・8月1日 13:26 愛知県岡崎市 宏樹の家
「計画の見直し?」
数日前に撮影した、激辛ヤキソバを食べる動画の編集をしていたところ、zoomの向こうの神鍋からそう告げられた。
『ああ。ファロ島への渡航費用が予想以上にかかっちまうことがわかったらしい。明日、聡くんも帰国するようだし、急遽東京のパシフィック製薬で今後の方向性を打ち合わせることになったんだ。そこで、急にもうしわけないんだけど・・・』
「また、東京へ行けば良いんでしょ?」
『うん、悪いんだけど、ヒロちゃんまた来てくれないかな?オレも明日の朝イチで上京するからさ』
「・・・・わかったよ」
相変わらず元気のない宏樹に、少し心配そうな表情で神鍋はアクセスを下ろした。宏樹はかねてからのやる気スイッチがスリープ状態であることに加え、動画のためにがんばって食べた激辛ヤキソバの副作用でここ数日お腹の調子が良くないのだ。
まあ、飯島には久しぶりに会えることだし、ファロ島へ行けることでどうにかテンションは維持できたが、今後の方向性を打ち合わせるということは、場合によってはファロ島へ渡る計画そのものが白紙に戻りかねない。
ためにためたため息を漏らすと、ドリップさせておいたコーヒーに口をつける。負担がかかっている胃に優しくないのは承知している。ここ最近、こうして無理にでもカフェインを摂取しないとやる気が維持できないのだ。
とりあえずスマホで明日の新幹線を予約する。三河安城から乗車するということで、宏樹が上京する場合きまってこだま号だ。
東京までそれなりの時間はかかるが、飯島がカナダ周遊の様子を続々とチャンネルにアップしている。それらを一気見していれば所要時間も気にはならないだろう。
翌日、宏樹は再度東海道新幹線に乗車し、東京を訪れた。盛夏真っただ中な上にヒートアイランド現象故か、熱い空気が宏樹の全身を包み込む。とてもじゃないが、この暑さで八丁堀まで歩くのはいまの宏樹にとっては自殺行為だ。なにせ、新幹線の中で3度もトイレに駆け込んだのだ。
「ヒロキン」
東京駅八重洲口で途方に暮れていたそんな宏樹の背後から、誰かが声をかけてきた。
「聡くん!」
宏樹の表情は一気にほころんだ。YouTuber仲間で鉄道やバス、航空機などを利用した様子を収めた動画でソチラ系の人々に人気を博している、飯島 聡だった。
「久しぶりー!今日、帰国するってきいたけど」
「ああ。さっき羽田に着いてさ、航空会社のキャリーサービスに荷物を頼んで、身体だけこっち来たんだ」
この暑さだしタクシーにしようということになり、二人はタクシーに乗り込んだ。冷房は快適で、汗は見る間に引いて行った。
「でも、聡くんさっき帰国したのに大丈夫なの?」
「どうってことないよ。それにしてもタイミングがピタリだったよ。通常、北米から羽田に着くのは夕方~夜間が多い。今回はね、往路は羽田から直行便利用したけれど帰路は中国国際航空で北京乗り継ぎにしたんだ。中国の航空会社は評判イマイチだけど、ビジネスクラスはどんなものだろうかって体験したくてね。それに、フライト前のバンクーバーと乗り継ぎ地の北京で、スターアライアンスのビジネスラウンジはどれくらいサービスが充実しているか、動画上げる目的もあって・・・」
飯島は普段とても冷静なのだが、趣味である鉄道や航空機の件になると人が変わったように饒舌になる。通常ならそんな手段で向かわないだろうという経路や中継地を駆使して旅を続けるという、ニッチな行動を好む。
「でもさ聡くん、いつも思うけどホント帰国したてだっていうのに元気だよね」
はっきりいって乗り継ぎの手段や土地に興味のない宏樹は、話を遮るようにしゃべりかけた。
「どんなに疲れてても、目的地に着くと元気出る性分なんだ。それにビジネスクラス利用だからね、エコノミーよりだいぶ疲労の度合いは軽減されるし、何より・・・商社時代と違って気軽だよ。帰国後の出社義務がないんだから」
飯島は大学を卒業後、10年ほど某大手商社に勤務した経験を持つ。得意の語学を活かし海外出張が多く、かねてからの趣味であった乗り鉄、ソニア(乗り鉄の飛行機バージョン)として充分満たされる生活を送っていた。
だが商社の仕事そのものにはまるで魅力を感じなかった。本人いわく「世界を股にかけてグローバルに通用する仕事がしたかったのに、仕事内容が閉鎖的で日本の悪いところばかりデキるヤツが出世する」ものだったそうで、退職金を元手に株式や債券への投資を行いつつ、趣味の乗り鉄やソニア、時折投資を通じて得た金融の知識や実践方法をYouTubeに投稿することで暮らしている。
「お、鍋ちゃんからLINEだ・・・もう着いてるって。鍋ちゃんともしばらく会ってないな。相変わらず、筋肉隆々なの?」
知的な飯島と、絵にかいたような脳漿筋肉の神鍋。一見まるで釣り合わなさそうなのだが、なぜか二人はウマが合うところが多い。
