・米領グアム アプラ・アメリカ海軍基地 米海軍空母「マーヴェリック」
「出撃だ、出撃!」
空母「マーヴェリック」を母艦とする米海軍航空隊の副隊長を務めるカザンスキー少佐の号令で、ブライアン・タガワ大尉を始めとする海軍航空機隊のパイロット8名が甲板に整列した。
カザンスキーの号令こそあれど、航空隊隊長であるウェルズ中佐の登場までやや時間がかかった。艦の通信司令室であるCICルームへ向かったきり、なかなか上がって来ないのだ。
「戦況が思わしくないのかな」
タガワは隣に立つ、同僚のショーン・タケカワ大尉に話しかけた。年齢が近い上に同じ日系人ということもあり、隊で一緒になってからというもの、公私ともに行動を同じくする機会が多かった。
「わからん。ちょうど南洋で演習中だったペンサコーラとデモインが、先んじて攻撃を始めたって話はきいてたが」
ペンサコーラとデモイン。いずれもアプラを母港とする海軍の巡洋艦であり、たまたまグアム島南海にて演習中だった。ところが南太平洋に突如としてゴジラが出現、周辺諸島に甚大な津波被害を及ぼしつつ太平洋を北上し始めたということで、本国の国防総省よりグアム防衛を目的とした攻撃命令が発令。米海軍巡洋艦による初の怪獣攻撃と相成った。
60年前、北極海で復活したゴジラは探索用潜水艦「シーホーク号」を撃沈させ、北方にある連合国軍基地を襲撃。目と鼻の先に位置している旧ソ連への対応を目的として、主に米国とカナダの陸軍部隊が駐屯していたのだが、基地防衛を主眼に迫り来るゴジラへ対して砲撃を加えた。
だが当時、基地の総力を挙げた砲撃はゴジラに対してまったく効果がなく、爆煙漂う中北極海から難なく上陸したゴジラに基地は完全に破壊されてしまった。そうした反省を受け、当時の西側諸国を中心にゴジラに対する戦術及び使用兵器の検討が行われた。とりわけ、主にゴジラは海を渡ってやってくるということから、海軍による対怪獣戦術の必要性が叫ばれた。
以後、ゴジラもキングコングも、あるいは類似した怪獣が出現しなかったため、兵力と戦術のみ模擬戦や訓練において温存された状況が続いていた。事実、今回の巡洋艦演習も、海面下を進行するゴジラを想定した軍事訓練であった。
具体的には、レーダー探知により2隻の巡洋艦でゴジラを進行方向から包囲。左右両方向より爆雷投下による飽和攻撃を実施後、海面に浮上したゴジラを両方向より囲い込み、主砲ないしは巡洋誘導弾による連続攻撃を加え、上空の海軍戦闘機隊による順次爆撃によって圧倒することを目的とした訓練だった。
もちろん、本訓練において突然実戦となることは誰も想像だにしていなかった。南太平洋で地震が起きていないというのに、周辺島嶼へ大津波が襲来したという不可解な現象が起きるまでは。
「ヤツらが戦闘を始めたんなら、オレたちすぐ出撃の指令が下されるハズだろ。すいぶんとお預けを喰らってるようにも思えるんだが」
傍らで日系人2人の会話に聞き耳を立てていたワラス大尉が口を挟んできた。黒い肌が膨れ上がるほどに筋肉隆々、海軍航空隊ではなく海兵隊へ入隊した方が良さそうな体格の持ち主だ。
「そうだよな。巡洋艦とのコラボで、ゴジラだろうが何だろうが多重爆撃で海の底へ叩き落とすのが基本戦術のハズだよな」
タケカワが言った。
「もしかしてオレたちが離陸するまでもなく、ゴジラ撃沈しちまったんじゃねえのかな。イヤ、だとすれば出撃命令が出るハズもないし・・・」
ブツクサつぶやくワラス。この隊にはタガワを含め3名の大尉が主力として勤務している。他の5名はいずれも階級が下であり、大尉3名の会話に耳を傾けるのみ、みなじっと歯を食いしばっている。
するとCICルームからウェルズ中佐が出てきた。その姿を見遣ったカザンスキー少佐の「気をつけ!」という号令で全員に緊張感が走る。
ウェルズ中佐が正面に立ち、気をつけの姿勢を取る。
「敬礼!」
カザンスキーが号令をかけると、全員が敬礼をする。ウェルズの表情は固く、唾を勢いよく飲み込まんとするほど顔面が汗でたぎっている。
「CICより報告があった」
それだけ告げると、ウェルズは軽く咳払いをした。ほんの少しの間なのだが、整列している一同はその時間が1時間にも2時間にも感じられた。
