らんらんスズラン〜私、人類の脅威のようです〜   作:焦げPASTA

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その滅びの名は『勝利』

 月下鈴蘭(ルナグレイス)の花言葉は、『潔癖』と『排他』。

 その甘き薫りの毒は、悪しき者、弱き者、醜き者、愚かな者を認めないとされている。

 実際にそうだという訳ではなく、鈴蘭畑に逃げ込んだ美しき公爵夫人とその娘の公女を追った、貧困層からなるクーデターの集団が、その香りで息絶えたが、高貴な母娘はその毒で命を落とすことはなかった────という逸話からだ。

 

 実際には、今は絶滅した高貴なる白金の血が流れる種族、魔法が使える支配層種族の『エルフ』である公爵家が、被支配階級の『ヒト』の反乱により追い詰められ、命を懸けた『願い(呪い)』によって人工的に創り出した魔法植物である。

 公爵家の母娘は、ルナグレイスによっては殺されてはいないが、ルナグレイスを生み出すために死んだ。

 

 その『願い(呪い)』は、『純潔・排他・排除・浄化』。

 エルフの肉体が、血統が、魔力が、文化が、言語が、歴史が、領土が、誇りが、権利がヒトに汚されないようにと。

 エルフはヒトよりも優れている。

 それは当たり前だ。

 血統管理により、突然変異による特別に優秀な者だけを掛け合わせ続けて生まれた『特別に優れたヒト』こそが、エルフであったから。

 

 白く輝く髪と血液を持つエルフは、例外なくヒトには使えない魔法が使えたし、エルフは例外なく美しい容姿と高い知能と運動能力を有していた。

 エルフがヒトを支配するのは当然であったのだろう。

 商売をするにしても、戦場の武勇にしても、戦略を練るにしても、エルフはヒトより優れており、実力主義において成功と出世が決まる分野においては、どの高みにもエルフ達が専有していた。

 本気で勝負をすれば、凡才の人が天才のエルフに敵う筈が無いのだから。

 時が経つにつれて、エルフは自然と特権階級となり、ヒトを支配する様になった。

 

 差別は事実無根の妄想や虚偽からのみ生まれるものではない。

 全く事実と異なる差別は、聞く側だけでなく、言う側も信じない。

 そのような明らかな間違いは、誰にも信じられずに消えていく。

 消そうとする必要もなく、消えていく。

 

 差別の最も強力な擁護者とは、利潤でも悪意でもなく────『事実』だ。

 統計的、体感的、科学的にそれが正しさを孕むからこそ、差別する側は差別を止めない。

 彼らにとって差別の前に事実であるのだから。

 それが差別であっても、その前に事実であることの方が大きいのだから。

 統計的や科学的に正しい差別を前には、差別を否定する側さえ何処か否定を信じきれない。

 自分が否定しきれない様では、他人の差別は否定できない。

 そして、正しい事実による差別は区別として認識される。

 

 逆に行う側が事実として信じずに、行われる側も信じない差別は消える。

 事実でない差別は極めて残り難い。

 “リンゴよりブドウが好きな人は、人間性がクズで能力が低い”というような、明らかに馬鹿馬鹿しい差別は広まる事無く消える。

 行う側が事実として信じていて、行われる側も事実であることは否定できない差別は区別として残る。

 残り続ける差別とは、馬鹿馬鹿しい差別とは対極に存在する。

 賢く強く美しい方が成功しやすいという差別は消える事なく残る様に。

 『正しい認識』を人は否定し切ることが出来ない。

 

 エルフはヒトよりも賢く、エルフはヒトよりも強く、エルフはヒトよりも美しく、エルフはヒトに使えない魔法が使える。

 故に、エルフはヒトの上位互換であるという事実でしかない差別は、ヒトはエルフの下位互換であるという事実でしかない差別は、エルフが事実をもって肯定し、ヒトが虚偽をもって否定しても、消える事なく存続した。

 

 

 しかしエルフの血が混じれば、ヒトとのハーフであれば不完全で身を滅ぼすものであっても、魔法そのものは使える。

 ハーフが増えれば、ハーフの発言権が増す。

 ハーフ達は自分達にヒトの血が混じった分だけ、純血のエルフより劣っているとは認めない。

 その為に、ヒトの血の価値を主張するようになる。

 ヒトの血がエルフの血より劣るのならば、ハーフエルフはエルフの半人前でしかないが、ヒトの血がエルフの血と同じ価値を持つとするならば、ヒトもエルフもハーフエルフも皆一人前とすることが出来るからだ。

 

 ハーフエルフが一定の数を占めれば、当然そういった方向を目指す。

 そして、ヒトを守らないエルフの中にも、ハーフエルフを擁護する者も出てくる。

 それは結果的にエルフによるヒトの擁護を間接的にであれ生み出す。

 

 そうすれば、エルフとヒトとのパワーバランスが動いてしまう。

 明らかに能力の劣るヒトが、エルフと同等だと扱われてしまう。

 それを危険視したエルフ達は、ヒトを犯す事、ヒトに犯される事による、血統の流出を極端に恐れた。

 

 最初は魔法がヒトの物になる事を恐れただけだった。

 それはいつか、ヒトの交じることの恐れに代わりに、ヒトとの融和を恐れる事に代わり、ヒトとの隔絶を求める事に変わった。

 言葉遣いも変え、文化も変えた。

 高い知能と理性と教養が無いヒトが、何かの間違いでエルフの社会に参入してこれないように。

 ヒトがエルフと共存する為には、エルフの難解複雑な文化と伝統を、ヒトが解る程度には、ある程度破壊・劣化させないといけない。

 しかし、エルフが己の文化と伝統を絶対に守り抜くのであれば、それは結果としてヒトの排除へと結び付くのだ。

 

