目を開けた先にあったのは激しく吹雪く銀世界だった。
周りは全て氷壁に覆われた世界は都市部から馬車で3日で移動出来る場とは思えず、初めて魔法使いの戦場にやってきたレフティは物珍しそうに魔法で作られた光景を見ていたが、すぐに冷気が体を覆うと寒さに身震いをする。
「全員『氷神のお守り』を装備!」
ボーマンの叫びで一切の凍結攻撃を無効化する氷神のお守りが発動され、全員の体に氷の鎧が装着される。
先程まで寒さで身が切られるような思いをしていたレフティは、初めて装着された鎧に興奮して寒さを感じない事に驚愕していた。
「凄い……全然寒くない」
「一々驚くな!」
レフティの態度が気に入らないリオーネは彼を一喝すると、改めて作戦の説明に入る。
「皆聞いてくれ。アタシの占いではこの場での活動限界時間は2日だ。それ以上経過すると辺りは猛吹雪に包まれ、アタシ達でもその場で氷漬けになってしまう。その前にこのウェンディゴ平原の主であるイエティを救済し、水源を確保する。ジェフリー、悪いがアンタの目当てが手に入らなくても、2日以上アンタをここには置けない。アンタは異界の聖杯を滅する事が出来る只唯一のアタシ達の切り札だからな」
念を押すように言うリオーネに対して、ジェフリーは小さく頷く。
全員の準備が万全なのが分かると、リオーネは意識を集中させてこれから先どの方向に進めばいいのかを占う。
道が分かるとその方向へと足を運ぼうとするが、その瞬間自分達に向かって襲って来る5つの影に気づく。
「あれは何だ?」
レフティは初めて見る魔物に困惑していたが、魔法使い達は影だけでも目視の前に正体に気付いた。
絶対零度の極寒の地で動けられる魔物は一体しか居ない。
領主の『冬を撃退しろ』と言う無茶な命令を受けて、寒さから回避するために自らが寒さその物となった魔物、その名は。
「『ジャックフロスト』か!」
ジャックフロストが襲って来ると分かると、ジェフリーは手の中に雷竜の卵を作り出して、一団へと投げ飛ばす。
まだ戦闘準備が出来る前に攻撃を食らった魔物達は統率が乱れパニック状態となり、5体が各々勝手に行動して襲いかかった。
「ノルマは一人一体じゃ!」
ボーマンは叫ぶと同時に岩虫の甲殻を発動させて、転がって突進しようとする魔物に狙いを定め、カウンターでの突進攻撃を決め、ファーストアタックを物にした。
倒れ込んで短い手足をバタバタとみっともなく動かす魔物に対して、ボーマンは手の中で供物を発動させると、その体に追い打ちの一撃を食らわす。
それは巨大な雷の斧『改雷斧の破片』を自分なりに使いやすく改良したボーマンは、自分の身長よりも大きな斧を振り下ろして、ジャックフロストの体を一刀両断すると、コアを抱え上げる。
「スマンの。本当はすぐにでも救済してやりたいところじゃが、この極寒の地でそれをやるのは自殺行為じゃ。ここから無事に戻る事が出来ればすぐ救済してやるからの」
そう言うとボーマンは背負っていた麻袋にコアを入れて、他の面々の様子を見る。
真っ先に目が行ったのは、リオーネとコーデリアのコンビだった。
リオーネは飛び上ってジャックフロストの攻撃範囲外から『雷石の矢尻』を放ち、駆動部分だけに突き刺さる雷の矢は確実に魔物の体力を奪い、その体を地に伏せさせる。
動かなくなったのを見て、コーデリアは2体の魔物に『雷の綿毛』を放ち、傷口の部分に浸透させると、氷で形成されているジャックフロストの体は勢いよく帯電していき、ブスブスと黒煙を放ちながら、前のめりに倒れていき、戦いは魔法使いの勝利で終わった。
「一丁上がりだ!」
「レフティの奴どうしてる? おしっこちびったりしてない?」
一息つくとコーデリアは意地の悪い笑みを浮かべながら、レフティに皮肉を漏らす。
