らんらんスズラン〜私、人類の脅威のようです〜   作:焦げPASTA

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その恐怖の名は『繁栄』

 世界は侵食されていた。

 本来は食物連鎖の最下層である植物に。

 甘く清楚な香りを漂わせ、穢れを知らぬ美しい花を咲かせる植物に。

 

 他の植物を飲み込んで駆逐し、砂漠をも埋め尽くす可憐な花。

 見た目にそぐわず、増えて広がり埋め尽くす驚異的な繁殖力であった。

 しかしその植物は極めて有害であり、田畑を殺し、獣を殺した。

 根から他の植物が得るべき栄養を吸い尽くし、その全草に含まれる催眠効果のある毒は、己を食らう捕食者を逆に肥料へと変えた。

 人々はその植物から遠ざけた場所で、自分や家畜が食べる為の植物を育てなければならなかった。

 

 これは有史以来、最も人類を苦しめた花の話。

 その名は『月下鈴蘭(ルナグレイス)』。

 その始まりは、人類種の悪意と絶望から生まれた──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルナグレイスは、尋常の植物ではない。

 魔力を伴う祈り(呪い)により生まれた魔法植物だ。

 他の魔法植物と同じく歪な生まれ方をしており、それ故に本来の生育環境たる魔法使いの工房(実験室)の外で生きるには弱い。

 ルナグレイスもかつてはそうだった。

 

 この植物は、太陽光ではなく月光を浴びて成長する。

 太陽の光から身を護る様に、日中は花を閉じて項垂れている。

 しかし夜の闇が迫ると、雛が親鳥に餌をねだるかの如く、一斉に美しい花を咲かせる。

 ここから、人類の恐怖の時間が始まるのだ。

 

 ルナグレイスは地下茎と種を使って、花畑の領域をこの時間に拡大していく。

 そして、吸えば命を落とす危険のある毒花粉をばら撒いていく。

 ルナグレイスの花畑が拡がった場所では、鳥のさえずりや狼の遠吠えも聞こえなくなる。

 美しき毒は、彼らを醒めぬ眠りへと誘う故に。

 

 

 

 日中は地面に蹲る様にしなだれるルナグレイスだが、その時間は、侵略した地域に元々生えていた他の植物の根を、地下で締め上げては吸い尽くしている。

 そして夜にばら撒く毒花粉には、他の植物を枯らす成分も含まれており、ルナグレイスが侵略した地域は土壌が汚染され、他の植物は育たなくなる。

 この成分は、ルナグレイスの根からも分泌されている。

 ルナグレイスの花畑には、ルナグレイス以外は存在を許されない。

 

 この為に、ルナグレイスの代表的な花言葉は『潔癖』『排他』。

 …恐ろしいルナグレイスに関する話の中で、最も恐ろしい話は、この花が─────呪いにより作られたという事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麗しき私の夫を殺し、美しき私の兄を殺した。穢れたヒト共に清らかにして純白の呪いあれ」

「死にたくない…。でも殺されるのはもっと嫌だから…」

「わたしはもう…疲れたよ。

お花さん、あなたはこの残酷な世界でも綺麗に咲いてね…」

 

 

 私の心に記憶された声。

 その意味は分からないし、今は必要ないのだと思う。

 私はただ──────繁栄したいだけなのだから。

 

 花を咲かせて種を結ぼう。

 地下茎を伸ばして増えて繋がろう。

 燃えたり刈り取られたら再生しよう。

 食べられたくないからなんとかしよう。

 他の植物が邪魔だからどいてもらおう。

 生きたい。増えたい。

 私の願い(わがまま)なんて、たったそれだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

らんらんスズラン〜私、人類の脅威のようです〜

 

 

 

 

 

 

 管水都市ビカンクラシッキでは、ルナグレイスによる侵略を防ぐ為に男達が鏡を振り回していた。

 これは太陽光を鏡で照射させることで、ルナグレイスに致命的な損害を与える事が出来るからだ。

 ルナグレイスは特に花が咲くまでの成長段階において、強過ぎる日光を致命的な弱点とする。

 まるでメラニンの無いアルビノが、紫外線で肌を傷める様に、

 通常は甘い薫りの毒花粉に包まれる花畑に、人が踏み入る事は出来ないが、現在は地表が焼き尽くされた()花畑である故に、トドメをさすのは今をおいて他にはなかった。

 

 この都市はつい最近まで、豊富な栄養を含んだ土壌と、何重にも張り巡らされた水堀による水利によって、果実を育てて繁栄していた。

 しかし、それらの果実は今まさにルナグレイスによって侵略を受けている。

 かつて桃や葡萄の畑であった場所は、ルナグレイスに侵食されて毒花粉漂う呪われた地に成り果てた。

 畑に実った果実も、水と栄養を奪われ尽くして何れは枯れるだろう。

 

