麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
ラーメンのあとには甘いデザートを
僕がバラライカさんと対峙したあの日から数日、失血死しかけていた僕がどうにか山を越えてそして息を吹き返し意識を覚ました頃のことだ。
病院の清潔な天井やシーツを見ながらふとその人は僕の傍にいた
バラライカさんと目が合った。
殺意や怨恨に満ちた深い底のような目ではなく、あくまで平時の感情の色を示した目。本来なら僕は損害請求なり慰謝料なりを求める立場であったはずなのに、その目を見てしまった故かただ普通に起床の言葉を語り掛けてしまった
おはようございます、そう言い放った僕を見てバラライカさんもまたあっけに取られていた。
それ以降は、バラライカさんが気を使いカーテンの隔て越しに会話をしていた。事後報告等やその後の予定を話し合ったり、事務的な会話に時折平穏な日常会話を混ぜる程度で、気づけば怒りを覚えていたことすら僕は忘れてしまっていた
不思議なことに、ただ普通に話をして
世間話をして、笑ったり相づちをうったり
ただただ、普通に会話をしていた
結果的に言えば良好な関係、だけど今宵のこの展開はいささか飛躍しすぎではないだろうか。けど、それも元をたどれば僕のせい、僕が招いた厄介ごとが彼女の気に障ったのであれば、僕にはどうしようもない。
機嫌を取らないと、とにもかくにもまずはこのディナーを乗り切らなければ
× × ×
ロシアの品々、汁物はボルシチで主菜はブリヌイを纏った魚の焼き物。他にもバターたっぷりのペリメニ、というかペリメニなるこの料理どこからどうみても水餃子だ。
知っている味、知らない味、ライ麦パンをかじって胃袋も満たされる。合間に挟むウォッカ、果実の汁で割ったものは飲みやすい
ケイティは食事を楽しんでいる。ほどよく酔いの気が周り、彼の頬は少し明るく染まっている
表情は朗らかに、バラライカを前にして緊張はもうなくなっている。ケイティは笑い、バラライカも釣られて微笑む
「……で、あの男はあなたを助けたと」
「ひっく、えぇ……とっても、かっこいいだったでしゅ。じぇーむずぼんどみたいに……こう、パン!シュシュ、どーんッ……かっこいいなぁ、えへへ」
気を許し、自白剤を入れられたも同然にケイティの口は柔らかい。その口から語られる情報、バラライカにとって面白いものではあまりないだろう
表情には出さない。だか、こめかみがピキリと血管を浮かべる前に
……クッ…………ダンッ!!
グラスにいれたウォッカ、それをストレートで喉奥へ流し込む。強い火の気、しかしバラライカには慣れたもの
「わぁ、すごいなぁ、おさけ強いですねぇ……かっこいぃ」
「……私が言うのもあれだけど、ほんと無防備に気持ちよくなってるわね」
「無防備? だいじょうぶですよぉ、怖い人から守ってくれるんですよね……バラライカさん、約束してくれたから」
「……その、怖い人に私たちも入るはずなのに、あなた私に撃たれたこと忘れちゃったのかしら」
「覚えてますよ。ここ、足にチクってされました」
えへへと、笑いながら指差して答える
「注射器を射たれたみたいに言ってるけど、あなた血を流しすぎて倒れたのよ」
「……?」
「だめ、飲ませすぎたわね」
焦点の合わない視線、なにもしなくてもふらふら揺れる頭。
気持ちがいい、そんな感覚に陥るのは久しぶりだ。酒は決して嗜む方ではないケイティ、夜の店の仕事でも酒は飲ませる側で飲まない技術は有していた
だから、こうも無防備に酒を飲むことは久しくないものだ。あるとすれば、アーシェやコリンネらの私邸に呼ばれ飲まされて弄ばれる時ぐらいか、目が覚めたら女装姿でさらにはポートレートでとられた己の痴態を収める写真の数々、そんなことも珍しくない
