(仮第)半人記者之探霊忌憚   作:rippsan

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仕事が忙しくなり始めております。
二次、一次共に投稿が滞るかと思われますが、暫く長めの投稿間隔にお付き合いくださいませ。


混ジリ世の先

開けた視界の隅、黒く煙るような曖昧なモノが過ぎていく。

しばしの静止の後、錆び付いた錻のように重い頭を居間の入り口へと向ける。

当然、そこに何がいるわけでもない。いや、いてはならない。

借家の玄関は昨夜施錠し、それをいやと言うほど確認してから床に着いた。そんな事があった翌朝の早朝に侵入者があったなど笑い話にもならないのだ。

 ベッドがあるにも関わらず居間のど真ん中で眠る理由。

それはここ数日で起こるようになった奇々怪々な現象に始まる。

 亡き妻を追って迷い混んだ不審な路地。冬の終りとは思えない堪え難い寒さに背を押され、偶然立ち寄った居酒屋。

その店の主人曰く。人間の暮らすこの世と死者や魔の類が暮らすあの世の狭間に踏み込み、そこに居座り続けた事で生きながらにあの世に繋がりを持ってしまったとの事だ。

 それを聞いた時には、オカルト好きなズレた中年のほら話と頭の中では嘲ったものの、その後数ヶ月間、日常生活の端々で奇妙なモノや音を感じるようになった。

 何かを床に擦り付けながら移動する物音。

目を覚ませば視界の外へと消え去る髪束のような曖昧な輪郭の何か。

職場からの帰りが遅くなれば靴音に紛れて聞こえる自身を付け回す何者かの足音。

街灯の下で揺らぎながら点滅する腕の無いアンバランスな棒人間。

アパートの階段に座り込み野太い声で得体の知れない言葉を呟き続ける人のようなモノ。

どれも人の世界には異様に映る物だろう。

終いには寝室の壁に得体の知れない青白い人の顔面らしき染みが浮き上がり、それが寝惚けた視界とぶつかった時には意識が一瞬にして爆発するように覚醒し、早朝に部屋中を転げ回りながら逃げ出しホテルで一日を過ごした。

 そんな事があってからは寝室に入る事に、家に居ることに、そもそも普段の生活をすることに神経質になっていた。

テーブルとソファの狭間から起き上がると、耳元で呻くように聞いたこともない言語で何者かが囁く。

 

冷蔵庫から昨晩のドライカレーが残った釜を取り出す。釜の底に申し訳なさそうに縮こまった一号にも満たない黄金の粒を皿に移し、レンジに納めて温める。

ヴヴヴと音を鳴らすレンジの音に紛れ、隠しているつもりなのか分からない呻き声が耳に悪い。

淡く曇った朱色の灯りだけを見つめ、アラーム音と同時に皿を取り出してテーブルに置き、二口三口で平らげ仕事用の服装に着替える。

白のワイシャツに、しわのよった褪せかけた深緑のジャケット。

壁に掛けた大きめのショルダーバッグを身に着けてアパートを出る。

 

「弥灯市」

隣県で騒がれる心霊スポットで有名なここの町は、市内各所に曰くのある地域が存在し、いくつもの噂が立てられる。

何でも霊道や鬼門といったあの世に繋がる事象が重なり、霊が引き寄せられるらしいのだ。

この地区に生まれた人間は、少なからずそういった影響を受けて成長していく者も少なくないらしく、霊媒体質や霊感持ちと呼ばれる類の者が数多く存在している。

それまでは閑静な住宅街を歩くだけだった出勤も、気味の悪い声に張り付かれ、重く淀んだ溜め息を吐く陰鬱とした肝試しの様な雰囲気に変わってしまった。

職場に付くまでの道は声を避けるため特に趣味でもなかった音楽を聞くようになり、周りの情景を映さないため伏し目がちに歩くようになった。

町の中心にある商業地区を抜けた住宅街は、アパート近辺よりも寂れた印象を感じ、そんな雰囲気に相応しく心霊の類も数を増す。

人が寄り付かないと言う噂話も、霊に敏感な人間が多いことで起こるようになった事なのかもしれない。

誰もが霊の巣窟に家を構えて呪われたいだ等とは思うまい。霊を感じられる者が自然と避けて行くのも納得だ。

自然とこの地区に住むのは幽霊好きな奇人か事情を知らず安値の土地に釣られて他県から移り住んだ者で、何らかの怪奇現象に悩まされることになる。

勤め先はそんな地区の一角にある個人が運営する小さな雑誌編集社だ。

こちらも安い地価に釣られて土地を買い、現在進行形で奇々怪々な事象に巻き込まれながら仕事に没頭している。

浅い築年数に反して、強い拘りを感じさせるレトロな造りをした赤い煉瓦の建物。社長が資産家の知人から借金をしてまで改築した事務所は、寂れた周囲の風景に比べれば場違いと言わざるを得ない。

