麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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男の娘シスター、ヨランダの趣味






(28) シエスタの午後

 

 

 

 古い教会、建てられたのは第一次世界大戦ぐらいか

 

 礼拝堂や食堂、それと各種教会関係者が使う部屋等々に、掃除する場所は山ほどある。見習いのリカルドさんをはじめ、教会の方々と一緒に僕は箒や雑巾をもっていっちにっさんし、汗を流して爽やかな時間を過ごしている

 

 

「ケイティちゃん、そこ変わるよ」

 

 

「……あ、ありがとうございます」

 

 

 脚立をもって、高い所を拭こうとした僕にリカルドさんは声をかけた。褐色肌に黒髪、爽やかな出で立ちと振る舞いは好感触。ただし、僕に対して妙に気を使い過ぎる

 

 ボランティアを買って出たのだから、少しはこき使ってくれても構わないのに

 

「ここはいいよ、それより君の得意な掃除の方をお願いしたいな」

 

「でも」

 

「まあまあ、ここは俺に任せてよ。力仕事はこの俺にお任せあれ

 

「……じゃあ、厨房の方の掃除に行きますね」

 

 

 ぺこりと例をして僕はその場を後に、リカルドさんは手を振って上機嫌だ。

 

 でも、名前を呼ぶときのちゃんづけ、それが妙に引っかかる。エダさん、もしかして性別のこと伝えてないのかも

 

 勘違いされたままというのも捨て置けないけど、でも面と向かって告げるのもなんだか恥ずかしい。ロックさんにも未だに言えてないし

 

 今さらだけど、自分の容姿が普通じゃないことが悩ましい

 

「…………うん」

 

 とことこ歩く廊下、ふと立ち止まった僕は視線を横に、そこには置き場所に困って雑に置かれたのか姿鏡がある。

 と言ってもそこまで大きくない、僕ぐらいの低身長には、案外ちょうどいいぐらいのだ

 

 そして、そんな鏡に映るのは、今朝用意をして私服に着替えた僕の姿、ではなく

 

 以前、ヨランダさんに貸し与えられた教会での正装。僕に合う唯一のサイズ、それは

 

 

 

 

……この格好、やっぱり慣れないなぁ

 

 

 

 

 淡い青を基調とした修道服、完全な女物のそれは丈も短くて足も膝から下が出てしまっている。

 

 本当に教会においてある服かと聞いたけど、ヨランダさんはたまたまそれしかなかったとの一点張り

 

 ヨランダさん、普段がどうかは知らないけどよく僕に優しく話しかけてくれる良いおばあちゃんだから、変なことは考えていないだろうと思う

 

 

 

……足が出てるから動きやすいし、まあ問題は無いんだけど

 

 

 

 前職のおかげか、女性物の服装にはあまり抵抗感がない。むしろ、ちゃんと布地がしっかりしている分こちらの方がましかもだ。服の隙間から死に物狂いで胸を覗こうとする変態も防げる布地の量、これは本当に大事だ

 

 まあとにかく、修道服を着ていようと見た目なんて関係ないのだ。掃除に必要なのは根気と丁寧さ、僕は僕らしくあればいい

 

「よし、がんばろう」

 

 気を切り替えて颯爽厨房へ向かう。ヨランダさんからは午前中だけでいいと言われているボランティア、でもやるならちゃんときっちり綺麗にしたい

 厨房は料理人の戦場、腕前にかけて最高に綺麗な厨房にしてびっくりさせたいと僕は意気込む。

 

 だって、そのあとには最高のご褒美が待ってるから

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

Side~エダ

 

 

 

 

 

 

 

 クソ面倒くさい掃除、そこに手をあげたあいつはやはり奇妙な人間だ

 

 前日、電話でケイティから連絡を受けた。直前まで仕事をしていたせいか、アタシは私の状態で電話に応対した

 

 けれど、そんな私に違和感も口にせず平然とケイティはこう返した

 

 

 

……ああ、きょうはそっちなんですね。すみません、お電話に出させてご迷惑でしたか?

