麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
※あとがきにておまけ要素あります
これは、エダとケイティの仲がそこまで深くなかった頃の話
二人の出会い、そして馴れ初めを語るにはまず時を年単位で遡らなくてはならない
〇
~数年前~
12歳、誕生日ではなく入荷の日で年齢が増えた初めての年
不快な気持ちを押し殺す日々、慣れない行為に懸命になってしまう日常、ただ唯一そんな日々にも救いはあった
目隠しで車に乗せられて、向かう先はどこともしれず。
目を再び開けるとき、ぼくはいつも教会を見ていた
そこは岬の教会、言葉を知らないからそこが暴力協会と呼ばれていることを当時は知らない。
この地に来て、まだ何もわからないこと尽くめで、ただ言われるままに奉仕をすることでしか生きる術を知らなかったあの頃
言葉も理解できないぼくではあったけど、この連れてこられた場所がどういう目的で用意されたのかは理解した。そして、ほんのすこしすがってみた
暗闇の世界で、その教会だけがぼくの救い、導いて教えを授けくれる場所。でも、授けられたのは聖書の読み方でも讃美歌の歌い方でもない。
教会は、ぼくにこの地で生きる術を教えてくれる場所。つまりは、かつて通っていた学校と重なる場所であった
× × ×
『……じゃあここ、アタシの真似して繰り返し。今夜、アタシを買いませんか? 店を通してくれ、それは別料金だ……まあ、こんなところだろうね』
「……コク」
週に一回、それでぼくはここで言葉を学ばされた。日本語の言葉しかつかえないのに、耳に入れられる英語は奇々怪々。
周りを見てもみんなやる気はなさそうで、けだるげにシスターさんの声を聞き流している
教会の日曜学校、皆求めるものは問題の解き方よりも配られるパンとスープが目当てか
『……たく、やる気のねえ奴は布施して帰れってんだ』
そんな生徒を前にしてか、教壇に立つシスターさんはやけに不機嫌で力が抜けきっている。
初等教育のテキストを開く者すらいない場所で、どうして文法の最低限すら授けられようか
やる気のなさが伝播して、いよいよその手に持つモクを咥えようとする、そんな時
「……」
『あ?』
唯一、真面目そうにテキストを開いて眠そうな顔もせず面をあげているケイティにエダは目があった
『なんだい?あんたは真面目に聞いてんのか? たく、ガキにしては殊勝じゃねえかよ。おら、ならちゃんとしたのいくぞ』
「……yes」
『へぇ、そうかい……』
少し考える間を置いて、そして面白いと感じたのかエダはタバコをしまい教鞭を手に取った。
教鞭をとる。ケイティの目のまえに置かれたボロボロの教科書、そこにかかれたイラストと台詞
意味は分からずとも台詞の意味は理解できるだろう。そう踏んで、あとは言葉の読み方だと
……See you later,my sweetie
「?」
『繰り返しな。意味、わかるだろ』
「……しーゆ、れいたー……まい、すいーてぃ」
『ああ、まあ発音はおいおいだな……いいか、また会おうって意味で、そんで』
「?」
指をさす、ケイティに向かい手を伸ばし、そのぼさつく長髪を撫でた
『東洋人、それも日本人か。なんでそんな奴がいるかは知らないが、まあここで学びに来る奴は一応あたしの生徒だ』
「……ぁ、えっと」
『通じなくても良いさ、その内しゃべれるようになる。言葉なんてそんなもんさ』
「?」
『……たく、にしても通じてねえな。ほら、名前ぐらいは言えんだろ。アタシはエダ……わかるか、エダだ』
自分を指差して繰り返す。次第に意味は通じて、ケイティはエダの名を繰り返す
『そうだ、シスターエダだ……あんたは、ケイねぇ……日本人の名前にしては言い易い』
「……エダ」
『あぁ、どうせやる気のある奴は他にいねえしな。ま、これからもよろしく頼むぜケイ。ハハ、しばらくは退屈しなさそうだね』
〇
~数ヶ月前~
シエスタの午後、二人が体を寄せ合うほどに、その中が深くなる前
エダとケイティ、この二人の仲がまだ店主と客であった頃のこと
× × ×
店が賑やか、今日も今日とてラーメンを売る日々。そんな当たり前の日々
この店もすっかり常連が増えた。バラライカさんに張さん、特に大きな二人に目を付けられてから他の有力な方々に、気さくな付き合いができる人で言えばラグーンの皆さんにシェンホアさん。そして、これも張さんのつながりというべきかな
岬に建つ有名な不可侵勢力、この街で武器を商う暴力協会の人たちだ
……ガララ
「いらっしゃいエダさん、それにレヴィさんも」
「よっすケイティ、でもなんでこいつが先でアタシが後なんだ?おまけじゃねえぞタコ」
「ふかすなよレヴィ公、せっかくの飯がまずくなるだろ」
静かだった店のなかが一気にせわしくなる。この二人がいるだけで喧騒さだけは満員だ
「あはは、いつもの調子ですね相変わらず。あ、カウンターにどうぞ」
粗雑な会話、合間にファックを挟まないと間が持たないかと思ってしまう、そんな常連二人のやり取り
