麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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まだ読まれてない方も、すでに読まれた方も、どちらも楽しんでもらえるように追加したプロローグの小話になります。





(Ex.0) 先付けの一杯、ロアナプラ亭の手引書

 麻薬産業の源流、その先に築かれた悪徳の都、名はロアナプラ。タイのとある港の地に彼の街は存在する

 

 21世紀まであと少しのこの時代、ネット社会が広がりつつあるこの世の中でかの地の存在はほんの少しずつ浮き彫りになりつつある。だが、未だその地に何があるか、どのような地獄があるか、それらは未だ知りえない。当事者たちは、等しく皆口をつぐむ

 

 街の詳細がニューヨークの記事に出回ることは無い。ロアナプラという舞台で、日々絶えることなく起きている闘争も何もかも、誰も知りえない、漏らすまい

 

 彼の地にて、悪人たちは自由を謳歌している。麻薬と暴力とセックスで彩られる欲望の坩堝で、最後の審判が来るその日まで皆自由を食らいそして死んでいく

 

 この街は、そんな風にできてしまっている。

 

 だが、そんなロアナプラの不思議な話。眉唾で、誰も信用しない奇妙な話

 

 

 悪徳の都、ロアナプラには

 

 

 

 

「いらっしゃいませーッ……って、昨日のお客さんだ!また来てくれたんですね…… ふふ、気に入ってもらえて何よりです。……さ、お席にどうぞ……美味しいラーメン、すぐに作ってあげますからね!」

 

 

 

 

 

 とてつもなく理解しがたい話、ロアナプラには日本人が経営しているラーメン屋がある。店の名はロアナプラ亭、店主の名はケイ・セリザワ。愛称はケイティ

 

 身長は150台、中性的で細身で安産型のお尻で、どうみてもスレンダー体系のボーイッシュ美少女にしか見えない、そんな愛され系男の娘の店主というこれまたロアナプラにはふさわしくない奇怪な人物

 

 これは、そんなケイティが治める麺処・ロアナプラ亭を中心に起きる、知られざるロアナプラの日常であり、非日常であり、そしてケイティという一人の人間の迷いの無い裏社会での生き方を映した物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

~某日~

 

 

 

 ラチャダストリートに面したとあるビルの一階に暖簾と看板が掲げられている。

 

 周囲にはローワンの風俗店をはじめとしたストリッパーハウスやらホテルやらが並び、さらに隣には怪しげな道具や薬に情報を売る店が並ぶ、そのような立地に異分子のごとく彼の店は成り立っている

 

 店の店主は暖簾を上げんと店前に出て、高くない身長で懸命に背伸びをして暖簾をひっかけようとしている。黒髪の短いポニーテールに、シャツとデニム。後ろ姿には一切の男要素は全くなく、丸みを帯びた触り心地のよさそうな臀部を無防備に揺らしている

 

 

「……ん~~、あと少し……って、うひゃあッ!?」

 

「よっすケイティ、今日も変わらず女っぽい声で鳴いてるな」

 

「れ、レヴィさん……うぅ」

 

 

 あいさつ代わりのセクハラ、上機嫌に高笑いをする女ガンマンはこの街で知らぬ者はいない。ラグーン商会のレヴェッカ・リー、通称レヴィ

 二挺拳銃を握れば向かうところ敵なし、そんな彼女もまたこの店の常連で在り、そして今日はそんな彼女の好きなホットでジャンキーなラーメンが出る日であった

 

 連れとして入っていくホワイトカラーの日本人、名はロック。二人して店に入りいつものごとく注文を言い、そして適当にだべりながら待っている

 

 その手には銃も出さず、店にいる間は何も起きないとでも思っているのか、ただ無防備に、気楽に、まさしく日本のラーメン屋にでも居ているような気構えで、二人は食事を待っている

 

 

 念のために、ここは日本ではなく、正しくロアナプラだ。

 

 

 一キロ先では銃撃戦で人の死が起きている。ここは依然悪徳の都

 

 だがしかし、出てくるラーメンは、まさしく日本のそれであった。本日のラーメン、豚骨ベースに台湾風の辛みそで調味したミンチ肉とニラもやしの炒め物を載せた品

 

 ベースはタンメン風、辛く痺れて濃厚で美味い。そんな逸品が早々と出来上がる。 

 

 

