麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方 作:37級建築士
「探られている、あんたがかい?」
「……ええ、シスターヨランダ」
神妙な空気、窓辺から注ぐ夕日の光が二人を照らしている。切り出した会話、それはエダが察知した自分を探るとある人物の行動であった
その人物は一見無害でありながらここロアナプラにおいて異様な立ち位置にある。この街の有力者に個人的感情から庇護下に合い、そして時に守るために武力さえ辞さないというからなんとも信じがたい話である
しかし、ケイ・セリザワは異様ながらその庇護を現実に得ている。守られている当人が何をしているのか、裏が無くとも裏があるように疑念を抱いてしまう。多くの住民が抱く一般的な行動だ。それは、エダも同じく
「で、確信は得たのかい?」
「いえ、私の国も我らの関係も、何も得ようとしていない。ただありきたりな会話の中で、私という人間そのものを探っているようにも思えました」
「そうかい、なら推論と憶測でしか危険性を測れないわけだが……そっちはどうするんだい?出る所まで出るのなら好きにしな」
「そうならば、好きに致しますとも」
「そうかそうか、で……話は変わるがね」
「?」
おもむろに、ヨランダが取り出したのは一通の封筒、否手紙か
「……なんですか、それは」
訝し気に、エダはