麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
「なにをしているツァン……お前は一体どういう了見で、その汚えブツを取り出そうとしている」
空気が凍り付く。その低く落ち着いた声は、店の騒々しいBGMの本流に交じっていながら不思議と鮮明に、耳の奥で直接ささやかれているぐらいに、それはもう耳に届いて付着して、離れそうにない。
粘着質というわけではない。この人の言葉の重みが、それだけ重いということだ。
「……大公」
「ガァルン、お前は口を出すな……ツァン、お前が誰とどこで遊ぼうと俺の知ったことじゃねえが。今日俺はここに慰労の名目で金を落としに来たんだ、店側にもお前たちにも羽目を外してもらえるように計らったつもりだ」
「……」
入口に立つ男を端に、気づけば張維新と大男の距離は狭まっている。背丈こそ違うが、圧倒しているのはもちろん見上げる方だ
「……ッ」
はたから会話を眺めている僕は、気づけば男の、張維新がツァンと呼ぶこの風体の悪い大男の小脇から逃れて、二人の真ん中の距離で、壁へと持たれた。
この場を逃げるのは簡単だ。助けに来てくれたと解釈してもいいだろう。だけど、そうするには、いささかこの人の放つ威圧があまりにも大きい
凍り付く空気、動けないでえづく声しか出ない。そんな空気で先に確かな言葉を放ったのは被告人側
「……大公、自分はただ嬢と遊んでいるだけで」
弁明を述べる。だが反省の色など見えない
やれ、自分はただ遊んでいただけと、誘ったのはこっちからだと。あぁ、しょせんマフィア、三合会の人間は
「……で、こんな場所でおっぱじめようと。なるほどな、ヤキを入れるにせよまずは聞かないとな。君はどうなんだ、ケイティ」
「!」
「こういうのは双方から聞くもんだ。君は、いったい何をされた」
視線が、僕に集まった。
答えるべきは大男の、ツァンの非。けど、それを言ってどうなるか
……この人に襲われて、僕は何もしていない
そう言えばいいと、頭では理解している。しているけど、仮にそうした先には
「安心しろ。三合会はメンツを重んじるし、不届き物はしかるべき罰を与える。君はリベンジポルノも恐れなくていい。第一、うちは何のいわれもないカタギに、不当な真似は決してしない」
「…………ッ」
やめろ、そんな言葉どうしていえる。
……なんで、そう堂々と嘘を吐けるっ
「……カタギには、何もしないですって、そんなこと、だったら」
「?」
思い出す、電話口に聞こえた震える声。バンコクのおじさんが言った言葉、三合会だけには関わるなと
三合会はろくでもない。なら、いうべきことは
「信用なんて……できません。あなたたち三合会は、度し難いッ」
〇
~現在~
「ハハハ! ああそうだ、確かそんなこともあった」
「……張さん」
腹を抱えて大笑い、対して相席にいつの間にか座っているレヴィさんも
「ケイティ、お前水商売なんかしてたのか! そいつはお似合いだ!入れるも入れられるのも自由、二度おいしい嬢ってか?」
「……レヴィさん」
「安心しな二挺拳銃、ケイティの体は清いままだ。ミス・バラライカが生きている限り、こいつの貞操はクレムリンより堅牢だ」
「張さんも……もう、早く食べて帰ってください」
ドンブリには麺も具も残っていない。替えのお冷を継いで、もうそろそろ帰ってくださいと日本人らしく遠回しに伝えようとするが、此処の人間は皆基本アメリカ人並みに狭窄な脳みそだ。ストレートに伝えないと伝わらない言語体系の人種ばかりだ。
「というか張さん、ここは一応あなたたちのような人のために置いたVIPルームなんですから、いいんですかそこらへん」
「ケイティ、本音を言ってみろ」
「レヴィさんがいると二倍いじられるから、早く片方が帰るか二人とも帰ってください」
「「断る、替え玉追加だ……三ドル払うからチャーシューネギメンマ辛みそ追加。まだまだ居座るから安心しな」」
「…………くっ、まいど」
無駄に息のあった返事。二人ともラーメンを食べに来たのか、それとも人を食いに来たのかどっちなのだ。
まあでも、ラーメン自体はよく食ってくれている。作ったラーメンは博多の屋台風とんこつラーメン。替え玉システムも導入して、正直利益度外視な商売である。店を開ける前に麺を平らげてはくれるなと願うばかり
僕の過去の話を肴に、途中から加わったレヴィさんはひどく僕を面白がって、だから余計に張さんも面白おかしく僕の赤裸々なエピソードを公開してくれたものだ。あの店で嬢の真似事をするのは決して少なくはないが、あまりそのことを知らしめないでほしい。まあ、もう手遅れなところもあるかもだけど
張さん、やっぱりあの人は変わらない。からかうところだけならバラライカさん以上だ
「……でも」
そうだ。でもあの人は悪い人じゃない。こんなことを思えばDV被害者である妻が夫を庇うみたいで気味が悪いけど、実際僕はあの人に助けられている。あの時の一回目と、そしてそのあとすぐ起きた事件の際。立て続けに二度救われたことを、今頃レヴィさんに嬉々として話しているのだろう
あまりいい思い出じゃない。マフィアとの関係を得た経緯なんてろくでもないものばかりだ。けど、この話だけは少し身を積まれるような思いをした話、少しだけ自業自得なエピソードなのだ
× × ×
……あなたがた、三合会を良く思っていません。僕の知り合いには、あなたの組織に足を撃たれた人がいます。その人は、ただのカタギだった!
「……」
「どうした、張の旦那……麺が伸びちまうぜ」
「……あぁ、そうだな」
「?」
首をかしげるレヴィ、しかしすぐ食のBGMが部屋を包み込む。
張の思考には、少しばかりノイズが走った。過去のことを懐かしむあまり、すこしだけ当時のセンチメンタルが昇ってきてしまったのか、そう己で解釈した
……ケイティ、お前の出会いは忘れられんな。まさか、助けたと思えば噛みつくとは
「……あいつ、ケイティは命知らずだな」
「ぁ、そりゃさっきの話の続きか?」
「あぁ、あいつがレイプ事件寸前のところで助け舟を出したら、どうしてか俺に対して一丁前に言葉ならべて噛みつきやがった。まあ、三合会(うち)に思うところがあって、いろいろとフラストレーションが爆発したんだろうな。馬鹿をとっちめるはずが、そのせいでトントンだ。いったい何がしたいのか」
「へえ、そいつはご機嫌な話だ……で、ケイティのそのあとはどうなったんだ?まさかあんたの部下がそのあとにリベンジポルノかましたってわけじゃあるまいし」
「……察しがいいな。その通りだ」
「は?」
興味を釣れた、驚くレヴィに対して張はしてやったりとにやけ顔を見せる。箸をおき、興が乗ってか声色も喜色満面に
「さ、こっからが面白いところだ……この俺、張維新がボンド並みにハリウッドをかまして、ヒロインをみごと落としたメインシーン。ま、飯のついでに聞いてくれ。パーティーが終わってしばらく、話の続きは、そうこんな具合に……だ」
次回に続く
今回はここまで、次回より張の兄貴が決めます
張の兄貴はかっこいい、けど書いていると自然にオリ主がヒロインになってしまう。BLじゃないよ。こいつは寄ってこないよ、オリ主はバラライカルート→┌(┌^o^)┐