麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
中華ドレスのスリットから覗く生足は世界で一番美しい生足、異論は認める
ラーメン屋とお酒は縁深いものだ。古来より、飲んだ後の締めに食べるものはラーメンだと、そう声高に決めているのは僕の国の良い文化である
そんな僕の店では時折締めの一杯のラーメンを裏メニューとして提供することがある。この裏メニュー、本当は店で売るには簡素でまず本日のラーメンにはならないものなのだけど、とある事があってかその拉麺を売ることになって、そして一人のお客さんはその拉麺を楽しみに僕の店へ足を運ぶようになった。
常連の名はシェンホアさん。これは彼女がお気に入りの一杯と巡り合った話
〇
とある日のことだ。いつものごとく仕入れ業者から豚骨を注文しようとしたところ、来るはずの業者の代わりにスリットがセクシーなチャイナドレスのお姉さんがトランクケース持参で
……やあや、遅れました遅れました 頼まれてた豚の骨、ここでよろしいないか?」
……くぁwせdrftgyふじこlp※※※※×※××※ッ!?!?!?!?!
とまあ、明らかに何か知らん勘違い+犯罪臭が立ち返るイベントが起こってしまった。
……違います
……やや、それはおかしいです……ちょっと電話借りるよろしい?
こんな出会いから始まって、なんだかんだと縁が出来た人がいる。名はシェンホアさん、職業は主に殺し全般
張さんとも深い仲であるから、そんな縁もあって街で見かければ挨拶をするし夜店でご飯を食べていてばったり出会えば席を合わせもする。
だから今日も
× × ×
「……ヒック、夏も近づく八十八夜、野にも山にも若葉が茂る……お、あれに見えるは若茶じゃないか、早く摘むしないと婆様に尻を叩かれマス」
「お水、飲みますか」
「お、茶摘みの合間に飲む水は最高ね……唉呀、武夷岩茶が透明よ」
「ただのお冷です」
「ヒック、冗談ね。酔っ払いの話真に受けるの良くないヨ……ふふ、可愛い坊やたぶらかされちゃロシア人が黙ってないね、多一事不如少一事」
流ちょうな中国語、意味は知らないがロシア人の話で良くこの言い回しをしているから覚えてしまった。触らぬ神に祟りなし、トラブルは少ない方がいいと言っている。
「気持ちよく酔ってますね、いいことがあったようで」
「あったですよ、いいこと……サクッと刃が入ったからスムーズに仕事片付いたネ。背骨の関節からぷっつん、上半身と下半身分けましたからスーツケースにも収まりよくデシタ。何事もコンパクトが一番ね」
「……聞かなかったことにします」
食材のある場所で想像したくない。なまじ豚骨の解体する立場だから変な想像と知識を植え込まないで欲しい。イメージできてしまうから
けど、しかしまあ随分と気持ちよくなっておられる。ヒック、エップ、気持ち良く酔ってふらふらと、シェンホアさんは上機嫌でカウンターに肘をついている。整然と美しく舞う死の舞踏家のごとき彼女もオフであればこうもだらしなくなるものか
道でふらふら陽気に歩く彼女はこの街では格好の獲物にみえるだろうが、ここまで店に来る道中一切襲われていないのはきっと背に背負った二対の青龍刀のおかげだろう。鞘に収まっているとはいえ匂うものは匂う。血の匂い、死の匂いだ
「飲みすぎでは?」
「今日はもうオフね、あんまり口うるさいと舌取るマス」
「物騒に言わないでください。あと短刀も仕舞ってください。ここじゃ武器は禁止です」
箸を持つようにくるくると手の中で弄ぶ黒い刃物、気を良くしているとはいえ達人である彼女はすっぽ抜けるなんてことは無いと思うけど、それでも目のまえで刃物を向けられるのは落ち着かない
「……何しに来たのですか?」
改めて、今更な質問をする。もう店の扉にはクローズの看板を掲げているのに、この人はふらっと入ってきてそして茶を頼んできたのだ
ここでは珍しい陶器の湯のみで緑茶を飲む姿は、チャイナドレスと相まって様になる。茶を飲み駄弁るならそれでいいが
「あぁ、もちろんご飯食べに来たネ。お前さんの日式拉麺は不思議と口に合うのヨ、酔っててもお金はちゃんと払うマス……ケイティ、おしぼりくださいナ」
「……」
