麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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深夜投稿、眠い


(2) ロアナプラのラーメン屋

 日没、風俗街の電光掲示板に光がともると同時にこの店にも明かりは灯る。

 

 盛況なことに、お客は次々と足を運んで注文は殺到。カウンター席だけでは足りず、外のテーブル席にもあっという間に客は埋め尽くされていく。

 

 変わらない、いつもの営業光景。客とラーメンで視線は往復を繰り返し、文字通り目まぐるしく働く中

 

「いらっしゃ……あ、ダッチさん」

 

「よお、ケイ……またしばらくぶりだぜ。今日は社員一同でごちそうになりに来たんだ」

 

「そうですか、すぐに注文を伺います……少々お待ちを」

 

 

 店に入ってきたのは黒人の偉丈夫、この人は常連ロアナプラで数少ない知り合いの一人、ブラックラグーンのダッチさんだ。苗字は知らない、素性もあまり、だけど仕事はこなせるし腕前も確か、僕とは正反対のナイスガイだってことはいつも痛感している。

 

 

……あんなに筋肉があれば、いやよそう。ないものねだりは不毛だ  

 

 

 考え事に浸る暇はない。調理手間を片付け、用紙を片手に注文を仰ぐ

 

「ラグーン商会の皆さんお久しぶりです。じゃあ、三名のご注文」

 

「ヘイ、ケイティよ……今日は四人だ。おい、ロック」

 

「呼び方……まあ、もういいです。四人ですか、なんです新入りでも入ったんですか?」

 

 新入り、口にしてはやはり違和感を覚える。気難しいとは言わないが、底知れない部分の多いダッチさんが言う新顔とは、一体どんな人物か、自然に興味は湧いてくる。

 

 調理を続けながら、ちらちらと客側を観察、入口の暖簾をくぐり、顔を出したのは黒髪黄色人種の肌。

 もしや、レヴィさんと同じアジア系のアメリカ人なのだろうか。そう思い、慣れた英語でそのまま

 

 

「いらっしゃい、初めましてダッチさんの社員さん。僕のことはケイとお呼びください」

 

 

 

 愛想よく、営業スマイルで顔も認識するより前にあいさつを済ました。眼を見開いていて、情けないことに反応に遅れた

 

 気づくのは、僕のあいさつに対して拍子抜けた返事を返すロックさんの言葉、その言葉が

 

 

 

『……はじめまして、その……ロックです。本名は岡島……って、あぁ今のは忘れて。ロックでいいですよ』

 

 

 

 

「!!」

 

 

 

 言葉が、どう聞いても聞き覚えのある平坦な発音、そう日本語だった。

 

 ようやく気付き終えた。僕が相対しているのは、ローワンさんが言っていた件の人本人だと

 

 

 

『?……あの、最近ラグーン商会に入ったもので、これから顔を見せることも増えると思います。以後、お見知りおきを』

 

 謙遜が過ぎる振る舞い、初対面なのにこの腰の低さ

 

 間違いない。ローワンの言った通り、この人は

 

 

 

 

「嘘じゃ、なかった……へぇ」

 

 

 

……日本人、本当に来たんだ、僕以外にロアナプラへ

 

 

 

 紛れもなく、この人当たりはどう考えても日本人。日本で育ち、日本の価値観や気風が抜けきっていない、この街に来た新顔のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること六時間前

 

 

 

~ラグーン商会事務所~

 

 

 

 

「おいロック、うまそうなもん食ってんじゃねえか」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 唐突な絡み言葉、返事を返す間もなく俺の箸は所有権を奪われた。

 

 うかつだった。こんな堂々と、この町でも食べられない貴重なものを開くべきではなかった。アメリカ人とは言え、アジア人の血と肉を持つ彼女には、この匂いはトムを誘い出すジェリーの罠にも等しかった。

 

 だけど、アニメとは違って俺はジェリーのようにトムを面白おかしくなんて出来やしない。速攻でトムの胃の中に換金されて、明日の糞になっておさらばだ。こんなものキッズには見せられまい

 

「……ッ」

 

