ゴジラ・・・・・・無論宏樹たちは、学校の授業でしか習ったことがない、もはや空想上の生物だった。
過去、東京と大阪を焼き滅ぼし、60年前にはキングコングと大暴れしながら東日本を縦断、静岡県熱海市で相模湾へ落下した後、姿を現さないことから死亡したものと思われていた。
その空想上の怪獣が、いままさに宏樹たちの眼前に現れた。いやファロ島へ来てからというもの、ゴロや大コンドル、そしてエビラ、キングコングといった怪獣たちを目の当たりにしている以上、何をいまさらと思わないワケではない。だが、その威容はこれまで目撃してきた怪獣たちのそれとはまるで異質なものだった。
海岸線に倒れ込んだゴロを睨みつけ、重く低い唸り声を上げながら様子をうかがうその姿は、宏樹たちを戦慄させるに充分だった。背筋に冷たい汗が流れるのを宏樹は感じた。
ゴロは起き上がると、負けじと吼える。呼応するようにゴジラも吼えた。突進するゴロ。
体格はゴジラの方がやや大きいが、ゴロの踏み込みは素早く、ゴジラの右腕に噛み付いた。皮膚に鋭い歯が突き刺さる。ゴジラは甲高く啼くと、なんとか引き離さんと腕を振り回した。重量はゴジラの方が圧倒的らしく、ゴロは振り回されながらも文字通り食らいついている。
「おい、下がろう」
マックスが一行を促した。後退りこそするものの、一行の動きは鈍い。目の前で起きている凄まじい光景に目を奪われているのもあるが、足がすくんで言うことをきかないのだ。
はたと気がつくと、コンノ二世はしゃがみ込んで歯をガタガタ鳴らしている。コンノ三世が呼びかけ、背中をさするも震えが止まらないのだ。
「と、とにかく下がろう」
神鍋は三世に手を貸し、二世の脇から持ち上げる。飯島はあろうことか、iPhoneでゴジラとゴロの競り合いを撮影し始めた。
「聡くん何やってんの!逃げよう!」
「不思議だ・・・こうして画面を通すと、恐れを感じない。きっと災害現場を撮影して被災する人も、こうしたところから危機感欠如して・・・」
「いいから!ほら!」
宏樹は飯島の肩をつかむと、強引に引き寄せた。
「それにYouTuberたるもの、この様子を撮影せずにおくべきか」
なおもiPhoneを手放さない飯島。
必死に食らいついていたゴロだったが、とうとうゴジラに引き離された。乱暴に岩壁へ叩きつけられ、雄叫びが木霊する。
宏樹たちに大きな影が覆いかぶさった。空に大コンドルが現れ、ゴジラを威嚇し始めたのだ。
新たな怪獣に顔を向けるゴジラだったが、そこへゴロがタックルを仕掛けた。大きくみじろぎするゴジラに、滑空してきた大コンドルがゴジラの頭部に鋭いクチバシを突き刺す。
頭上の相手に怒りの咆哮をあげるが、再度突進してきたゴロの頭突きがゴジラの土手腹に叩き込まれた。ゴジラは仰向けに倒れるも、すぐさま起き上がりゴロとがっぷり組み合う。
そこを大コンドルが両脚でゴジラの頭を引っ掻き回す。大きく頭を跳ね上げて抵抗するも、一度飛び去ってはまた掻き回すヒット&ラン戦法にゴジラの怒りは増すばかりだ。
ゴロを押し出すと、再度飛来してきた大コンドルに強烈な尻尾の一撃を食らわせるゴジラ。
「ああ!」
宏樹が叫んだ。撥ね飛ばされた大コンドルは険しい岩壁に激突し、羽毛を撒き散らしながら力無く砂浜に崩れ落ちた。
トドメを刺さんと大コンドルに滲み寄るゴジラだったが、横から突進してきたゴロが両脚を跳ね上げた。横倒しに吹き飛ばされ、海へ転げ回る。
激しい戦闘はファロ島の地面を打ち鳴らした。宏樹たちは身の危険を感じてより後退しようとしたが、山からはサッカーボール大の岩がいくつも落下してきている。しかたなくその場に身を屈めるしかなかった。その状況に拘束から離れようとする韓国の悪漢2人だったが、ブンチャヤがいささか乱暴に頭を叩きのめし、大人しくさせた。
