続! キングコング対ゴジラ   作:マイケル社長

6 / 29
―1日のうち、朝食が一番大事。だからしっかり食べとけ―

・8月30日 東京都大田区 羽田空港第三ターミナル ザ・ロイヤルパークホテル羽田

 

 

 

 

 

冷涼な部屋の空気と、皮膚に突き刺さる直射日光の熱さの強烈な温度差に、宏樹は目を覚ました。

 

部屋の時計は7:20を指している。ファロ島へ向かうべく、まずはオーストラリアのシドニーへ渡る必要がある。シドニー行きのフライトは22:30。本来ならフライト当日の移動で充分間に合うのだが、出発前に急遽会合が設けられることとなり、宏樹と神鍋は羽田に前泊することにしたのだ。

 

大きくあくびをすると、直射日光に加え飛行機の翼に反射する光で目が眩む。この部屋からは羽田空港の滑走路が良く見える。ズラリと並んだ飛行機群が、熱気で歪んで見える。

 

ぬるま湯、というより冷水に近いシャワーを浴び、宏樹は出発を前にしてこれまでのことを反芻していた。

 

飯島の言う通り、自身の動画で南太平洋・ファロ島探検の旅へ出かけること、それに際し費用がかさんだため、クラウドファンディングを実施することにしたという動画を上げたところ、大きな反響があった。

 

最近宏樹が運営している動画チャンネル『ヒロキンTV』は、アンチ以外からもマンネリ化が囁かれ、登録者数の割に動画再生数が伸びないことが多かった。ところが今回は2日で100万もの視聴再生数に達した。『危険すぎる』『動画のためとはいえ、ヤバくないか』『キングコングに握り潰されやしないか』など、否定的なコメントも多かったものの、3千万円を目標としていたクラウドファンディングはわずか4日で目標額を突破し、最終的に4千万円を上回った。宏樹だけでなく神鍋や飯島のチャンネルでも告知したこともあるが、達成率としては近年稀に見る成功、などとネットニュースに掲載された。

 

その資金でふっかけに近い船のチャーター料金は優に支払える上、警備にも潤沢に予算を費やすことができた上、飯島の希望だった羽田~シドニー間のビジネスクラス席の確保も予算面で困ることはなかった。

 

それからは旅支度に専念することを理由に、動画の投稿をしばらくお休みすると宣言した。ここのところ、使い古された企画の相乗りに飽き飽きしていたところだ。編集に時間を取られることもなく、引きこもりに近い生活を送っていた。

 

とはいえ、ファロ島への旅が希望に満ち溢れたものとは思えなかった。気分の沈降は思っていたより深刻らしく、羽田へ至るまでの足取りはどうにも重かったのだ。

 

どうやら危険が伴う旅らしい、という不安もあるが、飯島いわく『燃え尽き症候群』らしい。どのYouTuberも一度は陥るもの、という風説は耳にする。

 

果たしてそんなものだろうか、宏樹は濡れた頭をバスタオルで拭くと、乱暴にタオルを浴槽に投げ入れた。

 

着替えると、スマホに通知があった。神鍋が朝食に誘ってくれたのだ。

 

これから行くよ、と返信すると、宏樹は部屋を出て2階にあるレストランを目指した。何事にも気が進まない昨今ではあるが、そんな宏樹を見かねて今回の企画に誘ってくれた神鍋の気持ちに応えないワケにもいかない。

 

「おーう、おはよう」

 

レストランへ入るなり、神鍋が手を挙げた。既に食事を摂っていた神鍋のテーブルには、米飯にパンケーキ、クロワッサンに三種のスープ、その他肉類や魚類、サラダが山盛りになっている。よくもまあ、朝からこんだけ食べられるモンだと呆れ、宏樹は神鍋の向かいに腰を下ろした。

 

「ヒロちゃんも、ここの白米食べなよ。ウチのコメに負けないうまさだよ」

 

