「そんなことがあったのか」
黄色い木の実、ファロラクトンεの探索とサンプル採集は早々のうちに終わり、集落に帰ってきたのは15時前だった。昨日のキングコング寝床探検に比べれば、身体の負担ははるかに軽かった。
宏樹が帰る頃には、神鍋も飯島もすっかり元気になっていた。持ち込んだ発電機にコードをつなげ、パソコンを開いてこれまで撮影していた動画の編集を始めていたのだ。宏樹が撮影してきた本日の映像はSDカードを抜き出し、そちらも編集に回す。
パソコンをいじりながら、宏樹はマックスと話したことを2人に話したのだ。傍らではたっぷり汗をかいたチェ支社長が、だらしない腹を出してビールをうまそうに喉に流し込んでいる。
「人生いろいろ、あんなことこんなことありますよ。わたしだって本社のエリートコースをひた走るつもりだったのが、ちょこっと上司とモメたら南の海のひとり管理職だ」
話を聞きながら、4本目のビールを開けたチェ支社長がぼやいた。彼なりに良い運動だったのだろう、持ち込んだビールの消費具合が見事なものだ。
「それに、今回なぜ島へすんなりと上陸できたのか、そこも引っかかってたんだが・・・本当に幸運だったんだな」
飯島がパソコンに向かいながらぼやいた。
「雷が鳴ってなきゃ、オレたちもエビラに喰い殺されてたかもしれないって考えると、神様っているんだなあ、やっぱり」
やはりパソコンに向かいながら、神鍋が言った。
それからしばらくは、3人とも動画の編集作業のためしばらく無口でキーボードを叩く時間が過ぎた。チェ支社長はいい加減ビールの効果が出てきたようで、赤い顔をして居眠りを始めた。
ふいに、チェ支社長の同僚2名が入ってきてチェ支社長を起こした。曲がりなりにも支社長なのだが本人いわく「本社から派遣されたヤツらの方がエライ」らしく、微睡を叩き起こされて不機嫌ながらも彼らの質問に答えていた。
「どうかしたんですか?」
言葉がわからなくても高圧的な2人がでていったところで、宏樹はチェ支社長に訊いた。
「いやあ、例の黄色い泉まではどうやっていったんだ、とか、雷が鳴るとエビやコンドルのバケモノは大人しくなるとは本当か、とか・・・。まったく、こっちは寝入りバナだっていうのに」
その後も韓国語で何やら愚痴をつぶやくチェ支社長。
「よくわかんねーけど、なーんかいけ好かない連中だよな」
神鍋が背伸びをしながらぼやく。
「オレたちに興味も示さないもんな、最初から」
飯島も同調した。たしかに、始めはぶっきらぼうだったがやがて打ち解けたマックス一行とはまた異なり、最初から宏樹たちに興味もなしにただ同行してきただけのような感じが否めないのだ。
「まあ韓国の大手財閥だ。この島の資源開発やら、裏で考えがあるのかもしれないな。だからわざわざ本社から人をよこしたとも考えられる。なあ、ヒロキン」
飯島は編集作業がひと段落した様子の宏樹に声をかけた。だが宏樹はパソコン画面を注視するばかりで、飯島の声に反応する素振りがない。
「ヒロキン?」
怪訝に思った飯島がなおも声をかけると、弾かれたように宏樹は顔を上げた。
「あ、ああ、ごめん・・・ちょっと、用足してくる」
軽く咳払いをすると、宏樹は小屋を出て行った。神鍋はそんな宏樹を見送って大きくあくびをする。飯島は宏樹が編集した動画を覗いてみた。
宏樹のiPhoneを片手にはしゃぐ、島の子どもたちが映っていた。
ファロ島は夕刻を迎えた。
明日に戻る予定の宏樹たちを見送るべく、いつも以上に豪勢な食事を村人が振る舞ってくれることになった。
集落の真ん中にある広場に篝火が焚かれ、火の粉が時折爆ぜる中、村人たちに囲まれて宏樹たちは食事をとっていた。
「慣れるとトカゲの肉も美味いもんだな」