起き上がるゴジラに、ゴロはもう一撃カンガルーキックをお見舞いした。波打ち際から大きく吹き飛ばされ、ゴジラの身体が海へ沈む。食い下がろうとするゴロだったが、なにかを察したようにその足を止めた。
海面を破って起き上がったゴジラは、甲高く叫んでいた。右肩付近に大きな赤いハサミが食い込んでいたのだ。
過去類を見ない大きな「エサ」に反応した、エビラだった。
すかさずもう片方のハサミでゴジラの左腕を掴み上げる。ギリギリと力を込めると、ゴジラは大きく吼えた。右肩のハサミを一度離し、反撃に転じようとするゴジラの頭をしたたかに殴りつけた。それなりに堪えたらしく、ゴジラは前のめりに倒れ込んだ。
身を捩って転げ回り、どうにかエビラを引き剥がそうとするゴジラだったが、飢えた海の悪魔は決してハサミを離そうとはしない。水飛沫を激しく打ち上げつつ、ゴジラは陸へ上がろうとする。するとエビラの動きが鈍り始めた。陸は自身の活動領域ではないのだ。
そこへ、虎視眈々とチャンスをうかがっていたゴロが再度カンガルーキックを叩き込む。ゴジラはエビラに左手を挟まれたまま吹き飛んだ。エビラも巻き添えとなったが、それでもハサミはゴジラの左腕を捕らえたままだ。
エビラはゴロのキックで海へ戻ったことで、そのままゴジラを海中へ引きずり込もうとした。だが、ゴジラの怒りはとうとう頂点に達したようだった。
エビラには油断があった。水中では自在に動ける自身に分があると考えていたのだが、それはまた、ゴジラも同じだったのだ。
地面という枷がなくなり、ゴジラの長い尻尾はエビラの尾に絡まった。自身も下半身の自由が奪われつつあることをエビラが認識したとたん、甲高い悲鳴を上げた。
エビラの尾に巻き付いたゴジラの尻尾は、一気に力を込めることでエビラの尾を形成している甲殻を粉砕してしまったのだ。
苦痛に全身が震えるエビラは、ゴジラを挟む力を緩めてしまった。仕返しとばかりに尻尾をエビラの顔面に叩き込むと、ゴジラは海面から浮上した。
すかさずゴロが走り込み、得意のカンガルーキックをお見舞いしようとしたが、ゴジラはお辞儀するように身を屈めると、空を切ったゴロに振り上げた尻尾を当て込んだ。
カウンター攻撃を受けたゴロは派手に吹き飛び、波打ち際を転げ回った。起きあがろうとしたところを、背後から迫ったゴジラが踏みつけた。大きく口を開いて苦痛を絶叫にして吐き出す。
2度、3度と図太い脚をゴロの背中に喰らい込ませると、ゴジラはゴロの脇腹を蹴り上げた。ゴロゴロと勢い良く転がり、岩壁に衝突する。ガラガラ声の悲鳴を上げると、やがて口から白い泡を噴き出してゴロは動かなくなった。
邪魔者を始末したゴジラは、2度大きく吼えるとその身を北の方角へ向けた。島から離れるように海へ進んでいこうとしたとき、海面から何かが飛び出してきた。
エビラだった。下半身を砕かれてなお、強大な「エサ」にありつかんとする貪欲なまでの食欲が身体のダメージによる戦意喪失を払拭していた。
突き出したハサミがゴジラの土手腹に刺さる。皮膚こそ破らなかったが、痛みに後ずさるゴジラ。またもハサミを振り上げ、ゴジラを殴りつけようとするエビラだったが、ズタボロの下半身はその威力を減退させてしまった。
空ぶった左のハサミは砂浜に突き刺さり、そこをゴジラの蹴りが直撃した。甲殻が砕かれ、剥き身が溢れ出す。悲鳴を上げるエビラの顔面を、ゴジラは右手で殴りつけた。顔面が陥没し、エビラが横倒しになる。
ゴジラの背鰭が沸騰するように熱を帯びた。青白く光ると、ゴジラはその口から青白い炎、放射火炎を吐き出した。赤かったエビラの甲殻は一瞬で白くなり、次いで黒焦げになった。上半身をゴジラの放射火炎で焼かれたエビラは、激しく白煙を身に纏いながら海へ沈み、2度と海面から姿を見せることはなかった。
ゴジラは天を震わせるような雄叫びを上げた。そして北の方角を再度仰ぎ見ると、全身を海へ沈めた。始終を目撃していた宏樹は、北へ向かわんとするゴジラの明確な意思のようなものを感じていた。