日が暮れるころ、全島民70名ほどが総出で宏樹たちを歓迎する宴を開いてくれた。
決して食糧が豊富とは思えないことがうかがい知れるのだが、集落の中央にある広場いっぱいに焼いた肉や赤いスープが並べられ、自分たちも食べながら宏樹たちに勧めてきてくれる。始めは不安だったが、島独特の香辛料に彩られた食味は舌を大いに悦ばせてくれていた。
島民たちは代わるがわる、「日本はどんな国なのか」「日本人はどんな生活を送っているのか」「日本人はどんな信仰を持っているのか」などと口々に質問してくる。そこをコンノ親子がうまく通訳してくれ、宴は酣となっていた。
島民の中には10名ほど小さな子どもたちがいて、神鍋が持ってきた指輪のおもちゃに興味津々だった。
「鍋サン、これは何かッテみんなきいてるヨ」
コンノ三世が通訳すると、神鍋は大げさに身体を振りかぶった。
「これはね、こうして遊ぶんだ。シャバドゥビダッチヘンシーン!みんな一緒に」
「「「シャバドゥビダッチヘンシーン!」」」
人柄もあるのだろう、宏樹たちの中では神鍋が子どもたちに人気がある。そういえば、日本からおもちゃを持ってきたなどと船の中で話していた。
「ヒロキン、飲んでみなよ」
飯島が差し出してきたのは、スープとも異なる赤い汁だった。島民を見ると、まるで酒を呑むかの如く美味そうにすすっている。
「これ、アルコール入ってるんじゃないの?」
元来酒が呑めない宏樹は、遠慮がちに訊いた。
「コンノに訊いたら、酒じゃないらしい。一種の麻酔というか、脳や神経への作用はあるらしいんだけど」
そう訊くとますます呑む気はなくなるが、せっかく勧めてくれたのだ。宏樹は幼児がお屠蘇を呑むように、おそるおそる吞んでみた。
苦味と多少の酸味はあるものの、呑めない味ではない。むしろ不思議なコクがあり、なるほどクセになるというのも頷ける。
「もしかしたら、酒の文化がなくて、この赤い汁を酒みたいに楽しむのかなあ」
宏樹がつぶやいた。この島の生活や慣習に興味がある様子がうかがえ、飯島は頷いた。
「パシフィック製薬が使ってるファロラクトン。あれも赤い木の実が原料だっていうからね。薬効成分かなり含んでるんじゃないのかな」
そういえば、と宏樹は口を開けた。修じいちゃんが「キングコングはな、島に伝わる赤い汁を呑むと眠くなるんだ」と、よく教えてくれていたのだ。
「そうか。あんな大きい巨体が眠るほどなんだ。やっぱり薬効すさまじいものがあるんだな」
そんなものを人間が呑んでも大丈夫なのだろうか・・・そう心配する宏樹をよそに、飯島がつぶやく。
そうしているうちに、子どもたちを引き連れて神鍋がやってきた。
「おうい2人とも。この子たちが一緒に遊ぼうってよ」
島の子どもたちにすっかり懐かれた神鍋の両腕に、子どもたちがぶら下がっている。
飯島は子どもの相手が得意ではないのだろう、やや気まずそうに苦笑したが、宏樹は子どもたちに目線を合わせるべくしゃがみ込んだ。
すかさず子どもたちが寄ってくる。どうしたものかと思案していると、ふと思いついた。スマホを取り出し、動画撮影をタップする。
画面に映った自分たちを見て、子どもたちは大きく驚き、そしてはしゃぎ出した。「貸して、貸して!」とせがんでくるのは、言葉がわからなくても理解できた。
宏樹のスマホを持ったまま、子どもたちは大人たちの中へ走っていく。自分の両親にスマホを向け、何かしゃべってもらおうとしている姿は本当に楽しそうで、微笑ましかった。
ふいに思った。ここ最近、自分はああいうふうに素直な気持ちで楽しみ、動画を撮影していただろうか。
やりたいからではなく、やらなくちゃ、という義務感に駆られて動画を回すようになったのは、いつぐらいからだったろうか。
「宏樹サン、みんなすっかりスマホで撮影お気に入り。島民みんなでYouTuberだヨ」
コンノ三世が骨付き肉を頬張りながらやってきた。子どもたちが代わるがわるスマホを握り、焚火の炎や料理の様子を撮影してはきゃいきゃいとはしゃいでいる。
「さあさあ、みんなまだまだお肉アル。もっと食べル」
コンノ三世に言われ、宏樹は串焼きにされた肉を数本と赤いスープの器を持つと、集落の外れに向かった。マックスたちが簡易テントを建て、集落の食卓には混ざらず食事をしていたのだ。
「マックス、これ」
現れた宏樹に、マックスたちは怪訝な顔をした。
「おい、オレたちは大丈夫だと言ったじゃないか」
「そうだけど、みんな一緒に食べてるんだし。せめて、同じ物食べてもらいたくて」
そう言う宏樹になおも戸惑いがちだったものの、ブンチャヤもボロロも美味そうに焼けた肉の魅力に、いまにもよだれを流しそうだ。そんな彼らを見て、しょうがねえなといったふうにマックスは宏樹から料理を受け取った。
