麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
~数年前~
私が教壇の前に立ち、教師の真似事をしていた頃。どうしようもないカスだまりが食うものの為に時間をつぶすような、そんな場所に一人ポツンと異質な存在がいた。あの子の事は未だに覚えている
明らかにその手の店に売られたような身なり、言葉も知らず文化も理解できない、そんな子供が懸命に授業に向き合っていれば嫌でも目に留まるし。気が変になって、ほんの少しやる気を起こしてしまうなんてことも起こったりする。
黒髪の子供、その子に身振り手振りで言語という意図を注ぎ入れ、そしてある程度満たされていけば簡単な質問の応酬が頻繁になり、そして会話が出来れば今度は互いに笑いあう時間も増えていった。
気が付けば二人だけのマンツーマン、その頃には食事目当ての乞食すら来なくなり、施しの一環で行っていた日曜学校はその子と私だけの時間になっていた。
夢中だった。日本から売られこの地で買われた子供に言葉から始まって社会での生き方を教えるようになっていて、そんな行為に私はどこかで責任感を帯びていたのだろう。故に、自分の教えは大事なことだと、プライベートでも仕事でもないこんな時間に私は心血すら注いでいたのだった。
そんな自分に気が付いた時はさすがに笑ったものだ。はるばる祖国の利益の為にこの地に潜り込んだ工作員がいったいぜんたいなにをしているのやらと。確かにこの地で小金稼ぎを楽しんだり、時には賞金稼ぎの真似事に荒野のガンマンの決闘までやってみせたりと、だがそんな自分が心惹かれ夢中になったことがティーンの教え子の為にティーチャーときたものだ。まったくおかしい話だ
この地に来て、私もすっかり変わってしまったのだろうが、この子との出会いは特にである。元々、仕える主が複数の頭を持つ怪物なだけに、自分は異なる二つの顔を持つオルトロスであった。だがその時だけ、私にはその子の為に先生であり続けた顔があった。つまり三つ目の顔があった
オルトロスではなくケルベロス。しかし、はたから見ればそれはなんとも間抜けな怪物である
意外と楽しんではいたのだ。ロアナプラに潜む工作員の私、暴力協会に所属する不良シスターのアタシ、そしてあの子の、ケイの先生であり続けた三つ目のワタシ。この三つが入れ替わることに違和感を抱くこともなくなっていた
だが、そんな矢先のこと
一年と半年、ケイは日曜学校に来なくなった。それを期に、自分の中には私とアタシだけになった
自分が一つ消えた。そんな体験をしてしまったせいか、私はふと妙な感覚を覚えるようになった
私とアタシ、使い分ける二つの顔
今自分はどっちの顔をしているか、果たしてどっちが本当の自分、エダなのか
欠けた心はセンチに陥っているとは思いたくない。だが、少しばかり危惧してしまうのだ。
あの子と別れ用無しとなり消えていった三つ目の顔、もし、本当の自分というものがあるのなら、あの時見せた顔が自分の本意であったなら
エダという人間の本意、それがどれかにあるなど正解はわからないし、不正解も知りえない
解けない問題が淡く心の中で不快感を持つ。うざったいと隅にやり、何処ぞへ捨ててしまったと思い込んでも残滓は残り、そしてふと蘇る
答えは出ない、そうして時間だけは過ぎ去り数年
求めた答え、それは……と
〇
~数ヶ月前~
「知りたい、エダのこと?」
「……うん」
「そうね、まあ知らない仲じゃないしね」
日が落ちる少し前、ラーメン店に劇場も営業の看板はまだ掲げるにはまだ早い午前の時刻、外で見かけた二人に僕は声をかけた
「ケイティ、あんたエダのこと調べて何がしたいの?」
「詮索屋は嫌われるよ」
「うん、でも少しだけ……ほんの少しだけでいいから」
二人に頭を下げる。詮索というこの地では争いの下でしかない行為、だけどそれでも気になることがあるし、知りたいのだ
「……具体的に何が知りたいの」
