麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
深夜4時に店を閉めて、掃除と簡単な仕込みを済ませてから就寝。目を覚ました時刻は10時、5時間の睡眠でも肌が荒れず目に隈が浮かんでない姿にはすでに違和感を覚えない。慣れてしまえばそういうものだと、飲食業の平凡な日々はとくに代わり映えなく進行する。
仕入れの時間、市場を利用することもあるけどやはり希少な食材に調味料の入手はお得意の仕入れ問屋に頼むしかない。醤油、鰹節、昆布、日本特有のものをはじめ安心で良質な食材を仕入れるとなれば、やはりこの街の市場では心もとないのだ
以前も、食材探しで軽く一大事になりかけたこともあった。豚骨を切らしたある日、僕は市場を歩き回り、新鮮で状態のいい豚の骨はないか?……そう人に尋ねて回っていたら一軒だけ心当たりがあると言ってくれた人に巡り合って、けど連れていかれるのは見知らぬ場所。もうこの時点でお察しな展開である。
僕は見知らぬ場所へ案内され、うすうす感じてはいたけどまあ案の定というか、たどり着いたのは13日の金曜日よりもとびっきりご機嫌な光景、というかライブショーであった。
チェンソーと白衣、ディスイズ屠殺現場、トランクケースに収められたヤクザ風体の男が愉快痛快に鳴き声をスクリーム、僕より少し背のある白衣の人は機械的な声で『今、豚の骨を取り出すところ……ガガ、ちょっと待ってて、物珍しいお客さん……ザザ』これが僕と掃除屋ソーヤさんとの初めての出会いでもあった
生きの良い豚の骨=殺されても文句のないチンピラの死体からはぎ取った骨、そう受け取られてしまうなんて、いったいどこの世界で起こるのだと、いやこうして起きているのだ。だってここはロアナプラだから。
うん、やっぱりここはロアナプラ、ちなみに筋ものではない僕を怪しんだ業者さんの方々にあやうく解体される寸前、これまたバラライカさんの伝手でどうにか事なきを得ている。本当にお世話になりっぱなしだ。
うん、あぁ……話が逸れてしまった。ソーヤさんとの面白くも愉快でもない初の出会いはまた今度に、とにかくここロアナプラでまともに食材を調達するとなるとやはり方法は限られるわけで、もちろん非合法な密輸品だって含めれば手に入らないものはないけど、それでは全く採算が合わない。
ラーメン屋をやる以上必須な食材の入手、店を開いて数か月の頃は本当に困っていたものだ。
バラライカさんのおかげで安全に店を開けるようになった矢先、仕入れ先のルートが不運にも使えなくなり、結果方々をあたって高い密輸品との交渉に明け暮れる日々、あぁ今思い出しても胃が痛くなる。
店の存続の危機二度目、そんなころのことを思いだしてしまった。でも無理もない、急にこの人が店に訪れれば
〇
来客を二階に通した。仕込み途中、スープが出来上がったタイミングを見てあの人は店の戸を叩いた。
ローワンさんの店に赴くついでに立ち寄ると言っていたけど、こうして訪問されては振舞わざるを得ない。今鍋でぐつぐつと匂いを立たせているのは強烈な豚骨臭、いつもは丁寧に処理をして且つ臭みを出さないように心掛けているけど、今日のラーメンはその臭みも個性、伝統を重んじて彼の地のスタイル、福岡シティの博多豚骨ラーメンだ。
背ガラ、頭骨、各種香味野菜、それらを大きな寸胴で煮立たせて9時間、徹底して煮込んだスープは白濁色で匂いも強烈、しかし慣れ親しんだ者ならこの匂いで自然と胃袋が悲鳴を上げることだろう。
最初、ロアナプラの住人もこの豚骨臭には嫌な顔をしていたが、今となってはそんな事を言う客は一人もいない。豚骨の魔力、それは人を惹きつける一種の中毒性、世間がマリファナやコカインで騒ぐ中、僕にとって一番ヤバい薬物はこの液体以外思いつかない。
「よし、いい具合かな。じゃ、麺の方も……」
……ガララ
「……」
麺を掴み、鍋に浮かべた振りザルへ放り込む。麺茹でに集中する合間、僕は振り向かず来訪者に返事を返した。
まあ、見ずとも声で理解できる。暇なのだろうか
「ようケイティ、店開いてっか?」
「……レヴィさん」
「んだよ、辛気臭え顔で……それでも客商売かよ。ほら、店開けてんなら一杯作れ」
「あの……ッ」
ダンっと、粗雑にカウンターに腰掛ければそのまま肘をついて煙草の煙を口から吹かした。困る
「……あの、店はまだ準備中で」
「知ってる、けど今お前さんが持ってるのは? お前の華奢な体で二杯は食わねえと思うけどな。いいさ、先客のあとで」
指を立てながらそう言い切った。この場合立てた指は人差し指、上の階を指して、全部わかっていると
よく見れば、外で待つ人たちも特段騒ぐ様子もない。そういえば、この人をはじめラグーン商会とあの人の関係は良好なものだった
レヴィさんの性格は知っている。あの人もレヴィさんのそれを知っているし、僕も知っている。
「……知りませんよ」
「ノープロブレム……ほら、出来たんならさっさと運びなよ、メイドみてえにかしづいて、ついでに愛想も振りまけりゃ旦那の鼻の下も伸びるかもな」
「……聞かなかったことにします」
冗談を言うにしてはなんとも肝が冷えすぎる。バラライカさんに並んで、僕はあの人に対する恐怖を身に染みて知っている。間違ってもそんなことは言えないし、言っていましたとも告げ口すらできない。
恐ろしい、けど恐ろしいがゆえに頼もしい、バラライカさんに次いで現れたもう一人のパトロン
「……戻ってきたら作りますから。タバコは吸わずにお待ちください、なんのために雑誌を置いてると思っているんですか」
へいへいと、あしらうように返事を返される。こんどバラライカさんに頼んで尻をたたいてやろうかと、そんな言える勇気もないことを妄想のみで済まして、さあ階段を上って戸を開けた。
お盆に乗ったラーメンを配膳して、ごゆっくりどうぞと告げて踵を返す。
「お、ありがとさん。相変わらず旨そうな飯を作る、夫の貰い手には困らなさそうだ」
「……」
「はは、どうした顔が赤いぞ……悪い悪い、からかってすまないな。子供の相手は下手なんだ」
軽口、からかい、ああこういうところが少し苦手だから足早に去りたかった。
飄々としていて、けどつかみどころのない実態の曖昧な人、底の知れなさはやはりマフィアのトップ、この街の顔であり、そしてバラライカさんとの因縁の相手でもある人
香港マフィア、三合会の張維新。かくも恐ろしき人に未だ僕は慣れない心地、けど同時に感心したり惹かれたりすることもある。
男として、この人の出で立ち、振る舞い、あらゆる全てが粋だ。
……やっぱり、かっこいい人だよね
決して口にはしない。だけど、僕は密かにそんな思いを胸に、いつかこの人みたいにしびれる魅力を手に入れたいと願ってみる。願ってみるだけなら、罰も当たるまい
張の兄貴参戦、博多豚骨ラーメンをすする兄貴は絵になる?ならない?
次回、また馴れ初め的な過去編挟みます。今回は短めにすませたい
あと、評価数が生まれて初めて三桁達成しました。普段はエチエチやクロスオーバーばかり書いてるのですが、こんなに評価貰えるとはなんとも未体験で戸惑いを隠しきれません。感想・評価等頂けて嬉しかりけり、モチベ上がって日々の執筆が捗ります。改めて読了感謝です