「いまより30分前、本島より南東に10キロ、太平洋上にてペンサコーラ並びにデモインが、海中を侵攻中のゴジラに対し爆雷攻撃を実施した。爆雷の効果が認められ、ゴジラは浮上。ところが当方の予想をはるかに上回る水中機動力で以てして、ペンサコーラとデモインは轟沈。海面に姿を現したゴジラは目下、ここ本島を目指して進撃中」
律儀に気をつけの姿勢を崩さなかったタガワたちに、一気に動揺が広がった。
「本隊は精密誘導爆弾の集中投下により、ゴジラ撃滅を期すべく命令が下された。各員、一層奮起し事態に当たるように。以上!」
「敬礼!」
そう命じたカザンスキーの声が震えていた。
信じられない思いだった。本来の訓練では、海上の巡洋艦と共同でゴジラへの爆撃を敢行。飽和集中攻撃によりゴジラ撃滅は可能、そう耳にしていた。何せ、60年前とは兵器の威力も、敵の探知能力も、戦術運用もまるで異なるのだ。
だがしかし・・・タガワは海軍航空隊に入隊後、最初に仲間たちと浴びるようにバドワイザーをかっくらった日のことを思い出した。
「軍は何を根拠に、この戦術でゴジラを撃退できるなんて言いやがるんだか」
「誰もゴジラと戦ったことないってのに、よくもえらそうにこんな教科書作ったもんだな」
だが、そう文句を言い合った新兵時代はとうにすぎた。いつのまにか、この戦術を基に新兵へ訓練を施す立場となり、新兵たちの文句を諌める立場となっていた。
カザンスキーに促され、一行はそれぞれの愛機・・・F14トムキャットへ搭乗する。レーザー精密誘導爆弾がそれぞれ2発、両翼下に搭載された状態だ。
空母「マーヴェリック」上でエンジンを焚き、タガワを筆頭に可変翼を閉じた状態で発進していく。エンジンの轟音と空気を切り裂く音がイヤーマフ越にそれぞれの鼓膜を揺らす。今日の空は抜けるように青い。なぜかそれが、むしろ不気味にすら感じられた。
グアム本島を離れると海上に2筋の黒煙が空へ伸びているのが目に入った。筋の元へ視線を這わせていくと、うっすらとだがオレンジ色の火柱が確認できた。
『中佐の話はマジらしいな』
ワラスの声が無線を通して、コクピットに響いた。
「まさか、巡洋艦を一撃で・・・」
もはや60年前のおとぎ話としか考えられない状況だったのだが、改めてゴジラの恐ろしさが背筋を凍らせた。
「・・・目標、確認!」
先頭を飛行していたタガワが言った。燃え盛る艦船が2隻。その間を縫うように、海面を移動する存在が視認できたのだ。
タガワはF14の可変翼を開いた。後続の7機もタガワに倣い、可変翼を開かせる。空気抵抗が一気に機を震わせ、飛行速度を減速させる。
『全機、攻撃を許可する。絶対にヤツを上陸させるな!』
カザンスキーの声が轟く。ゴジラの進路上には、米空軍の太平洋における最重要拠点、アンダーセン基地がある。ここを叩かれた場合、米国の太平洋〜西アジアへおける影響力が大きく減退してしまう。世界の安全保障、軍事バランスが一変してしまう可能性が大きくなる。
何よりその先、デデト、タムニン、ハガニアといったグアムが誇るリゾート地帯及び人口密集地がある。
軍が用意した宿舎に住まう、妻と娘のことを想いつつ、タガワは操縦桿を前へ傾けた。やや前傾姿勢となったF14は、機首からレーザーを発射した。
標的から反射されたレーザーを探知すると、液晶パネルが赤く点滅する。
「フォックス1!」
『フォックス1!』
『フォックス1!』
後続機からも、同様のコードが発せられる。一瞬前方に見えた精密誘導爆弾は、一気に海上の対象へ引き寄せられるように落下していった。
エンジン音響く機内にも、爆弾が連続して炸裂する音が聞こえた。しばらく飛行して操縦桿を右に傾け、一気に逆方向へ進める。
『おい、傷ひとつついてないぞ!』
タガワが視覚でそのことを認識するのと、無線越しにワラスが怒鳴ってくるのが同時だった。計8発の精密誘導爆弾が直撃しても、ゴジラはまったくの無傷だったのだ。
『全機転身!着弾角度を深くとり、第二波攻撃をせよ!』
カザンスキーの声が聞こえてきた。各々、搭載した精密誘導爆弾はもう一発ずつ。この攻撃も通じなかった場合、空母へ帰還し再武装して出撃しなければならない。だがそうしている間に、ゴジラは確実にアンダーセン空軍基地へ上陸してしまうだろう。
「各機!侵入角を取り、再度爆撃」