「ねえ、やっぱりあっちに来たらどう?僕らからも酋長にお願いするからさ」
「・・・せっかくだが、それは遠慮する」
肉を頬張り、マックスは言った。髪の毛が金色のヤツらは信用ならない・・・最初にそう言われ、宏樹たちが快く迎え入れられても、島民がマックスを見る目は冷たいままだった。そうした空気を読み取り、マックスたちは集落の外れにテントを張り、持参したレーションで食事を済まそうということになったのだ。
「でもなんで、島のみんなはマックスを遠ざけようとしてるのかな」
宏樹が口にした疑問に、マックスは何も応じなかった。本当にわからないから答えなかったのではなさそうに、宏樹は思えた。
「明日、キングコングを探しに行くんだろう。機材や荷物はオレたちで持ってやるから、島から人員の応援はいらない。酋長たちにそう伝えてくれ。ヒロキン、肉とスープはありがたくいただく。礼を言うぜ」
どこか、宏樹を遠ざけようとしているように感じた。昼間の一件でだいぶ距離を縮められたと思っていたのだが・・・宏樹は何も言わずに頷くと、マックスたちのテントを離れた。
翌朝になった。
昨日呑んだ赤い汁の効能だろうか、近来稀に見る寝覚めの良さを、宏樹は感じていた。それだけでなく、身体がものすごく軽いのだ。
考えてみれば、長旅の疲れに加え昨日は船酔いに見舞われ、身体が五体不満足状態だったのだ。健康体の自分はこんなにも気力体力共に充実するものなのか・・・。
特に神鍋は元気だった。普段から規則正しい生活をしているのが功を奏したのか、早朝から筋トレに励んでもちっとも疲れを感じない、と良い汗を輝かせていた。対照的に、不幸にも神鍋より遅く就寝してしまった飯島は見るからに寝不足だった。神鍋の快適な睡眠の犠牲になってしまったのだろう。
南洋の島とはいえ、朝方は少し涼しさも感じられた。朝もやの向こうに太陽が昇るのが見え、朝の6時くらいかと思っていたが、なんと8時をやや回った頃だった。
「気が付かないカモしれないケド、南半球はいま冬の季節ネ。ライジングサン、遅い」
そういうコンノ三世は、すっかり出かける支度を整えている。マックスたちも準備を済ませているところを見ると、どうやら宏樹たちを待っている状態のようだった。
慌てて支度をするが、「この島では慌てるの、よくナイ」と言ってコンノ二世がフルーツを差し出してきた。
「みんな朝、しっかる食べル。身体、一日元気。とっても大事」
そういって自分もフルーツにがぶりつく。
「うん。コンノのお父さんの言う通り。朝食わないと力出ない」
神鍋はコンノ二世に倣って、大きく口を開けてフルーツを頬張った。
「朝食べない方が時間的効率を生む場合もあるんだが・・・こういうところではそんな文明的発想は無用か」
飯島は朝の食事を摂らないと話していたが、郷に入れば郷に従え、とフルーツを口にする。宏樹も普段朝は食べない。というか、編集作業をしていると夜も朝もあいまいになってしまう。赤い汁の薬効だけでなく、日暮れと共に寝て夜明けと共に起き出すという生活リズムは、考えてみればかなりひさしぶりだった。
フルーツはドラゴンフルーツによく似ていた。味は薄いが、噛むと果汁に溢れ、プチプチした種の触感が歯応えを愉しませてくれる。
フルーツを食べたことで手がベタついているが、拭くものを用意していない。仕方なくそのままスマホを持つことにした。アルコールティッシュくらい用意してくれば良かったのだが、神鍋などは果汁でべたべたの手で自撮り棒を握っている。
「支度が済んだのなら、早く行くぞ」
相変わらずぶっきらぼうにマックスが声をかけてきた。昨日、仲良くなれたと思った宏樹は複雑な気分で頷いた。
「みんな、今日は私とオトーサンで、案内する。オトーサン、この島詳しい」
聞けば22年前の地震以来、コンノ二世はずっとこの島に住んでいたというのだ。地震で乗ってきた船が壊れ、戻るに戻れなかったらしい。
コンノ二世の先導で、集落から先の山道へ進むことになった。コンノ二世はマックスに敵愾心はないようだが、マックスはどこか島の住人を警戒している。髪の色で敵視されてしまう気分は、わからなくもないのだが・・・。
山への道までは木々が生い茂っており、その先は針のように険しい山が連なっている。あんなところを登るわけではないらしいときいていたが、見るだけで圧倒されてしまう。
そして台地状の崖になっている麓には、ゴジラもどきの怪獣が横たわっている。大きく寝息を立てているが、神鍋のそれに比べればだいぶ大人しい。
「ねえコンノ、あの怪獣は?たしか、ゴロって呼ばれてたけど」
宏樹が三世に訊いた。