そう言いながら、神鍋はもしゃもしゃと大トカゲの骨つき肉を貪る。
「でも毎日こんな歓迎会してくれて、なんだかもうしわけない気分にもなってくるよ」
おっかなびっくりトカゲ肉に手をつける宏樹。
「まあ、他に娯楽がない島だ。オレたちみたいな客人をもてなすこういう機会がこの上ない楽しみなんだろうな」
やはりトカゲ肉を頬張り、飯島が言った。
いつのまにか、キングコングは眠りから覚めたようで集落から姿を消していた。ゴロは村外れの崖下で突っ伏している。赤い実を溶いた汁で上機嫌になったチキロ酋長がやってきて、宏樹たちと肩を組みながら何かを話す。
「もうみんな、ずっとこの島にいなさい。歓迎する。そう言ってマス」
コンノ三世がすかさず通訳する。チキロ酋長はとりわけ宏樹がお気に入りらしく、宏樹の背中をバンバン叩きながら笑顔で何かをまくしたてる。
「嬉しいけど、来月稲刈りだもんなあ」
肉をパクつきながら、村人に注がれた赤い汁を口にしている神鍋が言った。
「そうだな。オレも、12月には南アフリカ探訪の企画控えてるからなあ」
飯島が言った。村の子どもたちが宏樹に寄ってきた。またiPhoneを貸してとせがまれているらしい。
宏樹は少し苦笑いしながらも、子どもたちにiPhoneを渡す。動画撮影モードにすると、画面に映る自分たちの姿に興奮しながらiPhoneを掲げてはしゃぐ。言葉はわからないが、「僕にも貸して!」とせがむ子をからかうようにiPhoneを持って走り出す子を追いかけ、みんなで祭壇の方へ駆けていく。
「なんか良いよなあ、子どもたちが元気な姿って」
ほのぼのと微笑みながら神鍋が言った。
「・・・ごめん、ちょっと用足してくる」
宏樹は少し神妙な顔をして、その場を離れた。
「いってら」
神鍋はそう言って見送り、しばらくして「なんかヒロキン、今日トイレ近いよなあ」とつぶやいた。
「いろいろ、吐き出したいことがあるのかもしれないな」
そういう飯島に、神鍋は不思議そうな視線を向ける。
集落からやや離れ、宏樹は祭壇のわきにある小屋にもたれかかり、満点の星空に顔を向けていた。
iPhoneは子どもたちに貸したままだったが、それでも良かった。空いっぱいに輝く星空は、少しずつ宏樹の心をほぐし始めていた。
「宏樹サン」
ふいに声をかけられ、宏樹は肩をビクつかせた。アモが小屋の陰から声をかけてきたのだ。
「ああ」
それだけ声にした。嬉しいという感情が顔に出たのが、自分でもわかった。アモは目が見えないハズなのだが、そんな宏樹の表情を見透かしたかのように微笑んだ。
「どうしたんですか。宏樹サン、元気ナイ」
「ん?い、いや、別に・・・」
アモは首を振った。
「宏樹サン、わかります。いまの宏樹サン、元気ナイ。私、どうして宏樹サン元気ナイか、知りたいデス。宏樹サン、元気になってほしい」
宏樹は少し身構えた。島の魔神に仕える巫女とはいうが、まるで本当に神様の使いだと思ってしまう。宏樹が考えていることを、すべて見通しているようだ。
「・・・オレさ、YouTuberっていって、動画撮影したものをネットにアップする仕事してるんだけど」
言いながら、宏樹は自分が使う単語をアモがどこまで理解できるか考えあぐねた。だがアモは、単語はわからずとも不可解さを顔に出さず、微笑みを浮かべたまま頷く。
「最近、楽しくないんだ。気分が乗らないっていうのか・・・。人のネタをパクって動画作ることに、なんだか飽きてきたっていうか・・・これが、オレが本当にやりたかったことなのかなって、思っちゃうことが多くてさ。鍋ちゃんや聡くんはすごいよ。自分なりのネタを仕上げて楽しそうに動画撮影してるから。オレは、ちょっと違うかなって思っていたところにさ・・・」
宏樹はアモの反応を窺った。変わらず、微笑んだままだ。