「アーシェ、いくらケイティでもいいの?」
「事情があるんでしょ。で、どういうことが知りたいのかしら」
「……ッ」
頼みづらい願い、アーシェの優しさに甘えてしまうことには罪悪感を抱く。しかし、それでもしないといけないのは二人がエダさんともそこそこ親しい間柄だから
二人が昼間カフェテラスのような場所で駄弁っている時もあれば、夜に飲み屋で一緒に酒を飲んでいることもあるし、というかそういう場に混ざったからこそ知っているわけで
とにかく、二人は意外とエダさんと仲がいい。だから僕の知らない顔も知っているかもしれない。そんな淡い期待、でも少しでもいい
お節介と言われればそれまで、でもいい加減僕もはっきりしたいのだ。初めて会って、それから惰性で続いた知人程度の関係、それを変えたいからこそ多少のタブーに踏み込むのだ
× × ×
方々を歩き回り、ようやくついた店で今度は受話器と相対する。固定電話でかける相手は少々恐れ多い
けど、頼れる人ではあるから仕方ない。問題は、その対価
『……あぁ、こんな昼間からいったい何の用でしょうかマドモアゼル。ダンスの誘いならいつでも歓迎だが』
「…………」
開口一番にさっそくからかわれる。下手に返せば揚げ足を取られてからかい倒されるだけ
冷静に、息を整えてまず張さんのジョークをスルー。本題に移る
「……あの、少しお願いしたいことがありまして」
『お願いか、お前さんの頼みというのも聞くのが怖いが、まあいいさ。で、なんの用だ?』
「……もしかして怒っています?」
『さあな、だが非常時に助けを求められるように渡した番号で一体全体何を頼むやら、お前さんの頼みに俺は興味津々で仕方がない。あぁ、本当だとも、品の無い言い方だが震えて股座がどうにかなりそうなぐらいだ』
「ま、またぐッ……うぅ、あの本当になんというか、たいしたことじゃなくてすみません」
『はは、謝らせたいように聞こえたか?そいつは失礼、気にせず答えてくれ。例え中身がなくとも女の要求を受け止めるのは男の甲斐性ってもんだ』
「…………ぬぐ」
切りたい、今すぐ受話器を叩きつけてガチャ切りしたい。でもそうしたって得られるものはないし、どうせ向こうでシャイだのなんだの振られただのと笑って片足組ながら煙草をふかすだけだ。
うん、容易に想像できてしまう。悪の親玉だからだろうか、
「本題に入ります」
『……あぁ、いい加減そうしないとな。俺だって暇じゃないんだ、手短に頼む』
「…………ッ」
暇じゃないのにからかう暇はあるのか、そんなツッコミが喉の手前まで登ってきたけどどうにか嚥下する。うん、頑張った、僕頑張りましたよバラライカさん
「……紹介された仕入れ業者、そこで対応してくれなかったから困っていることがありまして」
『食材か、なんだまた新しいメニューでも作るのか?』
「……まあ、そんなところです。欲しかった食材をいくつか頼んだんですけど、どうにもそれはできないって、なんとかならないかそれか他に心当たりがないか伺ったんですけど。そうしたらすごく不機嫌で、今後の取引は無いぞって、困って……でも、お金を払えば許してくれて欲しいモノも取り寄せてやるって……とまあ、大体そんな」
『?』
「張さんが紹介してくれた業者、苦情というわけじゃないんですけどどうにか説得を……あぁ、でも出来れば穏便に。その、あまり痛いことも無しで平和的に解決してほしいなって」
お願いできないでしょうか、そう電話越しに見えてないけど僕は頭を下げる。
いつもの業者、取り寄せの相談をする人が別の人に変わったせいかあまり話が通じなくて、かといってほかに話せる人にも変わってもらえない。だから、一応直属の上司になる人に相談しかないと思ったけど、僕の知る限りそれが張さんしかいなくて結果こんな告げ口みたいになってしまった。
うん、我ながら何だか嫌な予感がする。でも、一応僕と張さんだってそれなりの関係を築いてきたわけだし、意を酌んでくれるはずだと信じたい