「……注文、台湾ラーメンが二人、台湾まぜそばはレヴィさんですね。本日のラーメンになります……はい、どうぞお二人とも……はい、お客さんもどうぞ。よく来てくれますね、ここ最近……うれしいです。では、どうぞごゆっくり」

 

 

 ついさきほどのセクハラも忘れているのか、その顔には元気いっぱいで爽快な笑顔が満面に咲いている。料理人として、ラーメンを振る舞うケイティはいつだって笑顔で接客が当たり前。

 スレンダーな体つきも相まって庇護欲に駆られる愛らしい姿、だが男だ

 

 

 

 

 

 

~そのまた某日~

 

 

「いらっしゃい、また来てくれたんですね……あ、でもごめんなさい。タイミングがその、一般客は少しだけ受け付けられないと言いますか」

 

 

 かしこまって、申し訳なさそうに言葉を連ねるケイティ。

 

 タイミングが悪い。その意味は入店してすぐに理解した。先約はマフィアだ、香港人のマフィアとなれば後にも先にもたった一つ、トライアド、三合会である

 

「……見ない顔だな、観光客か、それとも新参者の商人か……劉」

 

 リーダー格の男が懐から一枚の紙を取り出す。そして側近の、劉と呼ばれた男が自分に少し強引にそれを手渡してきた

 

「俺のツケで好きに遊んでくれ、席を奪った詫びだ」

 

「え、あの……そんな、勿体ない」

 

「悪いが、そういう謙遜をつついて壊すのは俺の趣味だ。一日だけのチケットだが、とりあえずナポレオンもシャブリもダースで飲み明かせる。ハイクラスの嬢もより取り見取りだ……言っておくが、一夜限りなことを忘れずに。見られないよう懐に収めておくといい」

 

「……ッ」

 

 

 それは、息を吐くように自然と行われた粋な計らい。断ることなどできるはずもなく、名刺は丁寧に名刺入れへと仕舞いこむ

 

 名は明かさない。階段を上がり二階の奥座席へと姿を消した、彼の名は張維新。黄金夜会に名を連ねる三合会の顔を務めるこの地のトップ

 

 そんな傑物もまた、この店の常連というのだから、なんとも信じがたく、だが真実。誠に奇怪な話だ

 

「お客さん、夕方の営業ならきっと食べられますから……あ、今日は豚骨ラーメンです。張さんの大好物の博多風豚骨ラーメン、是非食べに来てください。味は保証します!」

 

 

 またのご来店、心よりお待ちしております。ケイティの元気良い言葉に、また気分が爽快になる。

 丁寧で誠実、そんな彼女は実に男のツボを心得ている。だがしかし、男だ。彼女ではない

 

 

 

 

 

 

~そのまたの、もう一つまたの某日~

 

 

 本日のラーメン、魚介出汁の淡麗塩ラーメンなるものを食べた

 

 現在時刻は夜の1時、締めの一杯として食べるにはまさにちょうどいい品のあるラーメンであった。鯛の骨やアラでとった出汁がこれほど美味な料理になるとはすばらしい。店主ケイティの腕には感服するばかりだ

 

 仕事を終えて、気分良く酒を飲み終えて締めの逸品で腹を満たした。あとはホテルに帰るだけ、そう思いつつ便所を後にした

 店のトイレから顔を出した。そして目に映った光景は、気分良くほろ酔いだった頭を強制的に目覚めさせた

 

 

 

…………むにゅ、ふすん

 

 

 

「ぅ……っぷ……バラライカさん、だめ……はうぅ」

 

 

 そこには店主がいた。愛らしく、髪を後ろに束ねて今日も愛らしく尻を振る美少女の姿をしたトラップが立っていた 

 そして、そんなケイティはこれまた絶世の美女の豊満な胸に抱きしめられて大変うらやまけしからん光景を見せていた

 

 だがしかし、その豊満な乳房で愛をいっぱいに与えている張本人が、その顔に痛々しい火傷跡さえなければ、ちょっとした情事をのぞき込んでしまったハプニングで済んだであろうに

 

「……ケイティ」

 

「ご、ごめんなさい……気づかなくて、知らなくて、まだお客さんがいたなんて、その……へぶッ!?」

 

 

 胸の谷間に収まったその小さな頭に容赦なく五指が襲い掛かる。頬をつまみ、そしてまた胸の方へと圧迫して、幸せな気絶を女性は見舞いした

 