「そんなとき、あの子たちが楽しそうに動画映して楽しんでる姿見て、もっと思ったんだ。動画を撮る楽しみって、なんだろうって。楽しいって、そう思えなくなってきた自分が悔しいし、寂しいっていうか・・・。なんだか、ね」
悲しさと寂しさを隠すように苦笑いする宏樹の腕に、アモはそっと手をかけた。
「宏樹サン、わかります。宏樹サン、みんなが観てるからやらなきゃ、そう考える。宏樹サンがやりたいこと、本当は違うカモしれナイ。だから、こころとからだが離れて、宏樹サン悲しくなっちゃう」
優しい口調だが、ズバリと当てられた。宏樹は照れ隠しで鼻の頭を掻いた。
「宏樹サン、どうしたいか、どうなりたいか、ワカラナイ。アモも、ワカラナイ。でも、宏樹サン、楽しくしててほしい」
自分の姿を映していないはずのアモの瞳は、宏樹の心を射抜くのに充分だった。
「ねえ、アモ」
宏樹が言うと、アモは微笑みを消した。
「もしかしてアモ、真祐ちゃん?」
そう訊いたが、不思議そうな顔をするアモ。
「あ、いや、違ってたらごめん」
「まゆ、チャン・・・。よくワカラナイ。でも、なんだか懐かしい。まゆ、チャン?そう呼ばれるの」
ふいに涼しい風が辺りを包んだ。湿気に満たされたそよかぜは、2人を優しく包み込んだ。
「ずいぶん長い用足しだなあ」
フルーツをガブつきながら、神鍋がぼやいた。宏樹のiPhoneで遊んでいた子どもたちは遊び疲れたのか、何人か眠ったまま母親がおんぶして帰っていった。宴も酣をやや過ぎ、そろそろお開きムードが漂い始めた。
集落に涼しい風が吹き始めた。遠くからは雷鳴が聞こえてくる。
「うわ、こりゃ雨降るかなあ」
そうつぶやく神鍋に「ダイジョーブ」とコンノ二世が答えた。
「あの雲、雷だけ。雨、降らナイ」
コンノ二世が指差し先には、帯電するかの如く紫色の稲妻に包まれた黒雲が近づきつつあった。遠巻きに雷鳴も聞こえてきた。
すると山の方から、LEDのライトを灯した一行が近づいてきた。明らかに村人ではない。
「おお、マックス」
神鍋が声をかけた。動けるようになったブンチャヤとボロロを連れて、陽が沈むまで島を調査すると言って出かけていたのだ。
「ちょっとこれを見てくれ」
そう言ってマックスが手にしたものを見せてきた。
「こりゃあ・・・金属片?」
「これがどうしたっていうんだ?」
神鍋と飯島が口々に訊いた。
「島の奥、ジャングルに引っかかっていたんだ。いまは冷めたが、オレたちが発見したときはもっと熱を帯びていた」
どういうことだ、と首を傾げる神鍋だったが、飯島は顔を強ばらせた。
「・・・もしかして、ヘリのローダー?」
「ああ、そのようだ」
「ちょっと待ってくれ、それが熱を帯びていたとなると・・・」
「そうだ、つい最近、何者かがヘリでこの島に接近していた、ということが考えられる」
飯島はマックスが言わんとすることを察した。神鍋は不思議そうに、そんな2人を見比べている。
「まさかとは思うが、明日ここを離れるまで、オレたちは交代で警備する。オレたちの他にこの島を訪れる、いや訪れようとしている連中が存在するのか、そしてそいつらは果たして友好的なのか、まったく確証が持てないからな」
「それはまさかだと思う。しかしマックス、あんたの過去を聞いたからには、そのまさかもあり得る事態だと思う」
飯島は顔を強ばらせたまま、言った。
マックスと飯島の予感は当たっていた。
ちょうどその頃、ファロ島の海岸の一角、誰もいない岩場に、黒い水上艇が着岸していた。
暗視スコープと黒い潜水服に身を包んだ数名の一行は、雷鳴響く中島へ上陸した。それぞれ手にはスーツケースほどの大きさの荷物を抱えていた。
そして島には、そんな一行を待ち構えている者たちがいた。