言われるとボーマンも彼の事が気になり、探してみると、初めての魔物との戦いにパニックになりながらも必死になってボウガンの引き金を引いて、矢をジャックフロストに放つ姿が見えた。
だが矢は全て凍り付いた魔物の体には届かず、弾き返されるばかりだった。
少しずつ距離を詰める魔物に対して、レフティは背中に背負った武器に目をやる。
「使うしかないか……」
「加勢するぞ!」
覚悟をレフティが決めた瞬間、前方からジェフリーの声が響く。
彼はジャックフロストの体を飛び越えると、上空で雷の綿毛を発動させてボウガンの矢に付着させる。
武器から凄いエネルギーを感じ取ったレフティは早く放ちたいと思い、改めて魔物にボウガンを向けると引き金を引く。
すると先程は弾き返されるだけの矢が異形の体に突き刺さり、魔物は苦しそうに呻き声を上げた。
「何じゃと⁉」
「ジェフリーの加勢があるとは言え、ロムルス人の近代兵器で魔物と対峙出来るなんて……」
ロムルス人が魔物を相手に対等に戦う事が出来る。
その姿にボーマンとリオーネは驚愕の声を上げた。
だがレフティは2人を気にすることなく、魔法の効果が切れる前に一気に勝負を付けようと引き金を引きながら前進していき、針山のようになったジャックフロストを見るとトドメにレフティは爆弾を取り出そうとするが、その手はジェフリーによって制される。
「何で止めるんだよ⁉」
「そんな物を使ったらコアごと吹っ飛ぶぞ」
諭すような言い方にレフティの中で冷静さが取り戻され、彼はそれ以上動こうとしなかった。
トドメの一撃はジェフリーが代行し『巨雷神の腕』を発動させると、その体を拳で貫き、コアが現れると、それをボーマンに預ける。
「終わったから行くぞ」
一同5体居るはずのジェフリーが倒すところを見てないので、それを咎めようとしたが、ボーマンが麻袋の中のコアを数えると、5つあり、それを見てジェフリーは自分達が知らない間にジャックフロストを撃退していたのかと分かり、絶句した。
「ジャックフロストは決して弱い魔物ではないのに……」
「さすがに永劫回帰を終わらせて、ゴッドドラゴンをその身に宿してるってだけはあるな……」
「ちょっと!」
再び呆けるボーマンとリオーネの尻をコーデリアは思い切り蹴り上げ、2人の注意を自分へと向けさせた。
「呆けてる場合じゃないでしょ。今日を入れて2日しかないんだから、ちゃっちゃと行くよ」
そう言うとコーデリアはジェフリーの後を追い、2人もそれに続く。
だがレフティはこのまま自分が付いていってもいいのかと自問自答していた。
自分の伝えたい事を分かったもらうために、任務に同行したはいいが、思っていた以上に魔物は強い。
戦うだけの気持ちだけで、ジャックフロストよりも強いと思われるイエティを相手にしていいのかと、レフティは考え込んでいた。
「ボサっとしないでよ! アンタも早く来なさい!」
考え込むレフティをコーデリアは急かす。
苛立っている声に後押しされて、レフティは皆の後を追う。
今は前に進もう。それだけを頭に置いて。
***
それから一晩ずっと一同は歩き続けていた。
体力の衰えを心配したが不思議と腹が減らず、眠気も襲わず使命感だけが一同の歩を進め続け、朝日が空に上る頃には目的地である中枢へと辿り着く事が出来た。
一同はここに居ると思われるイエティを探していたが、レフティは氷壁を見ると1つ気付いた事があり、一同を呼び寄せる。
「何よ?」
不機嫌そうにコーデリアは対応をするが、レフティは黙って氷壁を指さす。
その先にあったのは氷漬けにされた魔物達。
あまりに異様な光景にコーデリアは圧倒されて、他の3人を呼んで詳しく見ようとする。