 金髪の長身、火傷跡の軍服、該当する人物は一人しかいない。というか名前を言っていた

 

 ホテルモスクワのミス・バラライカ、この世で最も恐ろしいマフィアの幹部様は、なんとも良いお趣味をお持ちのようであった

 

 

「……大尉、いかがしましょう」

 

「知られることは別に問題じゃないわ。そうでしょ、そこのあなた……理解してもらえるかしら」

 

 

 笑顔で、それはもうとびっきりの笑顔で大尉様は語り掛ける。提出した身分証をコピーされるだけで解放されたのが逆に恐ろしい

 

 不埒なことを働けば、容易に命の危険は無いと知らしめられた。酔いがさめたあとは、とにかく走ってホテルへと去るのみ

 

 あんなやばい女とパフパフをする、あのラーメン屋も相当にヤバイ。ロアナプラ亭おそるべし

 

 

 

……ケイティ、今日は私の部屋で寝なさい。異論はあるかしら

 

 

……な、ないです……はい、その、できれば優しく

 

 

……替えの下着は用意しておきなさい。お仕置きだもの、仕方ないじゃない

 

 

……え、エッチなことは良くないと思います。ひぐ、誰か助けて

 

 

 

 

 

 

 

~とある男の終着点~

 

 

 

 

~ケイティside

 

 

 

 

 麺処・ロアナプラ亭、不定期ではあるが基本週末には定休日を設けている。月に四回か五回の定休日、それが今日

 連日、目まぐるしく店を開きそして日替わりでラーメンを提供する。このロアナプラという地で、本場日本のラーメンの味を出すために日々研鑽と努力を重ねる

 だから、たまの休みの日も基本ラーメンを作っている。時間のかかる豚骨スープは一度に多量で作ってしまえばいいし、業務用の大型冷蔵庫で凍らせれば酸化の心配もない。まあ、それでも劣化はあるから基本すぐに使い切るようにはしている。

 

 そして、今日はそんなスープストックの補充を用意する日。だけど、約束の時間になっても業者から食材が運び込まれない

 

 

「……困った」

 

 

 厨房で溜息を一つ、吐きそうになるところをどうにか踏みとどまる。

 

 お客さんがいる前で溜息は失礼だから。気苦労耐えないこの街での日々、だけど失礼なことには変わりないから我慢

 

 

「少し待っていてください、もうできますからね」

 

 

 店の前には定休日の看板がかかったまま。店内には一人のお客さん

 

 アジア系、韓国か中国か判断はつかない。そんな男の人

 

 ここ連日、店に顔を出すようになった人、そんなお客さんが今カウンターの席に坐して僕を見ている。料理を作る所作を見て、頷くように視線を向けている

 

 どんぶりに注ぐ醤油スープ、麺を投入し具を散らし、その上から豪快に仕上げのトッピングを降らせる

 視線の主の胃袋が大きく泣き叫ぶ。空腹の音色にせかされ、お客はケイティが机に置くよりも先にどんぶりを奪い取った

 

 

……ずるる、ズルルルルッ!!!

 

 

「お熱いので、お気をつけて……あはは、すごくいい食べっぷりで」

 

 

 提供したのは、店で出すには簡素な一杯。チャーシューメンマものっていなく、あるのは麺とスープに薬味のネギ、それも京都の九条ネギをたくさん。そして大量の油の破片、ザルで荒く濾して散らした背脂。俗に言う背油ちゃっちゃ系というもの

 

 連日盛況で豚骨スープも鶏ガラスープも底をつきた。なのでスープのベースは保存のきく煮干しや昆布、カツオ節サバ節アジ節といった食材、魚介出汁によるベーシックな醤油ラーメンをケイティは提供した

 

 業者の仕入れが来ていない中、店にある在り合わせの材料で精いっぱい手間暇を込めて、コッテリ思考なお客の好みに合わせ背脂チャッチャ系の手法を取り入れて逸品となした

 

 今回に限った話ではない。お人よしな日本人、ケイティが時たまに作る、本日のラーメンには当てはまらないごく個人的な一品。

 

 相手を思い、たった一人のために作り上げた心の一杯。そのどんぶりには美味しさと合わせて、明確に込められた意図が存在する。

 

 

 

「……美味しいですか。本当になによりです、ここ半月、ずっとお店に来てくれてましたよね。それで、少し恥ずかしいところも見られたりしましたけど」

 

