宏樹たちがホバークラフトで出発後、燃料ギリギリで朝進グループの無人通信拠点にたどり着いたのは、ファロ島を出てから1時間と少し経過した頃だった。
移動している上に海上ということもあり、しばらく衛星電話が通じないことには苛ついたが、拠点に着く手前にはソロモン群島の沿岸警備隊に救難信号を報せることができた。通信拠点には施設番号が割り振られており、そのシリアル番号を伝えたところ、すぐにでも救難機を飛ばすとのことだった。
実際、さほどかからず救難航空隊がヘリコプターでかけつけ、ブーゲンビル島への移送を頼んだところ承諾してくれた。通訳はコンノ三世が買って出てくれたのだが、チェ支社長の肩書きが何より物を語った。朝進グループの名前は、殊ソロモン諸島においては強烈な神痛力を持ち合わせているらしい。
救難出動したことで事情聴取が必要となり、要員としてブンチャヤとボロロが残ることとなった。そこから台湾行きの便があるブイン空港までタクシーを利用し、チャイナエアラインのチケットを人数分購入した頃には、日が沈みかけていた。
「どうにか日本へ戻る段取りついたのは良いとして・・・参ったな」
出国審査を終え、簡素な搭乗待合室に入るなり神鍋がぼやいた。
「万能充電器、故障してたとは・・・」
空港のコンセントに差し込んでも、うんともすんとも言わない万能充電器。電圧の異なる海外へ旅行しても問題なく充電できる代物であり、特に飯島のように旅を生業とする人間には必需品ともいえる道具だ。今回旅立つにあたり、宏樹も神鍋も飯島のアドバイスで事前に準備していたのだが、いかんせん宏樹たちがファロ島で生活していた小屋が破壊されたのが痛かった。その際、全員分の荷物を小屋に置きっぱなしだったことが痛かった。
「そりゃあ、あれほど小屋が崩れてしまえば、な・・・」
飯島は忌々しそうに頭を掻いた。
「よしんばあったところで、この設備では・・・」
宏樹たちが飛び立とうとしているブイン空港は一応国際線が運航しているのだが、少なくとも先進国の標準的な国際空港が備えている機能は望むべくもなかった。USBコンセントもふたつしかなく、忙しそうにどこかへ電話を続けるビジネスマンによって占領されてしまっていた。第一、充電器のケーブルが中で断線していた場合はお話にならない。
「こういうとき、文明のありがたさを実感するばかりだな」
大きくため息をついた飯島が言った。
「太田さんとか二宮さんとか・・・あっちこっち電話するにも、番号わからねぇんでは話になんねぇすけよ」
神鍋はなんとかiPhoneの電源が入らないか、ずっと電源ボタンを押しては放していた。だがわずかばかりの電池もとうとう消耗したらしく、ウンともスンとも言わなかった。それは宏樹も、飯島も同じだった。
「ワタシもです。電話番組はおろか、スケジュールから資料から全部、スマホ入れてましたから。一応、ワタシもビジネスマンなもんで」
チェ支社長が口をはさんできた。
「参ったなあ、どこにも何にもできないなんて」
宏樹が弱り果ててつぶやいた。
「どれ、USBケーブルを見せてみろ」
再び調子の悪くなった衛星電話を修理していたマックスが声をかけてきた。飯島が手渡すと、ケーブルのコードを歯で食い破り、中身を剥き出しにした。
「見てみろ、こことここが断線している。うまいことつないで、テープやら何やらで巻き直せば大丈夫だ。ここは任せろ」
「本当か?頼りになる」
マックスは飯島からコードを受け取ると、テープを借りるべく空港職員に話しかけた。職員は英語が苦手なのか困惑気味の表情を浮かべていると、すかさずコンノ三世が通訳に割って入った。意思の疎通ができたらしく、空港職員はセロハンテープを取りに向かった。
「衛星電話は修理できたようだが・・・やはり番号がわからないんじゃ意味がないな」
飯島がつぶやいた。
「それに電池も気になるよね。修理できたとしても、コレ充電する装備ないでしょ?」
宏樹が言った。
「ああ。スマホの充電器がすぐ復活すれば良いんだが・・・」
飯島はマックスとコンノ三世に目をやった。ミクロネシア時間といって、こちらの人々は何事にもゆったりでおおらかだ。セロハンテープを持ちに行った職員はまだ姿をあらわさない。
「おおああ!!」
突然、神鍋が大声をあげた。宏樹たちはおろか、大きくない搭乗待合室の全員が素っ頓狂な声を上げた神鍋に注目した。
「どうしたんだ鍋ちゃん、いきなり大声出して」
「いつも電話してる農協の電話番号、オレ暗記してたんだ!」
「農協?だからなんだって・・・」
「だからよぉ、農協に電話して、伝通とパシフィック製薬の番号調べてくれるようお願いしてみれば良いろ!?」
「・・・なるほど。この状況では、たしかに」
得心したように頷く飯島。
「でもさ、そんな用事頼んじゃって大丈夫なの?」
宏樹が訊いた。
