ゆっくりしていってね
さて、洞窟から出たはいいものの、これからどうしようか。
気ままに歩くのも悪く無いが、いかんせん文明が少なすぎる。ここらで一番大きな都市と言えばあの都だが、彼女が言うには、月へ飛び立つ際に核で消し飛ばしてしまうらしい。
…まあ無理もないか。今は縄文時代よりも遥か前、本来なら文明なんて存在していないはずなのだから。
とりあえず東に見える大きな山に登ってみようか。
頂上から見える景色で行く場所を決めよう。
そうと決まれば行動は早い。
まだ温もりの残る洞窟に、枯葉を踏み締める音が響いた。
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あれから二時間程歩いて、今は倒木の上で休憩中である。
彼女から貰った草履は、足に完璧にフィットしており、歩きやすい。また、作務衣は通気性がよく、秋の風を存分に感じられた。笠には角を通す二つの穴が空いており、その穴も大きさが完璧であった。
どうやって足と角の大きさを測ったのだろうか。
彼女の贈り物と鬼となったおかげで、疲労というものを感じない。
だがこんなにも綺麗なのだ、少しくらい休んでも罰は当たらないだろう。
ああそう言えば、先程から考えていたことを口に出す。
「木刀を作ろう。」
何をいきなり、と思うかもしれないが、なんとなく落ち着かないのだ。彼女に刀を預けてからというもの、腰が寂しいと言うか、気持ち悪い。
キョロキョロと辺りを見回してみると、あるものが目に入った。
「枇杷か。」
厳密には枇杷ではないのかもしれないが、それに近い種類であることは間違いないだろう。
枇杷の木刀で殴られると5年後には死ぬ、と言われる程木刀にぴったりの木だ。切り出すのは少し面倒ではあるが、鬼の膂力があれば問題ない。この太さがあればとても良いものができるであろう。
木に手をかけ、引き抜こうとしたその時、
(これ、やめんかお主。)
「え?」
どこからともなく聞こえてきたその声に、ふと手を止めた。その声は、森そのものが喋っているかのような、荘厳でもあり、それでいて心の休まる声。
この辺りに薄らと漂う神力の、その出所に其れはいた。
「喋る杉なんぞ初めて見たな。」
見上げるほどに大きく、大蛇でも巻き付けない程に太い、それは杉であった。
「一言目がそれか。生意気な餓鬼じゃな。」
「これは失敬。生まれたての鬼なもんでね。餓鬼なのは仕方ない。そういうあんたも木の妖怪と言う訳では無さそうだが。」
「一応な。この辺りの長、まあ神みたいなもんじゃ。で、何故あの枇杷を抜こうとした。」
返答次第ではタダでは済まなさそうな雰囲気を醸し出しながら、神の木は質問を投げかけてきた。
「申し訳ない。ちょいと手持ち無沙汰でね、木刀をこさえようとしていた所だったんだ。あんたの友達だとは知らなかったもんだから。」
「ふん、木刀位ならば幾らでもくれてやるわ。」
返した答えに納得したかは知らないが、その言葉とともに頭上から一振りの黒い木刀が降ってきた。
「其奴の銘はまだ無い。元はただの木刀であったのが、永い時の間わしの神力に当てられて変質したものじゃ。其奴の在り方はお主に似たものがある。お主も、元は唯の人であろう?」
「お見通し、か。」
流石は神、と言った所か。物事の本質を捉える力が高いのだろう。それにこの木刀。銘が無いのが気に入った。
「有り難く頂戴するよ。あんたの友達にも謝っていたと伝えておいてくれ。」
「ふん、用が済んだなら去れ。」
ぶっきらぼうなその言葉に苦笑しながら踵を返したその時、その神木が言葉を紡いだ。
「お主、面白い能力を持っているな。」
「能力?何の。」
「伝えん方がお主の為じゃろう。だか、そうさな…お主はその能力を厭うかもしれん。時にそれに苦しめられることもあるじゃろう。だが、その能力は必ずお主を救うじゃろう。」
「…」
「信じずとも良いが、まあ老いぼれからの餞別と思って受け取っておれ。」
その言葉が終わると共に、俺は踵を返して歩き出した。別に物思いに耽っていたと言う訳では無い。ただ単に腹が減ったのだ。たまたま見つけた川岸に座り込む。麻袋から紐と針を取り出しすと、おもむろに先程貰った木刀に括り付け、釣りを始めた。
太陽が西に傾く。 今日という日が終わる。 一面の朱と秋風を楽しみながら、今日という日に想いを馳せた。
「おっ掛かった」
夏ですねぇ。