 

 極まりが悪そうにこめかみを指でかく。ケイティの言葉に男は耳を傾けつつ、麺をすする

 

 荒く細切れになった背脂のコクと甘み、濃いめの醤油スープに絡みマイルドで後を引くスープはいくらでも飲み干してしまいそうだ

 

 

「本当においしそうに食べてくれますね……材料も少なくて、本当ならもっと美味しいの、家系とか二郎とか、もっとがっつりコッテリで最高なラーメンを作れましたけど、でもごめんなさい。今は本当に材料が無くて」

 

 腰を低く、ケイティの謝罪はすこしばかりしつこいぐらいだ。そんなことはないと、お客は語り掛ける

 

「……そうですか。ご心配、痛み入ります……あ、替え玉はどうしましょうか」

 

 無論、男はお代わりを頼んだ。替え玉は二ドル、紙幣を二枚卓上に追加した

 

「ご注文承りました。お客さん、本当にラーメンがお好きですね……そう、すごく大好きなんだ……うん」

 

 背を見せる。茹で窯の前で麺を投入し、ザルと箸を手に麺ゆでへと意識を映す

 

 平べったいザルの上で麺をほぐしつつ火を入れる。じっくり、加減を見計らって

 

「お客さん、ラーメンは好きですか」

 

「……ッ」

 

 何をいまさらと、勿論だと回答した。背中姿は、その回答にすこしばかり震えていた

 

「……そう、ですね。そりゃそうだ、だから持ちかけで営業をするわけだ。こんな小さなラーメン屋に、食材の売り込みを仕掛けるなんて、よっぽどラーメン好きじゃないと考えられない」

 

 

……コト

 

 

 二杯目、追加の麺に背脂とネギ、そこへニンニクを追加してお客は麺を爽快にすする。気持ちのいい食事音、それは本当に麺料理が好きで、ラーメンが好きで

 

 そして、ケイティの味に惚れているという事実が伝わる。ケイティは、それが余計に辛く感じている

 

 

「鶏ガラ、豚骨……欲しい食材がいい値段で。とってもいいお話ですね、今すぐ飛びつきたいぐらいです……さっきの商談のお話の続き、食べながらでいいから聞いてください」

 

「……」

 

「僕のお店、こんな危険な街でよくやっていけていますよね……ほんと、変な話。ロアナプラでラーメン屋なんて……でもできてしまっている。理由はありますとも、見えますか? この写真、これとこれも」

 

 

 厨房の壁、そこにはいくつものツーショットが並ぶ。構図や角度、シチュエーションもまばら、だが等しく言えるのはそのツーショット相手はどれもすべてこの土地の名うての人物

 

 ホテルモスクワのミス・バラライカ

 

 三合会の張維新

 

 ラグーン商会の二挺拳銃、暴力協会のシスター、ヴェロッキオ、アブレーゴ、殺し屋のシェンホア、掃除屋のソーヤ、写真は多く、それらの役割はこの店の守護

 

 そう、麺処・ロアナプラ亭、その店主は愛されている。様々な経緯、事件、なれそめを踏まえて男女問わずケイティはこの地の住人の心をつかんでいた

 

 庇護欲を刺激する愛らしい見た目も、卓越した調理技術も、全てがこの土地の味方となり、愛されるがゆえにこの店は成り立つ

 

 

「皆さん、本当に優しいですよね……こんな僕に、力のない僕のために」

 

 感謝してもしきれない、だからそのお返しは必ずする。皆に愛された分だけ、自分もまた幸福なる口福で恩を返す

 

 それはある意味義理人情も同じ、マフィアのそれに劣らない心境で、誠意をもって仕事をこなす

 

 誠意は大事、とても大事だと知っているから、やはりというべきか

 

 

「お客さん……ここ二月前に来た新参者ですよね。それが理由ではないですけど……ええ、商談は……とても魅力的でしたけど、やっぱり受け入れられません」

 

「!」

 

 どうして、何故だ、何が足りない、男が荒々しく声を上げる中、ケイティは淡々と言葉を返す

 

 

「どうしてもなにも、貴方の仕事は誠実じゃない」

 

 見抜いた嘘、確信をもって言葉を続ける

 

「この半月、お店でラーメンを食べ続けて……あなたが本当にラーメン好きなのは理解しました。だけど、それでも駄目です」

 

