「許せねえ!」
話を聞いた神鍋が、噴飯やる方ないといったふうに声を上げた。
「お前らのせいで、島はメチャクチャになった上にゴジラまで復活しちまったってことだろがーて!!」
マックスの拷問で虫の息になっているイの胸倉を、神鍋が掴み上げた。イの足が宙に浮き、だらんとした首がもたげた。
「鍋ちゃん」
そんな神鍋を宥めつつも、宏樹はイに厳しい視線を向けた。
「彼らの所業はひとまず棚上げしよう」
ずっと考え事をしていた飯島が口を開く。
「オレたちはどうやって、ファロ島から出られるかを考えよう。ホバークラフトはあの通り、一艘が焼かれ、もう一艘は岩の下敷きだ。朝進グループの船も沖合にいるだろうが、島の地形上ここまで船を進められない。そもそも、ジングォン派が手を回して、オレたちを亡き者にするつもりだったなら、船が離れた可能性もある。衛星電話も岩に潰され故障。iPhoneは圏外。いや、電波があったところで・・・」
忌々しげに、自分たちが暮らしていた小屋を見遣る飯島。集落は無事だったのだが、不運にも小屋だけゴジラに踏み潰されてしまったのだ。
「発電機が御釈迦になって、充電が持ちそうにない。電波が圏外だと、絶え間なく電波を探して電池の消費が激しいからな」
「おまけにYouTuberのサガで、さっきまでの争いを撮影しまくったから余計に電池使っちゃったよね」
「それは言うな」
3人の電池残量を確認したのだが、いずれも10%を切っている。しかも何もせずとも、数分に1%ずつ消耗していってしまうのだ。マックスやチェ支社長も例外ではなく、文明の及ばぬ島では如何に文明が無力なのか、普段文明の利器に囲まれて暮らす生活が一変すると如何に不便極まりないか、3人は深刻に受け止めた。
「あんまり考えたくなかったけど」
勢いよく息を吐き出して、神鍋が言う。
「この島から出られないし、救援を呼ぶ手段がねぇってことでがーて」
「そうだな」
「でも、せめてゴジラが出たことをどこかに通報っていうか、しらせるくらいはしといた方が良いんじゃ・・・でも何もできないか・・・」
そう言い消沈する宏樹の肩を、飯島は励ますようにポンポン叩く。
「そのことなんだが、少し時間をもらえないか?」
顔中血まみれになって苦しむソンを縛り上げたマックスが、ふいに言った。
「22年前だ。オレたちは二艘のホバークラフトでここに上陸した。隠密行動故に、洞窟に侵入してな。で、慌てて撤退したもんだから、一艘で鮨詰め状態で逃げ出した」
「・・・ということは?」
ハッとしたように飯島が顔を上げた。
「ああ。もし洞窟にホバークラフトが残っていれば・・・そして、動かせることができれば・・・」
それをきいて希望に満ちた顔を浮かべる宏樹と神鍋。だが対照的に飯島の顔は曇った。
「お前の言いたいことはわかる。ホバークラフトが動いたところで、最寄りの島まで燃料が持つかどうか・・・その島にも、人や通信設備がなかったら・・・」
「そうなったら、オレたちずっとこの島で暮らすのか?でも悪くないな。食べ物には不自由しないし、なんなら果物も栽培できそうな環境だ・・・あ、でも10月の稲刈りあるもんな・・・」
どこかのんきな神鍋だったが、そんな神鍋の腕を宏樹は叩いた。
「鍋ちゃん、僕らこのままじゃ行方不明者扱いだよ。それにゴジラもキングコングも、島の外へ出たんだ。特にキングコング、このままじゃ日本に上陸しちゃうだろ」
イとソンから訊き出した話だと、アモを利用すべく韓国の組暴は日本の愛知県にある拠点へ連れ出したようだ。もしもキングコングがアモを探しに日本へ現れたら、手がつけられない騒ぎとなってしまう。彼らの話では、追って来るキングコングを屠るべく高性能機雷を用いたそうだが、それがどれほど効果があるものか・・・。現に、60年前に修じいちゃんが手引きして日本へ連れて来られる際、運搬中に暴れ出すという非常事態でTNT火薬を爆破させたことがあった。