「信じられん話じゃが、あれは相当に古い魔物達じゃぞ」
「ああ大分前にドッペルゲンガーを見なくなったタイプだ。それにアタシ達の知らない魔物も中には居る」
異常な状況にボーマンとリオーネは驚愕してしまう。
圧倒されるばかりの一同であったが、ここでジェフリーは1つの仮説を立てる。
「これが全てイエティの仕業なら、相当な強敵だな」
何気なく言った一言が一同の胸に突き刺さる。
これから戦おうとしている相手は相当な強敵なのだと。
全く仲間を増やそうとしない所から、実力も戦い方も分からないが、生半可な覚悟で勝てる相手ではないと。
そう思い改めてイエティと向き合おうと思った瞬間、リオーネの脳内に映像が流れ込む。
それは魔物が出現する前触れ、慌てて彼女は前方を向くとそこには目当ての魔物が居た。
全身を白い毛で覆われ、3メートルを超す巨体、丸太を連想させるような腕や足を持ち、2足歩行で歩くその姿は自然界の生き物を連想させなかった。
一同は思った目の前に居るこいつこそがイエティなのだと、一同は戦闘の体勢を取ろうとした瞬間、先に魔物は咆哮を上げて行動に移す。
手をかざすと同時にイエティの手から放たれたのは巨大な雪玉。
雪玉を軽く魔物が押すと、それはスピードを持って地面を転がっていき、リオーネとコーデリアを襲う。
「宣戦布告って奴ね」
「上等だ!」
攻撃に対してコーデリアは飛び上って雪玉をかわし、リオーネは逆に雪玉へと突っ込んでいく。
その際彼女は手の中で『雷鳥の羽』を発動させて、雪玉を破壊すると同時に一気にイエティとの距離を詰めて、先制攻撃を放とうとする。
雷のエネルギーをまとったまま突進するリオーネに対して、イエティが取った行動は至極シンプルな物だった。
手を突き出して、それだけで彼女の突進を受け止めると、まるで雑巾でも絞るかのように体を持って捻りあげる。
「ぎゃあああああああああああああ!」
体をねじ切られるような痛みがリオーネを襲い、彼女は悲痛な声にならない叫びを上げる。
「リオーネ!」
彼女のピンチにボーマンは真っ向からイエティに立ち向かう。
巨大な斧を持って突っ込んでいき飛び上って刃を、異形の頭へと振り下ろす。
しかしイエティは刃が突き立てられる前に巨大な斧を片手で受け止めると、得物事ボーマンの体を投げ飛ばし、彼の体は氷壁に勢いよくぶつかる。
「大丈夫か?」
意識が朦朧としているボーマンの元へレフティが近寄ると、コーデリアがその前に立ち、自分が最も得意とする武器、改魔のフォークを手に持って、イエティへと向かおうとしていた。
「アンタじゃあの豪傑は倒せないから、ボーマンの面倒見てて、リオーネの方はジェフリーがやってくれるから」
言われて見ると、ジェフリーはイエティの手から離れたリオーネを解放していて、レフティは彼女に言われるがまま、自分よりもずっと大きいボーマンの体を抱え上げると安全な場所へと移動する。
次の相手がコーデリアだと判断したイエティは両手を突き出して、彼女の元へと突っ込む。
だが行動はそれだけでは終わらなかった。イエティは体を前方に丸めて回転して突撃し、自身の体を巨大な雪玉に見立てて突っ込んでいく。
突進攻撃に対して、コーデリアは最小限の動作でかわすと、魔物は氷壁に激突して辺りに轟音が響き渡る。
瞬間、反撃をしようと彼女は刃を突きたてるが、次の瞬間起こった出来事に目を丸くして驚く。
氷壁に当たった雪玉はバウンドして、攻撃に転じようとしたコーデリアの上へと落ちていき、彼女の体を押し潰す。
鈍い音がその場に響き渡ると、3人は思わず目を背けてしまうが、イエティが体にまとった雪を落とし、その場から離れた時、彼女が居た場所にあったのは大きな穴だけ。