 ダメだと、強く言い切る。ケイティの目には、相手への嫌悪が隠しきれていない

 

「おかしい? でも、それは無理な話ですよ。僕だって、普通に誠意をもって商談をかけるのなら……ちゃんと話を持ち帰って検討しますよ。美味しいラーメンが好きだから、僕と商売がしたいと話しかけてくれば、こんなことにはならなかったはずです」

 

 

 本心から、残念だとまゆをひそめた。ケイティは何処まで行っても料理人で、お客の喜びがなによりも優先されてしまう。味を好きでいてくれるなら、多少の悪人も受け入れられる

 

 だがしかし、その者が自分に、いや自分の周囲に危害を加えるものであるなら余計に、それは許すことができないと感情は冷たく見放しきってしまう

 

 

 

「……あなた、僕に断らせないようにしましたよね。既存の取引先を潰して、都合よく挿げ替えようとして……あ、嘘は意味ないです……もう知ってます。裏は取れていますから」

 

「————ッ」

 

 男の口がふさがる。返す言葉がないならと、続けて

 

 

 

「鶏ガラと豚骨を仕入れているお肉屋さん、そこの社長さんが殺されました。ワンマン経営の会社ですから、すぐにごたごたに会社は荒れてしまう。そんな状態で仕入れなんてすぐに再開できるはずもない……お肉屋さんのおじさんがいないあの会社は、もう僕の欲しい食材を手に入れることはできない……困った話です」

 

 

 悲報は突然に、材料が切れていき、仕入れを最も待ち遠しくなるタイミングに、その悲報は振って落ちてきた

 

 

「えぇ、タイミングが良すぎますよね。全く同じ流通ルートをもって、僕の欲しいものを熟知したうえで……あなたは意気揚々と商談を持ち掛けた。はい、偶然や運が良いで片付けられません。僕、人を見る目はあるつもりです……あなた、ウソつきですよね。それと、良くない血の匂いもします」

 

 

 淡々と、冷えゆく温度の空気で言葉は続く

 

 ケイティの落ち着いた言葉に、男の表情も薄ら笑いが消えていく

 

 

「……知ってますよね、僕のお店は守られているって。張さんなんですよ、僕のお店に仕入れ業者を紹介したのは……だから、何かが起きれば当然疑います」

  

「当然なんです、あの人はこういうことにはとにかく気が回るから。あ、でもそれは僕を守るためとかじゃないですよ。どっちかっていいますと、僕という餌に食いついた愚か者を捕まえておもしろおかしく楽しむのが目的です」

 

 

 

 

 

「はい、気づいてますか……もう、店からは出られません」

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 店の周囲をぐるりと、黒服をまとった兵士が集う

 

 店の中は閉じたまま、相手を刺激しないように、ただ逃げ道を塞ぐだけ、そんなケイティの要望を聞いたうえで張は采配を下した

 

 その結果、今の状況は出来上がる。目に見えずとも、気配と殺気は伝わってしまう

 

 

「……ぁ、はぁ……くっ」

 

 

 噛みしめる音がする。恐怖の中、自分がどんな目に合うか考えたくとも想像は働いてしまう。

 

 後悔はとうに遅い。だがそれでもと、男は懐のそれに信頼を向けんとしていた

 

 

「ごめんなさい、きっとひどい目にあうのに……ぼくはあなたを助けられません。助けようともしません」

 

 刺激しすぎないように、冷静に言葉をかけ続けるケイティ

 

「でも、できる限りは擁護したい……死んでしまうのは、良くないから」

 

 おためごかしではない、ケイティは本心から、相手の存命を願い、口にした

 

「だって、あなたはラーメンが大好きなんですよね……そこだけは、本当なんですね……あぁ、やっぱりだ」

 

 

 首を縦に振る。男の呼吸は荒い

 

 状況を理解した今、平静を保とうとして水を飲む。不思議と、水の味に血の気を感じた

 

 無意識に、歯で強く口内を噛んでしまっていた。血はそのせいで。怯えすくみ、恐怖で歯をガクつかせて、それで口を切っていた

 

 血の味を舐めた。まだ生きている

 

「!!」

 

 死にたくない、そう男は意識した。その瞬間、行動は迅速に

 

 

「……ッ」

 

 

「う、動くな……動くんじゃないッ」

 

 