口いっぱい頬張りながら、神鍋は言った。

 

「いや、オレパンが良いな」

 

そういって適当に料理を取ってくる。食への追求が乏しいのは、神鍋が摂った内容と比較しても明らかだった。そうこうしていると飯島もやってきて、宏樹と同じように神鍋の大食漢ぶりに目をパチクリさせていた。

 

宏樹自身は興味がなかったのだが、飯島はコメにパン、スープやおかず類を丁寧にバランスよく皿に盛ってくる。彼なりのこだわりで、ジュースやコーヒーなどよりもビネガーやルイボス茶など、一風変わった飲料を好む。

 

「さっき、太田さんから連絡あったよ。唐津先生、予定より少し遅れて10時過ぎに到着するらしい」

 

三人で食卓を囲むと、トマトソースがけグリルチキンを放り込んだ神鍋が口を開いた。

 

「忙しい人なんだね、パリから戻るなりオレらと会合でしょ」

 

スープを口に運びつつ、宏樹は言った。

 

「薬学の分野では、日本どころか世界的な権威だからね。そんな先生がオレたちに用事っていうのも妙な感じするよなぁ」

 

チキンとサラダを交互にパクつく神鍋。

 

「パシフィック製薬のパシン錠。あれって、昔ファロ島で採取されたファロラクトンて赤い実から抽出した成分が使われてるんだろ。あのファロラクトンを特許取ったことで、パシフィック製薬はファイザーやモデルナに並ぶ世界的な製薬企業になったんだ」

 

「へえ、そうだったの」

 

飯島の解説に、神鍋は目を丸くした。

 

「そうだよ。知っての通り、パシン錠の効き目は折り紙つきだし、他の薬剤やサプリメントにも応用してるしね。もし新たに株式投資を始める人がいるなら、オレは迷わずパシフィック製薬の株を勧めるよ。株価は好況不況に関係なく安定してる上、将来に渡っても持続性があるからな」

 

「へえ~!よし、オレももっと動画で稼いで株始めようかな」

 

「う~ん、鍋ちゃんはどちらかと言うと株式投資に向いてないよ。」

 

「なんでだよ~!」

 

そんな神鍋と飯島のやり取りを横目に、宏樹は黙々と食事を済ませる。

 

「で、今回オレたちファロ島へ行くから、またファロラクトンの実を取ってこいっていうのかな」

 

神鍋は春巻きをバリバリ頬張りながら言った。

 

「アレはもうパシフィック製薬が自社で培養できてるから、その必要はないと思う。むしろ、別な目的があるのかもね・・・」

 

フォークを置き、椅子にもたれかかる飯島。宏樹は二人の会話に混ざらず、修じいちゃんが赤い実(ファロラクトンの名前は知らなかった)をキングコングに呑ませるとよく眠る、という話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

ホテルの会議室を貸切り、太田と二宮が帰国したての唐津を案内してきた頃には11時近くなっていた。神鍋と飯島は相変わらずいろいろしゃべり尽くしており、宏樹は自身の動画についたコメントにハートマークをつける作業を黙々とこなしていた。

 

「お待たせしてもうしわけない、唐津です」

 

入るなり、人の良さそうな壮年の男性が頭を下げてきた。釣られるように神鍋は立ち上がり、頭を下げる。飯島は目を合わせ、微笑んで軽く会釈する。宏樹はスマホの見過ぎでショボショボした目のまま、首だけ縦に振った。

 

唐津の荷物を持った太田と二宮が入室し、続いてホテルのスタッフが全員に紅茶を淹れた。

 

「本来は今月いっぱい、学会のついでにパリの観光でも楽しんで来ようとしてたんだけどねぇ、こちらの、二宮さんからみなさんがファロ島へ向かわれるときいたものですから、予定を切り上げて帰国したんです。まあ、到着が遅くなってしまったのは大変もうしわけない」