 市民達はルナグレイスの花畑に対して、水堀を利用して自分達の安全を確保した上での放火を実施した。

 効果はあった。

 ルナグレイスの花畑、通称:月霊庭園(ルナガーデン)は確かに黒き焦土と化した。

 燃え移るのは早く、まだルナガーデンの侵食を受けていない、周囲の様々な森まで巻き込んで延焼させた。

 しかし火が消えて三日後の晩、月の光に導かれるが如く、黒い大地から無数の芽が生えた。

 勿論、夜の悪魔が生み出したような、あの美しく残酷な花の芽だ。

 …鏡山脈と呼ばれる鏡面の如く輝く山から反射する、眩く照らされる場所を除いて。

 

 

 人々は様々な対処を試した結果、日の光の輝きが日中だけは美しくも恐ろしい花々から護ってくれる事に気が付いた。

 ルナガーデンを焼き払い、その後鏡の盾を使って大地に日光を照射することで、蘇ろうとするルナグレイスを殺す。

 そして、夜になるとルナグレイスの反撃が始まるのだ。

 

 ルナグレイスと共生関係を結んだ生物群『月花の騎士団(ナイトレギオン)』を従えて、花畑は拡大していく。

 

 

 ナイトレギオンはルナグレイスの毒への耐性を持ち、寧ろその毒を含んだ蜜を好む性質を持つ。

 そしてルナグレイスの種子を蒔き、育てる性質がある。

 その肉体にはルナグレイスの種子が収められており、死亡と共にその役割が戦士から苗床へと変わる。

 また、原種となった生物の一般個体と比べて、より有毒であり、より強く、より美しい。

 この事に例外は、ほぼ存在しないといっていい。

 

 蒼い光の流れる翅を持ったガラス質のハチやチョウ。

 ハープの様な声で鳴くクリーム色の小鳥。

 フルートの様な音を発する角を持ったリス。

 極彩色の宝石竜。

 

 そして…、人外の美を宿した人間。

 それはまるで、かつて絶滅したエルフの様な美しさであった。

 

 正しく貴種と呼ばれるべき生物群。

 これらは、ルナグレイスという王の隷下であり、ルナガーデンの国民である。

 

 ルナグレイスに選ばれる生物は極僅かであり、その確率は1%。

 僅か1%の個体のみが、毒による死を超えて命を再構成する。

 その個体は、元となる種の中でも徹底的に選民された、まるで川で探される黄金の如き個体。

 それがルナグレイスの毒を命として再生する際に、更なる上位存在として復活する。

 数は極めて少ないが、その質は恐ろしく高い。

 

 ルナグレイスは己の獲物の中から、99%を養分に、1%を奴隷にする。

 その奴隷は、選ばれし民であり、そして更に強化の祝福を受ける。

 

 

 幸いなことに、ルナグレイスそのものが強力無比なモンスターになったという話はない。

 しかし、ルナグレイスにより人類が窮地に追い込まれているのは紛れもない事実であった。

 

 爪も牙もブレスも無く、ただ増えて拡がるだけの繁殖力が高い毒草。

 本来ならば食物連鎖の最下級にあるべき植物は、鳥も獣も、そして人や竜さえも圧倒していた。

 人類にとって最も最悪のルナグレイスの行動は、強力なモンスターに成り果てる事ではなく、止まることなく増え広がり続ける事だ。

 そういった意味では、ルナグレイス自体が戦う能力を持つ持たないは大きな意味を持たない。

 

 ルナグレイスは、通常のモンスターとは比べ物にはならない速度で進化していく。

 毒を強め、支配を強め、ウサギだけでなく草食竜にも打ち勝ち、水上や浅瀬にも適応し、砂漠にさえ生育を可能にさせた。

 それは、ルナグレイスは花畑という群体で一つの個体であり、いわゆる“レベルアップに必要な経験値”を共有することで、効率良く成長出来る故に。

 それは、鋭い爪や牙、巨大化や人間化といった方向にではない。

 土地への適応、繁殖力の上昇など、植物としての繁栄に特化したものだ。

 

 

 つい先日は水の無い砂漠へと侵攻を始め、今では止めどなく流れる幾重にも重なる堀川を越えようとしている。

 それは単純に戦闘力を持つ事より悍ましい未来を生む。

 何れは凍れる山頂や、闇に包まれた海底にさえも花畑を拡げる事だろう。

 そうなった時に、ルナグレイス以外の全ての生命は沈黙するのだ。

 

 ルナグレイスには、ヒトに追い詰められて死んだエルフの母娘と、それからかなりの時が過ぎた後にやはりヒトに追い詰められて死んだハーフエルフの少女の精神が模倣されて、簡易な植物格(人格)が備わっている。

 ルナグレイスには脳がないので、群体のネットワークをシナプスに見立てた簡易的なものだ。

 だから元となった女性達が持っていた、ヒトへの憎悪や恐怖までは再現していない。

 現状では特に意味を持たない、進化途上の未完成な器官でしかない。

 

 

 故にそこには“殺したい”“滅ぼしたい”というような、種の繁栄そのものには無駄な悪意はない。

 

 そこには、何の悪意も無く、どこまでも純粋な、“生きたい”“増えたい”という願いがあるだけなのだから。

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