「宏樹、こっちへおいで」
親戚の集まりのとき、修じいちゃんは決まって宏樹を膝の上に乗せ、かわいがってくれた。
「ほうら、宏樹ごらん。おじいちゃんの若いときだぞぉ」
だいぶ煤けてしまったが、アルバムに綴じられた写真には、修じいちゃんの若いころと思われる姿が写っている。勇ましくライフル銃を携え、浜辺でガッツポーズしている写真に、テレビ局の同僚だったという、少し気弱そうな男性と肩を組み、ピースサインをしている写真、そして、肌の黒い人たちに囲まれ、みんなでにこやかに笑顔を湛えている写真。
「おじいちゃんはなぁ、昔南の島に冒険へ行ったんだ」
宏樹が5歳になったときだった。いつものように昔の写真を見せ、いろいろお話をしてくれた。
テレビ局の仕事で南太平洋のソロモン群島・ファロ島へ向かい、巨大なる魔神を探し歩いたこと、大きなトカゲやタコと戦ったこと、ファロ島の住民と仲良くなったこと(宏樹みたいな小さな子にもタバコあげたんだ、とはにかんでいた)、そこから巨大なる魔神=キングコングを日本まで運ぼうとしたら目覚めてしまい、日本に上陸してゴジラと対決したこと、妹がキングコングに捕まり、東京を闊歩して危機一髪だったこと、などなど。
修じいちゃんが嬉々として話してくれる内容は、幼稚園の先生がダミ声でおはなしをしてくれる絵本や昔話よりも楽しく、面白かった。
「なんで、このひとたちはチョコレートいろなの?」
小さいとき、宏樹は写真に写るファロ島の住人を指して訊いたことがある。
「みんなチョコレート大好きなんだ。宏樹もチョコレートいっぱい食べたら、お肌チョコレートになるぞ」
そう軽口を叩き、親戚一同に窘められて苦笑いする修じいちゃん。
じいちゃん、と呼んでいるが、宏樹の祖父というわけではなく、父方の遠縁にあたる人だとわかったのは、宏樹がもう少し大きくなってからだった。
小学生になった宏樹は、割と近所に住んでいる修じいちゃんの家にしょっちゅう遊びに行った。両親とも共働きな上、あまり仲が良くないらしいことは、幼心にも察知できた。宏樹はそんな雰囲気に我慢できず、修じいちゃんをよく訪ねたのだ。
「ほら宏樹、このテレビ番組はな、昔じいちゃんたちが作ったものだぞぉ」
修じいちゃんが作ってくれた夕食を共にしているとき、特番で放映される『世界驚異シリーズ』が始まると、誇らしげに見せてくれた。そのときの回は南米の秘境アンデスを訪ね、古代文明の謎に迫るといった内容で、テレビに映し出される不思議な景色と謎を追求するナレーションに(そしていささか時代遅れな気もする、探検隊が身につけている『世界驚異シリーズ』の襷に)、宏樹は食い入るように夢中になった。
それからは、『世界驚異シリーズ』が放映されるときはきまって修じいちゃんの家を訪ね、一緒になって番組を観ることにした。アフリカの奥地や、中央アジアの砂漠地帯・・・いずれも修じいちゃんは自分が番組に関わっていたときの話を懐かしそうに交えながら、宏樹を膝に乗せた。あるとき、シベリアのツンドラを探検隊が訪れた回では「これはね、良太郎おじちゃんが作ったんだ」と興奮した様子で教えてくれた。
良太郎おじちゃんは修じいちゃんの息子さんで、やはりTTVに入って番組制作を行っているらしい。なかなか忙しくて修じいちゃんの家に来れないようだが、時折宏樹と顔を合わせてはよく買い物に連れていってくれたり、奥さんの睦実おばちゃんと一緒に遊園地へ遊びに行ったりもしてくれた。
「おい、お前も仕事忙しいんだろうから、無理しちゃいけないぞ」
ある日、すっかり遊び疲れて修じいちゃんの家にお泊りするとき、向こうの部屋で修じいちゃんが良太郎おじちゃんに話をしているのが聴こえた。
「いいんだよ。オレも睦実も子ども好きだし。それに、自分たちの子育ての練習にもなるかと思って」
「・・・えっ!?」
修じいちゃんの驚き、嬉しそうな声がした。
「それに・・・」
良太郎おじちゃんが言い淀んだ。
「宏樹のところ、二人ともあの調子じゃあ・・・」
「うん・・・そうだな」
宏樹は、自分の父と母のことを話していると察した。二人は激しく言い争うか、まったく口をきかないかしかしない。そしてそれぞれが互いの仕事にばかり邁進し、宏樹が修じいちゃんの家へよく行くことは助かっているくらいにしか感じていない、宏樹の目にもそう映った。