「うん。田植えしながら筋肉ついたって喜んでたよ」
宏樹がそう言うと、飯島は満足そうに口を微笑ませた。ややあってタクシーは八丁堀のパシフィック製薬本社に到着し、二人は料金を支払ってビルに入った。
前回と同じ会議室へ通されると、二宮が出迎えてくれた。知識があるとはいえ飯島とは初対面で、名刺を渡し挨拶したところで苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あのう、ファロ島冒険計画が、見直し迫られてるってきいたんですけど・・・」
宏樹が訊いた。
「ええ・・・ここへきて、予算不足が鮮明になりまして・・・」
もうしわけなさそうな顔をすると、ともかく二人を中へ案内した。一足早く到着していた神鍋と、やはり渋面の太田が顔をつき合わせていた。
改めて挨拶を終えると、太田がここへ至るまでの経緯を話し始めた。
「ファロ島への渡航を断られた?」
宏樹が目を丸くした。渋面のまま太田は頷き、冷茶を口にふくんだ。
「いままでは、近隣の漁師や船便でファロ島へ渡ることができていたんです。ところが、近年はファロ島へ渡ろうとする現地民は皆無らしく、現地のコーディネーターにいくら働きかけても、色よい返事をもらえなかったんです」
「なぜ、ファロ島へ近寄ろうとしないんですか?」
当然の疑問だろう、飯島が訊いた。
「実は・・・22年前の平成12年、ファロ島でマグニチュード8.4の大地震が起きたでしょう?そのせいで、島の地形が大きく変わってしまったらしいことはきいてたんですが・・・。実はそれ以来、島へ近寄ろうとした船が、みんな消息不明となったり、難破して遭難するようになったらしいんです」
太田が苦々しくお茶を飲み干すと、二宮が気を利かせてお代わりを注いでくれた。
「なんだぁ。それなら、空から島へわたれば良いじゃないですか。ヘリコプターとかで、着陸できるんじゃないですか?」
宏樹が訊くと、太田はかぶりを振った。
「それが・・・海だけでなく空から近寄ろうとしても、途中で通信が途絶えて遭難してしまう例が後を絶たないようなんです。現地のコーディネーターいわく、数年前には島の調査を理由にミクロネシア連邦軍がやはり海と空から接近を試みたそうなんです。ところが、軍をもってしても同じ結果だったらしく・・・。以来、現地の人々はファロ島には悪霊が棲みついている、という風説が広まって、誰も近寄ってくれないそうなんです」
宏樹たちは思わず顔を見合わせた。自分たちが渡ろうとしていた島が、それほどまで危険視されていたとは・・・。
「遭難の原因は、なんです?」
「あの海域は、貧困からギャングになった近隣の島民が海賊活動を行っていると耳にしたことがありますが、それが原因では・・・」
神鍋と飯島が続けて口にした。
「わからないんです。もし海賊だとしても、金品を奪うことが主眼で、抵抗さえしなければ船も船員も戻すはずなんですね。ところが、船ごと、船員ごと消息を絶つ例が多いそうで・・・」
「となると・・・」
飯島が考え込んだ。
「やはり、件の巨大なる魔神・・・キングコングによるもの、でしょうか」
「それはなんとも・・・。キングコングはそもそも島から出るのを嫌い、海へ入ることはしない、ということを聞いてるんです。第一・・・島の様子は現地に渡れないにしても、グーグルアースで確認が可能なんです。ところが、キングコングはもちろん、島民の姿も確認できないんです。昔の地図と照らし合わせても、地震によって地殻変動が大規模に起きたらしいことはうかがい知れたんです」
「・・・で、島へ渡る手段は閉ざされた状態なんですか?費用の問題と、お聞きしましたが?」
しばし顎に手を当てていた飯島が訊いた。そういえばそうだ、と宏樹と神鍋は目で合図した。
「ええ。紆余曲折を経てですね、あの辺の海域で海上流通を仕切っている韓国企業へ打診してみたんです。ありがたいことに、ファロ島に拠点はないが、島への上陸を目的として船を出してくれることになったんですが・・・その費用が、高額過ぎてですね」
「その海運業者から送られた見積書です。イレギュラーな依頼なのは、私どもも理解してるのですが・・・」
二宮が見積書を出してきた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん・・・なーんだ、47万円じゃないですか」
「鍋ちゃん、通貨単位を良く見るんだ。これは円じゃない、米ドルだ」
すかさず、飯島が突っ込んだ。
「現在のレートだと、日本円で延べ5千万円になるんです」
二宮が告げると、神鍋は「ごっ、ごっせん・・・・」と絶句していた。
「まあ、僕らの年収くらいかかるってワケだよ」
別に悪気はないのだろうが、飯島の言葉に二宮も太田も口を結んだ。