 

 

 

 さも、口調が違うのが当然のようにケイティは言った。そう、ケイティはアタシの一人称が私でもあることを知っている。

 

 古い、少し古い話。といっても年を跨ぎはしない。何月か前になる話のこと。私がアタシで、アタシが私である、そんな二重の生き方をしていることを見抜かれた日のことだ

 エダ、その名前の裏にあるアメリカCIAの職員としての自分、そこのことを知っているわけでは当然ない。親しむ中とはいえ、そんな重要なことを酒の場で漏らすチンピラのような愚かさを見せたりはしない

 

 だが、それでもケイティは見抜いてきた。

 

 シスター・エダが隠す、ここロアナプラの裏側に立つ悍ましい顔を、その人格を知ることになった

 

 だが。問題はそこじゃない。私の時のアタシがあることを知って、ケイティが今平然と生きていること。

 そして、アタシにとって私にとって、このロアナプラに生きる奇妙な少年との関係性、最も疑問を浮かべる箇所があるならそこが一番のテーマだ

 

 シスター・エダとケイティの関係性、そのなれそめ、それが無ければ少なくとも今の、自分は無い

 

 人には言えないこと、誰にも打ち明けることもない、内側に出来た苦しみ。それを払ったのは、たった一杯のラーメンなる料理であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 風が吹く、風が吹いて、そして潮騒の音が足元で叫んでいる

 

 昼食を終えて、何もなくふらふらと敷地内を歩いて、そしてここに坐した。ここ、教会は岬の上に立つ建物、その外周に、ちょうど建物の陰になって、且つ風が強く吹き続けず、且つ快晴でも気温がちょうどよくなる場所がある

 仕事をサボるにもちょうどいい。モクを隠れてやるのも一興

 

 敷地内の隠れた憩いの場。しかし、そこには先約がいた

 

 

「ケイティ、おまえなにしてんだ?」

 

 

「…………」

 

 

 エダの見下ろす先、建物と木陰でできた涼しげな場所、そこにランチマットをしいてのんきに昼寝をしている見習いシスターがいる

 見習い、そう付けるのは背丈が小さいから。子供が修道服を着て遊んでいて、そのまま疲れて眠りこけている、そんな印象が感じられる

 

 

 

「……ん、はぅ……ばりゃりゃいかしゃん、もっとやさしく」

 

 

 

「たく、なんつう寝言ぼやいてんだ」

 

 

 

 いっそ録音してパパラッチにでもばらまけばニューヨークタイムズの良い表紙になることだろう。まあ、そうなれば世界は三次大戦で火の海になること間違いなし。魔が差すことはありえない

 

 

 

「うにゅ、だめれすよぉ……そこ、びんかんだからぁ、いひひ」

 

 

 

「あぁ、だめだ。聞いてらんねぇ……おら、目え覚ましな」

 

 

 

「……ふゅ、ぬがッ」

 

 

 

 エダはケイティの鼻を指先で押し潰す。息苦しさで即目を覚ますケイティ、そしてむず痒いのか盛大にその場でくしゃみをした。

 

「な、なにするでふか……んんッ、もうエダさんのいじわる」

 

「知るか、核ミサイルの発射番号並みの危険情報撒き散らしやがって、お前さんの責任さ」

 

「……なに、言ってるのですか?」

 

「わからねえならそんでいいんだよ。ほら、それよりもお前」

 

「ん……あの、これ」

 

 ケイティに押し付けられたのは三枚の100ドル札、手に取りつかんで良く見てみても、それはただのお札だ。偽札みたいな犯罪臭もしない、ただのお金だ

 

 

「給金だよ、黙って受け取りな」

 

「……ボランティアですよ」

 