それからしばらくして、宏樹が小学2年生になると、良太郎おじちゃんが赤ちゃんを連れてきた。
「ほら宏樹、おじちゃんたちの赤ちゃんだぞぉ」
「真佑、宏樹おにいちゃんだよ。仲良くしてね」
笑顔の赤ちゃんをあやす二人。修じいちゃんも目尻がものすごく下がっている。みんな嬉しそうで良いなと思いつつ、宏樹は少し寂しくなった。
宏樹が小学4年生になるころ、修じいちゃんの家に行く機会は減っていた。修じいちゃんは、孫娘の真佑ちゃんをしょっちゅう預かり、かわいがっていた。
なんだか、修じいちゃんの家へ行きづらくなってしまったのだ。宏樹の両親は相変わらずだ。学校へ行く前に母から500円玉を渡され、学校の帰りに近所のコンビニでご飯を買う。家ではひとりゲームしながら、コンビニのご飯を食べる。
それでも、『世界驚異シリーズ』だけは大好きだった。地球には、まだまだ不思議がいっぱいあることを、宏樹に教えてくれた。
『次回、あの巨大なる魔神が眠る伝説の島、ファロ島へ!鋭意制作中』
そんな次回予告が流れたとき、宏樹は心躍った。修じいちゃんからよく聞かされていたファロ島が放送されるのだ。ひさしぶりに修じいちゃんの家へ遊びに行くと、修じいちゃんも楽しみにしている様子だった。
「宏樹、またうちにおいで。じいちゃんと一緒に見よう!そのときは、宏樹が好きなから揚げいっぱい作って待ってるからな」
弾けんばかりの笑顔で、修じいちゃんは言った。
修じいちゃんの笑顔を見たのは、それが最後だった。
あるとき、ファロ島を訪れた日本のテレビクルーが、ファロ島で発生した大地震に巻き込まれたというニュースが流れた。
いつものようにコンビニのご飯を食べていた宏樹は箸が止まり、心配になって修じいちゃんの家を訪ねた。
修じいちゃんは、泣いていた。
昔じいちゃんの仕事仲間だったという、古江というおじいちゃんが一生懸命慰めていた。
良太郎おじちゃんも睦実おばちゃんも、真佑ちゃんも戻ってこなかった。
それから、修じいちゃんは身体を壊し、元気になることがないまま宏樹が中学校へ上がる前、亡くなった。
ぼう、っと、修じいちゃんの姿が夢に出てくることがある。
いつも宏樹を暖かく迎えてくれた、あの笑顔のままだ。
「宏樹、大きくなったら冒険をしてごらん」
よく、修じいちゃんが話してくれた。
「そりゃあ、冒険をすると危ないこともある。もうこんな辛いことはイヤだって思うこともある。でもな宏樹、自分が知らない世界、行ったことのない世界に行くことは、とっても楽しいんだ。じいちゃんもファロ島を探検したときはすごく楽しかった。こういう生活をしている人たちがいて、普段こんなもの食べてるんだ、こんなことしてるんだ、って、驚き桃の木山椒の木だったよ」
「じいちゃん、僕もファロ島行ってみたい。行けるかな」
幼い宏樹が、尋ねる。
「おう、行きなさい。行ってみるんだ。きっと楽しいぞ」
修じいちゃんは膝の上に宏樹を乗せ、頭を撫でてくれる。
「宏樹、迷うときもある。苦しいときもある。そんなときは、いつもじいちゃんがついてるよ。じいちゃんだけじゃない、宏樹にだってお友達いるだろう。一緒に遊んでみると良いぞ。な」
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『ご乗車、ありがとうございます。三河安城、三河安城駅でございます。どなた様も、御忘れ物のないよう・・・』
ハッとして飛び起きると、窓の向こうに見慣れた看板が現れた。東海道新幹線・三河安城駅。宏樹が降りるべき駅だ。
『間もなく発車します』のアナウンスとほぼ同時に、宏樹は新幹線から勢いよく降りた。危うく乗り過ごしてしまうところだった。ちょうどドアが閉まり、新幹線は名古屋方面へとゆっくり動き出す。
どうやら東京駅を出発してすぐ、眠りこけてしまったらしい。冷や汗と熱帯夜のジメっとした空気のせいか、宏樹の背中が汗ばんでいる。
ひとまず安堵の息を漏らすと、宏樹はスマホを手にした。相手は3コールで電話に出てくれた。
「あ、鍋ちゃん。今日はいろいろありがとね。うん・・・そう、ファロ島行きたいんだ。うん、決めた・・・」