・7月8日 12:16 愛知県岡崎市 某ステキなマンション
「ファロ島?」
zoomの向こうに映る相手に、宏樹は訊いた。
『そう。南太平洋赤道はるかソロモン群島。ヒロちゃんも名前くらいは聞いたことあるだろ?』
程良く日焼けした顔で微笑みながら、神鍋順一郎(通称鍋ちゃん)は問い返してきた。
「そりゃ、知ってるも何も・・・」
話せば長くなるが、宏樹のファロ島への興味は聞いたことがある、程度のものではない。
『いつもお世話になってるパシフィック製薬さんからの案件でね。予算は確保するから、島の探検隊に加わってくれないかって提案があったんだ。そこで、またオレたちで動画撮影しながら冒険しようと思ったんだけど、どーかな?』
神鍋は屈託ない表情でしゃべる。普段から自身の筋肉がビルドアップする様子を動画にし、YouTubeにアップしている活動にパシフィック製薬が声をかけ、同社が開発したプロテイン製品の紹介を神鍋の動画内でしてもらっている。
とりわけ、去年発売されたサプリメント『コングの力』は神鍋の動画内で紹介されて以降、プロ・アマのアスリートや筋肉思考の男女を中心にウケてパシフィック製薬の看板商品であったパシン錠に匹敵するほどの大ヒット商品となった。
「ふうん・・・いいね」
気乗りしなさそうで笑顔を見せた神鍋は、少し安心したようだった。
『ヒロちゃん、最近元気なさそうだね。どうした?』
「・・・いや、なんでも。それより、ファロ島のことはもっと詳しく教えてほしいんだけど」
『このことについてはさ、伝通も交えて近いうちに話し合おうってことになったんだ。だからそのときは東京へ出向いてさ、いろいろ話そう』
「・・・わかった。予定わかったらまた教えて」
OK!とサムズアップすると、神鍋はzoomを切った。大きく息を吐くと、宏樹は編集中の動画を一度閉じ、YouTubeを開いた。
『マッスル!鍋ちゃん・マッスル!』
さっきまで話していた相手が、全身の筋肉を盛り上がらせている。
『筋肉バンザイ!どーも、鍋ちゃんです。今日は、今年もやるぜ!田植えチャレンジ4日目~!』
背景に広大な水田が映し出され、紺色の作業着を身に着けた神鍋が登場する。
元々筋トレやストレッチの動画を投稿して人気を博してきた神鍋だが、3年前から地元新潟の特産であるコシヒカリ作りに取り組んでいる。神鍋自身農家ではないが、地域の農家にも高齢化の波が押し寄せ、機械化が進んでいるとはいえ田植えや稲刈りの作業が負担となっている農家が多いことから、筋トレの一環として農作業の手伝いに参加。そこから毎年5月と10月に田植えと稲刈りの様子をアップしている。
本人いわく農作業は筋トレでは鍛えられない部分を鍛錬でき、地元のじいちゃんばあちゃんも助けられて一石二鳥!とのことだった。事実、汗を拭いながらトラクターを操作したり、作業の合間に農家のおばあちゃんとおむすびを食べるシーンが評判を呼び、動画再生数もけっこうな水準まで達している。
泥まみれになりつつも、屈託ない笑顔で作業する神鍋の動画を観る宏樹はため息をつくと、別の動画を開いた。
『はいど~も~、こんにちはこんばんはおはようございまーす。珠ちゃんです』
最近人気が伸びてきている『脱力系YouTuber 珠ちゃんネル』である。
『最近暑いと思ったら、家のエアコンが壊れてたって、マ?今日の動画は、珠ちゃん、笑い堪えてみた~!ハイとゆーことで、今日は雨合羽着てますけど、いまから他のYouTuberさんの動画見ても噴き出さず我慢できるか、いまから牛乳含んでやってみるンゴ~!』
「・・・それオレがやった企画じゃん。パクんなよ」
そうボヤくと、動画をつけっぱなしのまま風呂場へ行き、シャワーを浴びだす。パクんなよ、とは言うが、似たような動画は誰が考案したかわからぬまま、いろいろなYouTuberがやっている。もちろん宏樹が考案者ではない。最近思うのは『どんな企画なのか』以上に『どんな企画を誰がやるのか』といった部分が大きい。
実際、宏樹自身もそうだ。昔から誰かの動画をマネして、自分もやって動画を投稿することで人気を得てきた。
動画視聴数、チャンネル登録者数がうなぎ昇りになるときは楽しいが、結局、誰がやっても同じ企画だ。自分とは異なる個性のYouTuberが出てきて同じことをすれば、ネットの興味はそちらへシフトする。もしそっちが個性的なリアクションでも取ろうものなら、あるいは異なるファン層へ浸透したのなら、自分の個性が簡単に埋没してしまう。
『最近ヒロキンTV、登録者数のワリに再生数伸びないな』
『企画のマネにも限界出てきたな』
これはいわゆるアンチのコメントかもしれないが、的を得ていると感じる。人気獲得のためだけに動画を投稿してきたワケではないが、人気の低下を感じるようになると焦燥感と恐怖感に苛まれる
自分ならではの動画って、何だろうか?
