麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
~現在~
二郎系を廃止して数日、今は変わらず本日のラーメンを売りさばいている頃。腰の痛みを我慢して、どうにか営業を続けている僕の店に最後の客は二人、二人とも女性だ
一人はゴスロリの服を着た見るからに病んでそうな人。人口声帯で機械的な声で喋る彼女はソーヤさん
そして、その隣に
「ヤアヤ、遅くなった遅くなった……ヒック、まだ灯ついてるならよろしいナ?」
「シェンホアさん」
黒髪に切れ目のお姉さん、中国人らしいスリット付きの白服は扇情的でありながら凛々しく品がある。立ち振る舞い、化粧、ハイヒールといったそれらに細かく気が回っている。
殺し屋でありながら、粗雑な見た目を良しとしないのはこの人の性格なのだろう。気持ちよく酔いが回っているがふらつく様な足取りは無い
カウンターに静かに座して、慣れた手つきで口紅を落とす。紙のおしぼりで紅をわざわざ落とすのは、当然ここで食事をするため
シェンホアさんには日本食はどうも合わないはず。普通の食事ならともかく、日本的なもの、茶漬けの様にご飯にお茶をかけて食べる文化なんて向こうにはないから。だから、忌避感を覚えてしかたないはず
だけど、それはあの時より以前。すっかり、シェンホアさんは緑茶にもなれてしまった。だからこうしてよく足を運ぶ
「すぐに用意します」
「オーケーよ」
簡単な返事、出したお冷をちびちびと含みながらソーヤさんと駄弁っている。
僕が持つ緑茶の袋にも一切疑問を浮かべず、そのまま看過するあたりもう違和感は無いのだろう。料理に茶を使うことに
そう、僕の手には急須がある。そして用意した緑茶は日本から取り寄せた既製品、けど質のいい京都産だから問題ない。
あの時と同じ、スープも具もタレは無いけど、ラーメンは作ることはできるのだ
まず、緑茶を入れる時間に合わせて麺を茹ではじめ、そして具はこれまた既製品のフライドオニオン、塩昆布、シジミの佃煮
ドンブリ皿には少量のごま油を垂らし、湯がいた麺と絡めてその上に具材を乗せる
塩味は塩昆布で、トレイにどんぶり、小皿に盛られた塩昆布、そして急須には緑茶、これでもうオーケーだ。
締めのラーメン、名付けて茶漬け風緑茶ラーメン
安易な名前とか、ゲテモノかなとか言ってはいけない、これが無ければ僕の尻の皮は今頃シェンホアさんに剥がれていたかもなのだから
× × ×
『で、シェンホアはケイティの尻をどうしたの……あまってるなら頂戴ね、可愛いお尻だから私も見てみたい』
「……ソーヤさん、本人の目のまえで怖いことやめてください」
『ごめんなさいね、でも可愛いから見てみたいかも……こんど、うちの屠殺場に来るといいわ』
「はぎ取る気ですか? 鳥皮かなんかじゃないんですよ!?」
さえずるケイティの甲高い声、尻を抑える姿には愛嬌しか感じない
本人はコンプレックスな安産型の桃尻だと揶揄されるそれ、シェンホアはそれを弄るのが癖になっている
「……ズル」
ソーヤとケイティの会話およそに、シェンホアは茶漬けラーメンをすする。緑茶の風味はさわやかで、そして口に運べばそれはうま味豊かなスープである
茶と一緒に麺をすする、そんなものがどうしてこれほど美味なのか、改めて不思議でならない。だが、飲みの後に食するこれは実に染み渡る味だ。
文化の違い、そんなものは些事に思える程度には、この料理は美味なのだから
「……ホ」