「あの、そのぉ……軽くで、ほんと軽めの方法でいいんです。業者の方に、前の人に変わってもらえるかどうか」
尻すぼみする言葉、一応これで問題なく伝わったかと思った。だけど
『…………えんな』
「?」
受話器を持つ手に汗がにじむ。さっきまでおちゃらけていた張さんの声色、今その温度が冷たく変わった、様な気がする
『まったく笑えんな、その男』
「……ッ」
マズい、直観的に察した。
『その業者はな、俺が指名してお前さんの為にあてがったんだ。以前のことでお前に対して三合会は不当な行為を働いてしまった責任がある。それもとびっきりの責任、ミスバラライカのお気に入りであるお前さんに傷をつけかけたこと、こいつはかなり厄介なことだ。だから俺はお前さんに気をかける。そして、同時に俺自身お前に最高の飯を食わせてもらっている借りが頻繁に重なっている。業者に良い仕事をさせるのは最低限、したりないぐらいなんだ。責任の重さを思えばこれは当たり前のこと、それはわかってくれるなケイティ」
「そう、だったのですね。僕の料理、そんな風にまで…………あの、でもですね。やっぱり穏便に」
『俺自身の名をかけた責任だってある。特別な料理人を丁重に扱えと、だがケイティお前さんは不当な扱いを受けた。俺が目をかけたお前に対して、その業者の人間は何を勘違いしたかお前を軽視した。これがどういう事か……あぁ、その男キムだったか。今しがた資料はそろったが、こいつにはその件についてよく知ってもらう必要ができたわけだが。どうしたい?』
「……ぁ、えっと……そこまでひどいことは……その、軽く叱っていただければきっと十分なはずですよ、ええ、だって張さんですし」
『あぁ、それでなんとかなるかもしれん。だがケイティ、こいつはな……俺の、張維新の名を背負ったお前に痰を吐いたんだ。お前が良くてもな、やはりこれは笑えん。笑えんのさ』
「………その、えっと……えぇ」
『そんな面白くないモノを内に置いていたとはまたまた恥だ。いかんな、ツァンのバカで終わりにしたはずだが、どうやら俺の名も落ちたのか、軽んじられているのか? ハハ、それなら笑い話だ。なあケイティ』
「…………」
マズイ、なんだかよくないスイッチを押してしまった。
……業者、そんなに怒っているわけじゃなかったのに。ちょっと話を通して欲しかっただけなのに
『とまあ、長々と喋ってしまったが、相分かった。ケイティ、お前さんの要求は全部叶えてやる……そして処分もスムーズに執行する』
「いや、だからそこまでしなくても……どうか話し合いで、張さん!張さん!!」
『安心しろ、俺たちは紳士だ。野蛮な真似はしない』
「ほっ」
『よろこべ、たった今キムが網にかかった!』
「返して!今吐いた安心の溜息を返して!」
『ハハハ、悪いがそろそろ切るぞ。今後のことで掃除屋ソーヤとご相談しないとな、もちろん心配することはないし野蛮なことは微塵も起こらない、なんせ紳士と淑女の話し合いだ。土産は腸詰とミートローフか好きな方を選べ…………プツン』
「信用できません、あなたとあのソーヤさんが組んでなにが……え、待って、何その選択肢??……笑えない、笑えませんって! 張さん! 張さぁんンッ!?」
電話の切れた音が無機質に響くだけ、僕は何もできずそっと受話器を戻した
後日、業者に頼む予定だった食材は無事届いた。そしていつも相談をしていた業者の人が電話に出て、電話越しなのにものすごい勢いで謝罪の言葉を並べて来た
そのまた後日、張さんが店に来て何事もなくラーメンを食べに来た。昼間に来たから冷凍した残り物で以前作った排骨麺を提供した。大きな揚げ鶏が乗ったラーメンを見て
……気が利くな、しばらく豚の肉は食いたくなかったんだ。ひき肉は特にな
ハハハと高笑いをする張さん、隣の劉さんや取り巻きの人達もつられて笑っていて、改めてこの街に異常者しかいないことが良く分かった。
次回に続く