筋肉を鍛え、泥と汗だらけになっても笑顔輝く神鍋の動画を観て、つくづく考え、そしてむなしくなった。
宏樹が東京へ出かけたのは、それから6日後のことだった。
『14日、八丁堀にあるパシフィック製薬の本社で』
という連絡が神鍋から寄せられ、編集中の動画を眠気とけだるさに耐えすべて編集してから、当日朝に東海道新幹線に飛び乗った。どうせ終点だから、と宏樹は席に着くなり爆睡し、東京駅で駅員に起こされた。
『先にいってるね』
神鍋からのLINEで、宏樹は京葉線に乗り換え、八丁堀にあるパシフィック製薬本社ビルを目指した。梅雨時期の東京は曇天で蒸し暑く、新幹線内の睡眠で回復させたはずの体力は一気に消耗した。
パシフィック製薬のビルに入れば冷房が効いていてだいぶ楽になるかと期待したが、クールビズとやらでエアコンがあまり機能していない。グロッキー状態になりつつも宏樹は受付に声をかけ、アポイントがあることを告げると3階の会議室へお進みください、と言われた。二人の受付嬢は宏樹を見てコソコソ話をしている。一応、自分も有名人なのだな、と宏樹は最近染め上げた金色の髪をボリボリ掻いた。
「よう、ヒロちゃん!」
3階に着くなり、神鍋が出迎えてくれた。普段目にするタンクトップや農作業着ではなく、白いシャツをまくり日焼けした顔ではにかむ姿は、快活な学校の先生を思わせる。
「ひさしぶり・・・でもないか」
直に会うのは数カ月ぶりだが、YouTuber仲間としてしょっちゅうzoomなどでやり取りしている。それにお互い動画の更新に余念がないため、長く会っていないからといって久しぶりな感覚も湧かないものだ。
神鍋の案内で会議室へ入ると、掛けていた二人が立ち上がり頭を下げてきた。つられて宏樹もラフに頭を下げる。しかしどうしてこうも丁寧にお辞儀ができるのか。
「伝通の太田と申します。お話はかねがね」
「パシフィック製薬の二宮と申します。いつも動画拝見してますよ」
それぞれ名刺を差し出してきた。片手で受け取る。パシフィック製薬の広報と大手広告代理店の伝通が、いったい自分に何の用だというのだろうか。
そこから時節の話題、とりわけ梅雨の暑さにビールが美味いやら、テキトーな雑談が続く。こういう一連の社交辞令が、宏樹は苦手だった。頼まれたってサラリーマンになんかなりたくない、と大学に在学していたときに両親と揉めたことを思い出した。
「太田さん、そろそろ本題にいきましょうか」
そんな宏樹の様子を察したのか、神鍋が言った。
「そうですね。ではヒロキンさん、どうぞ」
そう言うと、太田はA4の冊子で綴じられた企画書を出してきた。
「復活!世界驚異シリーズ・・・ファロ島大冒険・・・」
宏樹は表題を読み上げた。
「ヒロキンさん、ファロ島はご存知ですよね?」
太田が訊いてきた。男性にしては声のキーが高く、いかにも陽キャなおじさんといった風だ。宏樹は大学時代所属していた映像研究サークルの代表もこんなヤツだったな、などと考えていた。
「ええ。よく知ってます。それとこの、世界驚異シリーズも」
世界驚異シリーズ。昭和の代から続く番組で、平成になってからも特番時に高視聴率を叩き出していた番組だ。だが平成12年、再びファロ島を取り上げようとして島に上陸した撮影クルーが、その際発生したマグニチュード8.4の大地震に巻き込まれて消息を絶ってしまうという事件が発生した。番組の放映と制作を担当していたTTVは安全管理を問われる事態となり、そのことが影響したのか世界驚異シリーズは以降制作されていない。
何より、宏樹自身その経緯をよく知っている。