まさかと思い、一同が探すとモグラの爪を使ってコーデリアの救出に成功し、地中から地上に彼女の体を抱いて姿を現したジェフリーの姿があった。
「まだ動けるか?」
ジェフリーは一番近くに居たリオーネにまだ戦力になるかどうかを尋ねる。
回復魔法を自身に施した彼女が小さく首を縦に振ったのを見ると、ジェフリーはコーデリアをリオーネに投げて渡す。
「後は俺に任せろ」
そう言うとジェフリーは改魔のフォークを片手に突っ込んでいき、イエティも彼の討伐に当たる。
魔物はコーデリアにやったのと同じように雪を身に纏っての回転攻撃を行おうとしたが、回転に勢いが付く前にジェフリーは隼の翼を発動させて、一気にイエティとの距離を詰めると、回転行動によって無防備になった顔面に向かって、力の限りアッパーカットを放ち、その体を宙に浮かす。
攻撃の直前、巨神の腕を発動させたとは言え、腕一本だけで巨体をダウンさせる見事なカウンター技術を見て一同は息を飲んだ。
「一気に勝負を決めるぞ!」
そう言うとジェフリーは起き上がろうとするイエティの周囲に雷の綿毛を放ち、魔物を完全に弱点である雷の攻撃で包囲した。
逃げ場をなくした事はイエティ自身も理解していて、立ち上がったはいいが、その場から全く動かなかった。
表情は読めないが、魔物が恐怖を抱き怯んでいると感じ取った一同は、ここで一気に決めようとジェフリーへ合図を送る。それを見たジェフリーは手を振り下ろして、あらかじめ展開して置いた綿毛に攻撃命令を下す。
辺りに爆発音が響き渡り、爆風が覆うのを見ると、全員声にならない声を上げようとしたが、ボーマンが心眼で様子を確認すると彼は青ざめた顔を浮かべながらジェフリーに向かって叫ぶ。
「まだ終わっとらんぞ!」
切羽詰まったボーマンの叫びを聞き、ジェフリーは煙が晴れるまで臨戦態勢を崩す事なく様子を見守る。
煙が晴れた先にあったのは薄氷で身を覆って蹲り、自分の身を守るイエティの姿。
攻撃が全て収まったのを見ると、体を起こし関節部分を鳴らして、調子を確かめながら、再びジェフリーと向き合おうとした。
少しずつ詰め寄るイエティを前にジェフリーの中で死の恐怖と緊張感が襲う。
ここ最近は対人戦ばかりで駆け引きを中心とした戦いばかりが多く、一歩間違えれば即座に死と言う戦いからは遠のいていた。
だが目の前のイエティは今まで戦った魔物の中でも超大型種を除けばトップレベルの実力。
ジェフリーは警戒心を強めたまま、次の行動を考えていたが、分厚い筋肉に覆われたイエティには生半可な攻撃は通用しない。
となると先程の奇襲のように唯一の弱点である。顔面への集中攻撃しかないと判断したジェフリーは手をかざして、雷竜の卵をそこへ放とうとするが、その瞬間イエティは頬を大きく膨らませ行動に出る。
「何?」
魔物の取った予期せぬ行動により困惑したジェフリーは気を緩めてしまい、そこに隙が生まれる。もちろんイエティがその隙を逃すはずもなく、瞬時に口の中から氷と低音の空気が混ざった咆哮を放つと、散弾のような拡散力と威力を持った氷の飛礫が一斉にジェフリーへと襲いかかる。
「ジェフリー!」
血を流しながら後方に倒れ込むジェフリー。
的確に急所のみを貫いた散弾の攻撃は効果テキメンであり、ジェフリーは氷神のお守りを解除して倒れ込み、動かなくなったのを見るとイエティは飛び上って、フットスタンプを死に体の魔法使いに放つ。
それをかわす余裕は今の彼にはなく、血反吐を吐きながら悶絶するばかりであり、そんな彼にイエティは容赦なく攻撃を食らわす。
大の字になって横たわるジェフリーに対して、馬乗りになって力任せにマウントパンチを放つ度に、彼の口から弱弱しい叫び声が木霊する。
