島が言うと、神鍋はiPhoneから目を離した。宏樹も顔を上げた。薄青い空は島に近づくにつれ灰色になってきたのだが、灰色がより濃い雲が混じりつつある。

 

やがて雲海の中に光る筋が見え、少しして雷鳴がとどろき始めた。

 

「雷か。厄介だな」

 

飯島がつぶやく。少しでも危険があれば即、探検は中断することにしている。その判断は案内役のコンノ三世も、船長であるチェにも権限はあるが、最終判断は宏樹たち3人に委ねられている。

 

「落雷にはいたってないが、あの様子だといつ地表へ落ちるか、わからんものなあ・・・」

 

「・・・どうしよう、危ないかなあ」

 

宏樹は体調が優れないこともあり、弱音を吐いてしまう。

 

「何言ってんだい、ここまできて引き返すワケにはいかねぇろ?」

 

相変わらず、神鍋が宏樹の肩を叩く力は強めだ。

 

「そういう楽観視は禁物なんだけど・・・ここまできて、っていう感情が沸き起こるのもたしかだ」

 

飯島がつぶやく。

 

「ねえ、コンノ」

 

望遠鏡で島の様子を窺っているコンノ三世を、宏樹は呼んだ。大声を出すとまた胃液があふれてしまいそうだったが、この旅がどうなるか、見極め時なのだ。

 

「雷が鳴ってるんだけど、大丈夫かな?」

 

宏樹が訊くと、コンノ三世は首を縦に振った。

 

「あのカミナリ、空に拡がるくらいで落っこちない。雨も呼ばない。風、西から吹いてる。西に、雨雲ない。ダイジョウブ、だいじょうぶ」

 

雲にまとわりつくような雷光など、日本ではなかなかお目にかかれない光景だ。しかしこちらでは珍しくないようで、コンノ三世は何を怖がってるの?と言いたげな表情だった。

 

「そういえば、新潟では雪降りながら雷鳴るよ。自然現象て面白いよなあ。ちなみにうちの学校だと、雷のことをみんな高木ブーって・・・」

 

また呑気なことを話し始めた神鍋を遮るように、ひときわ激しい雷鳴が空気を揺らした。雷光は雲の合間を回転しながら、幾筋も空を照らす。

 

「・・・やっぱ、大丈夫かなあ」

 

さすがの神鍋も、ゴクリと生唾を呑み込む。

 

「もうすぐ停泊ポイント。そこからホバークラフトで20分・・・上陸までは、なんとか行けそうだけど、どう思う?」

 

冷静に、飯島は提案してくる。

 

「そうだね・・・オレ、島まで行ってみたい。せめて、上陸はしようよ」

 

宏樹はどんよりしたこの空気感と吐き気を吹き飛ばすように、力強く言った。

 

「・・・だな。少なくともここまでくれば、この船ごと難破するようなことはなさそうだ」

 

飯島も同調してくれた。

 

「よ、ようし、それならば・・・。いざとなれば、鍛え上げたこの筋肉で。筋肉は、裏切らない」

 

神鍋はビルドアップした身体に力を込めた。

 

『停泊地点まで来た。みんな、準備してください』

 

母国語の後、日本語でチェによる船内放送が流れた。

 

船から吊り下げられたホバークラフトは2艘。人と荷物をそれぞれ乗せると、ゆっくりと着水へと下っていく。

 

宏樹たち3名にコンノ三世、そしてチェで1艘、マックスたち警備陣3名と、チェの部下2名で1艘。島へ上陸するのは合計10名だ。着水と同時にエンジンを動かし、快適な速度で島へ進みだした。ゆっくりのっぺりな大型船とは異なる速度に、宏樹の体調もグンと良くなってきた。

 

「ところでさ、なんでチェさんまで来るの?」

 

「そうだよ、偉いのに」

 

宏樹と神鍋が訊くと、チェはしかめ面になった。

 

「会社の責任者として、お前、同行しろ!そう本社から言われてるんだ。支社長っていうけれど、本社のヒラ社員の方がすごくエラいから逆らえない」

 

忌々しげに毒を吐くチェ。

 

「本社からも人寄越してきたんでしょ?一緒にはこないんだ」

 

勤め人の哀愁を垣間見た宏樹が訊いた。

 

「あいつらエラいから、来ないんでしょ!それにこんだけ大きな船用意して難破したってなれば、韓国企業のメンツに関わる。えーと日本語で・・・御目付役、御目付役だよ。船のことなんてなーんにもわからないのに、エラそうにしてさ!」

 

だいぶ不愉快らしいのは、船内で船長であるはずのチェへ取っていた態度を見ればよくわかった。同じ会社であるはずなのに、まるで元請けと下請け、いやもっと言えば体育大の先輩と後輩のような厳然たる上下関係が窺い知れた。

 

「・・・にしても、妙だったよな」

 

憤慨しきりのチェに聞こえないように、飯島は宏樹と神鍋にささやいた。

 

「朝進グループ本社から派遣されてきたって言うが、連中、威圧感がすごくなかったか?」

 

「なんかわかる。目つき鋭いし、大企業の社員てあんな感じなのかな」

 

「筋肉も、けっこうついてたぞ。韓国って兵役あるからかなあ」

 

3人でひそひそ話をするうち、ホバークラフトはファロ島の砂浜に上陸した。チェがエンジンを止めると、コンノ三世が荷物を下ろす。飯島と神鍋は早速iPhoneで撮影を始めた。

 

「ねえコンノ、ここからどう進めば良いの?」

 

宏樹が訊いた。修じいちゃんが冒険した島に、自分が上陸した興奮もあるが、砂浜からいきなり険しい山がそびえていることで、この先への不安少々、探検心ほとんどで鼻息が自然と荒くなる。