手渡した暖かいおしぼりでシェンホワさんは手を拭く。使い捨てだから、それで口紅を落とした。薄ピンクの、潤った綺麗な唇にはドキッとなったけど、そういうのは見慣れてしまっているからすぐに気を落ち着かせる。
拉麺を頼む、そういうシェンホアさんの願いは別に困ることじゃない。だけど
「……ないです」
「诶?」
「スープ切れです。具もタレも残ってないです」
「……」
「いやあ、今日のラーメンは良く売れましてね……上質な鳥が入荷で来たから結構贅沢に作ったんですよ。
今日のラーメンは鳥白湯の醤油ラーメン、上質な丸鶏を仕入れて鶏づくしなラーメンを作った。以前、バラライカさんの為に鳥出汁でラーメンを作った時とは逆、あっちが淡麗ならこっちは濃厚だ
濃厚な白湯スープに、魚介系は入れず各種香味野菜と干しシイタケの出汁とスープはシンプル。
塩ラーメンという手もあったけど濃厚な味に塩ダレではいささかパンチに欠けるし、とはいえそのまま醤油ダレを使えば濃い風味に濃い風味で少し野暮だ。だからタレは昆布ベースの塩ダレにザラメと薄口醤油で割って特製の淡い醤油ダレを作った。鳥のスープを微かに引き立てる醤油の風味、だからスープも茶褐色になっていないから見た目もよく美しい。
「…………」
「具もこだわったんですよね」
自慢げに語る、なんだか楽しくなってきた。
普通なら具は豚肉チャーシューやメンマといったものだが、今回は鶏もも肉のローストに、ボンジリや砂肝に心臓に手羽先等をじっくり炭火で焼いた各種焼き鳥、そして同じく炭火で焼いた白ネギ。歯ごたえ合ってボリュームもある具材、だけど狙いは口中調味である
麺をすすり、スープを飲むだけで味は完結しない。鶏モモのローストのジューシーなうま味、ボンジリの脂の甘み、心臓と砂肝と長ネギのメリハリある食感。
炭火で焼き上げている具材は立ち上るスープの風味に香ばしさを加えもする。具も含めてラーメンはラーメン足り得る。我ながら非凡な発想であると思うが、出どころは師匠の教えであるからあまり出しゃばってはいけない
とにかく、鶏の味わいを広く味わえる逸品に客受けは絶大。日替わりラーメンは多く提供してきたが今回は大当たりだった。なのでこの夜の営業も少し早めに終わってしまったわけで
「というわけで、今日はもう店じまいです。お茶ぐらいは出しますけど、お腹が減っているのならまた今度に」
「………………」
「?」
どうしたのか、シェンホアさんと声をかけようとしたその時
……ググ
「は?」
声を遮る低音が部屋に響いた。その音、料理人であるなら聞き覚えはそれなりにある故にすぐ理解
空腹を告げる鐘時、だけどその音色は人に聞かれるにはとても恥ずかしい音色だ。それも、女性が発するものであればなおさら
「……ぁ」
気まずく、そっと声をかけるべきか逡巡。俯いているシェンホアさんがどんな顔をしているか、想像するのは怖い
「……ケイティ」
「はいッ」
「怒ってないですだよ、けど……あぁ」
冷えつく表情、前髪で隠れた顔半分にどんな般若が隠れているか、身が竦み腹の奥がきゅっとなる。情けない粗相だけはしたくない
酒も程よく抜けて、腹も好く頃合いだ。飯テロの罪は重いということか
背中に冷や汗を貯めて、殺意のような何かに震えながら思考を回す。そして編み出した解答は
「あ、ありあわせですけど……夜食のラーメン、ご相伴預かりますでしょうか」
恐る恐る聞いてみる。服のスリッドのホルスターに収めた短刀、そこに触れている手がゆっくりと
「……ッ」
「……頼みます」
「!」
ゆっくりと、離れてテーブルの上に。両肘をつく顔の前で合わせてどこぞの会議で圧をかける上役みたいに重く口を開いた
「頼みます、けど……まずかったらお仕置きヨ」
「……ちなみに、どんな」
「お前さん、尻の皮が綺麗って聞いたね……小物のバッグを作ってもよいないな?」
冗談とも本気とも受け取りがたい冷えつく台詞、とっさに両の尻を庇って鷲掴んでしまった
……ありあわせ、でもどうしようか
スープもないし具もないしタレもない、あるのは麺ぐらいか
頭を回せ、あるモノはある。そう言えばこの前調べたあの料理、あの食材、いや
あの飲み物で、締めのラーメンを作ることは
「……よしっ」
次回の投稿は明日か明後日に、まだ続きます
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