麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
〇 ホテルモスクワ(現在)
~sideバラライカ~
夜が明けた。規定の時間の前に目を覚ませたのは行幸である、ここでの眠りはいささか快適が過ぎる。
体を起こし、ふらつく頭に指圧で喝を入れた。冴えわたる視界、酒を入れたわけではないが、妙に体は疲労している。否、疲労を思い出してしまっている
軍人である自分の張り詰めた気をほどく要因、それは今自分の隣にいる彼以外他にない。忌々しく思うことはないが、少し当てつけの様に額を弾いた。
「……——」
「幼子と変わらないわね……ケイティ、朝よ」
頬に触れた。さらりとした肌はシルクのようで、20代というよりはまだ12~3ぐらいの子供の肌だ。中性的で体格も小さい、ジャパニーズが童顔だとしても、やはりこれは特異的なものだ。
「……——……————」
「……ネコね、首輪をつけるべきかしら」
喉を鳴らして反応を示している。あどけなく、そして無垢な顔、だがそれも過ぎれば汚してみたいと思うのは人の悪い心だ。いっそ強くはたいて見て、マーキングを施せば彼は良く自分に従うだろうか。
「……鞭で叩いても、あなたは私を慕うのかしらね」
「――ッ…………ァ、ヤァ」
寝ぼけている。起きてはいない
「……フフ」
眠ったままでも自分の声の意味を理解したのか、少し不安そうにしかめた頬をそっと撫でて、元の安らかな寝顔に戻す。
二度三度、バラライカは頬を撫でて、そして深く寝入っているのを確認するやその場で静かにベッドから離れた
「おやすみなさい、次に顔を合わせるのはまた日が沈んでから。いいわね、ケイティ」
日が昇る。彼の体に毛布をかけて、自分は元の自分へと戻る作業へと移行する。
その第一歩として、まずバラライカは部屋のシャワールームへと足を運んだ。そもそもここは自分の私室で、着替えもすぐそばに置かれている。まだ彼はココを使っていない
プライベートな部屋に連れ込まれていると気づかれれば、きっと要らぬ心配をさせてしまうから、だからまだ知らせはしない。
……バサリッ
脱衣の音、布の擦れる音は部屋には届かない。一糸まとわぬ姿になり、浴室へ踏み入り最後の扉を締めれば、これで音は隔絶された。
二重扉で音は聞こえない故、たっぷりシャワーを降らして湯を浴びる。肌にまとわりつく眠気や疲労と共に、彼に触れて得られた名残も肌の温度の感触も、その淡く儚げな息遣いも、泡と共に排水溝へと流し捨て去る。
惜しむ気持ちも全部まとめて、体の中から吐き出していく時間だ。
両の手を胸の付け根に置いて、じっと体を動かさず降り注ぐ湯の雨に打たれながら、静かに熱すぎるぐらいの暖かさに身をゆだねる。感嘆の息は漏れ出て、内から温まる感覚には快感すら覚える。
性別故に、シャワーというこの時間に良いものを心は得てしまうから。
右の手のひらが乳房を撫で、火傷痕の刻まれた根元から、こそげ取るように乳房全体を撫でて泡を落とした。彼の頬を乗せて、吐息を受け止めた自分の肉を、遺恨を残して戦場に出ないように徹底して洗い流す。
体に触れて、なぞり、肌の滑りや筋肉の形、そして植え付けられた傷跡、普通の肌よりも感覚が麻痺しているそれは自然と慎重に触れてしまう。
度重なる拷問でつけられた消えることのない傷、それが今となっては自分を取り戻すための証明の要素だ。触れて感じるもどかしさや痛みが、自分が兵士だと実感させるのだ。
ケイティとの時間、それは余分なものを体に乗せる。それを理解しているがゆえに、丁寧に洗い続ける。この行為を知れば彼は無情と思うだろうか、だがこれは必要な行程だ。
生にしがみつく理由を持てば死者は死者ではいられない。生死をかけた戦場に身を置く以上、彼との関係は所詮戯れ、優先すべきは同胞とその同胞達と共に駆ける戦場のみ
彼との関係はいわば贖罪、そのついで程度に平穏な知人として関係を持っているだけに過ぎない。それを強く何度も言い聞かせる。今朝と言い、出迎えた時と言い、やはり自分は彼に思いをかけ過ぎている。
自覚はある。故に、こうしてまどろっこしくとも執着を持たないように処置を施すのだ
……我ながら、矛盾だなこれは
蛇口を締める。水を止めた音が浴室に響いた。
火照る肌をタオルで拭い、裸のまま部屋に戻り着替えを始めた。ガラス越しに見えた自分の体は、なんとも男をかどわすには傷物が過ぎる。
彼は変だ。普通のようで普通ではない。どうして、そうも目の前の者に捉われない性格なのか、あの時といい危うげが過ぎる。命の張りどころを間違えている甘ったるい少年だ
だが、それ故に
「……お前は、生き残ったのだろうな、だからこそ」