 

「う~ん・・・昔と、やっぱりチガウ。ここから上陸すれば、この先に島の内陸へ通じる道があったんだケド、見当たらナイ」

 

「おい坊やたち、ボンヤリしてないで、あっち側から回り込むぞ」

 

マックスが背後から声をかけ、返事も待たずに海岸沿いを歩き始めた。

 

「なんだあいつ。坊やって、オレ39だぞ」

 

頬を膨らませる神鍋。宏樹はマックス一行を追いかけ、声をかけた。

 

「ねえ、マックスさん。この島に来たことあるの?」

 

そう訊かれ、マックスは振り返った。

 

「なぜそう思う?」

 

質問を質問で返してきた・・・宏樹は不快感を隠さなかった。

 

「なんか、島の様子を知ってるっぽいからさ」

 

「・・・グーグルアースで調べられる限り調べただけだ。少なくともここに道がないのなら、他を探すのは当然だろう」

 

マックスはコンノ三世やチェよりも日本語が堪能なのだが、その分苛立ちや不愉快さもダイレクトに伝わる。

 

「・・・ウン、マックスサンの言う通り。他に道、できたカモしれない。追ってみヨウ」

 

コンノ三世の言葉に、一行は動き始めた。いつの間にか雷鳴は鳴りやみ、空には青空ものぞくようになっていた。その分、日差しもキツくなってくる。

 

しばらく歩くと、宏樹の呼吸が荒くなってきた。どうも胸がざわざわし、水を飲んでもスッキリしない。

 

「おいヒロキン、まだ調子悪そうだけど・・・」

 

神鍋が心配そうに訊くと、宏樹は頷いた。

 

「うん・・・いや、船酔いはとっくに治ったっぽいんだけど・・・」

 

「おい坊や」

 

前を歩くマックスがおもむろに振り返った。

 

「船に酔ったせいで、胃の中空にしただろ。これだけ暑いんだ、空腹がコタえてるだけだ。足手まといになるなら、オレたちがこの先確認するからその辺で待ってろ」

 

ぶっきらぼうに告げると、また歩き始めるマックス。

 

「なぁんだ、あれ」

 

不快感と怒りを浮かべ、神鍋は鼻息荒くした。

 

「昨日から思ってたが、どうやらオレたち、彼に嫌われてるようだな」

 

飯島が言った。

 

「・・・まあいいよ。船酔いになったオレが悪かったんだし」

 

さきほど銃弾をバラまいてしまった負い目もあり、宏樹が取り成した。

 

コンノ三世は歩きながら、しきりに山のてっぺんを気にしている。

 

「宏樹サン、普段なら、あの山のてっぺんに見張りがいて、集落のみんなに教えル。今日、誰もいナイ。ちょっとおかしい」

 

胸やけではなく、宏樹は肺の辺りがザワザワするのを感じた。

 

「まさか・・・22年前の大地震で、島民はやっぱり・・・」

 

飯島がつぶやくと、コンノ三世は悲しそうな顔をした。しまった、と表情に出す飯島。

 

先頭の警備陣のうち、アボリジニのボロロが何か騒ぎ出した。傍らのマックスとブンチャヤに何か訴えかけている。

 

「なんだって?」

 

「わからん。いや英語なんだが・・・」

 

オーストラリア人が話す英語は独特だが、とりわけ先住民であるアボリジニの人々はなかなか通じないらしい、ということを飯島は船の中で調べていた。

 

「チョット待て、何か聴こエル・・・」

 

するとコンノ三世も足を止めた。全員足を止め、聞き耳を立てる。

 

「何か・・・引きずるような音、しないか?」

 

神鍋がつぶやいた。

 

「いや・・・唸り声?みたいな・・・」

 

宏樹が言った。マックスたちはケースからアサルトライフルを取り出した。

 

「お前ら、岸壁に寄れ」

 

短く言い、手で一行を砂浜から山の壁に寄らせた。3人が一行を囲み、辺りをうかがう。

 

「・・・ひょっとして、キングコングかな?」

 

神鍋の顔には、恐怖の片鱗が見てとれる。

 

「あの銃、ヘッケラー&コッホのG36だ。実物かあ」

 

「ちょ、何検討外れなこと言ってんだよヒロキン」

 

そうやって宏樹の肩をつかむ神鍋は、暑さによるものではない汗が浮かんでいた。

 

最初こそひきずるような音も、やがて一定のリズムで韻を踏むような音になってきた。いまわかったのだが、進行方向やや先、山と山のわずかなすき間から風が流れ込み、やがて生温かい風になる。

 

ズシン、という音が響き、一行は後ずさった。すぐ先のすき間から、何かが飛び出してきた。見上げるような大きさだった。

 

甲高い怒声が響き渡り、宏樹たちは耳を塞いだ。日差しが遮られたのか陰になり、そのせいか妙に海風が冷たい。いま一度、甲高い怒声が周囲を揺らす。

 

「・・・ゴジラだあ!!!!!!!!!」

 

神鍋が叫んだ。より一層怒声を上げ、すき間を抜け出してこちらに迫ってくる。砂浜は砂が飛び上がるほど揺れ、頭が崖の岩を削って落石が起きる。

 

マックスたちはライフルを構えたが、突進してきたことで発砲をあきらめ、「走れ!!」と叫んだ。

 

思い思いに走り出す宏樹たちに、崖を削ったことによる石やら岩が降り注ぎ、砂埃が舞い上がった。目に砂が入ったことで、宏樹は痛みに目を閉じてしまった。そこを岩か何かにつまづき、大きく転倒してしまった。

 

身体が宙に浮いた気がした後、腰の辺りに強烈な一撃が走った。

 

目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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