ライスシャワーが緊張しているように、アグネスデジタルも緊張していた。今までアグネスデジタル本人が推しているウマ娘は数え切れないほどいるが、逆にこうして自分のファンと公言されることはなかったのである。勿論現役時代のファンや、ネットではみることはあったが、意外にもここまでファンですと明言してくれるウマ娘はいなかったのである。しかもよりによってアグネスデジタルの現役時代と同じトレーナーをもっていたウマ娘、ライスシャワーだ。絶望的な怪我からここまで回復し、自らの足で会いにきてくれた。念のため、ライスシャワーの付き添いとして、アドマイヤベガも同伴してやってきていた。
ライスシャワーがアグネスデジタルに会うにあたって、メイショウドトウ側がだした条件。それは対談の様子を撮影し、動画投稿させてもらうこと。この一点のみだった。ライスシャワーは戸惑った。怪我でターフを去り、幾年もすぎたウマ娘を世間のみんなが覚えているのか。自分がでることによって動画の人気に水をさしてしまわないか。メイショウドトウの動画はあまり流行に詳しくないライスシャワーでさえ知っているくらいだ。お門違いとはわかっているが、最後は勇気をだして条件をのんだ。
そしてアグネスデジタルも戸惑った。いままで裏方としてやってきたのだ。いきなり動画にでろと言われても恥ずかしさがまさるのだ。見るほうがすきだが、見られるのはどうもなれない。しかし、ライスシャワーが熱望しているといわれたらノーとは言えなかった。アグネスデジタルも決意をもって今回の対談に臨んだ。
「突然押しかける形になってごめんなさい。でもライス、どうしてもデジタルさんにお礼が言いたくてきたの」
「いえいえ!そんな!私でよければいつでもお会いしますよ!ちょっとだけアヤベさんにお話しは伺いました。私を応援してくれていたんですよね。本当にありがとうございます」
「うん。ライスね。怪我をした時、最初はね、友達もいっぱいお見舞いに来てくれて。絶対怪我を治すんだってリハビリを頑張っていたの。でも全然よくならなくて。時間だけが過ぎていって。友達もトレセン学園を卒業して仕事を始めたらどんどん疎遠になっていったの。みんながいなくなっていったからってリハビリを怠ったらいけないとわかっていたんだけど・・やっぱり1人は寂しくて・・心が折れちゃったんだ。仮にここで治っても現役復帰はできない。歩けるようになっても何をすればいいんだろうって。リハビリ諦めちゃったの。でもそんな時にデジタルさんをたまたまレースで見て。最初は頑張ってるなぁって感じでみてた。でもレースみているうちにどんどん気になって。それで秋の天皇賞の時、すごい非難されてたでしょ?ライスもそういう経験あるから・・怖くないのかなぁって思いながら見てたの。でもデジタルさんそんなの関係なく走り切って。1着でゴールして堂々としてたのをみてかっこいいなぁって思えて。それでもう一度ライスも頑張ろうって。デジタルさんから勇気をもらったの」
「そうだったんですね・・私もあの時は色々と大変な時期だったんですよね。枠の関係であの子が天皇賞秋に出れなくなって。私が辞退すればいいんじゃないかって。でもトレーナーさんに言われたんです。お前の走りを楽しみにしている人たちの気持ちはどうなるんだって。ハッとしました。こんな私にも応援してくれる人たちがいたんだって。そしてオペラオーさんとドトウさんと一緒に走ることも夢だった。私を応援してくれる人達の夢も私自身の夢も叶えるためにあの日は走りました。精一杯走って・・無我夢中で走って・・結果を残せたときは本当に嬉しかったです。あの日のことは絶対忘れません」
「うん。とってもかっこよかった。あそこまで結果を残されたなら納得するしかないというか。あの子もきっと嬉しかったと思うんだ。自分の代わりに走ってくれたような気持になってたと思う」