暖かい緑茶スープに息が出る。酒で失いがちな水分と塩分、そしてこの小さなむき身の貝から感じる滋味深いうま味。
フライドオニオンとごま油で適度にこってり感もありながら、体に障る要素はほぼ感じさせない。
日本の緑茶、そのフレッシュな風味と苦み、そして甘みとうま味、飲み物であるはずの茶が塩身と油分で極上の淡いスープに変わっている。
そういえば、初めて食した時にケイティが言っていた。茶にはうま味成分がいっぱいに含まれているとか。つまり茶を野菜と考えて、淹れた茶も野菜の出汁と考えれば確かに納得は得られる
茶漬けも、このラーメンも、決してゲテモノなんかではない素晴らしい日本食である。偏見を捨てて、今はそう受け取っている
「……いかがですか?」
「!」
食べ終えたと同時に、湯のみにそそがれた薄めのお茶。シェンホアはそれを受け取り、そして良く冷えた温度に心遣いを感じた。
「谢谢」
「それはなにより」
火照った口内と腹の熱を冷ます。味の余韻を苦みと冷たさで洗い流す。
紹興酒、蒸留酒、高いアルコールで毒された臓腑が清められていることをシェンホアは感じ取った。普通の人間ならまず感じるようなものかと思うが、そこは武の達人であるからだろう
「……ごちそうになりました、けどすっかり酔いがさめてしまったヨ」
「酔い覚ましですからね。あ、お茶のお代わりはいります?」
「ええ、頂きマス」
湯のみを差し出して、ケイティがお茶を入れる。見た目の愛らしい少年の入れるお茶、どこかそう言ったサービスとも思えなくもない
酔いが覚めていく。美味な味を終えて、今は茶のカフェインで気も和やかに
「今度、時間開いているなら」
「?」
「日本の茶を堪能させてもらいました。なら、今度は中国式の茶でお返しするヨ」
月餅でも買って、茶は烏龍の武夷岩茶。威厳ある年上のお姉さんとして、この愛らしい少年と和やかな一時を過ごしてみたい、そう思う程度にシェンホアは欲を自覚している
飯も旨い、性格も見た目もかわいらしい。手元に置いておきたくなるこの少年に女として魅了されるのは無理ない事。そう思うと、不思議と笑みがこぼれて頬がつり上がる
「……ロシア人が好くわけネ、お前さん男娼でもした方がヨイないか?」
「いえ、もうこりごりです」
「おや、経験あったか?」
「無理やりです、無理やり……お酌とかだけで、けっしてそう言うことはしてないです。興味もないですから、からッ!」
「無理に否定すると怪しいデスヨ……ま、苦労人ってことね」
〇
時刻は12時、夜の街であるこの場所ではまだ全然静まり返らない時間だ。
今度こそ店の火を落として、クローズの看板に変える。ビルのすぐ隣の非常階段で三階に上って私室に戻るから明かりも消した。
「おや、お前さんもどこか出かけるカ?」
「あ、送って行こうかと」
「そんなことしないでよろしい。それに、お前さん腰痛いままじゃなかったか」
「……まあ、それは」
「ふぅ、日本人はお人好し聞いた、お前さんは特にネ……ちょっと」
「?」
ふと、二歩三歩と近づいて何をするかと思えば
『シェンホア、大胆ね』
「!」
気づけば、顔に押し付けられるたわわな感触。声をあげる前に両腕が僕の体に巻き付いて
そのまままさぐるように、背中からお尻に当たりに指先が
「―——―ッ!?」
「暴れるないね、えっと……ここね、ここ」
ぐいっと、いきなり両の手が両尻をガシッと掴んで、というか結構痛い。骨が、骨盤あたりがグラグラと
……まさか、暗殺!