「農協はオレたち組合員の味方だし、何でも屋だすけさ。大丈夫がて」
そう言うと神鍋は衛星電話を飯島から受け取り、飯島に国際電話のかけ方を習って、あとは暗記している番号を押した。
「もしもし、神鍋だすけ・・・おおみさきちゃんか!おう!ファロ島最高だったすけさぁ!内海のばあちゃんや渡辺のとおちゃんら、みんなして羽田まで見送り来てくれたすけよぉ!そーそー!自然豊かで、島の人もみんな良い人ばっかだったすけさぁ!オレいつかファロ島でも農業やりたくなったっけよ!営農指導の橋本さん連れて今度ファロ島行ってみて・・・」
雑談もそこまでだ、とばかりに、飯島は神鍋を肘でつついた。
「そうだそうだ!みさきちゃん悪ィ!あのさ、変な話するようだすけども、伝通本社と、パシフィック製薬の、ええっと・・・・宣伝部か!宣伝部の番号教えてくんねろ?折り返しでなくて良いから、このまま!ワケ話せば長くなるすけども、うん、大急ぎで!頼むがーて」
居ても立っても居られず、神鍋に近寄った宏樹と飯島の耳に、電話の保留音が聞こえてきた。
「衛星電話、折り返し電話できねぇの忘れっとこだったすけ」
「どうでもいいけど鍋ちゃん、さっきから方言出まくってるよ」
宏樹がツッコんでるうち、飯島は別の問題を気にかけていた。搭乗時刻が迫っているのだ。これから搭乗するチャイナエアラインの便は搭乗口のさきに駐機しており、カウンターにはチャイナエアラインの制服を着た現地係員がスタンバイしている。
神鍋が宏樹と飯島の肩をたたき、ペンを走らせる仕草をした。すかさず飯島はポーチからメモとペンを出すと、神鍋に手渡した。
「よし!みさきちゃんありがとう!今度またクッキー持ってくすけさぁ!」
電話を切ると、神鍋は農協職員から聞き取ったメモを飯島に見せた。
「僕が電話する」
そう言って衛星電話を手にする飯島。早速番号を押し、まずは太田へ連絡するべく番号を押す。そうこうしているうちに、ケーブル修理に悪戦苦闘するマックスと、何やら慌てた様子のコンノ三世が戻ってきた。
「ミナさん、もーすぐ搭乗始まる!それと・・・」
電話をしている飯島に気を遣い、コンノ三世は声を潜めた。
「空港のラジオ、おかしなコト言ってる。カロリン諸島、津波、襲った」
間もなくして時間が訪れ、搭乗するに当たり一度電話を切らなくてはならなかった。
「参ったなあ、もうすこしだったのに」
座席に座るなり、神鍋が心底悔しそうにつぶやいた。あんたが余計な話をするからだ、とは言うまい。宏樹も飯島も咳払いした。
「何にせよ、伝通は代表番号で太田さんの部署へ廻されるまで時間かかってしまったからね。どちらにせよ、太田さんも二宮さんも不在。第一、ゴジラもキングコングも現れてファロ島飛び出したって話に、ファロ島の巫女が拐われて日本へ渡ったなんて話、相手も不審にしか思ってないだろうし」
飯島がフォローした。幸い機材は最新型で、USBケーブルを挿して充電できるタイプだ。着席するなり飯島はマックスが直してくれたUSBケーブルで充電を始めた。やがて機は宙を舞い、安定高度に達するとすぐさまiPhoneの電源を入れた。
「思ったとおりだ。連絡がつかないことで、太田さんと二宮さんからメールやらメッセージやら・・・大量に送られてきてるぞ」
隣席の宏樹と神鍋が覗き込む。たしかに、3人の身を案じるものから、旅程を案内した韓国の朝進グループから3人がファロ島の事故に巻き込まれ、生死不明という未確認情報を寄せられた旨のメールもあった。
「僕ら、死んだと思われてたのか」
「連中、本気でファロ島に置き去りにするつもりだったらしいね」
「ちっくしょう、アモを連れ去るし・・・奴ら、ロクなモンじゃねぇろ」
とにかく電話ができないため、飯島は現状をメールで伝えることにした。こういうときは、商社勤めだった飯島の文書作成力が頼りになる。
「あとは、いつ2人が気がつくかだが・・・日本時間で午後6時。ボチボチオフィスに戻る頃だろう。さして時間もかからず、メールを見てくれると思うが・・・」
メールを送り終えると、世の中の状況を探るべくネットニュースを検索し始める飯島。
「こんな風にスマホを触りまくる生活、考えてみれば久しぶりだな」
ひとりごとを言いながら画面を操作していく。
「それにしてもさ鍋ちゃん、太田さんも二宮さんも、ゴジラが復活したなんて信じるかな」
「映像撮ったからそれ見せれば・・・って、ああ!映像メールにくっつけて送ってやれば2人も信じるか!」
宏樹は顔を大きく綻ばせた。
「そっかあ!良かったなオレら、YouTuberのサガで撮影してて!」
「その必要はなさそうだ」
飯島が宏樹と神鍋に、スマホ画面を見せた。一気にニュースの通知が届いたのだ。
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