タガワの指揮に、それぞれが『了解!』と返す。機首変更のため一度閉じた可変翼を広げ、隊列を組んだままゴジラへ向かう。
もしもここで、艦隊からの砲撃が加わればどれほど頼もしいことか・・・。ふと思った。ゴジラとアンダーセン基地が、同じ視界に飛び込んでいる。
「フォックス1!」
なにがあっても基地には上陸させぬ!そう決意を込めて怒鳴った。他の機も同様、ほとんど叫び声に近しかった。
精密誘導爆弾は吸い込まれるようにゴジラへ落下していき、その強固な皮膚に密着した。
幾度かの猛烈な炸裂音に続き、爆煙が大気に拡散する。激しい爆発は海上を震わせ、白い波飛沫が一帯に舞い上がる。
黒い爆煙が晴れぬうち、大気が揺れた。ゴジラの、怒りに満ちたような咆哮だった。
「誘導爆弾、効果を認めず!」
歯ぎしりしながら、タガワが怒鳴った。基地のカザンスキーが漏らしたため息が無線越しに聞こえてくる。
『くそったれ!ちっとも効いてねえ!』
ワラスの怒号が各員に聞こえてくる。
「中佐、以後の指示を願います」
沸き上がる焦りと怒りをどうにか抑え、タガワが指揮官に問う。
「通常装備のサイドワインダーは両翼下に健在です」
自分でも、とんでもないことを言っているという認識はあった。
『ソフトの書き換えはすぐです。準備が整い次第、攻撃は可能です』
タケカワの言葉で、隊の空気はまとまった。
『せめてあと一撃、あのクソ恐竜にブチ込んでやりましょう!』
ワラスが言った。ゴジラはアンダーセン基地の南東側へ侵攻。もう数歩進むだけで基地へ上陸してしまう。
『全機、サイドワインダーを対地攻撃用に変換の上、ゴジラ攻撃を続行。少しでも本島上陸までの時間を稼ぎ出せ!』
ウェルズの声が全機に届いた。決意を込めた表情のタガワだったが、それは後続の7機も同様だろう。
赤外線探知式空対空誘導弾、通称サイドワインダーは米国を始めとする西側諸国の空軍戦闘機に標準装備されている兵器だ。本来は戦闘機同士の闘い、ないしは航空機の撃墜用に開発されたもので地上攻撃用ではないが、発射ソフトを書き換えることで空対地攻撃用誘導弾としての運用も可能になる。
だがそれは、本来高高度から地上爆撃を敢行するという戦闘機の安全優位性を失うことを意味する。これまでより地表近くを飛行し、目標に接近した上で赤外線を対象に照射。そのポイントを狙って誘導弾が放たれる。すなわち、対地サイドワインダーによる攻撃はゴジラに接近して行わなくてはならない、ということを意味する。
当然撃墜されるリスクは大幅に高まる。だが・・・。
タガワは眼下に広がるグアムの主要リゾートエリア、タムニンを仰ぎ見た。リゾートホテルやマンションから大勢の住民が道路に溢れ出て、どこへ逃げれば良いのかわからず右往左往している様子が見てとれる。
もはやゴジラのグアム上陸は避けられそうにない。となれば・・・少しでも時間を稼ぐことができれば・・・。
主翼が開き、減速したまま地表から200メートルほどの低空飛行に移る。アンダーセン空軍基地の広大な滑走路が見えてきた。基地守備隊によるゴジラ攻撃が始まったようだが、せいぜいが対空機関銃や20ミリ砲弾による攻撃で、ゴジラに対しては転け脅しにもなっていない。
ゴジラが基地滑走路に侵入した。
「全機、発射!」
タガワの号令で、片翼下のサイドワインダーがゴジラに向けて放たれる。滑走路のコンクリート面に亀裂を走らせながら進むゴジラの正面に、続々とサイドワインダーが炸裂する。発射直後からそれぞれ左右に操縦桿を倒し、ゴジラ正面を回避するようにして飛び去っていく。
太平洋上で大きく旋回したタガワは、遠目にゴジラが攻撃に意も介さず侵攻している姿に歯噛みした。
「正面に回り込め!もう一度攻撃だ!」
タガワが全機に指示した。いずれもサイドワインダーは残り一発。
「ゴジラの足元を狙え!」
正攻法が通用しないなら、せめて足元を穿ち、転倒させることで時間を稼いでやろう・・・!そう考えたのだが、ゴジラも黙っていなかった。
短く吼えると、背後から接近するF14に向き直り、大きく口を開けた。
『うわぁあああああ!!!』
隊の新入りであるジョンソンが悲鳴を上げた。通りすがりざまに、放射火炎を浴びせ掛けたのだ。
「ジョンソン!」