その際も、キングコングはほぼ無傷で日本に上陸。九十九里から東京都内に侵攻したことで甚大な被害を及ぼしたのだ。
「そうだな。せめて、ゴジラとキングコング出現をどこかに通報しないとな。どこへ向かうかわからないが・・・」
飯島が顎に手を当てていると、ブンチャヤがマックスになにかを話した。英語を理解する飯島は驚いた顔をした。
「おい、どうしたんだ聡くん」
神鍋が訊いた。
「衛星電話、なんとか修理できるかもしれないって。それができれば、今回の一件を連絡できるし救援も呼ぶことができる」
「そういうことだ。修理はブンチャヤに任せるが、この島は衛星電話も電波が微妙だ。少なくとも海上へ出る必要はある。あのエビの化け物はくだばったと信じたいが・・・」
マックスがつぶやいた。
「ねえねえ、それなら」
チェ支社長が残り少ないスマホのバッテリーを気にしながら話しかけてきた。
「ここから南東へ1海里のところに、ウチの会社の通信拠点があるんだ。小さな無人島だが、少なくとも衛星電話の範囲だし、通信施設コードがあるから救難信号出してもすぐ発見できるはずだ」
「1海里・・・ホバークラフトでたどり着けるか」
飯島はマックスに訊いた。
「ガソリンの残量次第だ。そもそも現存するのか、動くかどうか、やってみなければわからん。とにかく、オレはボロロと一緒にホバークラフトをたしかめてくる。ブンチャヤにはなんとか衛星電話を修理させる。なんとかしてここを出よう。で、そこから先だが・・・」
マックスは3人を見遣った。
「お前たちは、日本へ戻るんだろ?」
「もちろん。アモが心配だ」
宏樹が即座に答えた。
「もしキングコングが日本に現れた場合、ヤツを止められるのはアモだけだ。何としてでも彼女を救い出す必要がある」
飯島も語気を強めて答える。
「その、ジングォン派だったか?一発ブン殴ってやらなきゃ気が済まねぇろ」
丸太のような腕に力をこめて、神鍋が言った。
「乗りかかった船だ。オレも日本に行こう」
思わぬマックスの言葉に、宏樹たちは目を丸くした。
「簡単に考えてるようだが、アモを拉致したのは裏社会の奴らだ。素人だけで対峙できると思うな」
そうは言うが、なぜマックスがここまで決意を固めたのか、宏樹は理解できた。
「私も一緒だよ」
チェ支社長も乗ってきた。
「私、コケにされたも同然。それに同胞の犯罪、見逃せないよ」
あれやこれやと仲間が増えたが、相手の言語がわかる人物がいてくれるのはありがたい。
「三世、お前、宏樹サンたちと日本、行きなサイ」
ようやく具合が戻ってきたコンノ二世が、息子を呼び寄せた。
「アモ、ファロ島の大切なひと。ファロ島にゆかりある人間、いなきゃいけナイ。お前、しっかり仕事果たしてきてほシイ」
「ウン、オトーサン。オトーサンも、どうかお大事に」
コンノ三世は二世の手を固く握り、親子はしっかりと頷き合った。
それからしばらくして、マックスがボロロと戻ってきた。
「良い報せだ。ホバークラフト、ちゃんと残っていたぞ。ガソリンも、なんとか1海里走る分はありそうだ。そしてよしんばガス欠になったとしても・・・」
マックスはブンチャヤから衛星電話を受け取った。
「どうやら電話が修理できたらしい。海に出てみないことには電波を拾えないが、いざとなっても海上へ出て救難要請を出すこと程度はできそうだ」
それだけ言うと、マックスは宏樹たちとチェ支社長、そしてコンノ三世を見遣った。
「わかっていると思うが、危険な目に遭うかもしれん。覚悟はできているか?」