 仕方ない、そんな言葉を出せばいらぬ怒りを買うから、俺はため息にそっと含ませて吐き出した。

 

 レヴィに醤油ラーメンのどんぶりを渡した。  

 

「おっ、サンキュー」

 

「ちょっとだけだぞ」

 

 たかがラーメン、しかしされどラーメンだ。その醤油ラーメンは、いわゆる店の味というもので、袋詰めで具やスープに麺が小分けされた、要は家庭でも作れる本格ラーメンセット。

 そこらで手に入る日本製カップヌードル、のまがい物中国製インスタントよりもはるかに味がいい代物だ。

 

「……高かったんだぞ。一人前の袋ラーメンが、遠路はるばる海を渡ればいつの間にかプレミアムバリューだ。25ドルだぞ、イエローフラッグの隠し撮りアダルトビデオとどっこいどっこいだ」

 

「なに嘆いてんだ。純正品は高い、弾だろうが飯だろうが、ここじゃどこも闇市価格なのはあたりまえだ」

 

「そんなこと、俺にもわかってる……レヴィ、頼むから全部はよしてくれ」

 

「……」

 

「ヘイ、レヴィ……もしかして」

 

 不安がよぎる。何も言わず、レヴィはそっとどんぶりをテーブルへ置いた。

 

 多少量が減った中身、そして俺はないものに気づいた。俺はどうやら、野良犬にパテをかっさらわれてバンズとレタスだけの貧相なバーガーと相対している。この場合における、バーガーとはもちろん

 

 

 

「れ、レヴィ!!」

 

 

 昼下がり、ラグーン事務所で俺の声はよく響いて、そしてさらっと現れたダッチにそれよりも小さいのに迫力のある声でビークワイエットを食らった。

 

 俺が悪いのか、そう嘆くころにはレヴィは姿を消していた。

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 夕刻、仕事を終えた僕らは各々帰路に就く時間だが、今日は四人で車を乗り出し夜のロアナプラを駆ける。

 

 きっかけは昼に俺がさらしたヒス、それで何がどうなってかレヴィがおれに借りを返すなんて話になった。飯の借りを返す、だけどその話に俺は耳を疑った。

 

 

「なあ、ダッチ」

 

「お、なんだ」

 

「……さっきの話、本当なのかい」

 

 

 いまだに信じられない。まさか、このロアナプラで日本のラーメンが食べられるなんて

 

「ロック、レヴィの言葉を信じてないのかい。安心しなよ、ここにいる皆、レヴィもダッチも、そして僕も、あの店には夢中だ」

 

「ま、そういうこった」

 

 

 軽く皆はそう答える。はったりであるなら皆鼻の穴が大きく開いているものだが、どうやら違うようだ。

 

 

「しかし……なるほどな。昼間のヒスはそういうわけだったか、飯の恨みは時に鉛玉にも化ける。用心するこったな、レヴィ」

 

「は、ロックの鉛玉ならノープロブレムだ。目をつぶってじっとしてみろ、あたしは生きて、たまたま通りかかった運なし野郎が一人おっちぬ。そんな弾だよ、こいつのは」

 

「……言ってろ、銃は持たない主義だ」

 

 軽く小突かれて馬鹿にされる。ロックはそんなレヴィをあしらいつつ、前に座るダッチとベニーの会話に耳を澄ませる。

 

 ここにきて、酒に赴くことで上機嫌になる皆は嫌というほど見ている。けど、食事で気を躍らせる皆は初めてだ

 

 それが、ましてや自分の故郷のソウルフードとなれば一層に興味は尽きない。

 

「あ、そこは抗争があった場所だから避けたほうがいい。カルテルがばらまいた不発弾を、清掃業者が片付けている最中だ」

 

「おう、助言助かるぜベニーボーイ。せっかくグッドなディナーを前にアフガニスタンで地雷撤去なんざしたくねえ」

 

「だね、お気に入りの新車でファラリスの牡牛はごめんだ」

 

「あぁ、敬愛すべき俺のトンコツが待ってんだよ。あれだけは五体満足でかっくらうって俺は決めてんだ」

 