「今回ですね、22年ぶりに番組を復活させる企画を立てたんです。昭和37年に日本へやってきた巨大なる魔神、キングコングはいまどうしているのか。大地震で地形が変わったとされるファロ島はどうなったのか。これだけ文明が発展した世の中、文明から切り離された島の人々はどんな生活をしているのか・・・」
太田はキンキン声でマシンガンの如くまくし立てる。
「そこでですね、今回番組のスポンサーであるパシフィック製薬様と協議した結果、以前富士地下空洞の探検動画を上げてくださったヒロキンさんと神鍋さん、飯島さんに探検隊として白羽の矢が立ったんです」
資料の中には、ご丁寧に宏樹が以前投稿した動画の切り抜き写真がいくつか綴じられている。
「みなさんの動画、とても楽しませていただいたんです」
パシフィック製薬の二宮が口を出した。こちらは女性らしからぬ(といっては失礼か)低く太い声で、言葉に重みが感じられる。
「みなさんが、洞窟内ではしゃいだり、少し危険な目にあってもお互い励ましあったり、以前弊社で提供していた世界驚異シリーズの雰囲気そのままだったんです」
二宮の言葉はまんざらではないが、宏樹はイマイチピンときていない。
「でも、世界驚異シリーズってテレビでやるんですよね?僕らじゃなくても良いんじゃ・・・」
「いえ、みなさんにこそお願いしたいんです」
太田は力を込めた。
「ファロ島での様子は、みなさんのサイトに上げてくださって結構です。TTVではみなさんの動画と連動して、探検の舞台裏や収まりきれなかった部分を番組として放送します。そのうえで、テレビ番組視聴アプリTverにて同時配信も実施します。YouTuberのみなさんとテレビ局のコラボ。これは史上初ですよ!」
力説する太田だったが、それでも宏樹は気乗りしない。いや、ファロ島には充分興味はあるのだが・・・。
「あのう、やりたくないワケじゃないんですけど」
遠慮がちに声を上げる宏樹。
「ファロ島って、12年前の大地震以来、島へ上陸した人がいないらしいですね。山が崩れて地形が変わりまくってるし、それに上陸しようとした船が何隻も消息不明になったり、空から上陸しようとしても墜落したとか、よくない話ばかりきくんですけど・・・」
「それは大丈夫です。現地のサポートは万全にしますし、不測の事態に備えて警備もつけますから」
「それに、飯島さんいないじゃないですか。彼、いま自分の企画でカナダ行ってますよ。富士風穴探検メンバー全員じゃないといけないんじゃないんですか?」
「飯島さんのスケジュールも押さえてます。来月半ばに帰国されるそうですから、そこから支度をして、みなさんをファロ島へ・・・」
浮かない顔をする宏樹に、太田の勢いも削がれた。
「ヒロキンさん、わたしはぜひ、みなさんにファロ島へ行ってもらいたいんです」
傍らの二宮が言った。
「みなさんの『三バカ、旅をする』シリーズ、わたし大好きなんです。あれを見て、いつかはみなさんとお仕事したいって、この会社に入ってから広報に志願したんです。必要なものは揃えますから、ぜひこの企画に参加してほしいんです」
「そう言ってくれると、嬉しいんですけどね・・・」
煮え切らない宏樹に、二宮は消沈した。
時間はまだあるし、改めてお話しましょうということになり、その場は御開きとなった。神鍋に誘われて宏樹は東京駅地下のビアホールに入り、喉を鳴らして豪快にジョッキの中身を流し込む神鍋を尻目に、オレンジジュースをすする。