「そんなもん、この街には存在しない言葉だよ。それと伝言、そっちがその気でもこっちは必ず銭を持たせてから帰らせるってな。掃除婦として一流と思われてんだよ」

 

「……そう、ですか」

 

 一流、つまりプロの仕事なら代金はあるべき。そんなメッセージを受け取ったケイティはくすりと笑った。

 

 ケイティがお金を仕舞うと、その場で軽く背伸びをする。昼寝の邪魔が入ったせいか、そのまま坐して海を眺め出した。

 

 のんきに、午後のバカンスでもしてるのかと、内心でエダは呆れため息を漏らす

 

 

 

……ほんと、こいつはなんだってこんな

 

 

 

 ヨランダの口車に乗せられて愛らしい女装を身に付けさせられた。その上で、ケイティはのんきに、というか無防備に、建物の裏という人に襲われてしまえば誰も助けが呼べそうにない場所で、こうも無防備に昼寝まで

 

 ダルがらみをする人間出来ていないエダですら、どこか掴みようのないケイティのマイペースさに調子がくるっていた

 

 いっそ、セクハラ発言でもして無理やりからかうべきか、そうとも思ったが妙に手が伸びない

 

 ただ、ケイティの隣に腰掛けて、そしてケイティを視界に入れて同じように海を見ていた。そんな自分自身にはっとなって自覚するも、そのまま思考をぼやけてまた眺めるだけに戻った

 

 がやがや喋らなくていい。荒っぽく振舞わず、ただ自然の音に耳を澄ませる

 

 

「……」

 

 

 風は心地よく、瞼は次第に重さを帯びていく

 

 目の前にはランチマットが敷かれていて、今日の天気は程よく風も強すぎない。木陰で眩しくないから、シエスタにはまさにうってつけである

 

 一度自覚した睡魔に抗う理由、それをエダは見いだせなかった。否、最初から捨て去った

 

「……ぁ、駄目だ」

 

 

「?」

 

 

 

 ケイティはエダを見た。何かボヤいたと思えば、そのままケイティの座るランチマットに身を寄せて、そして肩と肩がくっつき

 

 

 

「……ちょいっと、ご相伴頂くよ」

 

 

「え、ぁ……でも、はみ出てしまいますよ。これ一人用だから」

 

 

「近づきゃあいいんだよ。ほら、もっとこっち来なって。足ははみ出てもいいからさ、それに修道服は作業着だ、汚れても問題ねえから」

 

 

「……はぁ」

 

 

 強引な添い寝、チェック柄のランチマットに二人は向かい合って横になる。エダはサングラスを外して上に置き、そして抱き寄せるようにケイティを胸元に近づけた

「……狭いね、もっとデカいのを買いな」

 

「え、じゃあ今度からはエダさんも一緒にってことですか……二人分、結構大きいの買わないと」

 

「……本気にしやがった」

 

「?」

 

 なんでもねえとぼやいて一蹴、エダは狭いスペースで身をよじり結果ケイティと密着をする体勢を選んだ

 

 二人の修道士が身を寄せ合い、互いに目を閉じている。その光景は仲睦ましい姉妹のようで、また同時に宗教絵の様に神々しさすら感じ得る

 

 

「……エダさんも、眠かったのですね」

 

 

「かもね……とにかくそうさ、そう言うことにしておくさ」

 

 

 軽いあくび、エダはいつもの粗雑な振る舞いは何処へ行ったのか。

 

 

「そうですか」

 

「こちとら不良シスターだ、昼寝なんざ鼻ほじるより簡単だよ」

 

「もう、汚いですよ」

 

「…………」

 

「……あの」

 

「?」

 

「もう少し、そっちによっても良いですか。やっぱり、この服足が寒いです」

 

「……好きにしな」

 

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

……休みの日に、お前さんはほんと何してんだか

 

 

 

……僕は日本人だから、ついつい働き過ぎちゃうから、たまにはダラダラしないと

 

 

 