一方はホルスターまったく隠さない堂々としたガンマン、そんなレヴィさんに連れそうはおなじくチューブトップにホットパンツでなんとも扇情的なお姉さんだ。サングラスの悪人っぷりが余計に不良具合を加味している
「よっすケイティ、相変わらずいい尻してんな」
「はいはい、セクハラですよエダさん」
いつものやり取り、後ろを向いてフライヤーの前に立つからエダさんはそう揶揄した。店に来た時、必ずこの人は僕のお尻を弄ってくる。別に、そんなでかいわけじゃないはず
「たく、この色情魔は……ケイティ、今日のラーメンは何だ?なんかフライでも作ってけどよ、てかここ熱くねえか?」
「エアコン、利かせてるんですけどね……あ、お冷どうぞ。氷入りますか」
「「くれ」」
「はい」
調理場から反転、新しいお冷のポッドを出して氷の入ったグラスを置く。
今日はあまり客の少ない日、入れ替わりで途絶えることはないけど今はお二人だけ、なら少し位サービスはする。
冷たく冷やした麦茶、頼まれれば出すそれを二人に渡した
「サンキュー……で、さっきの話どこまでだっけ」
「あぁ、味噌っ歯ジョニ―の奴だろ。なんだったか、抱いた女がどーのこーのほざいてよ、奴さんの玉が……」
聞こえる会話、二人に背を向けて揚げ物に集中する。ジョニーさんの妙な話が聞こえてくるけど、まあ二人の下世話なトークは今に始まったことじゃない。
……食事処なんだから、下ネタは無いよ下ネタは
愚痴りたい気持ちをこらえ、ケイティは隠れてため息をこっそりと
高温の油の前で立つのだから、変に悩ましいことを考えてこれ以上熱を増やしたくない。汗ばんだ皮膚、髪を結った紐が湿って、絞れば雑巾の様に絞れそうだ
「……ッ」
集中、揚げ物は普段は作らないが。今日作るラーメンには欠かせない具材だ
浮き沈み、気泡、あげているのはもも肉の一枚揚げ、ニンニク等でかなりパンチの強い下味をつけたチキンカツ、それを菜箸で掴み一度バットにあげた
脂を切りつつ、そのまま余熱で最後の過熱。その間に最後の仕上げへと移る
二つ取ったどんぶり、底に敷くは真っ黒な醤油ダレと特製鶏油、そこに鶏がらスープを注ぎ軽くかき混ぜる。富山ブラックラーメン並みに濃い色合いのスープ、そこへ薬味のネギとメンマを乗せて、そこにざく切りにしたチキンカツを贅沢にも全部乗せ
濃厚な醤油ラーメンの香りに乗る揚げたてのチキンカツの芳香、そしてニンニクとショウガを効かせたことで香りは大きくより刺激的に、胃袋をダイレクトにブッ叩く強烈な魅惑を放つ
揚げ鶏を乗せた中華の麺料理、排骨麺
そして日本の富山でローカルに人気ブランドを持つ真っ黒な醤油ラーメンとの合作
一杯12ドルにしても少々原価ギリギリなお店泣かせな本日のラーメン、でも今日は鶏肉が安かったから問題なし。
× × ×
「そろそろ出るか、じゃあなケイティ」
「はい、ご来店ありがとうございました」
手を振るレヴィさん、引き戸が閉まると店内は誰もいなくなった
時刻は11時ぐらい、いつものことだからもう少ししたら大きい客の波が来る。合間の閑古鳥は次の準備のためにも必要な時間だ
……二人とも、よく食べてくれたなぁ。うん、たまには良いよね、こんなラーメンも
作った一杯に自画自賛、しかしその代償で体は汗だく。今すぐお風呂に入りたい
「……ふぅ、少し休憩……ていうか、熱い、死ぬ」
客に食べさせたことへの充足感で喜ぶも体はひいひい言ってしまっている。
エプロンを外し、タンクトップ一枚の姿になって団扇を仰いだ。体はべとべと、スープを煮出す寸胴のせいで熱いのはもちろん、今は油場に立たないといけないため余計に辛い
当然、揚げ物なんてものこんな熱帯地域で作ろうものならこうなるのは明解、しかしお客の為には仕方のない事
……レヴィさん、自分で言ってて忘れてるんだものなぁ
以前ラーメンを振舞った際、駄々をこねるようになんかがっつりしたものを作れと連呼して、それで気が乗って今日のようなラーメンを作ったが嬉しいの一言もない。
みみっちいと思われればそれまで、けど少しぐらいは感謝の言葉は欲しい。
「ごちそうさまぐらい言って欲しいかな」
少しだけ愚痴ってしまう。そういえばエダさんもあまりしゃべらずに帰っていった。
好いているとはいえ、この町の住人にとって食の喜びは二の次か、そんな風に考えてしまう
「……お皿洗おっと」
考え事はひとまず他所に、客がしばらくはいないとはいえこのままではよろしくない。
カウンターに回って、空になったどんぶりを持つ。麺は見事に完食、濃厚な醤油スープが半ば残っているだけの器
「?」
客の満足具合を知るために残った器の様子を確認、二人とも最後まで完食はしているのは確か
肉も麺も残ってはない。スープは飲み干す必要はないけど、でも
「……レヴィさんはこっちだから、エダさん?」
エダの食した器、そこから察する意図にケイティは考えを巡らせる
わざわざする必要の無いお節介、ケイティはどこまでもお人好しな性格であった。
次回に続く