麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
上納金を収める店に金を落とす、矛盾しているようだがこれもまたヤクザ者の仕事だ。腐った息のする輩を寄せ付けないために、張維新は部下たちを連れて店を訪ねた。
ローワンの店は決して彼の趣味ではないが、別に気に障るものでもない。
オフクロースの卑猥な衣装は彼の趣味ではない故、今宵は皆肌色を隠したドレスで張の接客に当たる。
「ミスター・張……今日は楽しんでくださいね」
「あぁ、そうさせてもらう……コリンナ」
傍でかしづく嬢はコリンナ・ウェスト。この店でも特に人気な嬢の一人ではあるが、もう一人相棒といえる彼女は
「アーシェはどうした。お前の姉さんにも挨拶をしたかったが」
「それはご丁寧に、ならもう少し後ですね、ちょうどいま……あ、ほら始まりましたよポールダンス」
指示した先、舞台の上では黒髪を艶やかに振り払い、長く整った肢体を惜しげもなく披露している姿が目に留まる。
遠目に、アーシェは張の方を見てキスを投げた。礼には礼を、張はグラスに注いだ酒を前に掲げて乾杯を送る
嬢たちが騒ぎだした。寵愛を欲して、男を喜ばせる姿勢を示す振る舞い。しかし、品の無い要素は限りなく排して、皆利口に落ち着いた所作で媚びてみせる。ローワンの店の嬢とは思えない、なんとも教養の行き届いた娘達だ
ただローワンの趣味でバストパーティーを開くだけであるなら、こうもこの店は繁盛はしない。故に、張たちも信用を置いて関係を結んでいるのだ
席に坐して、上座の横には腕利きの接待上手が並ぶ。張の隣に坐したのは肉感的な愛玩動物、コリンナ・ウェストが酌を注ぐ。
「お酒はどうしますか」
「バカルディでいい、あとそこらに飾ってる高級瓶、適当に開けてくれ……せっかくだ、皆に振舞おう」
皆に、その言葉の意味はこの席に座る張の部下や嬢たちだけではない。広間に坐する全ての客に対してという意を含んでいる。少し離れたところで聞いたボーイたちは急ぎ動き出し酒を注いで客たちに配り始めた。
皆に酒が行き届いたあのを確認して、張は音頭の合図を唱える。
「さあ、皆好きに飲んで食ってくれ。俺の財布に金を残すような恥知らず、そんな輩は間違ってもいないことを願う………………ま、その心配はないようだが」
夜会は開かれる。無礼講という言葉がこの場にはふさわしい。
「大哥、馳走になります……おい、ボトルを開けてくれ!」
「大哥の酒に感謝、乾杯!」
乾杯、何度目かわからないその合図でグラスが幾重もの音色を奏でた。
注ぐ酒は年代ものの高級酒ばかり、張維新の金で飲む酒に嬢たちや部下たちも大いに騒ぎ満足げだ。
「……次に来る時は銀行員を連れてきた方がいいな。酒代も馬鹿にならん」
「大哥、馳走になります」
「劉、お前も飲んでいいぞ。迎えも来るからボディガードも心配いらん」
「いえ、そういうわけにも」
「……たく、硬い男だ。おいコリンナ、そのマッカランを開けてくれ」
「は~い、旦那のお酒追加ですよ~。劉さんもほら、注ぎますからどうぞどうぞ」
「おい、コリンナッ……大哥も…………」
謙遜は押されに押されて、コリンナと張に圧された劉は観念していただいた酒を手に取る。
上物のスコッチウィスキー。独特の風味の前に喉が唸り、少し間を置くも男らしく一気に飲み干した
「……観念しましたよ。コリンナ、二杯目は水で割ってくれ」
「はいはい~い」
観念した劉は潔く酒宴に加わる。張はそんな劉を含めた皆を見ながら、背もたれにのけぞりグラスを手にふと考える。
金を払い、応じた接待を受けるわけだが。こうして今広がる光景には少しながら違和感を覚えていた。
酒に不満があるわけでもない。嬢の接客にも申し分なし。ただし、とある一点。
このローワンの店にあるまじき、上質なサービスが一つ。
「…………劉」
「は……なにか」
呼びかけに劉は静止した。その手には煙草とライターが、いつもなら酒と共に興ずるものだが、今はそれをするには忍びない。
「……失礼、意を酌めず」
「いいさ、ここでまさか……上質なディナーが出て来るとはおれも思ってなかった」
そう、料理だ。先からずっと違和感を覚えていたのはこれだ。
テーブルにずらりと並ぶ料理、それは覚えのある香港でも食べた本格の中華料理、酒と合わせてか軽めの前菜がこれでもかと並ぶ。どれも彩も豊かで、実に食欲を刺激してやまない。
「ローワン、フードデリバリーでも雇ったのか」
「いえ、そのようなことは」
「だろうな、そんな商売をする奴とも思えんし。ここらでこんなものを仕出す業者に覚えはない」
そう、ここは酒と女を楽しむ場所。だが、今卓上に並ぶのは高級酒に勝るとも劣らない見目麗しい料理の数々。盛り付けに至るまで本場の高級レストランで見た光景と違和感なく重なってしまう。
例えば今この皿にのったものはどうだ。レンゲに盛られた小籠包、今しがた蒸し上がったであろうそれを手に、箸でスープを匙に広げ薬味を乗せてあおる。上質な清湯スープのうま味、フカヒレや金華ハム等の高級食材は使っていないシンプルな点心、なのに後を引く味わいはすぐに卓上から姿を消した。
前菜が次々と運ばれる。今度は蒸した鳥と野菜を興じた前菜、スパイスは本場の五香粉(ウーシャーフェン)を使っている。簡素でシンプルな味付けのものが多いが、どれも丁寧に処理がされたものでクラブの肴として出るにはあまりにも不相応だ。
