・兵庫県伊丹市 陸上自衛隊伊丹駐屯地 中部方面総監部
黒塗りのプレミオが駐屯地前に停車すると、ゲートが開き、守衛が敬礼で出迎えた。礼服姿の陸上自衛隊中部方面総監、只山正仁は軽く咳払いをして、待ち構えている困難な事態に備えて心の準備を整えんとした。
昨夜半から中部地方に上陸した台風12号は、940ヘクトパスカルという勢力の割に大雨や強風の被害は少なく、中部山岳地帯に差し掛かる頃にはぐっと勢力を弱め、日本海に達するころには温帯低気圧へ変わるような勢いとなっていた。
だが台風が連れてきた低気圧はいまだ東海・中部地方の海域を波立たせ、今後雲の流れによっては線状降水帯となって深刻な豪雨を静岡県から愛知県にかけてもたらしかねない様相であった。
只山が総監を勤める陸自中部方面隊は中四国から静岡県を除く東海地方までの、極めて広範囲を管轄している。今回は台風上陸に際し、一昨日の晩から総監部に詰めていたのだが、心配性で神経質な愛知県知事に呼集されて昨日から名古屋にある守山駐屯地へ出向。来るべき危機に備えていたのだが、幸か不幸か、それは杞憂に終わった。台風による被害がないとは言えないが、自衛隊を災害派遣するレベルのものではなかったのだ。
よって駐屯地で駐屯地司令と朝食がてら会談と雑談を済ませ、午前10時過ぎに駐屯地を出発。名神高速の京都南ICを通過したあたりだった。
台風による高波を警戒していた海上保安庁から、「伊勢湾内に、巨大生物と思われる国籍不明の物体を確認。名古屋方面へ向かって高速で移動中」との報告が入った。先般のゴジラによるグアム襲撃を受け、海上自衛隊も太平洋の警戒を強化していたのだが、遠州灘は台風の影響が思いのほか大きく、結果的に伊勢湾内を警戒していた海上保安庁に発見を先取りされてしまったことは自衛隊として忸怩たるものを感じた。
それから数分のうちに、今度は名古屋港にキングコング上陸との報告を受けた。内閣の安全保障会議はそのまま対怪獣を目的とした防衛出動の閣議に移り、全会一致で「キングコング掃討すべし」という閣議がまとまった。只山が乗った車両が中国池田ICを降りるころには、中部方面総監を指揮官とするキングコング掃討作戦を実施するとの報せが入った。
プレミオは正面玄関に乗り入れると、指揮官である只山を伊丹駐屯地司令であり、中部方面隊No.2である陸上幕僚長の仁村陸将補が出迎えた。短く敬礼すると、まるでダルマのように濃い顔をしかめて一礼する。
「お疲れ様でした。早速ですが、手筈は整えてあります」
足早に歩きながら、仁村は只山に付き添い総監部会議室へ案内する。只山は軽く頷くと、制帽を脱ぎ、再び軽く咳払いした。
会議室へ入ると、駐屯地と総監部の重鎮がみな顔を揃えてした。只山が入室すると、全員が起立して敬礼する。恭しく只山も敬礼し返すと、全員を着席させた。興奮と焦燥が喉に絡まり、只山はまたも咳払いをすることにした。
「報告は受けているが、いま一度、現状を報告してほしい」
自身も着席すると、全員を見渡しながら只山は言った。
「はっ。13時20分、名古屋港より姿を現したキングコングは、伊勢湾岸自動車道に沿って岐阜県長島まで移動。13時50分現在、岐阜県のナガシマスパーランドにて、行動を停止しております」
仁村陸将補が答えた。
「キングコングの出現はいささか突然の出来事ではありましたが、中部地方では折からの台風上陸により、図らずも住民に警戒意識があったこと、及び台風一過の天候不順により、ナガシマスパーランド利用者が常時に比べて少なく、キングコング出現による混乱もほぼ見られず避難ができた点は不幸中の幸いと言えます。ただキングコングの侵攻により、伊勢湾岸道を走行していた車両を中心に少なくない被害が出ていることも、また事実です」
副幕僚長である吉川が答えた。
「周辺部隊の展開具合はどうか?」
軽く頷くと、全員を見渡して只山は訊いた。