その様子を一同は唖然となって見守る事しか出来なかったが、ボーマンがハッとした顔を浮かべると一同に檄を飛ばす。
「何をやっている⁉ ワシらも加勢せんと!」
「だけど……」
ボーマンは全員で一斉に戦うよう促すが、コーデリアは萎縮して行動に移せないでいた。
仲間内で桁違いの実力を持つジェフリーが圧倒される程の魔物相手に、戦うのは勇気だけでは補えなかったからだ。
嫌な沈黙がその場を包もうとしていたが、それを打ち破ったのは機械を組み立てるような金属同士が触れ合って軋む音だった。
「こんな時に何をやってんだ⁉」
リオーネはその場で荷物を下ろし、何かを組み立てるレフティに当たるが、当の本人は何も気にする事なく、自分の最大の武器を完成させると、ありったけの爆弾を取り出す。
何をやっているのかと全員が困惑していたが、出来上がった武器を見ると、今度は驚愕の表情を浮かべた。
「これは小さいが大砲じゃないか⁉」
ボーマンは大砲が持ち運び出来る事に驚く。
大砲の威力は戦争の時によく知っている。ロムルス人が作り上げたそれは魔法使い達を制圧出来る程の威力を持っている事も。
だがデメリットもある。一回放てば次に装填して攻撃を放つのに時間がかかりすぎる所だ。
強力な武器である大砲がその場にある事に驚きを隠せない一同だったが、レフティは皆の視線を気にせず大砲の中にありったけの爆弾を詰めると指示を出す。
「皆もありったけの魔力をこれに装填してくれ!」
切羽詰まった様子で言われると、何も言う事が出来ず、3人は大砲に向かって手をかざして魔力を流し込む。
その間にレフティは武器の説明に入る。
「これは俺が作り上げた簡易式の大砲だ。だけど一発しか打てない。最後の切り札だからな、決めてくれよ!」
叫ぶと同時に魔力の装填が終わり、レフティは狙いを定める。
狙いは当然イエティの顔面、注意がジェフリーだけに行っている今しかチャンスはないと判断したレフティは引き金を引く手を震わせながらも、打つ瞬間を見定めようとしていた。
だが時間は待ってくれない。魔力の圧に耐えきれなくなった大砲は熱を帯び、今にも崩壊しそうになっていた。焦りが逆に冷静さを取り戻させ、レフティの目に力が宿ると同時にチャンスを見極め、引き金を引く。
「そこだ!」
気合いの入った叫びと共に魔力が籠った一撃が放たれると、大砲は派手な音を立てて崩壊していく。
レフティは派手に転んだが、魔力の弾丸は勢いを増してジェフリーにだけ注意が行っているイエティを襲った。
風があらぬ方向から吹き、何事かと思いイエティが振り返った時には遅く、顔面を壮絶な爆発が襲うと辺りは黒煙に包まれる。
だがボーマンは更なる追撃を試みようとしていた。改雷斧の破片を発動させると、未だに仁王立ちしているイエティに向かって砲丸投げのようにグルグルと回って勢いを付けて投げ飛ばす。
「これでジ・エンドじゃ!」
これで終わらせると言う気合いの入った叫びと共に横回転で勢いが付いた斧がイエティを襲う。
黒煙が晴れて、イエティが斧の存在に気付いた時には対処が間に合わず、勢いが付いた斧は魔物の首を掻っ切り、首無しの死体は立ったまま絶命し、首と胴は永遠の別れを告げ、地面に力なく転がっていた。
初めは圧倒されるだけだった一同だったが、首を切られて生きている生命体など存在しない。
動かなくなったイエティを見て勝利を確信した一同は歓喜の叫びと共に、救済のためコアを回収しようと全員が魔物の元へと向かう。
だがジェフリーは1つ違和感を覚えていた。何故決着が付いたにも関わらず、体が溶解してコアがその場に出現しないのかを。
イエティの戦い方を一番肌で実感しているジェフリーは魔物の狙いが分かると、手をつき出して一同を止めようとする。
「よせ! 罠だ!」