 

唐津の言葉と同時に、二宮が資料を宏樹たちに配布した。

 

「ファロラクトン・・・なんだこりゃ?」

 

神鍋が隣の飯島に訊いた。

 

「ε(イプシロン)・・・ファロラクトンε」

 

難なく答える飯島。

 

「口笛じゃねーか」

 

そう言って一人笑う神鍋。

 

「60年前だよ。私の大先輩に当たる、牧岡博士という薬学の権威がいてね」

 

「知ってます。ファロラクトンを発見、精製し培養に成功した、日本薬学会の神様とまで言われた学者でしたね」

 

なんでも知ってるな、という視線を飯島に向けて、唐津は頷いた。

 

「昔、この牧岡博士がファロ島で赤い実・・・ファロラクトンを発見したのだが、当時の論文には、さらなる別な実の存在が複数書かれていたんだ。とりわけ、黄色い実であるファロラクトンεについても、サンプルが希少で有効性などが確立できなかった、と書かれていてね」

 

「赤の次は黄色・・・これで青い実があれば、信号機じゃないですか」

 

呑気にのたまう神鍋に、宏樹と飯島は両方から肘でつついた。

 

「うん、まあ、その後も牧岡博士は世界驚異シリーズの取材に同行してファロ島を訪れ、ファロラクトンεの採取に励んだのだが、ファロラクトンと違って希少性が高いらしくてね。とうとう新たに入手できぬまま、昭和45年に鬼籍に入られたんだよ。以降、なかなかファロ島への薬学的調査が行われなくてね。平成15年頃かな、再度調査を計画して私もファロ島へ渡るはずだったんだが、ファロ島の海域で海難事故が多発したとかで、中止になってしまってね」

 

「・・・ということは、僕らにその、ファロラクトンεを取ってきてほしいってことですか?」

 

神鍋が訊いた。

 

「そう。本当は私も同行したいのだが、来週は名古屋で世界的な薬学のシンポジウムがあってね、どうしても一緒に行けないのだよ。そこでみなさんに、どうか代わって調査をお願いしたいと思って」

 

「あの、僕らは薬学の知識がありません。島のどこに成っているのか、採取した場合、日本までの運搬と保管は条件があるのか、ご教授いただきたいのですが・・・。それに、往復ともオーストラリアで乗り継ぎます。ご存知のように、かの国は動植物検疫が世界一厳格です。仮に採取できたとしても、現地で没収されることも懸念されますよ」

 

さすがは飯島、と、宏樹も神鍋も目を見開いた。そんなことは想像も及ばなかった。

 

「その点は大丈夫だ。文科省と外務省に、このεを持ち帰る場合に備えたオーストラリア検疫局向けの検疫許可伺いを発行してもらう。これがその文書だ。日本政府のお墨付きだ、問題なく通過できるはずだよ」

 

とは言うが、あまりにも荷が重い宿題を背負わされた気もする。3人のテンションが萎えたことを察したか、唐津は前のめりに身体を向けてきた。

 

「ま、まあ、もし発見できなければそれでも良い。君たちに対して何ら不利益はないし、探検の主眼に置かなくて良いから。あくまで、副次的なものだと理解してもらってかまわない」

 

そうは言われたものの・・・。

 

【動画内に、ファロラクトンε関連を掲載しないこと】

 

【動画内では、ファロラクトンεについての言及は一切しないこと】

 

等など、厳格な条件が資料の最後に書かれてある。

 

付き合いが深いから、そして出発直前とはいえ、神鍋は見る間にテンションが降下していき、話を持ち掛けてきたことを後悔し始めたのが表情から読み取れた。

 

「・・・できる限り、やらせていただきます」

 

飯島はそう答えるのが精いっぱい、宏樹に至っては唐津に辛らつな視線を向ける。

 

どうにか頼みます、と太田は手を合わせ、言葉にせず目で訴えかけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。