麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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幕間はこれにて終了


(21) 幕間:スリーピングビューティ③

 

 

 

 

 

 甘い、とても甘い味を感じた

 

 良い匂いをいっぱい吸って、暖かくて気持ちが良くて気づけば体は楽になっていた

 

 水を飲んだのは誰の手でか、催したくなった僕はどうやってそれを済ましたのか。何もわからない、ただ暖かく包まれている夢心地のまま

 

 暗い、暗い闇の中で安心を感じていた。

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 スリーピングビューティ、と形容するのが正しいのだろうか。眠れる美しい姫君、今のあなたはそう言い切ってもいいぐらいに朝日をまとって麗しく映っているのだから

 

 向かい合って吐息の触れ合う距離、白磁のような肌と荒野を思わせる傷跡の褐色。

 

 唇はグロスを落としているから薄いピンクの色になっていて、けれど潤いは保たれている。きれいな唇だ

 

 等間隔の呼吸音、生きている証を示す音色、抱きしめる温度は熱いぐらいで、けれどそれが心地よくて抜け出せない。

 バラライカさんに抱きしめられていることに気づき、目が覚めてそのまま数分が経つ。いい加減、そろそろ起きないと

 

 けれど、そのためにはまずこの拘束から逃れなければ

 

 

「……バラライカさん」

 

 呼んでみる。けど、寝息は静かに等間隔

 

 

「……どうしよう」

 

 

 悩む、見知らぬ部屋で、冷房の効いた部屋で、互いにバスローブを纏った姿で寄り添い密着しているこの構図、人に見られてはいけないとだけは理解できる

 

 

……起こさないと、このままじゃ

 

 

 人が入ってくる、とはさすがに思わない。ここがこの人の私室であるなら、部下や関係者が不躾な真似をするとは思わない

 

 

「起きてください、バラライカさん」

 

 

 声をかける、できれば手で肩なりを揺さぶりたいが、今はそれも出来そうにない

 

 

 

……動けない、力すごい

 

 

 

 背中に回る感触、左の手が背中を掴んで右手は僕の頭をその豊かな胸部へと、二つの膨らみが僕の顔を包みこむ。

 できれば、息をすることも避けたい。男としては嬉しすぎる状況ではあるが、今は興奮よりも困惑が勝る

 

 谷間から香る良い匂い、石鹸と香料と、人の暖かい生きた匂い。バラライカさんの匂いがいっぱいに吸えてしまう場所

 

 眠くなって、溶けてしまう。このままじゃ、次は目覚められるか自信はない。

 

 

 

……どうして、この人は

 

 

 昨日のこと、覚えているのはあまりない。食事が美味しくて、お酒も美味しくて、気分が良くなって気づけば横になっていた

 

 介抱してくれたのならいい、だけどベッドで一緒に寝ているということ、それがどうにも

 

 まさか、してないよね……ハハ、ないない

 

 

 

 

 

「……………………ァ」

 

 

 

「!」

 

 

 

 声がした。艶の入った淡い声

 

 声を出したのならそれはただ一人、僕の目の前。見れば少しばかり目が開いている。目と目が合う、すこし心臓がどきりと震えた

 

 と、同時に腕の力がさらに増した

 

 

「!!」

 

 

 空気が押し出される音、僕の視界は一瞬で真っ暗闇。身動きは、首ががっちりとロックされて取れない

 

 甘い匂い、ボディーソープの匂いがする温めの空気をいっぱいに吸った。

 

 

「……すぅ、ぁ……あぁ」

 

 

 いけないとはわかっている。けど、それも僕はこの柔らかさの奥で呼吸を繰り返す。暖かい夢心地、けど肺に入れれば入れるほど心が切なくなる

 

 

「……いけない子、ね」

 

「ぁ……ばららいかさん」

 

「おはよう、ケイティ……あら、あなたこんなに幼かったかしら」

 

 くしゅり、ふわり、言葉をかけならその手は僕の頭や耳の裏に

 

 やさしく、櫛をかけるように指でやさしくなでる

 

「……ん」

 

「あら、ここがいいのね……どう、気持ちいかしら」

 

 くしゅくしゅ、音が鳴る。気持ちのいい音

 

 グルーミングの心地よさ、そして髪をかく手の動きがより柔らかさへと顔を招く。

 

 

……動けない、いや……もう、動きたくない

 

 

「さん……バラライカさん…………だめ、ほんとよくないのに……ぼく、いけないこと」

 