彼の叫びの意味が分からず、一同はイエティを止められたことへの歓喜から、止まらずにその場へと向かう。
だがそれが間違いだった。イエティは射程圏内に魔法使い達が入ったのを見極めると、亀の様に体の中に引っ込めいていた頭部を体から出し、氷の散弾を手から無茶苦茶に放つ。
皆を庇おうとしたジェフリーだったがこれまでのダメージが蓄積して体が言う事を聞かず、一同は散弾によって傷つけられ、氷神のお守りが解除されると、その場に力なくへたり込んだ。
それと同時に氷で作られた偽物の首が溶解し、イエティは勝ち誇ったように腕を大きく上げて、その場で小躍りをする。
ジェフリーは心眼で一同の様子を確認する。体が真っ赤に染まってはいるが、全員まだ絶命はしていない。
早く決着を付けなければいけないと言う想いが、ジェフリーに焦りをもたらす。
改魔のフォークを片手に頭部に目がけて振り下ろすが、イエティはそれを難なく受け止めると、がら空きになっているジェフリーの顔目がけて渾身のストレートを放つ。
遥か彼方に吹っ飛んでいき、ジェフリーは勢いよく氷壁に激突して、その中へと埋もれてしまう。
そこでジェフリーの意識はブラックアウトする。目の前の魔物を止めなくては行けないと言う意識だけが暴走した状態のまま。
***
何もない暗闇の中でジェフリーは一人大の字になって横たわっていた。
そこが夢の世界だと分かると、彼は首だけを動かして辺りの様子を確かめる。
周りには宙を浮いている数多くの魔物達が居た。だが様子がおかしい事にジェフリーは気付く。
普通魔物は人間を見かければ問答無用に襲いかかる物なのだが、ここに居る魔物達からは全く敵意が感じられなかった。
それどころか悲壮感さえ感じられるその姿に、ジェフリーは意識を集中させて魔物達の声に耳を傾ける。
聞こえてきたのは激しい後悔の念、欲望に負けて人の姿を捨てはしたが、それでもやはり人を傷付けたくない、まだ人間でありたいと言う強い悲しみを感じ取った。
夢の中でも自分がやる事は決まっていると判断したジェフリーは、宙に浮く魔物達に近付こうとする。
「よせ気持ちは立派だが、ここは精神世界だ。救済を行うならまずは意識を現実に戻せ」
後ろから聞き慣れた声が響く。
振り返った先に居たのは、嘗ての仲間モルドレッドの姿があった。
久しぶりの再会を普通は喜ぶ所なのだが、ジェフリーは真剣な顔を浮かべたまま、彼と対峙してこの状況がどう言うことなのか説明を求める。
「まず聞きたい。氷漬けになった魔物達はイエティの仕業か?」
「違う。イエティはウェンディゴ平原を作り出したに過ぎない、魔物達がこうなっているのは私によってだ」
そう言うとモルドレッドはサンクチュアリ本部での最期を迎えてからの物語を語り出す。
エレインを守るため、敢えてサンクチュアリを破門され、欲望に負けて魔物になった人々を可能な限り生贄にし続け、最後は体のほとんどを生贄に捧げ禁術を使いきったモルドレッドは、エレインの腕の中で絶命し、肉体と魂は分離した。
だが物語はそこで終わらなかった。魂だけとなったモルドレッドは世界の惨状を見て絶句した。ゴッドドラゴンの猛攻で都市のほとんどは破壊され、絶望しかない人々は次々に聖杯と契約して人々を襲う魔物になっていた。
しかし魂だけとなったモルドレッドは理解した。魔物達が皆悲しみ、苦しみ、人々を襲う事にさえ嫌になっている事を。
だが魂だけの自分が行動を起こす事は出来ないと諦めかけていたが、偶然彼は醜い欲望に負け、世界を凍り付かせようとしている魔物イエティと、それによって作られた世界、ウェンディゴ平原を見つけた。
「それを見て私は以前聞た話を思い出した。完全に氷漬けとなった生命体は年も取らず、肉体が崩壊する事も無く、その中で永遠に生き続ける事が出来ると言う話をな」
