トレセン学園内にある事務室。現役を退き、トレセン学園の事務員として働いているメイショウドトウ。相変わらずのおっちょこちょいぶりは健在で、毎日のように些細なミスはするが、それでもなんとかやっていけている。しかし日々の生活に張りがないのも事実。テイエムオペラオーを始め、色々なライバルと競いあっていたころが懐かしい。
「ここ最近ため息ばかりだな。何か悩みでもあるのかい?私で良かったら相談に乗ろう」
お昼時の食堂。ざわつくうるささの中、メイショウドトウの小さなため息を聞き漏らさなかった葦毛の先輩、同じ職場で働くビワハヤヒデがメイショウドトウに声をかけた。
「あ・・いぇ・・なんでもないんですぅ・・・」
「ここ最近の元気のなさは異常だ。話すことで解決できることもある。私は君の先輩なのだから頼ってもらっても構わないが・・嫌だというのなら無理強いはしないさ」
「ありがとうございます~ハヤヒデさん・・」
食事を済ませ食堂を後にし、残りの休憩時間を事務室の外にあるベンチで休憩をとることにした2人。暖かい陽気と木漏れ日が眠気を誘う。メイショウドトウはうとうとしそうになるが、せっかく気にかけてくれたのだし、思い切って相談してみようと、意を決してビワハヤヒデの方を振り向いた。が、ビワハヤヒデ本人は食後のおやつとでもいうべきか。持参していたバナナを食べながら何やらぶつぶつと呟いていた。
(あわわ・・今相談しても食事の邪魔になっちゃいますよね・・私はなんて間の悪いウマ娘なんでしょうか・・)
「バナナは食後のデザートとしても最高だな。安価、持ち運びが可能な形態。そしてなによりこの美味しさ。やはりバナナは完全な・・・ん?どうしたんだドトウ君?」
「あっ・・そのぉ~・・お食事中のようですしまた今度でも・・」
そう言った瞬間、ビワハヤヒデが持っていたバナナはあっという間に姿を消し、ビワハヤヒデの胃の中へ消えていった。あまりの早さに驚くドトウ。
「バナナは食べやすいというところも優れている。問題ないさ。それで、話と言うのは?」
「はいぃ。私、成り行きで今の仕事をすることになって今に至ってるんですけど・・このままでいいのかなって。同期のオペラオーさんやアヤベさん、トップロードさんは引退した後、それぞれ目標をもって新しい道を進んでいるのに私はただ毎日をなんとなくすごしてるだけだなぁって・・」
猫背気味の背中がさらに丸くなっていくメイショウドトウ。元々ネガティブな思考の持ち主だが、ここ最近はそれに拍車がかかっているようだ。
「ふむ。そういえばオペラオー君は自分で劇団を立ち上げたと言っていた。まぁ彼女なら当然と言うべきか・・」
学生時代、寮で同室だったテイエムオペラオーのことを思い出すビワハヤヒデ。なかなかに個性的な子だったが、勉強を教えたりと仲は良好だった。なにかと歌劇に例えた言い方をしていたのでやはりその道を選んだのだろう。
「アヤベさんは自身の経験を活かして理学療法士として働いていますし、トップロードさんは人気のテレビタレントですから・・みんな自分のやりたいことを見つけているのに私にはなんにもないんですぅ・・・」
「なるほど・・な。だが特別焦る必要もないとは私は思うがね。オペラオー君にはオペラオー君のドトウ君にはドトウ君の良さがある。他人と比べる必要はない・・と言いたいところだが、比べられるということに関しては私も経験があるのでドトウ君の抱く気持ちは少しばかりわかる気がするな」
怪物ナリタブライアン。ビワハヤヒデはその姉として現役時代常に比べられてきた。三冠ウマ娘を妹にもつ身として、偉大な妹に背中を見せ続けられる存在であろうと走ってきた。ビワハヤヒデの競争成績は他のウマ娘と比べるととてつもない成績ではあったが、3冠ウマ娘というインパクトの前には霞んでしまっていた。おまけにナリタブライアンの勝利の仕方が圧倒的過ぎたというのもある。堅実的な走りをするビワハヤヒデはどうしても目立ちにくかった。姉妹で有馬記念で戦う。その約束は果たせず、怪我で引退となったビワハヤヒデだったが、今でも時々思うことがある。