タガワが叫んだ。右翼を燃え上がらせ、ジョンソン機は海面に落下した。脱出する暇もなかった。
「全機、旋回!距離を取れ!!」
とにかく一度態勢を立て直さなくては・・・タガワは怒鳴った。だが今度は右手に向くと、再び放射火炎が大気に広がった。
『きゃあああああ!!』
ひと呼吸旋回が遅れたクーパーの機体が、放射火炎に包まれた。一気に発火し、炎の筋を描きながら滑走路に激突、爆炎が上がった。
『野郎!ふざけやがって』
真っ先にゴジラを向いたワラスが怒り任せにサイドワインダーを放った。背鰭に命中するも、ゴジラは正面に飛び込んでくるワラス機に怒りの表情を見せる。
『クソ野郎があ!』
ワラスはなおも機銃を撃ち始めた。
『ワラス、退避しろ!』
そうタガワが怒鳴るのと、急旋回したワラス機がゴジラの尾に叩き落とされるのが一緒だった。
怒りに満ちた咆哮をあげ、ゴジラは基地の格納庫を踏み潰し始めた。管制塔が尾のひと振りで叩き壊され、落下した瓦礫が格納庫に降り注ぐ。やがて格納庫から火の手が上がり、少し間を置いて爆発した。格納庫内のB52爆撃機が爆発したのだ。
『くそぉ!』
タケカワが隊列から抜きん出て、ゴジラにサイドワインダーを放った。火の手が上がる倒壊した格納庫を背に、放射火炎で基地の燃料備蓄タンクを焼き払うゴジラに命中する。我慢ならぬとタケカワも機銃を放ちながら、ゴジラに接近していく。
「回避しろ!やめろ!」
タガワが叫ぶと、タケカワは横ではなく真上へ急上昇した。見事ゴジラの火炎直撃を避けたのだ。
だが急激な上昇は機体とパイロットに容赦なく重圧となって襲いかかった。まるで空気に全身を引きずり下ろされるような圧を感じ、タケカワは肺が締め付けられるような感覚になった。
苦しさのあまり、警報がけたたましく鳴り響くのもかまわずボンベを外す。肩で呼吸しても、満足に酸素を取り込むことができない。
「ショーン!ボンベをつけろ命令だ!!」
タケカワ機の様子を察知したタガワが叫ぶ。大きく息をすると、意識が朦朧としてきた。気がつくと、地表に接近する警報が鳴り響く。
どうにか意識を振り絞って操縦桿を握ったとき、正面にゴジラの姿が飛び込んできた。
「ショーン!!」
一瞬だった。ゴジラはまるでハエを叩き落とすように、タケカワ機を右手で薙ぎ払ったのだ。機体が粉砕され、滑走路に散乱する。
放射火炎を吐きながら基地と周囲を焼いたゴジラは、そのままデデドの市街地へ進み出した。幹線道路いっぱいに車両で埋め尽くされ、次々と人が車両から飛び出して逃げ惑っている。
「各機、残存兵力を集中させ少しでもゴジラ侵攻を阻止しろ!ただし!無茶だけは絶対にするな!!」
タガワが半分となった隊に指示した。アパートメント群を踏み潰し、もうもうと破片と埃を巻き上げて進むゴジラに、タガワ隊は最後の攻撃を仕掛けた。
だが健闘空しく、吐き出された放射火炎でサイドワインダーは一掃された。敵意剥き出しに迫り来るF14を睨み上げると、放射火炎を空に向けた。
「退避、退避!」
充分に距離を取って、機体を傾けたはずだった。ところがゴジラの放射火炎がこれまで以上に伸びた。
一瞬で右手へ回避した2機が爆散し、転じてこちらへ迫ってきた放射火炎がタガワ機の底に火をつけた。金属が焼ける臭いがしたかと思うと、左翼の燃料が発火した。
すかさず射出レバーを引き、機から脱した際、先行していたアークエットの機体が炎に包まれるのが見えた。
パラシュートが開くのと、タガワが地面に激突するのに時間差がなかった。充分な落下高度が保てなかったのだ。激しい衝撃にタガワは眼前が雷を打ったようにまぶしくなり、次いで視界が暗黒に包まれた。
しばらくして、朦朧とする意識を振り払うように頭を振る。道路の真ん中へ落下したようで、乗り捨てられた車両に手をかけ、なんとか立ちあがろうとする。
左足に激痛が走った。どうも足首を骨折したらしく、ひどく疼いている。
道路の先を仰ぎ見た。
やや夕闇が迫りつつある青い空は、一面黒い煙の筋に染め上げられていた。視界の先、タムニン方面から立ち昇っている。パトカーや救急車、あるいは消防車のサイレンが何重にも響き渡っている。
激痛に歯を食いしばりながら、タガワは足を引きずってタムニンを目指し始めた。妻と娘の無事な姿を、ひと目たしかめたいのだ。