扉を潜ると事務所の奥の机に突っ伏していた人物がピンと背を伸ばして姿勢を整える。

 

「社長。昼寝でしたら裏でお願いしますよ」

「漣さんが来るまで待っているつもりだったんですが.....いやはや眠気には勝てませんね」

 

額の上に乗せた眼鏡を下ろして苦笑するのは編集社の社長「進藤紡」だ。

 

「出勤を迎えてくれるのは有難いですけど、だからといって事務所で眠っていられても困るでしょう」

 

背もたれにジャケットを掛けて椅子に腰を掛ける。

 

「他の社員は外出中ですか」

「うん。皆忙しくしていますよ」

 

机に広げられた雑誌に目を通していると、社長がその上に一つの塊を置く。

 

「何です、それ」

「私もさっぱりなんです。ついさっきインターホンが鳴りましてね。出たら誰もいなかったものですから、こんな朝早くにピンポンダッシュかなんて思っていたんですけど、その時にポストに入れられたみたいなんですよね」

「見てもないのに分かるんですか.....」

「いやあ、勘ですよ勘」

「.......それで、俺に何か関係があるものなんですか?」

「そう言うわけではないと思うんですけど。ほら、漣さんなら見えるかなと」

「心霊相談の相手なら政一さんがいるでしょう」

「買い出しに出ているんですよ。蛍光灯が切れそうなのでお願いしました。そして出掛けた矢先にこれだったので、それなら漣さんにお願いしようと」

「なるほど。しかしそれらしいモノは感じませんよ」

「そうですか.....もし本物だったらネタになるんですが」

「商魂逞しいですね」

「作家舐めんなと」

「本業捗ってないとか言ってませんでした?」

「だからコレにすがりたかったんですけどねぇ」

「......」

 

社長の取り上げた塊を見上げる形で観察する。特段何かを感じると言う事はないのだが、その塊に何か引き込まれる様に思えた。

 

「それ。預かってもいいですかね」

「構いませんけど。やっぱり何か感じるものが?」

「ええ、何があるってわけではないですけど、こう....引かれるものがあるみたいで」

「ふむ.....分かりました。何か縁起の悪いものだったら困りますし。漣さんに託します」

「はい。では暫くお預かりします」

 

社長から塊を受け取り、手の中で転がす。

 

「取材の予定は入っていますか」

「いや、それなら迅君が出掛けてる分で済んでしまいました」

「なら外回りですかね」

「ですね。あ、それか私のお手伝いなんてしてくれても」

「微妙に手をもじもじさせるのは何ですか。普通に頼めるでしょう」

「だって...漣さんですから」

 

少しばかり俯いて顔を背ける社長。恥ずかしがるのならそんな提案をされても困る。

 

「良いですけど。何か出来ることあるんですか」

「飲み物を用意してくれれば、それで」

「迅助の奴に何言われるか」

「.....ですよね。やっぱり止めておきます。外回り、お願いしてもいいですか」

「承知しました」

 

ジャケットを羽織り、再び冬の街へと繰り出す。弱く突き刺す様な北風の洗礼に身震いをして、商業地区方面に向けて歩を進めていく。

 

          ●

 

取材交渉。担当している雑誌の子供向けコーナーに乗せる紹介材料を探し街を歩くが、ここ数週間はどうにも上手くいかない。

連日の劣悪な環境で眠気も取れず、体もろくに休まらない。会社でも上の空で話を聞き流していることが多く、休み時間に他の社員から指摘されることがしばしばある。

交渉相手も顔を合わせるなり怯んで話が纏まらず、そのまま時間が過ぎることも珍しくない。

欠伸を噛み殺し、社長の心配の声に背を向け、軽く手を振りながら睡魔の迫る頭を叩き編集社を出る。

陽の沈んだ住宅街には夜の帳が降り、吹き付ける夜風は昼間のものよりいっそう強く痛みさえ感じる。

 

「.....早く帰ろう。夕飯作らなーーー」

 

言い掛けて体が硬直する。刺すような感触。

否。そうではない風が肌に触れるモノとは全く異なる、もっと説明のつけ難い何かが光線のように背に突きつけられる。

振り返るな。

直感的に脳が発した指令が全身を駆け巡るが、首だけがそれに反して後方に向かって動く。

ギリギリと朝と同じ錻人形の首を捻るように、嫌な音が聞こえそうなほどにゆっくりと首が回り、家々の塀がスローモーションで視界を流れていく。

 

「......ぁ」

 

居た。

僅かに胴を向けて見たその先、白い服を着た何かが道のど真中で身動き一つせずに立ち尽くしていた。

関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな関わるな。

警鐘。火災報知器だとかセキュリティの警報装置だとか。

それらがベルを鳴らすように、脳が絶えず悲鳴の様な警告信号を全身に送り出す。

 

「っづ!」

 

一歩踏み出した時、ノイズが混じったように揺らいだソレの足が動いた。

最後の指令が放たれる。

 

逃げろ。

 

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