 エルフとヒトは別種。

 交わる事は禁忌であり、その血はヒトとは別種のものである。

 エルフはそう信仰していた。

 そして、自分とは別種のものだからこそ、ヒトに人権があるなどとは考えもしなかった。

 

 一方、支配され続けたヒトは、自分達にも同じ様に頭も手足もあるのに、エルフに差別されるのが許せなかった。

 しかし魔法の有無はエルフと人間との差を決定的にした。

 魔法を手にするにはエルフの血が必要。

 美しいエルフの妻を手に入れて、魔法が使える子供を使って財を築きたいと夢見るヒトは多かった。

 しかし、エルフが築いたヒトには参入出来ぬ高度な独自文化により、ヒトはエルフと交わる事は無かった。

 難しい独特の文法にアクセント。複雑多岐に渡る常識。極めて困難なルール。それらを守れない者に対する厳しい蔑視。

 エルフの常識はヒトには難し過ぎた。

 そしてエルフの常識を守れないヒトを、エルフは嫌悪した。

 その基盤があることにより、ヒトの男を受け入れるエルフの娘はいなかった。

 言葉も文化も劣る未開の相手には、関わりたくもないという事だ。

 その逆にヒトの女に手を出したエルフの男がいたかどうかは、定かでは無いが、少なくとも公式記録としては残っていない。

 斯くして、白く輝く血液はエルフにのみ許されたとされている。

 

 エルフは完全な下位互換であるヒトを見下した。

 ヒトよりもペットの陸アザラシを大事にした程だ。

 陸アザラシがヒトに襲われれば、襲ったヒトを死刑にした。

 エルフに愛されないヒトの犯罪者よりは、エルフに愛されている陸アザラシの命の方が重いという訳だ。

 

 

 しかし、エルフに翳りが見えてきたのは、エルフの人口減少が進んできたからであった。

 貧困故に娯楽がなく子作り以外にやることがなく、仕事は押し並べて単純作業ばかりであるが故に、子沢山であったヒトとは対照的でさえあった。

 高い文化による性交渉以外にも発展した娯楽と、安定した統治により危機感が薄れ、種の保存本能が低下した事、血が濃くなり過ぎた事による。

 血が濃くなる事は、一切異常の無い遺伝子同士であったならば、理論上は全く問題ない。

 両親が保有する問題となる潜在因子が噛み合った時に、子に先天性疾患の発現が発生するシステムにおいて、問題となる潜在因子を一つも持たぬ者同士の組み合わせにおいては、理論上は両親由来で発現する遺伝子疾患は発生しない。

 

 しかしエルフは、ヒトという劣った遺伝子を受け入れる事は断固拒否したものの、高齢出産などによる、身内の中に偶然発生した劣等者には甘かった。

 それが、生殖遺伝子の劣化を進めてしまった。

 

 エルフがまだ優秀なヒトの枠組みにあった古代は、ヒトはエルフを排除する事は出来なかった。

 すればヒトの枠組み自体が次々と分裂して、優秀な存在ほど枠組みから去ってしまうからだ。

 

 エルフがヒトから独立して直ぐの、能力だけでなく、警戒心も強く、頭数も多かった時代には、ヒトは反乱する事は出来なくなっていた。

 

 しかし、エルフが平和ボケして数も減った今こそが好機であると、ヒトはクーデターを起こした。

 支配層であるエルフの男は殺して、女は犯した。

 ヒトによるクーデターの主たる構成員が男性であり、エルフは美しく、エルフに生ませた子は魔法を使えるからだ。

 しかしエルフの女は誇り高く、犯された者は自死し、犯される前にも自死した。

 …少なくとも記録上は、被害者のほぼ全員が。

 これにより、ヒトの文化において魔法が一般化する事は無かった。

 

 ヒトに魔法を与えて、欲望を押し付けられる為に犯され続ける。

 エルフ達はそれを恐れた。

 ヒトの蜂起により血祭りに上げられた家族の犠牲によって、公爵妃のツェツィーリエとアナスタージアは逃げて逃げて逃げて逃げて──逃げだした。

 …己の肉体と血を求めて迫りくるヒトの群れから逃げる為に。

 

 そして荒れ地へと追い詰められた彼女達は、己の全生命力を使い尽くして魔法を唱えた。

 公爵妃は家族を殺された憎悪をもって己の強き意思の下に。

 公爵令嬢は家族を殺された恐怖をもって己の揺れる意思の下に。

『蒼き白金の華よ、排他と不純をもって血の神聖を永久に証明せん』

 その願いは一面の月下鈴蘭(ルナグレイス)となり、その猛毒は追手を尽く殺し尽くした。

 

 ルナグレイスは、土壌さえも高貴な毒に染め上げる。

 そして土壌を毒で支配し、ルナグレイス以外の一切の植物が生育出来ない環境を作る。

 それは敵を打ち倒し、己の領土を拡げるかのように。

 それは高い教養と独自の文化を共通とする基盤を作り、その教養を持たないものを受け容れない社会を作るかの様に。

 

 尤も、そのクーデター指導者の子孫がヒトの権力者となり、後に犯罪組織撲滅の為に麻薬や暗殺用の毒の原料となるルナグレイスの絶滅を主導したのは皮肉でしかない。

 そのせいで、残されたルナグレイスはあと僅かで絶滅というところにまで追い詰められた。

 

 だが、僅かに生き残ったルナグレイスは、ヒトによって絶滅に追いやられたエルフの血筋によって再興を始めたのだ。


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