おもしろい、そう口ずさんだが最後にバラライカは表情を変える。軍服に袖を通せば、もう彼女はバユシキバユを想う優しき母ではなく
ただのミス・バラライカ。火傷顔のバラライカになったのだ
× × ×
此度の、拿捕すべき対象は欧州で活動している名も知れぬ諜報員。どこの依頼かは知らぬが、ここロアナプラで誰かが領分をわきまえす不埒な活動をしている、そんな報告があり組織は動き出した次第だ。
そいつはここロアナプラで好き勝手に情報をあさるだけでなく、さらには駄賃をねだるような気やすさで街の秘密にすらも手をかけようとしている。ロアナプラの実態、麻薬の流通ルート、及びここの恩恵にあずかる表側の存在、墓荒しにしても厚顔無恥がひどく目に余る手間。街が自然、この物をすりつぶす判断を下すのは当然の流れであった
街には厳戒態勢がしかれる。ネット等の通信手段は即座に抑え、その上で街の出入り口も塞いだ。常識を知らぬ馬鹿な諜報員に後悔の泡を吹かせるために、街は牙をむき出しにした。
この街では諜報員などの後ろ暗い人間も住み良く息の吸いやすい場所ではあるが、それは同時にそうした者共の隠れ家も暴かれやすいことも意味している。
無法の中にも秩序はあるように見えるものの、それはマフィア達によりつくられた都合の良い秩序。文明が整った街ではなく弱肉強食が前提のジャングルの秩序、故に諜報員といえど逃げ場は無い。
敵は街の流儀を知らず、欲をかいて好き勝手に乱獲をする不届き物、だがそれだけであればこの話は膨らむほどは無い。すぐに刈り取られて肉がすりつぶされた程度の世間話だ。だが、今もその諜報員は存命であり、己の身勝手で街を荒らし続けている。
諜報員は愚かではあった。だが、その愚かさに見合う技量を有していた。
諜報員はわざと自分の痕跡を残す悪癖があった。酒場で情報の痕跡を流し、人目の付く場所でそぶりを見せて、いかにもな程度の低い諜報員であることを敵側に見せつけていた。
そうしてマフィア達は当たりをつけ、街の流儀を知らない愚か者を捉えて拉致し、そしてナッツを噛み砕くように気軽な気分で処分を下す。
尋問の必要はなく、隠れ家にある証拠品をせしめて、それではれて仕事は終わり、とそのように思わせるここまでが、その諜報員のやり方である。
諜報員は痕跡を残すが、その際その姿は必ず街の現地人、つまりは自分の死を偽装するために身代わりを毎回用意するのだ。代わりの現地人に諜報員というありもしない裏の顔を縫い付けて、死体が出来上がると同時にまた別の現地人に取りつき、そしてまた死体が積み上がる。この繰り返しだ
マフィア達は怯え戸惑う無罪の被告を見て、決して考えを変えない。すでに積み上がった証拠、残る作業工程は見せしめの制裁のみ、そのようにマフィア達を誘導することに諜報員は慣れていた。それはロアナプラで通じるほどに、慣れ過ぎていた。
マフィアを手玉に取る行為、個人が組織を相手に人形師を気取れるのはなんとも愉快なことだろう。だが、諜報員はそれ故に、気づかない。
ここまで述べて、諜報員は優れた策と術を有している前提で、だが今回のこの件はそれでも些事に過ぎない。
それは何故か、巧妙な手段をもって自らの痕跡を知らしめない諜報員を、なぜ恐れるに至らないと
理由は何故か、それは明白。
『遊撃隊、各員に告ぐ……ドッペルゲンガーは網にかかっている。殲滅を敢行せよ』
何故なら、ここロアナプラは、否
ホテルモスクワのミス・バラライカは、既にその行為を経験して暴いているからだ。
数か月は前になる話だ。
かつて、まったく同じ手段で街を荒らす諜報員がいた。その者は女で、今ホテルモスクワに追われ逃げ惑う者と同様に現地人に化けて己の痕跡を押し付けていた
そんな連鎖の中で、とある料理屋の店主がマフィアに疑念を向けられ変わらず同様に拘束、そして見せしめに処刑されるかに見えた。だが、ここから先二点、結末を変えた要因がある。
一つは、ミス・バラライカの勘が違和感を覚えた。それ故に、すぐに殺さず隠した情報がないのか尋問を行おうとしたこと
幸運故に料理人は、ケイティは命をながらえた。それは機会、己の命を懸けた運命の帰路
時はまた遡る、死の熱を帯びた銃口と、温度の無い冷酷な視線を受けて、彼はバラライカに何を示したか
結末を変えた二つ目、それは……
今回はここまで、説明回を経て次で決着。
序盤のシャワーシーンですが大丈夫かな?まあ映像でも乳〇だしてたし、シャワーシーンはセーフ。我ながら通る理屈ではないな
字の文ばかりだと退屈ですよね、バラライカのサービスシーンは出来るだけ書きたい。今作の方向性として、オリ主とバラライカのカップリングを想定していますので、二人の関係性もラーメンのついでにお楽しみに