ケイティは酒に対して警戒的だ。だが、今はそれがない。気を許して、バラライカを喜ばせるようにケイティは酒を次々とあおる
「……ん、ぷは…………ん、げぷ」
飲み干す、もう何杯目だったか
「あなた、お酒強いの?」
「弱いれす、でも結構飲めます……のめます、ます……えへへ~」
ゆらゆら揺れる、ケイティの頭に花が一輪咲いている。
能天気で無警戒、ご飯を口にして美味しいといってはお酒を飲む
底なし、だが弱いのは確か。これが嬢であるなら男にとっては最高な相手であろう。
「……困ったわね、あなた」
「?」
「あなた、一人で帰れるかしら。家までは送るつもりだけど、今のあなた」
じーっと見る、バラライカに見られてケイティはにへぇと口角を吊り上げた。
試しに手を振れば、同じくケイティも手を振る。
「……出来上がってるわね。あなた、自分の部屋のベッドまでたどり着けるの?」
「はい、できましゅ」
「無理よ、そんなべろべろで」
「よってない」
「嘘…………証明してあげようかしら」
「?」
席を立った、そして部屋の壁際においてあるソファへと移動した。クッションをどけて、隣に座るスペースを作る
興が乗った。バラライカはそんな想いで、とあることを試してみる
「……ケイティ」
パンパン、手を二回叩いた。すると、何を言ったわけでもないが
とろんとした瞳を見せるケイティは頷くように
「……ワン」
と、短くぼやく。そしてふらふらと怪しい足取りで、そのままふらぁ~っと
「ケイティ、おすわり」
「……おすわり、ます」
言う通りに、バラライカの隣にぽふんと座る。
「お手」
「……ウィ」
「なんでフランス語なのかしら……ま、かわいいからいいわ」
言われるまま、されるがまま、バラライカの思い通りにケイティは従う
出された手の平に己の手を置き、そのまま招かれるままにバラライカの膝の上に倒れ込む。大型犬が膝の上に座り甘えるように
「ほんと、気持ちいぐらいに酔ってるわね」
「……よって、ません」
「あら、嘘はだめよ。そんな子はもう撫でてあげない」
「……ッ」
いたずらで言ってみる。すると、面を上げてケイティはその目に涙を浮かべる
うるうると、切なさを一杯に
「駄目よ、ケイティ……だめ、だめなのよ」
「……や、やぁ」
伸ばす手、気づけば態勢は膝枕へ仰向けに寝転ぶ態勢。バラライカの手は、少し離して焦らすように宙空に
バラライカは焦らして待っている。心から甘えて縋り付く様を見るために、己に気を許すこのか弱くも愛らしい小動物を自分色に染めるために
「……ケイティ、何が欲しいのか正直に言いなさい。態度次第では、私も」
考えて上げなくもない、そう上から言い切る。
ケイティは震えている。Sッ気のある女性に対して弱いがゆえに、その手の女性からは容易に弄ばれる。ケイティが最も警戒するべきは異性である。そのことを薄々バラライカも気づき出す
……この子は、本当に不思議な子
己を撃った相手と平気で食事をする、酒を飲む、そして心を許す
騙されて不幸な目に落ちるのが見え見えであるのに、改めてケイティなる人物がロアナプラで生存が適うことが奇妙で仕方ない
……奇妙だ、だがそれ故に興味深い
「……他の者に、取られるのは面白くない」
「!」
「ケイティ、ほらケイティ……甘えなさい」
差し出した人差し指、ネイルも塗っていないただの指で良かった。そうであれば、このようなことも気兼ねなくできる
バラライカの差し出した手、その手をケイティは掴む。掴んで引き寄せて、指先に舌を
「……はむ、ん……っく」
「ぁ……いい子ね、ケイティ」
甘い、甘い感覚に浸される。内から湧きたつこの感覚をバラライカは今の段階では形容できない。
