一方その頃、日本・東京。
日本時間で今朝9時を回る頃、ファロ島探検へ出かけている飯島から『これからミクロネシアのコロニア行きの便へ搭乗する。定刻通りに行けば日本時間で12時過ぎにはファロ島へ向かうチャーター船に乗船できる』と報告のメールがあった。
メールをサラッと確認すると、太田は出社する間もなく朝から赤坂のホテルにて、今日開催されるシンポジウムとその後の昼食パーティーの最終確認に追われていた。
環境省と文部科学省が主宰する、国内外の希少生物に関するシンポジウムということもあり、日本はもちろん、世界各国から生物学の権威や行政関係者が出席すべく昨日から日本入りしていた(飯島たちの見送りが羽田空港というのも、迎え入れの立場からして助かった)。
主宰は霞が関なのだが、会議の広報やプレス対応、会議やパーティーの会場運営はすべて太田が勤めている伝通が担っている。ここ二週間ほどは、ファロ島探検の手配も重なりまったく帰宅できない日が続いていた(お盆休みも関係なく、妻にはしばらく口をきいてもらっていない)。
折からの残暑もあってだいぶバテ気味の中当日の現場を仕切っていたが、午前9時からの会議はつつがなく終了。いまはこうして12時からの立食パーティーに移ることができた。今回の主眼は午前中の会議のみ、ということもあり、国外の出席者は早ければ今日の夕方には日本を発つ。そのため昼間からビールやワイン、シャンパンが振舞われていた。
無論、太田たち広告代理店はパーティーそのものが終わるまで飲酒をするワケにはいかない。午後3時までのパーティーが終われば、そのまま後始末をして隣の小宴会場でスタッフたちの打ち上げをすることになっており、早いとこその時間にならないものか、作り笑顔の下でそればかり考えていた。
文科省の口うるさい役人が去った後、辟易気味にノンアルビールを口にしていたところ、「やあ、太田さん」と声をかけられた。
「おお、重沢先生」
太田はグラスを置き、丁寧に会釈した。重沢 正明。城南大学の生物工学部教授であり、国内でも指折りの生物学における大家だ。何より、昭和29年当時からゴジラを研究し、昭和37年のゴジラとキングコング上陸の際には2頭の撃退作戦に有効なアドバイスを行った、重沢正介博士の息子である。
父の後を継ぐように生物学の権威となってから、世界各地で進められているゴジラやキングコングといった巨大生物の研究においても存在感を示している。太田とは大学の学祭や今回のような学会を通じて、顔見知りだった。
「いつもありがとうございます。おかげさまで、今回の会議も上手く進みました」
本当は酒を勧めるところなのだが、太田の事情を察しノンアルビールを持ってきてくれるあたり、いつもながらスマートだ。
「いやはや、恐れ入ります。あとは、早いところ終わらせて私どももビールを一気したいところでして」
太田も重沢には遠慮せず、言いたいことを言う間柄だ。
「ご苦労様です。何でしたら、この場でもご一緒したいところですが」
「いえいえ、広告代理店なんて威張っているように見えますが、実際はこういう場では小間遣いでして、なかなか」
苦笑しながら、太田は重沢の盃に日本酒を注ぐ。
「それにしても、今日も話題になりましたな。ゴジラのこと」
そのまま話していたら、代理店勤務の愚痴しか出てこなくなりそうだ。太田は話題を変えることにした。
「ええ。昨今の国際情勢がそうさせてるのでしょうかね。今日の会議では質問が2件でしたが、このパーティーでは両手あっても足りないくらい尋ねられました。ゴジラには、核兵器は有効なのか、と」
緊迫する朝鮮半島情勢を受け、連日北朝鮮が核兵器を使用した場合の話は毎日のニュースを賑わせている。その中で、核実験を機に出現し砲弾をも弾くゴジラには核兵器が有効なのか、皆気になるようだった。
「すみません実は、わたしちょうどそのとき電話かかってきてまして。先生は何とお答えしたんですか?」
「ははは、いつもの定型文ですよ。ゴジラに核兵器が有効か否か、実際に出現して使用するより検証のしようがない。ただ、一度でも核兵器を使用してしまえば、今後は核兵器使用がよりカジュアルに議論されてしまう。そのことが国家間、果ては人類の為になるのか、よく考えましょう、とね」
「ほう、先生らしいですなぁ。素晴らしいです」
「いやいや、実際は私もわからないので、ヒューマニズムと世界平和を謳って煙に巻いたに過ぎません」
「しかし、本当ゴジラはいまどこにいるのでしょうか。俗説通り、熱海の底で死んでいるんでしょうかね?」
「情けない話ですが、ゴジラはいまどこで何をしているのか、実際に出現しない限りわからないのです。たしかに、ゴジラあるいはそれに類似した巨大生物が存在、または移動したとされる状況証拠はいくつかありますけれど。そうそう、そういえば、パシフィック製薬さんは20年以上ぶりにキングコングの捜索をするべく、探検隊を結成されたそうですね」
「ええ。世界驚異シリーズ、ですね。22年振りの復活となりまして」
「それも、YouTubeチャンネルとアプリでのネット配信も連動させるとか」
「そうなんです。大きな声では言えないですが、いまはテレビだけでは広告料も視聴者数も限界がありますから。新しい手を打っていきませんと」
「どこも大変ですね。いえ気になったのですが、ゴジラがもし生存している場合、存在する可能性のある場所が2つある、と考えられるんです」
重沢の言葉に、太田は思わず周囲を気にした。うかつにマスコミへ流れた場合、明日のトップニュースになりかねない話題だったからだ。