「今津の機甲科部隊が準備を整えております。ただ、琵琶湖西側から長島までは2時間強を移動に要します。その上、キングコング出現による自主避難による影響で、名神並びに新名神、名阪国道いずれも上下線ともに深刻な渋滞が生じております。周辺にある普通科の装備では、歯が立たないのは明白です」
吉川が答えると、示し合わせたかのように仁村が口を開く。
「よって本作戦に関しては、明野駐屯地の第五対戦車ヘリコプター隊による攻撃が即応性を考慮した場合、もっとも適当と考えております」
只山自身、同様の考えだった。
「明野の状況は?」
「AHー1S、出動態勢を完了しております」
只山は軽く頷いた。60年前のゴジラとキングコング日本上陸以降、陸海空3自衛隊共に命令あればすぐに出動ができるよう、準備を整える仕組みがある。
「今回、キングコング上陸が都市部ということで、AHー1S3機小隊による機関砲、及びロケットポッドを中心とする攻撃が有効と考えられます。キングコングは敏捷性があると思われますが、1機を先回りさせて前方より牽制しつつ、後方からの2機追撃ではさみ撃ちを敢行。キングコングへ確実に砲弾を撃ち込んでいく算段です」
「ゴジラならともかく、キングコングは現有兵器による攻撃は効果があると見込まれております。まずはあの巨体による移動を阻止すべく、キングコングの両脚部を集中して砲撃。これにより、キングコングの無力化を狙います」
いずれも、今後ゴジラまたはキングコングが出現した場合に備え、自衛隊内でさんざんシミュレーションと検討を重ねた結果編み出された作戦だ。特にゴジラと異なり、キングコングは現有兵器での対処がある程度可能と考えられている。素案を出したのはずいぶん前の陸幕幹部だが、自身の手で実行に移す重みを感じつつ、妙な話だが名誉すら只山は感じていた。
それは仁村と吉川の腹心2名にもしっかり伝播していた。2名とも、只山が対怪獣戦闘、とりわけ対ゴジラ作戦を想定した検討会において、相当有効と思われる作戦を提案したにも関わらず、有用性と作戦展開の簡易さで他の陸将が打ち出した案に軍配が上がり、煮湯を飲んだ経緯をよく知っている。
只山の並々ならぬ気合いは、だからこそであった。
「よし。明野の第五対戦車ヘリコプター隊に出動を命じる。なんとしても長島でキングコングを足止めし、排除せよ」
只山の言葉で、全員が頷いた。吉川はただちに、副官へ明野駐屯地へ連絡するよう短く指示した。
ややあって、明野駐屯地からの返答を吉川は読み上げた。
「第五対戦車ヘリコプター隊3機小隊、明野駐屯地を14時10分に離陸。20分後の14時30分、キングコングと会敵予定」
「よし。会敵次第、攻撃を許可する」
吉川は只山の言葉を、そっくり明野駐屯地へ報じた。
「事後の作戦展開に関してですが」
防衛省からのファクシミリを受け取った仁村が口を開いた。
「今津の機甲科部隊を、愛知に向かわせる。作戦の推移を問わずだ」
只山は卓上の地図で、滋賀県近江今津を指差した。無論、機甲科部隊の移動が徒労に終わる結果こそもっとも望ましいが、作戦展開が予定通り進むとは考えられない。
「空自の百里基地にも状況を問い合わせろ。場合によっては第3飛行隊のF2による空爆作戦実施も想定内とする」
只山の言葉に、仁村以下総監部の幕僚一同固唾を呑んだ。キングコングの現在位置は三重県桑名市長島。れっきとした人口密集地であり、人々は退避したとはいえ、ナガシマスパーランドは中部地方屈指の娯楽施設だ。精密誘導弾を使用するにしても、周辺への二次被害は避けられそうにない。また、現在は桑名市を中心とした半径15キロの地域には避難勧告が発令されているのみで、建前上は屋内退避を呼びかけている状況なのだ。
「空自百里基地とも折衝が必要ですが、必要以上の武器使用については慎重に考慮すべき状態かと考えますが・・・」
仁村は小声で只山に言った。
「無論、その際には現地と避難状況など折り合わせは実施する。ただし、あくまで主目的はキングコングの掃討だということを念頭に置いて行動すべきだ」
おそらくそのような返事であろうことは、仁村以下総監部幕僚一同感じていた。
一方その頃、中部国際空港国際線到着ロビーでは・・・
「みなさん!」