酔っているのは、決してケイティ一人ではない。彼女もまた、複雑な物事で酔いしれて思考に痺れを帯びている。
……くちゅ……ちゅ
「吸うのが、上手なのね……そんなに美味しいのかしら。私の指が」
「……ぁ、うぅ」
「あらあら、恥ずかしいのね……いいわ、気にしないで」
「……や、やぁ……ごめん、なさぃ」
真っ赤な顔、そのままぐるんと顔を背ける。バラライカの膝の上から頭をどけるつもりはないようで、寝返りを打ってお腹側に息を沈める。
乳房の起伏に隠れて顔は覗けない位置、吐息や温もりが腹の皮膚に感じられる。不失礼極まりない行動ではあるが、バラライカはただそんなケイティの側頭部を撫でるだけ
いっそ、このまま服を脱ぎ捨てて乳房でも与えてみればいいのだろうかと、少し考えてみたがすぐに失笑してしまった
……らしくないな、私がそのような
「本当に……どうかしてるわね、私も」
「……へ」
「いいわ、あなたは気にしなくて……ほら、ご飯を食べてもうおねむなんでしょうに。いいわ、寝ちゃっても」
「……家、かえらないと」
「大丈夫よ、ここは貴方の家よ」
嘘を吐く、判断が弱くなっている故にそれでもいいと
だが、意外にも
「……ちがう」
「?」
「ここは、バラライカさんのおうち……です」
顔を見せる、そしてそう言った。恥じらいの顔で、震えながらそう言った
少しだけ考えてみる。バラライカはケイティの頬を指でなぞりながら、その感情の色を知ろうとするようにして
「……訂正するわ」
求める回答は、すぐに理解できた
己の家といった。ケイティは今夢うつつな状態、だが優しくまともな性格のケイティには当然の思考があり、故に否定した
「そうね、ここがあなたの家なら私は帰らないといけないわね」
欲しい回答は、嘘でなくてもよい
「そうね、ここは私の家……ケイティ、あなた私の家に居たいのね」
「……――ッ」
小さくうなずく、顔の動きを下腹部で感じた
「私のベッドで、一緒に眠りたいのね……欲張りな子、どうしてあなたって子は私に殺されないのかしら。不思議ね、本当に不思議だわ」
不思議、だがその答えは内心理解している
不快感はない、怒りも何もない、ケイティとふれあいそばにいる時間はただただ気が穏やかで
……この子は、私をただの年上の異性程度にしか見ていない
「本当に、不思議な子……ケイティ、抱っこしてあげましょうか」
「……ふぁい」
求める、するとバラライカはケイティの背中と膝裏に両手を通して、そのまま胸で預かる形で抱きかかえる。
体は軽く、男であることは体格や硬さでどうにか解かる程度。改めて性別の曖昧加減、そして幼さが過ぎる育ち不足を想わされる
「……顔、苦しい」
「あら、嬉しくないの」
「……いいの?」
「構わないわ、どこであろうと息は吸いなさい」
「…………すぅ」
静かな呼吸音、その位置はバラライカの右乳房の、ちょうど中央。
微かに感じる熱、湿り気、それが下着を越して敏感な部位を撫でる。狼藉甚だしい行為ではあるが、バラライカは不思議とその熱が誇らしく、むしろ心穏やかに感じている
腕に抱きかかえ、胸に受け止める小さな温もり、ロアナプラにいる己に感じるとは夢にも思わなかったこの感傷
……そうか、私は
「ケイティ、わたしはあなたに……」
「?」
「いいえ、なんでもないわ……さ、部屋へ行きましょう」
口にはしない。まだ直接言葉にするにはどうにもむず痒い
火傷顔(フライフェイス)が少年を愛でて母性に興じているなどと、口が裂けても認められはしない
次回に続く
以上、ケイティとバラライカのあまあまなシーンでした。指舐めは健全? 普段はR18で色々書いてるものでついつい筆が乗ってしまいがち
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