彼女は私のナイトメア 作:春風
自由なんて要らない。『家畜のような生でいい』
選択肢なんて要らない。『ロボットのような生き方でいい』
定められたレールの上を進むだけの人生でいい。『別れ道から先に進めない』
やりたいことなんてない。『命令してほしい』
何でもできる、なんて。何をしたらいいのかわからない。『どうしようもない不安に殺されそうで』
途端に私は、広い闇の中に独り放り出されたようになる。『だからいっそ』
何でもできるのに、何もできない。『この生から逃げたくて』
上も下も右も左も、どこへだって行けるのに、どこにも進めない。『でも、死は自由だった』
誰でもいいから、私の羽根を捥いで、冷たい鎖で縛ってほしい。『私の手はそこで止まってしまった』
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チャイムが鳴って授業が終わると、いそいそと皆が次の準備を始める。
限られた時間の中でやらねばならないことは明確で、余計な事をしている暇はない。
次の授業は移動教室で、この時間の間に向かわなくてならない。
教科書とノートと筆記用具を持って、各々が席を立つ。
私もそれに習って、教室を出る。
何回もやってきた一連の流れを繰り返す流れ作業。そこに自由は存在しなくて、それが私に安心感を与えてくれる。
「あっ、翼ちゃん。一緒にいこっ」
ふと、背後から声が掛かる。
藤崎
今年に入って同じクラスになるまで特に関わりのなかった人物。
不愛想な私にどういう訳か好意的に接してきてくれる、小柄で可愛らしい女の子。
並んで歩けば、小柄な彼女と女子にしては長身な部類に入る私との身長差がハッキリと分かる。
「うぅ~翼ちゃん歩く早いよ~」
視界の端っこでちょこちょこと揺れる黒いショートボブ。
彼女はいつもどこか忙しなくて、よく何かにぶつかったり躓いたり、生傷が絶えない子だ。だから常に体の色んな場所に絆創膏を貼っている。
「はうぅ~。イケメン高身長な翼ちゃんにそんなに見つめられたら、私墜ちちゃうよ~~~!」
よく分からないことを言っている赤い瞳から視線を外して、歩くことに集中することにした。
「あ、そうだ翼ちゃん。放課後、新しく出来たスイーツ屋さんに寄ってかない?」
きらきらした視線を向けられると、断れない。
小さく頷いて、了承する。
「いやったぁー! 放課後はデートだよデートー!」
そう叫びながら走る彼女は、曲がり角で鬼教師とぶつかって説教を食らっていた。
助けて、という視線を受け流しながら横を通り過ぎて、目的の教室へたどり着いた。
放課後、か。
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『謎の連続殺人。目的は一体何なのか』
『犯人は老人!? 近隣住民が見た不可解な人物とは』
『被害者たちの規則性を発見しました』
放課後。待ち合わせ場所の商店街では最近世間を賑わせている殺人事件の話題で一色だった。
昼夜問わず、人が殺害される事件。
最初の事件が起こってから二ヶ月が経つが犯人はまだ捕まっておらず、現在進行形で被害が出ている。
辺りを少し見渡せば、忙しなく街を巡回している警官、大仰なテレビカメラに向かって話すキャスターや、小さなカメラに向かって挨拶をしている動画投稿者の姿が見える。
あれもこれも、殺人事件の件だろう。
ここで一人にしていると取材でもされそうだ。
「ごめーん! 遅れちゃった!」
と、人込みを掻き分けて小柄な黒いショートボブが走ってくる。
「予想より時間が掛かっちゃって……待たせちゃってごめんね!」
申し訳なさそうに目尻を下げる赤い瞳に、大丈夫だ、と首を振れば彼女は私の手を取った。
彼女の手から伝わってくる温度が少し冷えた体に染みる。
「それじゃあいこっか! いざ放課後スイーツデートぉ!」
真っ白な手が夕暮れ前の空に元気よく伸びて、私たちは商店街へと歩き出した。
世間を賑わす殺人事件が起きている最中だというのに商店街は繫盛していて、客引きの声が後を絶たない。
右に左に、声に引かれてふらふらと寄っていこうとする彼女の手を引いて目的の場所にやって来る。
「んんん~~~! 美味しい~~~!」
幸せそうにスイーツを頬張る姿を見ながら私もチョコレート味のスイーツを口に運ぶ。うん、おいしい。
「ねねね、一口交換しない?」
仕方なく、キラキラと瞳を輝かせる彼女に向けてスイーツを差し出せば、テーブルに身を乗り出して私のスプーンを口に入れた。
何だか小動物に餌付けしているような気がしてきて、悪くない気分だ。
「はい翼ちゃん。お返しっ」
短い手で精一杯スプーンを伸ばす姿に微笑みながら彼女のスイーツをいただく。
「えへへ、おいしい?」
その問いに首肯して、残りのスイーツを食べる。
残り一口で食べ終わる。そんな時、彼女が何やら真剣な表情で口を開いた。
「翼ちゃんってさ、将来の夢とかってある?」
私は首を横に振った。
「私はね、あるよ。いや、あったって言うのかな。
でもさ、両親がすっごく厳しくて。あれをやれこれをやれ。なんとか大学に行って将来はなんちゃらになれ~~~ってさ。ほんっと嫌になっちゃう。
門限も厳しくて、ほんとはこんな時間に外に居ちゃいけないんだけどね。怒られちゃう」
いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべる彼女を見て、私はただ『羨ましい』と思った。
やるべき事を示してくれる。
進むべき道を照らしてくれる。
規則で行動を縛ってくれる。
ああ。私はそういう人の下で生まれたかった。
私の両親は彼女の親と真逆だ。
指示なんてしない。
なんでもやっていいと言う。
なにになってもいいと言う。
私は小さい頃からそれが不安で。怖くて。
縄でも、鎖でも、檻でも、何でもいいから縛って欲しかった。
「……逆だったらよかったのにね。私たち」
他人に話したことのなかった心の内を吐き出すと、彼女はそう言った。
「自由になりたい私とそうじゃない翼ちゃん。
ほら、名前もさ。楔と翼、私たちが求めてるものと真逆。
だからなのかな。翼ちゃんを見てるとほっとけなくてさ。一目見た時から、仲良くなりたいなーって思ったの」
そうか。逆なのか、求めるものが。
私は縛りを求めて、彼女は自由を求める。
「私たち、親友になれると思わない?」
その言葉に私は、最後のスイーツを以て答えた。
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親友、藤崎 楔とはあれからも仲良くしている。
ただ、件の殺人事件の被害者が増えていることがあってから学校が臨時休校になり、学生は家での待機が言い渡されると彼女と会う機会が無くなった。
私たち二人にとって、ここ最近は地獄だった。
私は学校という自分を縛ってくれるものが無くなり、彼女は家に縛られる。
だからこそ。「夜遅くに家を抜け出して内緒で会おう」なんて彼女が言い出してきたのは時間の問題だったのかもしれない。
私は家を出ても何にも言われないが、彼女はそうじゃない。
彼女が指定してきた時間は23時。場所は二人の家からちょうど中間辺りにある小さな公園だった。
十分すぎるほどに時間に余裕を持って、そこら中を歩いている警官の目を盗んで公園にやってきたのは予定の時間よりも30分も早い22時半。
「────」
何か、音が聞こえた。
「──、────!」
その、くぐもった人の声のような音の方向へと足を進める。
音は少し錆びついたトンネルのような遊具から聞こえた。
「あは。結構早かったね、翼ちゃん」
そこにいたのは、私の親友である藤崎 楔。
「見られちゃった……けどまあいっか。そろそろ終わりにする予定だったし」
と、血塗れで倒れ伏す警官の姿。
ショッキングな光景に頭の処理が追いつかない私を置いて、彼女がこちらへ向かってくる。
「翼ちゃん。私ね、翼ちゃんに救われたんだ」
その手にべったりと血の付いたナイフを持って。
「本当の自由が何なのか。翼ちゃんに教えてもらったの」
あの時のような笑みを浮かべて。
「“死”だよ。究極的な自由は、死ぬことなんだ。全ての“楔”から解放されて、何もない、何も感じない無へと帰る。それこそが最高の自由なんだよ」
いつも通りの藤崎 楔がそこには居た。
「翼ちゃんのこと、実は一年生の頃から知ってるんだ。最初は何気なく目で追ってたんだけど、ある時ふらっと空き教室に行くのが見えてさ。そこで翼ちゃん、首吊り自殺をしようとしてたでしょ? で、失敗してた。
その次は屋上から飛び降り自殺未遂。トイレでリストカット、溺死未遂。色んな事をしてる翼ちゃんを見てるうちに気がついたんだ。
ああ、私が求めてるのはこれなんだって。この子も私と同じなんだって。
……まあ、実際は翼ちゃんが求めてたものは私と真逆だったんだけどね」
首から肩、手首。普段は隠している、自殺未遂をした時の跡が残る箇所を彼女が撫でる。
私は何も出来ず、それをただ受け入れることしかできない。
「だから、プレゼントすることにしたの。
死っていう究極の自由を教えてくれた翼ちゃんに、せめてものお返しがしたくてさ」
そう言って、その手に持つ血に濡れたナイフを私に掴ませた。
「私はここら辺で終わりにするね。だからせめてものお返しに、翼ちゃんを一生縛ってあげる」
ぐ、ぐ、ぐ、と。私に握らせたナイフを自分の胸に当て少しずつ突き刺す。
万力のような力が籠っていて、どうにもできない。
足が震えて、視界がぼやけて、息ができない。
私は今から、彼女を殺すのか。
私が、殺すのか。
親友を、殺す──
「あり、が……とね、翼ちゃん」
ナイフが奥まで突き刺さって、“大切な何か”を傷つけた瞬間に彼女の力が無くなった。
どくどくと血が流れて、私の手を汚す。
私は今、人を殺した。
親友を、殺した。
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あの日から私は、悪夢を見るようになった。
笑う親友と、真っ赤な血で汚れた自分の手。
それと同じ色の目に見つめられて、彼女は決まってこう聞いてくる。
──やるべきことはわかるでしょ?
何度目か。慣れた手付きでナイフを用意して、黒いコートを羽織って夜の街に出かける。
あの日以来、どういうことか彼女と同じ真っ赤な色に染まってしまった自分の瞳が交差点のミラーに映る。
私は彼女に
ナイフのように冷たく暗い、私を一生縛る
今でも彼女は夢に出てくる。その度に力をくれて、私を導いてくれる。
「ありがとう」
感謝を告げて、今日も私は夜に消える。