 早鐘を打つ心臓の鼓動、爆音で耳がおかしくなりそうになるも、男はケイティに銃を突きつける。

 

 安物のグロックの複製品、安全装置を外して銃口を向けたまま厨房へと入り、ケイティの服を掴んだ。

 首元を掴み、引き寄せて、その胸元に銃口をつける。何時でも心臓を打ち抜けるように

 

 

「……あの、やめましょうよ」

 

 

「う、うるせえ……女顔の癖に、罠にはめやがって」

 

 

「……ぼくのアイデアじゃあなくてですね、張さんの悪知恵というか、今後の教訓にするための演習といいますか」

 

 悪びれもせず本当のことを言ってしまう。男の気を逆なでするケイティである

 

「その、できれば投降してください……五体満足、はむずかしいですけど」

 

「……ッ」

 

「悪い人だけど、あなたは本心で僕のラーメンを好きになってくれました……だから、できれば死んでほしくない。お願いです、これ以上自分の首を絞めないで」

 

「ぁ、あぁああッ……う、うるせえ……おまえに、お前なんかに、心を奪われなければぁああああああッ!!!」

 

「!?」

 

 

 精一杯の説得、しかしそれは神経を逆なでする挑発でしかなかった

 

追いつめられたこの状況、周囲にはすでにマフィアと思しい集団の気配と殺意

 

 

「……ぁ、駄目!」

 

 

「はぁ、はあぁ……死ぬなら、せめて」

 

 

 絶体絶命の状況、男に思い浮かぶのはこの一月の、ロアナプラに来てからの記憶

 

 裏の世界で金をつかみ取るために踏み入った、そんなこの地で出会った運命ともいえる出会い

 性別の垣根を越えて、それでも手に入れたい者のために、男は姦計を企てて取り入った

 

 業者として関係を深めて、ゆくゆくは、そんな野望の出だしでくじかれ、そして夢半ばに息絶える

 

 それだけは、たとえイエスが許そうと自分だけは許すまいと心に決めた

 

 

「……ぁ、イヤ!だ、だめッ!!」

 

「!」

 

 

 甲高い、生娘の悲鳴が鳴り響く。厨房の床に背を預けるケイティに、追いつめられた男は不埒な欲望をぶつけんとした

 

「それだけは、駄目です……本当に、もう助からなくなる!」

 

「……ぁ、アァアアアアアアッ!!!??」

 

 

 

 

 牙をむき出し、ケイティの艶やかな肌に食いつかんとした。いっそ殺してしまうぐらいの勢いで、襲い掛かった。

 

 だがしかし、男の顎が開ききったタイミング

 

 

 

……パシュン

 

 

 

「アァアアアアアッ……ぐぶへッ!??」

 

 

「!?」

 

 

 それは、あまりにも予想通りという結果であり、阻止しようとした結果は最悪の形で現実となってしまった

 

 あぁ、やっぱりこうなるのか、服を破かれ今にもレイプされんとした少女の姿で、ケイティは溜息を漏らした

 お客はいない。もはや失礼は気にしないでいい。

 

 もう、お客だった男は、二度と口の閉じない顔で息絶えていたのだから

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 ストーカー商人によるとある事件。ロアナプラの悪党に守られて堅固な店であるここロアナプラ亭ではあるが、それでも時たまに事件は起こる

 

 大抵は、この街の流儀を、そしてロアナプラ亭の危険を知らないものが起こす事件

 

 そして、もう一つはそうした危険を踏まえてなお一人の料理人に心を奪われて、正常な判断ができず狂行に走る愚か者の事件、つまるところ変態案件、店主ケイティはトラブルを引き寄せる体質である

 

 

「……張さん、バラライカさん、助けていただいてありがとうございました」

 

 

 無事、事件は未然に防がれる。ケイティが無事であれば、ことは万事解決という扱い。多少、服を破かれてあららーな見た目になっているが、今はバラライカの軍服を羽織って体を隠している。

 

 襲われかけたことには変わらず、精神はボロボロ。その上、目の前で人の頭が対物ライフルでクラッシュする光景を見てしまったため、立っているだけでも限界寸前、そんなケイティを見て、二人の悪党は面白おかしくにやつくばかり

 

「まあ、これもいい教訓ということだ……命惜しければ、誘惑する癖をやめることだ」

 

「……誘惑なんて、別にしてない」

 