各々、頷いた。無論、その危険がどのようなものか、想像しきれない部分もある。だがしかし、それぞれがそれぞれの信念、考えで決意を固めていた。もっとも力強く頷いたのは、宏樹だった。
「よくわかった。オレの仕事はそんなお前たちの安全を確保することだ。任せておいてくれ」
「ありがとう。マックスが言ってくれると心強いよ」
宏樹が言うと、マックスは若干はにかんだ。
「いざとなれば、ワタシだって力になるよ。こう見えて、ウチの国はみんな兵役ついてるからね」
チェ支社長がたるんだ腹の肉を叩いて豪語した。
「みんな、スマホの電池具合は?」
飯島が訊くと、全員バツの悪そうな顔をした。言葉に出さずとも、全員の表情が物語っていた。
「あと、ジングォン派のコイツら、どうする?」
チェ支社長が訊いた。2人とも満身創痍だが、治療する義理もない。行動を共にする義理もない。
「コンノ二世、チキロ酋長に伝えてくれ。彼らの処置は任せる、とね」
飯島が言った誰からも異論はなかった。チキロ酋長はコンノ二世の訳語を聴いて大いに頷くと、島の若い衆に何かを命じた。彼らは乱暴にイとソンを担ぎ上げると、奥歯をガタガタ鳴らす2人をどこかへ運んでいってしまった。
チキロ酋長は宏樹の頭上に手をかざした。不思議に目をパチクリさせる宏樹。
「コレ、島に伝わる祝福と加護の儀式。宏樹サン、島の神があなたたち守る。アモ、よろしく頼む、言ってマス」
宏樹が得心したように頷くと、チキロ酋長は宏樹を抱きしめた。背中をバンバン、痛いほど叩いた。同じように神鍋と飯島も抱き締め、背中を叩く。
「また、島、戻ってきてほしい。アナタたち、ずっと私タチの仲間、トモダチ、言ってマス」
チキロ酋長の目に、うっすら涙が浮かんでいるのがわかった。ふいに、宏樹も同じように涙が込み上げてきたのがわかった。なんだろうか、このひどく懐かしい気分は・・・。
飯島は笑みを浮かべたまま頷くのみだったが、神鍋はたまらず涙を流した。
「今度来るとき、この島でも育つ稲持ってくるよ」
チキロ酋長と握手しながら涙をボロボロこぼす神鍋に、「それ種苗法と検疫法的に大丈夫なのか?」と冷めたツッコミを入れる飯島。
酋長たち一行はホバークラフトが起つ浜辺まで見送りに来てくれた。全員から暖かく、そして強く意志のこもった視線を受ける。何せ、島の神的存在を救い出すために島を出るのだ。
「なんだか、魔王を倒しに出かける前の勇者になった気分だな」
鼻をズビズビさせながら、神鍋がつぶやいた。ホバークラフトは問題なくエンジンがかかった。多少燃料が劣化しているのか妙な臭いも鼻をつくが、マックスの話だと1海里程度は問題なく進めるだろう、とのことだった。
ホバークラフトが発進すると、チキロ酋長始め島のみんなが大きく手を振ってくれた。宏樹たちも負けじと振り返す。
「さて、しばらく進むと衛星電話の範囲だろう。まずはソロモン諸島の沿岸警備隊に救援を要請するとして・・・どうやって日本まで帰る?本来、お前たちが乗るわけだったシドニーのカンタス航空機は、もう間に合わないだろう?」
マックスが訊いた。宏樹と神鍋は顔を見合わせ、飯島を共に見遣った。
「・・・チェ支社長、ここからブーゲンビル島のブインは近いかな?」
そんな飯島は、チェ支社長に向き直った。
「ま、まあ比較的・・・しかし、なぜ?」
「あそこは週3回だが、チャイナエアラインが台北に向けて便を飛ばしてる。たしか月、木、土の21時頃発だった。そして、今日は土曜日・・・」
「そうか、台湾経由で日本目指すか!」
「台北からなら、同じくチャイナエアラインが中部国際空港まで飛んでるからな。あとは救援がそれに、間に合うかどうか、だ」