「違うね、何思ってるか知りませんデス……けど、ホッ!」
掛け声と同時に、力がこもる、それはもう路地に響き渡るぐらい大きな音が鳴った。ように感じるぐらい、骨がぐいっと
「!?」
拘束が外れて、僕は飛びのくように離れた。後ろに後ずさって、何かと自分で尻に触れて
「もう、腰は大丈夫か?」
「へ、ぁ……あれ、痛くない? なんで、何したのッ? ていうか僕、今骨すごい音」
混乱が収まらない。試しに数度跳ねてみたが痛みどころか爽快な感覚しかない。いまならスパイスガールもスリラーもなんだって踊れそうだ
「じゃ、体は大事にネ」
『お元気で』
「へ、あぁ……はい、さようなら」
去っていく二人の背中に手を振る。とにかく、シェンホアさんなりに気を使ってくれたということだろうか。しかし、だとしてもいきなりあんなこと
……良い匂いした、お尻触られるのってあんなドキドキするんだ
どぎまぎする思いを一方的に植え付けられて、どこか締りの悪い終わり方だ。
けど、これでもう営業は終わり思うことはあれど、今は感謝を胸に一日を終えること、それでいいはず
「……はぁ、もう寝よう」
汗もかいた、風呂でも浴びて、耳かきして眠って、それで
……ジリリリリ
「…………」
携帯が鳴っている。こんな時間にかけてくる相手といえば、僕には一人しか思いつかない
というか、最近買ったばかりのこれは、あの人が僕を呼びたてるために買い与えたものだから、まだ番号自体広めてもいないし
けどまあ、まずは画面を開いてみれば
……call from Jane Doe
ジェーンドゥ、念のためにとあの人が指定した名前だ。もはや確定事項、すでにベルは四度目になるから急いで出た
「……バラライカさん、ですか」
『ケイティ、今空いてるかしら』
「12時です、子供は寝る時間ですのね」
『すぐ迎えをやるわ。寝る場所は安心しなさい、ベッドは大きいから』
「……」
確定事項、拒否権は無い。そんなバラライカさん流な会話に僕は不安を、いやもう出る前からすでに抱いた不安に確認を取る。
質問を考えて、けどその前にバラライカさんの方から
『ラーメン・オブ・ジロースタイル、随分と盛況だったみたいね』
「…………」
『沈黙は肯定と受け取るわ。もう、あなたの一杯で街が騒然とするものだから、びっくりするよりも呆れちゃったわ。葉巻、減らすつもりだったけどしばらくは無理ね』
「ストレスだった、ということですね。もしかしなくても、僕がお困りにさせたようですね…………怒ってます?かなり?」
恐る恐る聞いてみて、そしてすぐ咳払いをしてから
「夜会に変な話を持ち込むわ、馬糞男のニンニク臭い香りに鼻が曲がるわ……ええ、ちょっと街を臭くし過ぎたわね。ケイティ、ほんとよくやってくれたわ……ね」
愛嬌を込めたイントネーション、しかし聞く側としてはガクブルだ。治った腰がまたいわしかねない。精神的なショックでがっくりと折れそうだ
「説教ですか、お仕置きですか……それとも」
「お楽しみは取っておきなさい……もう、着いたから」
「!」
急に声の位置が変わると思えば、そこからはいつものごとくすごい力で引き込まれて、そして上下もわからないままに狭い空間へ放り込まれて、そして着地、というか確保
「本当に、あなたは私の神経を逆なでさせる子ね」
「……ァ」
こんばんわと、のんきな言葉で挨拶をしてくる。まじかな距離でだ
頭と背中が抱きかかえられて、座るバラライカさんの顔を横目に見上げる態勢。足元で扉がバンっと強く締まり、そしてすぐ車が発進する
「ケイティ、お座り」
「……はい」
飼い犬よろしく、言われるままに姿勢を直して座る。少し距離を開けて座ったけど、バラライカさんはそのままこっちに迫って身をくっつける。
右太ももに置いた左手、力は込められていないけど、決して逃がさないという意思がこもっているそれは決して外れない楔だ。
まず間違いなく、機嫌を損ねていると理解した。
「……あ、の……他にも、何かしましたか?」
尋ねてみる、もしや癇に障ることをしたのかと。けどバラライカさんは表情を一切変えず、そのまま柔和に微笑んで
「腰、良くなったようね」
「……え、えぇ」
「けど、匂いがついちゃってるわ……上書きしておかないと、ね」
「?」
上書き、一体どんな意味か。言葉の意味を問うてみようとするけど、その前に車が停止。
ホテルモスクワの本部はそう遠くない。結局、意図を聞く前に僕は部屋へと招かれ、いや連行されるのだった
……ほんと、何でこんな目に、バラライカさんなんで怒ってるの?なんで??
感想・評価を新しくいただき谢谢。シェンオアのキャラうまくつかめているか難しでした、けどなんとか最後は甘いオチに持っていけてよかったデス。
ですがまあその結果は、次回をお楽しみに
また幕間劇書きます。締めの逸品のあとにもデザート、バラライカとケイティの無駄に甘い日常をご堪能ください
耳かきっていいよね、膝枕いいよね
つまり次回はそういうことデスダヨ