「ええ、とてもいけないことね。けど、いいのよ。私がしたいから、だからいいの…………ぁ、暖かいわねあなた。それに、いい匂いよ」

 

「……よく、ないですよぉ」

 

「なら抵抗しなさい……いいわ、私の胸から離れたいのなら」

 

「うぅ……いじわる」

 

「あら、知らなかったかしら?」

 

 くすくすと笑って、また手のひらが頭をやさしくなで続ける。

 

 額の上、吐息が頭に当たっている。バラライカさんの声も、生々しいぐらいに密着して

 

「————ッ」

 

「いい子ね、おとなしく甘えられるのは美徳よ……あら、また寝てしまいそうね。子守唄でも歌ってほしいのかしら」

 

 からかうように、しかしやさしい声色でつめよる。

 

「……うぅ」

 

 暖かい、腕に抱かれて胸で受け止められて、逃げ場はどこにもない

 

 心も幼く帰ってしまう。眠りに落ちて、きっと僕は愛でられ続けると思うと余計に心が揺らぐ。想定外だ、バラライカさんがこうも積極的で、けどこんなこともうやめないと

 

 

「……子守唄は、いかが?」

 

 

 ささやく声、艶色を載せて耳元に吹きかけられる

 

 

 

「ひゃ……うぅ」

 

 

 

「ごめんなさいね、けど安心していいわ。こんなこと、そう繰り返したりしないもの。あなたも恥ずかしいようだし、今日だけ、今だけ。だから安心しなさい」

 

 

「……ほんとう、ですか」

 

 

「ええ、子ども扱いは嫌なのよね。大丈夫、だから今だけは甘えていいの……バユシキバユ、でいいかしら」

 

 

 バユシキバユ、確かロシアの伝統的な子守唄

 

 抱きしめられて、子守唄を聞かされながら二度寝。よくないとはわかっていても、こうも追い詰められては逆らえない甘美な誘惑

 

 

 

……今日だけっていうなら、もう

 

 

 

「わかり、ました……じゃあ、今は」

 

 

「ケイティ、いい子ね」

 

 

「い、いまだけ……うぅ、こんなこと今日だけなんですから」

 

 

 

「ええ、もちろん」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

~現在~

 

 

 

 

 

 

 とある日、何でもない日、だけど見上げた天井は知っているものだけど違う。

 

 張さんが昔話を語りながらとんこつラーメンを召して、それからすぐ何故かバラライカさんに誘いを受けて食事とお酒を楽しんで

 

「……で、酔いつぶれた僕はまたこの部屋で」

 

「あら、起きたのね寝坊助さん。コーヒーはいかが」

 

「そして、当たり前のようにバラライカさんがいて……あぁ、またですか」

 

 何度見た光景か、夢で初めて部屋に誘われた日の事を思い出したお陰で改めて気づかされる

 

 バラライカさんは嘘つきだ。今日だけ、その今日はこれで何回目だ

 

「……かわいいから、いいじゃない」

 

「よくないですよ。ぼく、可愛がられてばっかりで、全然男らしくないですよ。……これでも二十歳なのに」

 

「ケイティ、冗談ならあとにしなさい……さ、エレメンタリースクールの準備をしないと」

 

「そのからかい文句、何回も聞かされました」

 

「あら、そうだったかしら」

 

 可笑しいわねと、くすりくすりと微笑んで

 

 こういうふうに、あどけなく笑うバラライカさんが見られるのは、少しだけ特権に思える。

 

「……でも」

 

 冷静になって、酔いの気も覚めている今、やっぱり良くないと考える。

 もう少し、僕はこの人に対してかっこいいと見られたい。せめて、男として認識して欲しい

 

「ケイティ、砂糖とミルクは?」

 

「……両方、それと」

 

「?」

 

「……そろそろ、服を着てください」

 

 目を背ける。今のバラライカさんは無防備が過ぎる。シャワーから上がってすぐなのだろうが、だからとはいえ

 

「……お嫌いかしら?」

 

「こ、コメントは控えさせて」

 

「ダメよ、嘘は許さない」

 

 近付き、上から見下ろして圧をかけて、怖い笑みを見せてくる。

 

 扇情的な下着姿、ほほが暑くなって息もしづらい

 

「……気にしないでいいわ。ここには、あなたと私だけよ」

 

「うぅ、絶対わかっててやってるッ」

 