(もし仮に・・私が怪我をせず万全の状態で有馬記念でブライアンに勝って引退したとしていたら世間の評価は変わっていたのだろうか・・・)
思いふけっていると、メイショウドトウがこちらを心配そうにみている姿が目に入ったビワハヤヒデ。――詮無きことだ――思考を切り替え慌ててドトウのほうへ顔を向ける。
「そうだな・・ドトウ君は現役時代、オペラオー君と数々の激闘を繰り広げてきただろう。僅差で負けるレースが続いた。それでも最後まで諦めなかった。それは何故だい?」
「私は・・私は昔からドジばっかりで何やっても上手くいかなくて・・オペラオーさんに負けた時は悔しくて、もうダメって思った事はなんどもあったんです・・でもこんな私でも応援してくれるファンがいて・・ファンの方からいっぱいお手紙頂いて・・諦めずに最後まで頑張ればきっと何かやり遂げられるんだって・・そういう思いで頑張ってきたんです。」
「ドトウ君の諦めない走りは見ている者を応援したくなる気持ちが湧いてくる。ファンが君から勇気を貰っていると同時に君もファンから勇気を貰っていたということだな」
G1レースでテイエムオペラオーに負け続けること5回。宝塚で激闘の末、勝利したことは今でもファンの間で名レースとして心の中に残っている。
「故に君は人に喜んでもらうのが好きな子なんだと思う。人を笑顔にできる何かを始めてみるのはどうだろうか」
「でで・・でも私そんなお仕事思いつかないですぅ・・それに私ドジだし・・」
「何も仕事じゃなくてもいい。趣味とかでもいいじゃないか。そうだな・・例えば最近流行のウマチューバーとかはどうだ?トゥインクルステージで活躍した君は人に見られるというのに慣れている。それに当時応援していた君のファンからしても君の元気な姿を見ることができるのはきっと嬉しいだろう。何より自分のペースで投稿できるのだから無理せず続けられる。我ながらいい案だと思うがどうだろうか?」
「う、ウマチューバーですかぁ~?私なんかの動画を見てくれる人がいるのでしょうか・・?」
「私は人気が出ると思うが・・まぁ物は試しだ。暇があったらやってみるといい。ただ毎日悶々と悩むよりはいいだろうよ」
確かにここで何かしらの変化があれば何かこの日々に変化が訪れるかもしれない。がしかし、動画投稿を始めようにも、ノウハウが全くなく、素人同然のウマ娘1人で何ができるのだろう。メイショウドトウは新たに別の悩みを抱えることになり、仕事を終え帰宅した。
わからない。自分でパソコンで調べてみたが、メイショウドトウはそこまで詳しいわけではなかった。どうやらスマートフォンで撮影した動画でも投稿できるようなのだが、せっかくやるのであれば、しっかりしたものを作りたい。1人悩んでいると、頼れそうな学生時代の後輩を思い出したメイショウドトウは、気づけば電話を握りしめ、ダイヤルをかけていた。
「あっ?久しぶりじゃねぇか。どうしたんだよ?」
少しぶっきらぼうながらも、こちらの話を聞いてくれそうな感じの雰囲気をだしている声が電話越しに聞こえた。
「あ・・あのぉ・・お久しぶりですぅ~。実は相談したいことがあって・・」
久しぶりの会話で緊張したのか、ごにょごにょと喋り上手く伝えられないメイショウドトウ。
「相変わらずだなぁドトウ。ロジカルに話せよこのままじゃ話が終わンねぇぜ?」
はぁ~ とため息を吐きながらも電話の相手はメイショウドトウの話を最後まで聞いてくれた。なんだかんだで面倒見のいい?後輩に感謝しながら夜遅くまで相談は続くのであった。
お読みいただきありがとうございました。筆者のもう一つの作品「走り抜ける風」もよろしければお読みいただけると嬉しいです。