その話はまどか達の世界でもある話。
話だけを希望にして、魂だけのモルドレッドは魔物達をウェンディゴ平原へと導き、救いの手が現れるまで皆を氷漬けにする事を選んだ。いつか人に戻れる。例え元魔物でも差別されない世界が出来上がるまで。
「それであそこまであの平原はデカくなったって話か」
「私もゴッドドラゴンの討伐にまさか100年もかかるとは思わなかったからな。緑は枯れ果て、川は干上がり、生態系のバランスさえ崩壊しかかる事態になるとは思わなかった」
「結果論でしかないが、お前は死んでも尚サンクチュアリの魔法使いだったって事だな。ここの存在が水源の確保に繋がるのだから」
「その事なんだがな……」
今のサンクチュアリの面々がやろうとしている事にモルドレッドは苦言を呈す。
彼らがやろうとしている事はここの氷を全て溶かして、大地を潤し水源を確保すると言う内容の物だが、それをやってしまえばここで眠っている魔物達も全て目を覚ます事になってしまう。
100年前と比べて平和な時代になった魔法使い達の実力は低い。ゴッドドラゴンの猛攻ほどではないが、下手をすれば復興が進んだ街がまた崩壊しかねないとモルドレッドは語った。
彼が言う正論に対して、ジェフリーは過去の記憶を思い返す。
まどかの世界でこの状況を打破する案が一つだけある事を思い出すと、それをモルドレッドに伝える。
話を聞くと、彼は半信半疑ではあったがその案を受け入れる事を選ぶ。
「しかし異界の発展とは凄い物だな。魔法も使えないロムルス人の集まりのような面々がそこまでの発展を遂げるとはな」
「俺も毎日驚かされてばかりだよ。ところでだ……」
話がまとまったところで、ジェフリーはモルドレッドに対して手を伸ばす。
彼はその手を受け取ると、その体は光に包まれ、ジェフリーの手には1つの偃月刀が持たれていた。
軽く演舞をして様子を見ると、手にしっくりとすぐ馴染み、偃月刀からモルドレッドの魂を感じ取ったジェフリーは彼から事細かに色々と聞き出そうとする。
「約束通り迎えに来たぞ」
「感謝する」
「じゃあ早速だが仕事の時間だ。お前のミタマの能力は?」
「分からない」
「はぁ⁉」
あまりに威風堂々と答えるモルドレッドに、ジェフリーは怒気が含んだ声を漏らす。
そんな彼を宥めつつ、モルドレッドは何故自分のミタマの能力が分からないかを語っていく。
「私はこの間まで魂だけの存在だった。ミタマの事もついこの間知ったばかりだ。まだお前のミタマになったばかりの私がそれを理解出来ないのは当たり前の事だろう」
最もな正論にジェフリーは何も言い返す事が出来なくなる。
ならばと意識が現実世界に戻る前に最後に聞いておきたい事があり、それを尋ねた。
「どんな物にでも名前は必要だ。この武器の名は? 流石にモルドレッドと呼ぶ訳にはいかないだろう」
いつまでも偃月刀と呼ぶにも無理があると判断したジェフリーはモルドレッドに聞くが、それに対しても彼は何も答えようとしなかった。
「悪いが考えていない。それはジェフリー、お前が命名するんだ」
「分かったよ」
ジェフリーが素っ気なく答えると同時に、世界は光に包まれる。
それは意識が現実に戻される前兆、光に身を委ねジェフリーとモルドレッドは現実世界へと身を委ねた。
自分が成すべき事をやるために。
***
氷の地面に横たわっていても、冷たささえまともに感じられない。
そこからボーマンは自分がこれから死ぬ覚悟を決めていた。
身動きの取れない相手に対して、イエティは馬鹿踊りをしながら、ゆっくりと4人の元へと近付いていき、手の中で氷の槍を作り上げると、4人まとめて串刺しにしようとする。
――ここまでか!