「ひとつは、ここ日本です。動物には帰巣本能といって、産まれた場所へ還ろうとする本能があります。過去3回に及ぶ日本上陸の結果からして、これはゴジラといえど例外はないと考えられています。もうひとつ、ゴジラは苛烈ともいえる闘争本能を持っています。過去、自身と同程度の大きさを持つアンギラスやキングコングと惹かれあうようにせめぎあい、争ったという結果から判断できます。その闘争本能に従った場合、キングコングが棲むファロ島を目指しても不思議ではないのです」
幸い、周りはうまい具合に酒がすすんで、盛り上がっている参加者ばかりだ。重沢と太田の会話に聞き耳を立てるようなことはなさそうだ。それにしたって、と、太田は話を聴きながら周囲をチラチラ窺うのを忘れなかった。
「まあ、平成12年の大地震以降、キングコングの生存も確認できないようですから、ふたつ目の仮説についてはより議論が必要です。地震によって、大規模な地殻変動が認められたようですからね。探検隊にも、どうか無事に戻ってきてほしいものです」
「そ、それについては。ミクロネシア近海の海運を担っている韓国企業のバックアップもありますし、オーストラリアからは評判の良い警備会社を警護に充てることにしてありますから」
実はここ数週間、似たような返答をテンプレートでしていた。ファロ島探検のためにYouTuberが旅立ったとあり、スポンサーであるパシフィック製薬と代理店の伝通には批判も少なくなかったのだ。
「動画のためなら何でもする。それがお仕事なのでしょうけれど、無理だけはしてほしくないものです」
言いながら、重沢は視線を逸らせた。気まずそうに周囲に目を這わせる太田だったが、ちょうど出席者が数名、会場を出るところだった。
「あれ、亀田総監、お帰りのようですね」
陸上自衛隊の礼服に身を包んだ屈強な男性が数人、会場を後にしようとしていた。亀田というのは陸上自衛隊陸将であり、東部方面の総監を務めている。
「普通、生物学の学会には自衛隊が参加することはないんでしょうなあ」
太田がぼやいた。
「そう、普通はね。今回のような会議でしたら、自衛隊や外国の軍人が出席することは珍しくありません。まあ、意気揚々とパーティーに出席なさる亀田さんのような方もいらっしゃるが・・・」
「ああ、只山さん、ですか。中部方面総監の」
「ええ。あのお二方、いまだ遺恨があるようだ」
「・・・ここだけの話にしてくださいよ。やはり、それぞれがゴジラ迎撃作戦案を作った結果、亀田さんの案が採用されたことが尾を引いているようですね。亀田さん自身はともかく、只山さんは面白く思ってないようでして・・・」
「自衛隊の力関係はよくわからないが、お二方は同期で同格らしいですね。譲れない考えになるのも理解できます。何より、作戦立案の原案を作成した身としては、いささか責任を感じる部分もありますな」
昭和37年以降、日本政府並びに自衛隊では幾度も再度のゴジラ日本上陸に備えて対策を練ってきた。防衛力や技術力の向上、時代背景が変わるごとにアップデートされ続けてきたのだ。
その中でも、重沢が父の代から打ち立てていた高出力電圧によるゴジラ無力化作戦は、過去100万ボルトを以てしてゴジラ首都侵攻を防いだ実績もあり、ゴジラに対し極めて有効な作戦とされている。
その重沢案を基に、2年前当時防衛省内にて要職にあった亀田と只山が対ゴジラ撃退作戦を立案した。
亀田が考案したものは、昭和37年にゴジラへ実施した落とし穴作戦を発展させたものだった。当時は落とし穴へゴジラを誘導し、穴に踏み込んだと同時にガス爆弾を炸裂させてゴジラを窒息死させる目的だったが、ゴジラにガスは効果が見られず、失敗に終わった。
そこで落とし穴へ誘導後没落させるところまでは同じだが、低温下では活動が低下するゴジラの性質を利用し、ガス爆弾ではなく液体窒素爆弾を炸裂させて動きを封じた後、100万ボルトの高電圧を流してゴジラの感電死を図るというものだ。
対して只山案は、最近自衛隊が開発した最新システムを駆使したものだった。
海に囲まれた日本は、他国軍が侵攻してきた場合海上から兵器や人員を揚陸させる他、術はない。そこで敵国の上陸地点上空にヨウ化銀を散布し雷雲を人工的に発生させ、地上には稲妻が落下するよういくつかポイントを設置させる。すると上陸地点に高密度の稲妻を人工的かつ継続的に落とすことで、敵国の侵攻を防ぐというものだ。これを対ゴジラ作戦に応用する案を打ち出してきたのだ。
幾度かの審議の末、防衛予算の都合とゴジラの上陸地点を予想することは困難という理由によって亀田案が採用された。特段同期同士で競ったわけではないらしいのだが、採用後握手を求めた亀田の手を、只山は振り払って退室したときいている。
実は今日のシンポジウムにも、陸海空自衛隊の幹部クラスは多く出席していた。亀田と只山も列席していたのだが、只山はパーティーまで出席することなく、大阪府伊丹にある中部方面総監部へ戻ってしまったらしい。
「うちの会社も出世争いはエゲツないですが、どこも一緒ですな。ま、私みたいに早々と出世争いから逸脱した方が、ある意味ラクですかな」
ハハハと乾いた笑いを、太田は上げた。そこへ部下がやってきて、飯島たちがミクロネシア・コロニア港へ到着したと耳打ちしてきた。
「それが、現地の韓国企業が数隻の船を用意してる、と連絡がありまして・・・」
部下の言葉に、太田は怪訝な顔をした。おかしい、チャーター船は一隻ときいていたはずなのだが・・・。