「しているさ、していないなら俺の顔を直視して見ろ……ほら、どうした?」

 

「…………い、じわる」

 

「はは、そうすぐに意識して赤面するところがなおさらだ。やはり誘惑上手だろうに……ケイティ、お前さんはバチカンの少年好きな変態がこぞって飛びつく別嬪顔だ。自覚がないなら教えてやろうか、ベッドの上でいいならの話だが」

 

 笑う、意地の悪いジョークで回りも笑わない。寒いジョークで楽しんでいる張を前にケイティは赤面するばかり

 

 そんなケイティに、手を差し伸べるはもう一人

 

 それは、向かいのビルより自ら対物ライフルを構え、此度の仕留め役を務めた彼女

 

 ミス・バラライカ、ケイティを守り、そして個人的な感情を深く向けている、そんなバラライカ

 

 

「……そろそろいいかしら、ミスター・張」

 

 冷え切った声、葉巻の煙を噛みながらバラライカが圧を放つ。軽く、飄々と雲のようにふるまう張も、その声を前に地に足をつける

 

 一触即発、とはならないが、それでも空気の重さに息がしづらい

 

 

「……ぅ」

 

 

 しづらい、しづらいのは、きっと物理的な理由も含めて

 

 

「そう、なるだろうな……なら、あとは任せるとしよう」

 

「……貴様の意思どおりに動いている、そう思うと気分が悪い」

 

「それは失礼……なら、せめてこの場の処理はこちらが引き受けよう。ケイティ、また食いに来る……出入り業者は任せておけ、うまい豚骨ラーメンを作ってもらわなきゃ俺も耐えられん」

 

「……ッ」

 

 押し付けるような詫び、バラライカは一瞥のみ済ませ、それにて二人の会話は終わる

 

 犬猿の仲、それはケイティもよく知ること、口出しはせず、そして黙って手を引かれていく

 

 

「……気に食わんな、やはりあの男は」

 

 

 

 ぼそりと、ケイティにだけ聞こえる声でバラライカは愚痴を吐いた

 

 

 

 

 

 

 

 

~ホテル、バラライカ所有ゲストハウス~

 

 

 

 シャワールームを後にする。バスローブをまとったケイティ、その肌には汗も返り血も一切残っていない。

 生娘のごとき、白磁を思わせる滑らかな肌に、そしてバラライカと同じシャンプーの匂い

 

 先にベッドで待つ彼女もまた、同じように身を清め、そして寝巻に身を包んでいる。

 

 ただし、ケイティと違い、その身にまとうはシースルーのネグリジェであり、つまるところ夜の女の正装であった

 

「…………」

 

 ロアナプラ亭、店主ケイティは悪党たちに愛されている。そして、深めた関係は時により深度を下げて

 

 密接に、夜の関係すら成立してしまう

 

 それは、例えば火傷顔の蔑称で恐れ敬われているかのミス・バラライカが相手であったとしても

 

 ケイティは、愛されて、そして満たさせる。庇護欲は母性を呼び起こし

 

 あのバラライカ相手に、甘やかされる夜を過ごす。

 

 

「疲れました、本当に今日は……ほんとう、に」

 

 

 ふわり、ふにゅり、包み込まれて、抱きしめられて、温められるケイティにバラライカはそっとキスをする。

 

 額に何度もキスをして、ぬくもりに満ちた言葉をかける。そんな夜も、決して珍しくない、そして異常でもない

 

 

 当事者にとって、これはただの恩返しのやり取り。守られた、美味しいラーメンを提供した、そのお返しとして甘やかしを提供する

 

 今日はバラライカ、明日以降は、また誰とであろうか

 

 

 

 

 

 

 目まぐるしく回るロアナプラの日々、今日もまたケイティは店を開ける

 

 時に荒々しい事件も、甘い関係も、日常と非日常を織り交ぜてラーメン屋の人生は回り続ける

 

 麺処・ロアナプラ亭、これは悪党たちに愛されたとある料理人の生き方の話

 

 

 




以上、作品紹介の意味も込めた要約編にてございました。感想・評価などあれば幸い。モチベ上がって執筆活動が捗ります


飯テロ、バイオレンス、おねショタ、要素入り混じる本編もどうぞお楽しみください




ケイティ「ロアナプラ亭の入店、誠にありがとうございます。お席に案内しますので、どうぞこちらに」
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