女性にしてはハスキーな二宮の声が、到着ロビーに木霊した。一連の混乱と喧騒にも負けないほどの声だった。
長い空の旅の疲れも微睡も、二宮の声で一気に消し飛んだ。宏樹は表情が引き締まるのを感じた。
「ヒロキンさん、神鍋さんに飯島さんも、よくぞご無事で!」
二宮とともに待ち構えていた太田も駆け寄ってきた。
「いやあ!太田さんに二宮さん!心配かけてすみません!」
真っ先に反応したのは神鍋だった。
「遅くなってもうしわけありません。台風一過の影響か、だいふ伊勢湾上空を旋回してしまって」
飯島が太田に握られた手を握り返し、言った。
宏樹たちが乗ったチャイナエアラインは台湾桃園空港に定刻通り到着。3時間ほどの乗り継ぎ時間を経て正午前には中部国際空港に着陸できるはずだった。
だが台風12号が過ぎ去った後の愛知県上空は、しばしの間旅客機を含む航空機の進入を拒み続けるように強風が吹き荒れていた。気象条件が安定しない中、格安航空会社を中心に中部国際空港への着陸を断念し、出発空港へ引き返していく便も少なくなかった。
「さすがはチャイナエアライン。台湾空軍出身者で構成されたパイロットはこの程度の天候なら着陸するはずだ」
不安を煽るようなアナウンスの中、ひとり飯島は自信に満ちた顔で語っていた。
だが宏樹たちは実に幸運だった。着陸と同時くらいに、キングコングが伊勢湾に出現したのだ。これにより中部国際空港は滑走路の閉鎖を決定。着陸前のアプローチに入った便を除いて、すべての便が引き返し、または東京羽田空港か関西国際空港へ向けて中部の空を追われてしまったのだ。
宏樹たちに続いてやってきた屈強な白人と、汗だくで腹の出た韓国人、そしてどこかトボけたような浅黒い肌の男に面くらいつつも、太田と二宮は宏樹たちの荷物をいくつか持ち、手配していたジャンボタクシーへ向かった。
これまでの経緯は、飯島が機内からのメールと台北での乗り継ぎ時間を利用した電話で太田と二宮に説明していた。行きがかり上、マックスとチェ支社長、そしてコンノ三世が同行していることも伝えていたのだが、側から見てもなんとも風変わりな一行だった。
「それで、キングコングはどうなったんですか?」
歩きながら、宏樹は訊いた。
「伊勢湾岸道でひと暴れした後、いまはナガシマスパーランドで動きを止めてるようです。しかしその、ファロ島の巫女でしたっけ?本当に日本にいて、キングコングは彼女を探してここまでやってきたっていうんですか?あ、いえ、お話を信じていないワケじゃありませんよ・・・」
太田は答えながら、逆に訊いてきた。
「あまり大きな声じゃ言えませんが、ファロ島で強硬な手を使って聞き出した内容では、彼女は間違いなく名古屋港に向かったというんです。所在こそつかめていませんが、キングコングがワケもなく名古屋を目指したとは考えられません」
冷静な飯島が答えたことで、多少は信憑性があったのだろう。疑問が晴れたわけではないが、太田はやや間をあけて頷いた。
「そしていま、活動を停止しているそうですね。アモを探しているのなら、もっと活発に動き回って良いはずだ。これは何を意味しているのか・・・」
待ち構えていたジャンボタクシーに荷物をつみながら、飯島はひとりつぶやいた。
「あの運転手さんから、伊勢湾岸道が東海ジャンクションより先通行止めになってるって・・・」
先に行っていた二宮が言った。
「じゃあ、一般道で行くしかねぇろ」
神鍋が言うと、「いや」とすかさず飯島が口をはさんだ。
「高速道路が通行止めなら、一般道もかなり混雑してるはずだ。第一、避難勧告が出されてる上にあんなでっかいゴリラがこれからどこへ歩き出すかわからないんだ。少しでも遠くへ逃れようとするだろ、普通」
言いながら、飯島は交通アプリを起動させる。
「思った通り、ひどい渋滞だ。ヒロキン、さっき話したように、行けるところまでは行くか?」
飯島が訊くと、しばらくして宏樹は大きく首を縦に振った。
「とにかく、アモを見つけよう」
その言葉に、神鍋も飯島も、そしてマックスとコンノ三世も頷き返した。