あの日、アグネスデジタルと出走枠を争ったウマ娘はその後、ダート路線へ進んだ。屈腱炎により、僅か2戦しか走ることはなかったが、その2戦いずれも圧勝というべきレースで大きなインパクトを残し伝説となった。
「普段と違った表情のデジタルさんでとても新鮮ですぅ」
「あァ。アイツが真面目に話してるとなんか気味が悪ィがたまには真面目にしてもらわねぇと困るからな」
(尤も、仕事に関してはいつも真面目だけどな)
その後も仲睦まじい様子で話が進んだ。ライスシャワーとアグネスデジタル、互いにあまり前にでて話をするタイプではない。俗にいう人見知りするタイプだが、共通のトレーナーが現役時代に担当だったということもあり、話に花が咲く。トレーナーの隠れたエピソードトークなども飛び出し、終始笑顔だった。
「あのね。ライス自分で絵本を書いているんだけど、デジタルさんも本を書いているって聞いたんだ。ちょっぴり恥ずかしいけどお互いの作品を見せ合いっこしない?デジタルさんの本もライス見てみたいな」
「えっ?」
「だっ・・ダメかな?」
メイショウドトウサイドに戦慄が走った瞬間だった。アグネスデジタルが本を書いているのはメイショウドトウ、エアシャカールともに知っている。そしてそれが時に過激な内容の本ということも。
(あわわわわわわわわ・・)
(詰んだか?)
2人は冷や汗をかきながら様子を見守る。そして2人以上に焦っていたのはアグネスデジタル本人だった。
(これは・・俗にいう詰みという状態なのでは?)
「イヤ!いやいやいや!私なんかの作品をライスさんにお目通しするなんて恐れ多くてとてもできないです!ライスさんは今日その作品をもってきてらっしゃるんですよね?もしよろしければ私めにいただけないでしょうか!?」
「う、うん。ライスのなんかでよければ。でもデジタルさんのさくひry」
「今度お会いする時に持っていきますので!せっかく差し上げるとなるといい作品を見てほしいなと思っているので!今日のところはなにとぞ!なにとぞ!」
「わ・・わかった。じゃあ楽しみにしてるね」
「ありがとうございますぅ~・・」
絶対絶命のピンチをごり押しで乗り切ったアグネスデジタル。その後ライスシャワーからもらった絵本にサインをしてもらい、子供のようにはしゃいで家宝にすると騒いでいた。そして時間があっという間に過ぎ、別れの時間となった。
「今日はありがとうデジタルさん。ドトウさん。アヤベさんも付き添ってくれて本当にありがとう」
「こちらこそありがとうございましたぁ」
「リハビリには定期的に通ってくださいね」
「今度は本もってきますので!」
「うん。楽しみにしてるね!それで・・デジタルさんに最後にもう一つだけお願いがあって・・」
「私にできることであれば何でも!」
「あのね・・」
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「今日のトレーニングはここまでにしよう。お疲れ様」
そういうと、トレーナーは学園のトレーナー室に戻り、帰宅準備を済ませていく。担当しているウマ娘のトレーニングデータをパソコンに打ち込み、スーツに着替える。
「ん?」
パソコンの電源を落として、帰宅しようとすると、一通のメールが届いた。こんな時間に誰だろうか。気になりメールを開き文章に目を通す。
【新しい夢に向かって歩き始めることができました】
短い文章とともに、1枚の写真が送られてきた。送り主はあまりに久しぶりで、何を書いていいかわからなかったのだろう。それでも報告してくれた。自分の足で再び歩き出したのだ。新しい夢に向かって。
「・・・・・年を取ると、涙もろくなるからいけない」
トレーナーの顔はこぼれ始めた涙と優しい笑顔でくしゃくしゃになった。我ながらいい年をして情けないと思った。だがそれほどまでに驚いた。嬉しかった。あの日止まった気持ちが少しだけ動き出したような気がした。
恥ずかしがり屋の2人らしい佇まい。画面にはかつての教え子たちが眩しい笑顔で仲良く立って写っていた。