・9月1日 15:05 ミクロネシア連邦ファロ島
※場面転換するワケじゃねーし、もういっか。
ファロ島を囲む崖のような山は頂こそ高くはないが、ほぼ絶壁のようにそそり立っており、そこを乗り越えて島の奥へ向かおうとする者の意志を阻んでいる。
その中でもところどころ、洞穴のようになっているところがある。ファロ島の住人に槍を向けられ進む宏樹とマックスは、まさしくその洞穴を通り道としていた。
宏樹もマックスも押し黙り、玉のようににじむ汗をぬぐうこともせず歩く。洞穴内は蒸し暑く、住人のように上半身裸にでもなれたらどれほど良いだろうか。
洞穴はさほど長くなく、数百メートルも歩けば先が見えた。同じように標高100メートルあるかどうかという程度の鋭い山がいくつかそびえ、濃密な森の空気が鼻についた。山の麓辺りには鬱蒼と茂る木々がある。だが森と呼ぶほど大きくはない。
洞穴を抜けると、住人の一人が大声を上げた。よく目を凝らすと、木々の向こうにいくつかの小屋が見えた。
すると小屋の辺りから、同じく大声が木霊してきた。背中を押され、歩みを進める他ない。
また、法螺貝のような音がした。凶器を向けられて気が気でない宏樹ではあったが、周囲を見回してみる。マックスと話したいところだが、とてもそんな雰囲気ではない。
やがて木々を抜けると、小屋が数軒並んだ、集落と呼べるような一帯に出てきた。そこで宏樹もマックスも身体が硬直した。
鬱蒼とした木々で見えなかったのだが、集落のはずれが岩場になっており、そこにさきほど自分たちの前に現れた怪獣が鎮座していた。
一瞬、恐怖のあまり声を出しそうになる宏樹。だが怪獣はさっきの獰猛さはどこへやら、首をすくめるようにこちらを凝視してくるが、やがて興味がなさそうに別の方向へ首を向けてしまった。
集落から数人、やはり槍を持ってやってきた。何か大声で会話を交わし、小屋の一角を指差すと何人かでそちらへ行ってしまった。宏樹とマックスを囲むのは3人になった。依然槍を向けられているのだが、住人たちが会話してからというもの、雰囲気が変わった。
「ねえ、なんか空気感ちがくない?」
宏樹が小声で話しかける。
「ああ。殺気を感じなくなった。だがわからんぞ。コミュニケーションさえ取れれば良いんだが・・・」
「で、で・・・さっきの、アレ」
「アレ、な。はっきりわかった。アレはゴジラではない」
やっぱり、と宏樹は思った。
「まずゴジラは、あそこまで頭がデカくない。そしてゴジラほど手が発達していない。どちらかというと・・・恐竜だ。それもオーバーサイズのな」
そうなのだ。よく図鑑や映画に出てくるティラノサウルスのような、肉食恐竜そのものといった容姿なのだ。ただその身長は周囲の木々よりもはるかに高く、見上げるほどではある。
「さっきはオレたちに襲い掛からんばかりの勢いだったのだが、いまはずいぶんと大人しいな。住人たちと共存でもしてるというのか。あれほどの巨体が」
マックスがつぶやいた。ちょうど小屋から多くの住人が出てきて、その中から、見覚えがある連中が顔を出した。
「ヒロキン!!」
顔を見るなり、神鍋が駆け寄ってきた。
「鍋ちゃーん!!」
不安が一気に霧消し、宏樹も駆け寄ろうとした。慌てて両隣の槍が宏樹の身を遮ったが、小屋から出てきた住人のうち、年配の男性が何か叫ぶとその槍をひっこめた。
神鍋と抱き合っていると、飯島もやってきた。
「聡くんも!良かったぁ!」
「ヒロキン!まさか潰されちまったんじゃねぇろって、オレもう心配で・・・」
神鍋が涙を流し、飯島は宏樹の肩をポンポン叩く。驚いたことに、チェ支社長やブンチャヤとボロロも無事で、マックスと再会を喜び合っている。
聞き覚えのある高い声がした。宏樹が顔を向けると、コンノ三世だった。住人のうち高齢の男性を連れてきた。
「宏樹サン!良かっタ!無事でしたカ」
そういって宏樹を抱きしめると、やってきた高齢の男性に大声でまくし立てた。険しい顔で訊き返したのだが、コンノ三世は宏樹を指差して力強く訴えかけるようにしゃべるのだ。
高齢男性は困惑している。長い髪を無造作に伸ばしているが、頭に輪っかのようなものをかけ、蓑も他の住人より豪華だ。どうやら位の高い人らしいことは、宏樹にも窺い知れた。
「宏樹サン、こちら、ファロ島のチキロ酋長!イチバンエライ人」
そう言われ、宏樹は思わずお辞儀した。だが訝し気に宏樹を見てくるばかりで、どうやら警戒されているらしいことはわかる。すかさず、神鍋と飯島がコンノ三世にまくし立てた。
「おいコンノ、ヒロキンは髪染めてるだけで、れっきとした日本人だって説明してくれ」