「弊社では、当初の見積もりで予算を計上していました。今回、経費が大幅に膨れ上がったことで予算増額を要求しているんですが・・・取締役会案件になってしまった上、色よい返事をもらえそうにないんです・・・」
二宮がもうしわけなさそうに言った。
「TTVと、もちろんウチも持ち出しを検討しましたが、とても気軽に支払える額じゃないもので・・・」
すっかり気圧されて天を仰ぎっぱなしの神鍋に、せっかくファロ島へ渡れるとの期待が打ち砕かれ、お腹の調子も相まってうずくまりがちになる宏樹。ただひとり、飯島は熱心に見積書を凝視している。
「僕ら3名以外に、TTVから撮影スタッフ12名。下請けの制作会社からスタッフ25名に、警備担当18名・・・。これ、人数多すぎませんか?」
見積書とのにらめっこから、飯島が顔を上げた。
「最近のYouTubeは、手軽な機材で良い映像が撮れる。音質も申し分のないものです。いかがでしょう、僕らの配信動画はもちろん、TTVでの放送に向けた映像からすべてひっくるめて、僕ら3名だけで撮影を実施する、というのは」
飯島の提案に、太田はあんぐり口を開き、二宮は固まった。
「お、おい聡くん」
宏樹もあまりのことに、思わず口をはさむ。
「僕らが前に投稿した富士地下風穴のときだって、僕ら以外に撮影担当のクルー1名だけだったじゃないか。いくらテレビ局絡みの案件だったとしても、こんなに人員は必要としないでしょ。自分たちで完結できるんだから。これだけで、この追加費用の少なくとも半分は削減できる。問題は、船のチャーターのみでこれほど費用がかかることなんだが・・・イレギュラーな依頼である上、文明の力が及ばない地域での仕事だ。この辺の削減は見込めないとして、如何にこの費用を調達するか・・・」
飯島は目を閉じて考え始めた。1分もしないうちに目を開いた。
「クラウドファンディング活用しよう。目標は3千万円」
簡単に言いやがった!言葉にしなくても、太田の表情はそう物語っていた。
「ヒロキン、鍋ちゃん。明日にでもオレの方でクラウドファンディングの発起手続きするから、用意でき次第緊急でこの件を動画に上げよう。その中で、クラウドファンディングを実施する旨告知するんだ。」
「で、でも、でもだよ?3千万円て多すぎないか・・・?」
神鍋がきょどり気味に訊いてきた。
「こういうのは、目標より多めに設定するのがコツだ。無論、出資者への対価は手厚くするのだが・・・そうか、こうしよう。今回のファロ島探検限定で、メンバーシップ立ち上げよう。たとえば、ひとり300円で限定動画を視聴できるとして、仮に登録者数の10分の1・・・10万人も登録してくれたら、それだけでこのコンテンツは3千万円の収入源になる。ここからMMMUUに管理諸費用支払っても、概ね2千万以上の粗利は堅いな。うん、これはイケる」
ひとりでべらべらとまくし立てると、飯島は傍らの宏樹と神鍋の肩に手を伸ばしてきた。
「これだけの収益が見込めるんだ、今回、いままで以上の撮れ高目指して、がんばろう」
ニヤリと笑いかける。呆気に取られながらも、宏樹と神鍋は頷いた。
「いやはや・・・噂にたがわぬ守銭奴・・・っああっ、失礼!収益化の神様っぷりですな」
太田が口を覆って言った。飯島のオソロシさはここだった。動画を商品化し、如何にして収益を得ていくか・・・その辺りのアイデアを出すのと実行力に長けているのだ。これらを仲間のYouTuberに提案し、そこから得ている企画料金は動画の広告料を上回るとのウワサもあるくらいだ。
「太田さん、みんな僕のことを守銭奴とか、金が好きなヤツ、と言いますが、それらは正しくありません。僕は金が好きなのではなく、金を産み出す仕組みを作ることが好きなんです」
陰でささやかれる悪口も言われ慣れているのだろう、不敵な笑みを浮かべながら飯島は言った。
「削減すべきは削減し、資金調達することで最低限の収益は見込めるとして、むしろ警備には費用をかけた方が良いな。太田さん二宮さん、ここはしっかり手配お願いします。あと、ファロ島への移動手段は船として、そこへ至るまでは?おそらく、まずはオーストラリアかニュージーランドへ渡る必要があるように思えますが?」
「ええ。ええ。今回はオーストラリアに一旦渡る行程が良いかと思ってまして・・・」
「ならJALもANAも利用できる。いや、JALがワンワールド加盟であることを鑑みて、ここはJALでシドニーへ渡るべきか・・・いや、ケアンズやブリズベン乗り継ぎも面白そうだな。んん??いや待てよ、そもそもカンタスならあの辺りを網の目のように網羅してる。ここはカンタスで行くべきか・・・ビジネスクラスの動画も上げられるし・・・」
ひとりブツブツが止まらなくなった飯島に、誰もが思っていた。
「「「「もう全部、お前ひとりで良いんじゃね??」」」」