らんらんスズラン〜私、人類の脅威のようです〜   作:焦げPASTA

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その残酷さの名は『至福』

 これは、過去の話だ。

 慈悲深き満月の下、荒地に咲いた鈴蘭の前で少女は儚く呟いた。

 

「わたしはもう…疲れたよ。

お花さん、あなたはこの残酷な世界でも綺麗に咲いてね…」

 

 そう言って、白金色の髪をした少女は魔法を唱えた。

 その魔法は原初の魔法の(はじめ)『死を遠ざけ、飢えを払い、怪我と病を祓う』ものだった。

 その魔法は、未発達な文明の世には、余りにも有用過ぎた。

 故に、人々が少女に頼り過ぎたのは必然と言えよう。

 普通の人間には、魔法が使えない。

 今は途絶えた高貴なる者(エルフ)の血が混じった人間以外には、魔法は使えないのだから。

 故に周囲の人々は、少女に魔法の使用を強制する。

 その魔法が、代償に少女に蓄積する激痛を要求するものであったと、人々は知識としては知っていたにも関わらずだ。

 『優れた者は弱き者の為に尽くすべきだ』

 『力に驕る少女一人のワガママよりも、力無き多くの人々の命を救うべきだ』

 『痛いと言うのは嘘なんじゃないか? 自惚れたエルフ混じりめ、魔法を出し渋るな』

 弱き者達は、自分では叶えられない希望を魔法使い(強き者)に対して、無責任に押し付けた。

 そんな世界に、少女は疲れ果てたのだ。

 

 少女は、もうこれ以上この世界を救う意義を見失ってしまった。

 少女に救いを求めて囲う人々から逃げ出して、走って、走って、走って、走って走って走ったその先に、────その花は咲いていた。

 

 その花は、鎮痛と意識混濁と多幸感を生む香りを発する。

 その香りは有毒であり、麻薬や暗殺に使われ続け、それを危険視した正義を主張する者達に焼き尽くされた歴史を持つ花。

 嗅ぐ者の痛みと不安を消し、そしてそのまま永遠の眠りに誘う、既に絶滅したはずの毒草。

 その花の名は────『月下鈴蘭(ルナグレイス)』。

 

 少女は、その花の毒に救われた。

 最後の最後になって、痛みから救われた。

 他者に魔法を使う事により発生する苦痛。

 全身を蝕み、知性を侵し、精神を壊す激痛。

 それを強要する弱き人々。

 正義面して搾取する人々。

 その地獄から救ってくれるのならば、例えそれが毒であったとしても少女には関係なかったのだ。

 少女は…この数年で初めて笑顔になれた気がした。

 

 そしてこの慈悲深き時間が終わる前にと、少女は全ての力を使い果たして、文字通り命懸けの魔法を『月下鈴蘭(ルナグレイス)』にかけた。

 それでも尚、少女は痛みを感じる事なく、感じない痛みが生んだ(いた)みにより、微笑みながらその生涯を終えた。

 

 

 その数分後の事であった。

 逃げ出した少女を追いかけて来た病や傷に苦しむ弱者が、もはや価値の無くなった死体を見付けたのは。

 

「ああ……。次は娘が治して貰う番だったのに。目玉狸に奪われた娘の光はもう戻らないのっ!?」

「あの世に逃げられちまった!! とっととアタシの息子こそ治して貰うべきだった。生まれ付いて口がきけないんだよ。これじゃあ嫁も取れない」

「クソっ!! こんな事なら行儀良く待たずに、無理矢理にでも割り込ませれば良かった。ああっ、済まないソーニャ」

 

 誰もが治して貰えるはずだった親族へ、懺悔と後悔の言葉を向ける。

 けれども、今目の前で無くなった少女の能力を惜しむ者はいても、今目の前で亡くなった少女の、人生そのものを憐れむ者はただの一人さえいなかった。

 

 彼等にも彼等の事情があった。

 娘から目を離した隙に、目玉を集めるモンスターに娘の視力を奪われた母親は、娘に光が戻る日を切望してきた。

 三十代にもなって結婚できない息子を持つ年老いた母親は、息子の不具合の原因を年老いた身体で産んだ自分のせいだと責めて、息子に侘び続けてきた。

 心臓の病であと何ヶ月生きられるかも分からない娘を持つ父親は、魔法使いの少女の救済の順番をもどかしくも誠実に待ち続けてきた。

 それらは今この瞬間に希望が潰えた。

 彼等には、護りたい者がいたのだ。

 その者の為であれば、どれだけでも自己犠牲は苦でなかった。

 それほどにまで、自分以外に愛を優先させられる人間だったのだ。

 愛する者を魔法使いの少女より優先したというだけで。

 …そもそも優先順位を考える枠組みの中にさえ、魔法使いの少女はいなかったというだけで。

 傷や病を持つ弱者と、彼等を救ってくれる者に縋る優しき弱者が、優れた魔法を持つ優しき強者を殺したのだ。

 