「そうだよ。しかも、彼のおじいさん・・・だっけ?ファロ島にゆかりがあることもしっかり話してほしい」
するとコンノ三世は頷き、神鍋と飯島が話したことを現地の言葉でチキロ酋長に話しているようだ。それでも不可思議な表情をするチキロ酋長。
「・・・ね、ねえ?オレ何か、ウェルカムな感じじゃないの?」
宏樹は神鍋と飯島に訊いた。
「よくわからないんだが・・・」
そう前置きして、飯島が口を開いた。
「髪の毛が金色のヤツは信用ならない、そういうことらしい」
ますますわけがわからなくなったが、どうやら自分の金髪が警戒される所以らしいことはわかった。すると、マックスと自分が受けた仕打ちになんとなく得心がいく。
コンノ三世はいろいろ説明しており、様子を見るとチキロ酋長はだんだんと表情を軟化させてきている。やがてコンノ三世が出した単語に、チキロ酋長は顔色を変えた。何かを訊き返すと、コンノ三世は宏樹を指差して「サクライ、サクライ!」と連呼した。
するとチキロ酋長が宏樹に寄ってきた。宏樹の顔をまじまじと見て、肩をつかむ。
「サクライ・・・オサム?リョウタロウ?」
宏樹はハッとした。修じいちゃんと、良太郎おじさんの名前だ。どう話せば良いかわからなかったが、宏樹は何度も頷いた。
「アッハ・・・アッハハハ!」
すると長年の旧友に再会したように、チキロ酋長は大きく笑った。
「チキロ酋長、オサムさん、リョウタロウさん、よく覚えてル。どっちも友達。友達の親類?友達!」
コンノ三世の説明中、チキロ酋長は何やら宏樹のおでこに指をあて、トントンと何度か叩く。
「コレ、ファロ島のみんながする、一番の歓迎の証!宏樹サン、あなたみんなと友達!」
よくわからなかったが、悪い気はしない。というか、チキロ酋長の満面の笑顔から、もうすっかり警戒はされなくなり、むしろウェルカム大歓迎!そんな雰囲気を全身から醸し出している。
ふと、また法螺貝のような音がした。チキロ酋長を始め、集っていた住民たちは音がする方を向くと、全員膝を地面についた。
「な、なにコレ?」
宏樹が不思議がると、みんな両手をバンザイさせ、そのまま手と顔を地面に伏せる。岩場近くにいる怪獣(ゴジラもどき?)も、その音でしおらしく首をもたげる。
「アモ」
「アモ」
「アモ」
チキロ酋長を筆頭に、みんなが口々に言い始めた。
「アモ・・・?それに、あの怪獣は・・・?」
宏樹が誰にともなく、訊いた。
「あのゴジラみたいな怪獣、みんなゴロって呼んでるすけ。なんか、さっきから聴こえる笛の音流れると大人しくなるんろ」
「アモって、どうやら島の巫女らしい話をさっきまできいてたんだ」
神鍋と飯島が説明してくれた。どうやら宏樹が気絶してる間、この集落へ到達していたらしく、いくつか島のことを把握しているようだ。
島のみんなが祈りを捧げるように膝まづく先の崖を、何かが降りてくる。よく目を凝らすと、断崖と呼んでも差支えなさそうな坂を、軽やかに駆け降りる人間の姿が見えた。先んじて、木々の向こうから数名の島民がやってきたのだが・・・。
「・・・お、オトーサン?」
コンノ三世が先頭の島民に声をかけた。なんと、コンノ三世と瓜二つの島民がいて、声をかけられた方の島民もギョッとして白眼を剥いた。
「サ・・・三世??」
「オトーサーン!!」
「三世ー-!!」
まったくもってそっくりな二人は強く抱き合い、涙を流して互いに絶叫している。だがやってきた一行も膝まづいたのを見て、喜びもひとしおな中同じように膝をついた。
宏樹たちはハッと息を呑んだ。程良く太陽に灼け、腰と胸に蓑を巻き、長く黒い髪をなびかせた若い女性が、こちらへ歩いてきた。あまりの神々しい雰囲気に、宏樹たちも島民を真似て膝をついた。
島民たちの出迎えに、その若い女性はバンザイのように手を大きく掲げる。目の前を通るとき、宏樹は女性の顔をよく見た。黒目が妙に虚ろで、宏樹に視線を合わせようとしない。無視している、というより・・・。
「あの娘・・・まるで・・・」
「うん。なんだか、目が見えないように思える・・・」
飯島が同調した。
「でも・・・なんだろな?なんだかさ・・・」
「んん・・・日本人?ぽいよな・・・」
だが声は聞こえるのか、宏樹たちを向いて立ち止まった。まっすぐの黒い髪、少し浅黒い程度の肌。なにより穏やかな微笑を湛えた表情。どことない神々しさと気品に溢れている。
女性はチキロ酋長に何かしゃべりかけた。いくつかやりとりすると、宏樹たちを向いた。
「ようこソ、ファロ島へ。私は、アモ」
宏樹たちはあんぐり口をあけた。
「おいおい・・・」
「日本語だぜ・・・」