「ははは、僕もみそバターを食わずに審判の門を下るのは避けたいね」

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 いつものごとくスラングや海外的な語彙の混じる会話、なのにそこへ聞きなじんだ言葉が混じっているのは何とも奇怪だ

 

 これでは、あの頃を思い出さずにはいられない。遠い故郷、もうずっと味わっていない気がする本当のラーメンを

 

 空腹は警鐘を鳴らす。その音は幸いにも、グルービーな外車のエンジン音でかき消されてくれた。

 

 

「レヴィ、君は何味をご所望だい?」

 

「はいはい、ミソだの脳みそだの、論議は自由だけどよ、何が食えるかは行ってからじゃねえか」

 

「?」

 

「ああ、まだ言ってなかったな……ロック、今から行く店はな、日替わりで同じメニューはねえんだ。その日その日で出すものは違う。たまに、うちもあいつの店に食材を運んだりするぜ。豚の骨だの、お前さんの故郷が誇るダイヤモンドコーティングの魚もな」

 

「……鰹節、のことか。固いからって適当に言わないでくれ、ソウルフードなんだぞ」

 

「おっと、こりゃ失敬」

 

「……でも、ずいぶん本格的なんだな。まさか、ここの住人からここまで日本語の食べ物を聞くなんて……で、その店だけど……いつになったらつくんだ。もう結構走らせているけど」

 

「そう急がすな。ロック、見てみろ」

 

「?」

 

 

 ダッチが示す先、そこはローワンの風俗店がある場所だ。気づけば、何度も足を運んだことのあるラチャダーストリートに車を走らせていた。

 

 

 

……こんな、ところに

 

 

 

 ストリップクラブ見たさに店前で客や呼び込み娼婦がたむろする場所、適当に歩道側へ車を止めれば、みな何も迷わずぞろぞろと降りていく。少し遅れて、ロックも皆の後ろへ続いた。

 

 

 

「……ここに、なのか」

 

 

 

 歓楽街の人波に、いつもは車で通りすぎるぐらいで気づきもしなかったし、ましてや昼間は店だなんて気づきもしなかった。

 

 近づいて、人垣を通り抜けてようやく気付いた。売春宿とストリップクラブに挟まれるように、その小さなビルは明かりを灯している。

 雑多に並んだテーブル、中には立ったまま座ったまま、みな実に楽し気に麺をすすりスープを味わっている。野外で麺料理を食べる光景はそう珍しいものではないが、今漂う香りは紛れもなく日本の香り

 

 

「魚介と……醤油、醤油ラーメン?」

 

 

 漂う香り、即座に言い当ててしまったことに内心驚きながら、そして改めて驚きを繰り返す。まさか、この町でまたこれらの香りを感じられるとは、これでは本当に、あの東京で嗅いだ飲み屋街の

 

 

「……ッ」

 

 

「お、なんだ今日はトンコツの日じゃねえのか。ま、それも悪くねえがな」

 

「味噌バターは次のお楽しみだ。さあ、早く並ぼう…………あれ、どうしたんだいロック?」

 

 

 ベニーの呼びかけ、そこで意識は地に足をつける。何もかもが新鮮で驚愕ばかりのこの街で、すでに知っていることでこうも驚かされるとは、本当にいったいこの店は何だというのだ

 ゴロツキばかりのロアナプラで、皆好き好んで足しげく通うラーメン屋、俺の興味は留まるところを知らない。

 

 俄然湧いた興味、関心、だけどこれは果たして本当に好奇心からか

 

 それとも、ただ故郷のノスタルジーを刺激されているからか。その答えは、暖簾をくぐった先に

 

 

 

 

  

 次回に続く




今回はここまで、視点は切り替わってロックside、次回の食レポとちょっとした日常ををお楽しみに

ロックだけに限らず、ロアナプラの有名人たちに振舞うラーメンはいったい何か、それもまたお楽しみに





今作ではブラックラグーンの時代背景、1990年代より以降のラーメンも積極的に出していきます。次郎系いいよね、ダッチに豚ラーメン食わしたいんよ
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