 別に追い詰めた彼らの価値観が歪んでいたという訳でもない。

 そもそもほぼ完全な単一民族国家の民である彼等には、価値観が歪むという可能性が低いのだから。

 

 

 価値観の歪みというのは、違う価値観を持つ別集団からの主観でしかない。

 なれば、価値観の異なる集団がいなければ、価値観の歪みという概念自体が存在しないのだから。

 

 

 故に、『正しい認識』において、少女は追い詰められて死んだ。

 いったい誰が悪かったのか?

 傷や病を負った者が悪かったのか?

 それを救う力が無いながらも、誰かに負担を求めてでも救いたいと願った身内が悪かったのか?

 人々が求める力を不用意に使って無関係な人間を助けたが為に、その力を知られてしまった少女が悪いのか?

 人々を護る為に日夜モンスターと戦い疲弊し、戦える人々以外を養う余裕さえ無かった国家が悪いのか。

 それとも、この世に争いや怪我や病を創った神様が悪いのか。

 

 いや、誰も悪くないのだ。

 誰一人犯人はいないのだ。

 敢えていうのであれば、全てが悪かったのだ。

 

 だからこそ、諸悪の根源を裁けば全て解決するなどという、ご都合主義なんて無かったのである。

 だからこそ、少女は誰一人憎悪する事も許されず、憎悪する事さえ出来ず世を去ったのだ。

 

 魔法の才能を持って生まれた少女は、誰も悪くないから誰にも恨む事も憎む事も許されないと、絶望する事以外を許されなかった。

 己より力無き者を責めることは許されず、己より力ある者にも同情する事しか出来なかった。

 そして────彼女は死んだ。

 

 魔法使いを探しに来た人々はもはや『役立たずの死体』となった少女に怒りさえ感じていた。

 自分の家族を救う役割を放棄して、死に逃げた卑怯者だと。

 そうしないと、愛する者を救えない現実に絶望するしかなかった。

 だからだろうか。

 鈴蘭の香りが濃くなった事に気が付かなかったのは。

 だからだろうか。

 鈴蘭の毒が回っている事に、気が付けなかったのは。

 

 

 

 本来、月下鈴蘭は広大な花畑として存在して、迷い込んだ獲物に永久の眠りを清浄なる毒の薫りと共に与えて、代価としてその肉体を養分として貰い受ける。

 今では絶滅したとさえいわれていて、三株しか咲いていない月下鈴蘭は、本来それ程の脅威足り得ない。

 では、何故これだけの濃厚な毒香を生み出せたのか。

 そう魔法使いの少女の全力を尽くした『死を遠ざけ、飢えを払い、怪我と病を祓う』魔法の結果であった。

 ルナグレイスは、見た目は儚く美しいまま、圧倒的な存在力を得た。

 その毒は、密度も範囲も明らかに常識を超えていた。

 

 魔法使いの少女が内心で、自分に縋り地獄に引き摺り込む亡者達に復讐しようとしていたかどうかは、今となっては分からない。

 彼女は生涯その事について、誰かに恨み言を漏らさなかったからだ。

 けれども、もし少女が人類を恨んでいたとすれば────その復讐は叶った。

 

 

「甘…い香り…味…。あれ、服が…赤い……?」

 

「こんなに涎が美味しく感じるのは何で……血…?」

 

「飛ぶ様に身体が軽いのに…一歩も動かない…。ダリア…ソーニャ…済まな…い」

 

 

 

 

 少女を追い掛けてきた者達は皆、ルナグレイスの毒に侵された。

 意識は混濁し、身体は動かない。

 …もう、助からない。

 愛する者を助けられない(幸せにはなれない)はずなのに、何故か理由のない多幸感を押し付けられる。

 己の無力が家族に申し訳ないはずなのに、自己肯定感と自尊心が湧いて来て、その気持ちが薄れていく。

 願いはもはや叶わないのに、それを悔しいと思う気持ちが徐々に失われていく。

 満たされる要素など無いにも関わらず、何の実態もない幸せに埋め尽くされてしまう。

 

 優しい香り、美しい花、風情ある風音、懐かしい味、心地よい感触…。

 そういったものに埋め尽くされて何も考えられなくなる。

 ここを天国だと認めてしまう。

 

 生まれる前に還る様な居心地の良さに包まれた者達は、生まれる時に手にした命をも手放した。

 文字通り花畑は天国(冥府)と化したのだ。

 

 

 

 倒れた人々の血を啜りながら、尚も甘い香りを漂わせる美しき花は、嬉しそうに風に揺れていた。

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