 近い、顔も近ければそれも近い

 

 赤の派手な下着一枚、タオル一枚首にかけて胸を辛うじて隠している姿。傷があろうと異性の裸には変わりなく、そしてこの世でもっとも艶やかな肢体である。

 

 異性として認識されていないのか、からかってか、おそらくは両方か

 

 朝ゆえの辛さ、どうしてそれをわかってくれないのか

 

「……ケイティ、顔色が悪いわ。また、包んであげましょうか?顔か、それともその毛布の下の……好きな方を選ばせてア・ゲ・ル」

 

「結構です……ほんとうに、結構ですッ」

 

 

 あら残念と、わざとらしく残念がるバラライカさんはどこまでも魔性だ。

 

 いけない、この人の甘い扱いは本当に危険だ。身をもって実感しているからこそ断言できる。

 

 

……ほんとうに、どうしてこうなったのか

 

 

「……甘やかしすぎです。バラライカさんは僕をダメ人間にしたいんですか?」

 

「ふふ、それもいいかもね」

 

「やめてください。別に、全部が全部嫌って訳じゃないですけど……でも、やっぱり過剰です」

 

 そうだ、ここでしっかり言わないと。

 

 頼れる大人になるため、立派に自立した人間になるためにもストイックにならないと

 

 

……僕だって男なんだから。それをわかってもらわないと

 

 

「……バラライカさん!」

 

「?」

 

「その、僕も男です。だから、女性に頼ってばっかりじゃダメだと思うんです」

 

 おそるおそる、伺いながら言葉を

 

 聞き耳は立ててくれているようで、そのまま続けて話す

 

「僕、もっとかっこいい男になりたい……それこそ、かっこよくて堂々としていて、粋な伊達男に」

 

「……例えば?」

 

「それは、それは…………」

 

 

 しっかり目を見て、そして息を整えてはっきり力強く

 

 僕が憧れる人、この街で一番尊敬する人。意地悪でからかわれてばかり、けれどその粋な出で立ちには心底震える

 

 

「もちろん、張維新!! 張の兄貴のように僕も……」

 

 

……パリンッ!!

 

 

 

「かっこうよく……て、あれ、バラライカさん? なんで近づいてって、へ!? どうして掴んでッ……あ、押し倒し!? あ、あの! ひゃ!?…………ん、んんンンンッ!!?!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……コンコン

 

 

「いいぞ、入れ軍曹」

 

 

 

「は! 大尉、ブリーフィングの時間ですのでお呼びに参りました…………その、そこにいるのは」

 

「ええ、ケイティよ……寝坊助さんだから、まだ目覚めないようなの」

 

「……はぁ」

 

 生返事のような返し、失礼といわれても仕方ないものだがそう反応してしまうのも無理なし。

 

 ボリスの視界に映るのは二人、一人はベッドで奇妙なぐらい静かに眠るケイティ。そして、妙に肌艶が良く少し機嫌が良くなって、まるで何かしらのストレス解消をしたあとのような自分の上司の姿

 

 ふと、鼻腔によぎるのは清涼な香料の匂い。濃く鼻につくそれは、まるで何かの痕跡を消し去るために撒かれたような

 

 

「…………ッ」

 

 冷や汗を堪える。平常を保って、バラライカに悟られないようにボリスは立っている

 

「軍曹、用意は出来ている。行くぞ」

 

「……は!」

 

 バラライカに促され、ボリスは共に部屋から離れる。ただ少し、頭の奥に先の疑問を続けたまま

 

 部屋でケイティはまるでスリーピングビューティーのごとく深い眠りに落ちていた。姫を眠りに落とした悪い魔女がいるのなら、それはおそらく

 

「…………ッ」

 

 口が割けても言えない正解、ボリスは喉奥へ答えを流し込んだ。 

 

 二人の関係を感づいているものの、ボリスに干渉する権限もましてや意思すらない。ただ見守るのみ。主にケイティの方を

 

 

 敬愛する上官のためにもこの関係は続けてもらわねば、そう思いボリスは

 

 

……がんばれ、強く生きるのだ少年

 

 

 せめてものエールをと、心のなかで深く敬意を称して礼を送るボリスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以上、バラライカ×ケイティの幕間劇でござい

感想・評価等頂けると幸い、反応が知れると今後の為になります。

次回、予定通り新しくラーメンを提供します。にんにくいれますか?

二郎系いいよね、夢を語れ大好き


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