ボーマンは身動きが取れない事から死ぬ覚悟を決めたが、いつまで経っても痛みが襲ってこない事に違和感を覚え、辺りを見渡す。
すると目の前には見慣れない白銀の偃月刀を持ったジェフリーが立っていて、イエティが作り出した氷の槍を粉砕して仁王立ちしていた。
イエティは見慣れない武器と、そこから醸し出すジェフリーのオーラに怯え、後ずさりをしたが、4人の惨状を改めて見ると、癒しの花では回復が間に合わないと判断して、偃月刀を高々と掲げると、力の限り叫んだ。
「初めての仕事だ! モルドレッド! お前の力を見せてやれ!」
ジェフリーの命を受けると、偃月刀が光り輝き、そこから優しい癒しの波動が漏れる。
波動を受けると見る見る内に4人の傷は回復していき、先程まで死の淵を彷徨っていたにも関わらず、全快した4人は歓喜の声を上げた。
「す、凄い……これが魔法の力なのか⁉」
初めての経験にロムルス人であるレフティは率直な感想をセルト人達に求めようとするが、魔法使い達もまたこの状況に圧倒されていた。
「冗談じゃないよ。私達は救済を受けないと死ぬまでのレベルの致命傷を負ったんだよ」
「それなのにこんな一瞬での回復ありえねぇよ……」
コーデリアとリオーネもこの状況に圧倒されるばかり、ボーマンは自分だけは冷静でいようとジェフリーに持っていた剣の説明を求めた。
「ジェフリー、その偃月刀は?」
「後で全部説明するよ。それよりもイエティの救済が先だ。俺一人でやる。お前達は手を出すな」
そう言うとジェフリーは偃月刀を片手にイエティへ立ち向かおうとするが、最後に一言だけつぶやく。
「だが名前だけは今決まった」
「名前?」
間抜けな声を上げながらボーマンが尋ねると、ジェフリーは偃月刀を高々と掲げ、その名を叫んだ。
「この刀の名は聖剣『アロンダイト』! 俺と共に聖杯を滅し、少女達に希望をもたらす剣だ!」
それは遠く離れたまどか達を勇気付けるメッセージ。
アロンダイトを片手にジェフリーはイエティへと突っ込む。
未来を切り開くために。
後書きで書かせてもらいます。イエティが魔物になった理由です。
ある地域にとても仲睦まじく交際をしている一組の男女が居た。
女の方が病気がちだったが、男はそんな事を気にする事なく、2人は穏やかな時を分かち合い蜜月の時を過ごしていた。
だが幸福な時間は長くは続かない。女は多くの医者が匙を投げる大病にかかってしまい、ベッドの上で死を待つだけの日々を宣告されてしまう。
男は必死になって治療してくれる医師を探したが、どこへ行っても「手に負えない」の一言で済まされた。
冬の寒空の下で男が途方に暮れていると、凍った池を見て奇妙な光景を目にする。
氷漬けになったリスを見ると、助けてやろうと思い、氷を取り出して溶かし、リスの体を男は温める。するとリスは何事もなかったかのように立ち去って行き、その姿を見た男は思った。
今は治療が出来なくても、氷漬けにして保存さえしておけば、遠い未来なら彼女の病気の治療も可能ではないかと。
そんな考えが生まれた時、目の前に盃が現れる。
「代償を払えば願いを叶えよう」
その声に男は従う。全てを凍りつかせる力が欲しいと。
その瞬間、男は異常な暑さに苦しむ。季節は冬にもかかわらず暑くて仕方ない。
反射的に服を脱ぐと男の体は真っ白な毛むくじゃらの体で覆われていた。
それはまるで逸話で聞いたような、遥か北の地にある氷のみで形成された大陸に居る熊のような姿。
試しに男が近くの木に触れると、木は瞬く間に氷漬けとなる。
それを見て男はすぐに女の元へと向かい、すぐ彼女を氷漬けにしようとしたが、男の姿を見た瞬間、女は恐怖のあまり心臓が止まってしまう。
そこで帰らぬ人となってしまったが、それでも男は女を氷漬けにして、その場から立ち去る。
男は未来を信じていたからだ。例え心臓が止まっても生き返らせる事が出来ると。
そこから男は来るべき時が来るまで待つ事を選んだ。
肉体が寒冷地用に改造されたので、住みやすい場として男はアンドロメダ湖畔を選び、そこの主となり、そしてより住みやすい環境に変えるため、氷の世界を広げていき、やがてそこはウェンディゴ平原と呼ばれるようになった。