「伝通さんも大変なんだよ、いま、テレビ番組も軒並み視聴率低下してるだろ。で、今後視聴率が回復する望みは薄い。ネットの勢いが増すばかりだからね。かといってネットだと、オレたちみたいに企業から直接案件持ち込まれたりして、広告代理店が介在する余地がない。そこで、太田さんは今回の企画練り上げたらしいんだ。まあ勢い任せな感じはするけど、オレはああいう人嫌いじゃないな」
ビールをお代わりすると、枝豆をつまみながら神鍋はしゃべる。
「でもさ、テレビの人たちも広告代理店も、オレたちをバカにしてただろ」
「そこはそれ。手を組んだ方が良いところは組む方針だってよ。実際、エライ人たちにはそういう人多くて、今回の企画に難色示されたらしいけど、スポンサーとテレビ局がOKってことで通ったらしいよ」
宏樹と違い、神鍋は企業や代理店の担当者とよくコミュニケーションを取る。おそらく宏樹を呼ぶ前に、太田や二宮と幾度かやり取りをしたのだろう。
「ヒロちゃんさあ、ファロ島行こうよ。前、話してたろ。憧れの島だって」
お代わりのビールを早くも飲み干し、空のジョッキを店員に渡しながら神鍋は言った。
「うん・・・」
肯定とも否定とも取れるうんだった。
「聡くんもさ、乗り気だったよ。いつもみたいにファロ島まで、あー行ってこー行ってって止まんなくなってた」
飯島 聡。国内外の乗り物を乗りこなし、豪華なリゾートホテルや高級温泉旅館からオンボロ宿までさまざまな宿泊施設の滞在記を動画に上げて人気を博しているYouTuberで、宏樹や神鍋の友人だ。最近は神鍋の稲作や飯島の海外渡航が忙しくてやっていないが、三人で組んだ動画シリーズ『三バカ、旅をする』はけっこうな視聴者数を誇るコンテンツだ。これまでは国内の観光地や普段あまり訪れない場所を探検、はたまたローカル列車やバスを乗り継いで24時間どこまで行けるか実況などといった企画をこなしてきた。
なかでも2年前に投稿した『富士山麓新発見風穴探検シリーズ』は動画視聴数が1千万を上回ったばかりか、これまで存在しないとされていた富士宝永山麓から富士宮市郊外へ広がる巨大な地下空間発見という、地質学的にも大変貴重な存在を動画に収められたこともあり、文部科学省と静岡県から表彰を受けたほどだ。
「ヒロちゃん、オレはね、また三人でワイワイ楽しみながら探検したいんだよ。最近なかなか一緒になれなかったのもあるけど、ヒロちゃん、最近元気なさそうじゃん」
神鍋は日焼けした上、浴びるように飲んだビールの作用で赤みを帯びた顔を寄せてきた。
「オレも筋肉ネタオンリーな動画投稿ばっかでネタに困って、くじけそうになったことがある。そんなときに、最初は頼まれてイヤイヤ始めた稲刈りの手伝いが予想外に楽しくなって、動画云々抜きにしてもライフワークにしようかってくらいになってきてさ、いま充実してるんだ。気分転換・・・にしちゃ、ファロ島ってのはハードル高いかもしれないけれど、違う世界を見ることもきっとヒロちゃんのためになると思うよ」
いかにも体育会系らしい、優しさの押しつけが気になることもあるが、本質的には神鍋は心優しいナイスガイだ。
「ありがとう。でもさ・・・少し考えさせてよ」
「そうかあ・・・ヒロちゃんさ、オレ今日は東京泊まるんだけど、良かったらヒロちゃんも・・・」
「ゴメン、編集途中の動画あるんだ。そろそろ行くよ」
そう言うと、残念そうな表情の神鍋を尻目に自身の飲み代(といってもオレンジジュース2杯だけ)を置き、宏樹は席を立った。
夕暮れが迫る東京は少し歩くだけで汗ばむ。
東海道新幹線のホームに上がり、指定席の列に並ぶと、宏樹は今日のやり取りを反芻した。そのまま新幹線の座席に座ると、ビル群の景色が流れ終えないうちに眠りについた。