「昨日、オトーサンに教えてもらった。大地震の後、現れたらしい。それからボー・・・もといキングコングと力比べして、敵わなかったらしいヨ。顎のところに傷、アルね。キングコングに殴られてできたらしい」
そういえば、下顎にへこみ傷が見てとれた。
「大学の時に古代生物学の単位を取ったんだが、いわゆるアロサウルスに酷似しているんだ。しかしアロサウルスは最大でも10メートルあるかどうかといった大きさらしいんだ」
おもむろに飯島が口を出してきた。
「10メートル?どう見ても40メートルくらいはあるだろ、アイツ。恐竜にしては規格外だぞ」
「そういう鍋ちゃんも、恐竜の実物見たことあるの?」
「い、いやないけど・・・」
「ねえコンノ。地震の後に、現れたってきいたけど?」
「うん。この島の天地がひっくり返るほどの地震だったみたい。地形すっかり変わってしまった。オトーサン、そう話してた」
「しかし・・・地震だけであんなデカイ奴が出てくるなんて。やっぱり地球は神秘と驚異の塊だなあ」
話しているうちに、だんだん息が上がってきた。山道の傾斜がキツくなってきたのだ。そのうえ木々がなくなって遮るものがなくなり、サンサンと降り注いでくる日差しも、体力を奪っていく。
「お、アモだ」
先頭を歩くコンノ二世が声を上げた。山の向こう側、ほとんど崖のような道を軽やかに駆けあがっている女性が見えた。
「えっ・・・あんなところを?」
「あの動き・・・人間技じゃねえ。SASUKE出ても優勝できるぞアレ」
飯島と神鍋は驚愕していた。
「しかも・・・彼女、目が見えていないように思えたんだけど」
そう宏樹が訊くと、コンノ二世が満足気に頷いた。
「そう。彼女は目が見えない。だケド、身体とっても軽やか。目が見えない人、感性鋭いンネ」
「なあ、コンノパパ。あのアモって娘はいったい何者なんだ?昨日も、島のみんな眼差しリスペクトだったし、オレたちの歓迎会にも現れなかったぞ」
神鍋が訊いた。
「彼女、ボーの巫女。ボーの気持ち、わかる。ボーも、アモの気持ちわかる。お互い、お互いのこと大好き。昨日も、ボーに会いに行って、帰ってきた。それから村にある祠で祈り捧げてた。島の木の実、元気に育ちますように。島の子どもたち、元気に育ちますようにって」
コンノ二世が答えた。ボー、というのはファロ島の言葉で「王者」を意味するらしく、それはキングコングのことだと、昨日教えてくれた。
「・・・なあコンノパパ。アモって元々島の住人だったのか?なんか、日本人に見えるんだけど・・・?」
「ワタシもよくわからない。地震のとき、たしかにワタシ島にきたけれど、地震のときにケガをしてしまて、記憶曖昧。記憶喪失。ただ・・・傷だらけのボーが、血まみれの小さい女の子を岩の中から助け出してきた。そう聞いている」
「ぅわぁお!?」
そのとき、神鍋が素っ頓狂な声を上げた。体長1メートル以上はある、大きなトカゲが足元に現れたのだ。
「なんだぁ、トカゲかよ。ビックリさせやがって」
トカゲはキーキーと高い声で啼き、神鍋に近寄ってくる。
「でも良く見りゃかわいい顔してんな。どれどれ、よしよし」
神鍋はしゃがみ込むと、トカゲの頭を撫でようと手をかざした。宏樹は修じいちゃんが話していたトカゲの逸話を思い出し、「鍋ちゃん!」と叫んだ。それと同時に耳をつんざくような高く乾いた音がして、トカゲの脳天を何かが撃ち抜いた。
あまりのことに神鍋は腰を抜かした。マックスがG36アサルトライフルを発砲したのだ。
「な、なにするんだよ!ビックリしたってか・・・殺すことないだろうが!」
神鍋の抗議に、マックスはフン、と鼻を鳴らした。
「わかってないようなら教えてやる。こいつはコモドオオトカゲの亜種だ。こう見えて獰猛だし、人間の身体を噛み砕くほど顎の力も強い。しかもその歯は雑菌だらけで、破傷風やペストの温床ときている。お前、そう聞いてもこの爬虫類と戯れたいか?」
それを聞き、神鍋は顔を青くして後ずさった。
「ヒロキン、知ってたのか」
飯島が訊いてきた。
「うん。修じいちゃんが話してた。ファロ島に出るオオトカゲは歯が鋭くてばい菌持ってるから、出てきたら銃で撃ち殺してたって」
乱れた呼吸を落ち着けると、神鍋は立ち上がった。コンノ二世は脳天を撃ち抜かれて動かなくなったオオトカゲの顔を軽く蹴りつけ、動かないことを悟ると尻尾を持ち上げた。
「ちょ、それどうすんの?」
神鍋が訊いた。
「コレ、島の大切な食べ物。持って帰って焼いて食べるネ」
そういって嬉しそうに持ってきた大きな麻袋に放り込んだ。
「おげげー、そんなの食べるのか」
いまの話をきいて、心底気持ち悪そうにする神鍋。
「ナニ言ってるの。オオトカゲの肉、歯応えあって美味しい。島の大切なゴチソウ。昨日、みんなに出した焼いた肉、全部コレね」
3人とも青ざめた。