……身ぐるみはがされても知らねえよ

 

 

 

……だからです。ここ、教会の敷地だから

 

 

 

……教会でも男はいるんだ。あんまし信用すんな、ここは暴力教会なんだ

 

 

 

……はい、だから、ぼくはシスターエダは信用します

 

 

 

……おまえ、本当に変わりもんだね

 

 

 

……知ってます、でもそれが僕のしたいことだから。だから、少なくとも今の僕は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建前も、繕いもない、ただただ無垢なる心で打ち出した本音

 

 

 

……エダさんと一緒に、気持ち良くお昼寝がしたいです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………間抜け、どこまで汚れしらずなんだい」

 

 

 

 

 一人、エダは聞く相手もなくその言葉を発した。

 

 目の前は横転した視界、見下ろす先には修道服のフードが脱げて少し長めの黒髪が特徴な、無防備に眠りに落ちているケイティに視線を向ける。

 

 顔は見えない、それはエダの有する豊満な肉体の性でもあった。寄り添う、くっついてくうくうと息を繰り返すケイティはエダの胸の中で安らかに

 

 ケイティのように改造されていない、モノホンの修道服故に足元まで布地は大きいから、それがちょうどケイティを覆うブランケットのように包み込んで、密着して風が障らないようにケイティの身を守っていた

 

 

「……ぅ、すぅ」

 

 

「もう寝ちまった、働きすぎだよジャパニーズ」

 

 

 そっと、眠りを壊さないようにエダは指先で額に触れた。目を隠す前髪をはらい、そのまま耳の上や後頭部と、髪の毛がするりと無抵抗に指を透過させるからついつい触り続けてしまうのだろうか

 

 

「あたしよりもずっと綺麗な髪だ。女みたいに、壊れちまわないように、守ってやりたくなる」

 

 

 普段から見せているケイティの中性的な出で立ち、そして今はなまじ女性の服装をしているから女性に傾いている。見せる生足は異性の色気を、ほどいたセミロングのヘアーはただのショートカットのあどけない少女としか映らない。

 

 唇さえ、グロスを入れていればもはや男と思う人間はいない。まるで作り物、そうなるべく作られた至極の逸品である

 そう思えばこそ、ロシア人が躍起になってケイティに構う理由も理解できる。陰に聞くバラライカの噂、誰もが口にするのもたばかれるそれだが、不思議と認知されていない。バラライカとケイティの関係を知るのは少数、情報に聡く、また軽率に漏洩しない者に限られる

 

 危険な秘密、ケイティのプライベートには軽率に触れるべからず。それはいつからか成立している不文律だ

 

 

……あのロシア人が躍起になる相手、普通じゃないよお前さんは、本当に

 

 改めて、あの戦争マシーンが人らしい感傷に浸ってしまう人間がいることに驚愕を隠せない。それがエダだけに止まらず知る者全ての総回だ

 

 

 しかし、こうして今見て触れている限り、あのバラライカが魅了されるに至ったのもエダは腑に落ちてしまうもの。

 

 

「……ほんと、おかしな子だね。見ているこっちがまともになっちまいかねない。このままじゃぁ正常位でイっちまう体に戻っちまうっつの、あぁ……どうしてくれるんだぁ、責任取れっての……なあ、ケイティ」

 

 問いかける、だが当然返答はない。

 

 ケイティは無防備に、エダという人間のぬくもりに身を預けている。静かに、聞こえる音は風と潮騒、そして微かに響く寝息の音だけ

 

 

 

「…………ったく、仕方ねぇ」

 

 

 

 髪を撫でる手、それが下に降りて、手の平は背中についた

 

 子守歌はいらない、必要がない。青々しい岬の環境音が、ケイティの耳を心地よく撫でているから

 

 

 

 

 




今回はここまで、次回よりいつもの回想です。

エダとケイティの関係、これまでとは少し毛色が違うのでお楽しみに
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