酒を楽しみに来たはずが、どうしてかいつの間にか会食の場となっている。嬢たちや部下たちは主菜の到来に声を上げているほどだ。
中央に並べられた肉に魚と、蒸し物や揚げ物、どれも本場中華の品々でかなり高度な技術を要する品々である。
「ミスター、食べたいものをお取りします。ケイティの中華はすごくおいしいですよ」
「……ケイティ?」
聞き覚えの無い名、新しいコックの名前であろうか
「……まあ、それはあとでいいな。紅焼肉(ホンシャオロウ)があるな、そいつをくれ」
張が指定した料理、それは豚のバラ肉を塊ごと調理した品。
コリンナに渡された取り皿にはスライスされたバラ肉が二切れ、豚の濃厚なうま味が香りとなって既に伝わってくる。
箸を手に、厚く切られた肉をまずは一口。
「……ッ!」
味に驚愕して舌が唸った。
ゼラチン質が肉に溶け込んで、脂身と同じく歯に負担をかけず肉は口でほろりと砕ける食感。甘味塩味、濃厚に味付けされた豚の味わいは実に良い。そして鼻を抜ける風味は強めの香辛料、旨いホンシャオロウだとはわかっていたが、ここまで本場に勝るとも劣らないものとは
……だが、本場と違う点は
「……安い肉だな」
「ご不満ですか?」
「いや、不可解だ……本場で食った物よりも美味い。安い肉で、なぜこうも……料理人は何者だ?」
不可解、だが味わうものは実に美味。見事という他に無いのだ。このホンシャオロウ、春節の祝いごとで食したものよりも材料の質は劣るはずが、何故か舌は感動を覚えてしまう。油は強く感じるがくどすぎず、酒の肴として興ずるにはちょうどいい品だ。強めの酒とも相性がいい
舌がくどくなれば、酢と香辛料で味付けされたタケノコの細切りをかじる。確か、日式ラーメンの付け合わせで良く使われる麻竹の乾物だったか。丁寧に時間をかけて水でもどしてあるのだろう、歯触りもよい。口直しだけじゃなく、これ単品でも肴として通じるものだ。
「腹が空く……いかんな」
気がつけば、酒と食事を普通に楽しんでしまっている。酒で胃袋を満たす場ではあるが、こうも美味な品々を胃に流し込んでしまえば空腹を煽ってしまうのも無理はない。
「あ、ご飯ものを頼みますか?」
「ますます酒の場から遠のくな……だが、まあいい。何か腹に溜まって、それでいて肴になるものも頼む」
「わかりました、ケイティに伝えますね」
「……ケイティ、それがここのコックか」
そう尋ねる、するとコリンナは嬉しそうに破願して
「……えへへ~、うちの臨時のコックですよ。とってもかわいい子なんですよね」
「ほう、かわいい娘ね……ま、人が足りているならいいことだ」
× × ×
「よ、ほっ……っと、せい」
勢いよく中華鍋を振る。客には見えない厨房で、ケイティはドレスにエプロンの風体で調理に励む。
ローワンからの命令とはいえ、こうも大量の料理を作らされるとは少し想定外ではあるが、しかし昔取った杵柄というべきか、中華料理の品々はみるみると売れていて好調だ。といっても、注文しているのはVIP席のとある一角だけ、ようは接待だから特別なサービスをしろということだ。
女性の振りをして酒を運んだり、一緒に酒を飲んだり、時にはセクハラに耐えたり、そういった業務から解放される分にはありがたいけど……
……けど、よりにもよって三合会の……
「……はあぁ」
「ケイティ、注文の炒飯は?」
「……了解」
ため息を吐く間もない。思う所はあるが、今は自分の仕事に集中しなければ。中華鍋を手に、勢いよく火力を上げて炒を始める。
作るのはラーメン屋の炒飯、普段店で使う醤油ダレ、そして鶏油でいため上げて作る鶏チャーシュー入りの炒飯。
特に難しい作りはしない。油と米、香ばしく香りを高めて、かつ水分は飛ばし過ぎないように最短で作り上げる。味は濃い目に、酒の肴としても頂けるように。
「……ッ」
パラリと香ばしく炒め上がった炒飯の香り。店では手間的に出すことはないが、久しく作っても腕は鈍っていないようだと実感した。
「炒飯上がりました!配膳を…………ッ」
大皿に盛りつける。配膳台において運ぶよう促すが、何故か返事は無い。
ボーイさんの手が足りていないのか、厨房を出て店内を覗くと、どうやらストリップショーの舞台に客たちが押しかけて、ちょっとした大暴れのようだ。
……こらぁ、こっち来んな豚共ッ!!
「……今は無理かな」
アーシェ姉さんがポールに上って脂ぎった男達の手から逃れんとしていて、そしてボーイさん達はそんな男達を組み伏せて、そんな光景を肴に他の客はバカ騒ぎと、なんとも混沌とした様子だ。
偉い人達がVIP席にいるのに、ここに来るお客は何を考えているのか、けどそれを僕が悩んでも仕方ない。
……運ばないと、冷める。
問題は、今しがた作り上げたこの炒飯の方が重要だ。料理人として、作り上げたものを最高の状態で頂いてもらわなければ命を預かった食材たちに申し訳が立たない。
配膳役がいなければ、僕がするしかない。
「……はぁ」
溜息が出る。しかし、こういう時に備えて僕も綺麗な格好で身を飾っているのだ。
不本意ではあるが、エプロンを外して皿を配膳台に乗せる。
「三合会のVIP客か……あまり関わりたくないなぁ」
以上、次回オリ主と張の兄貴初の邂逅です。
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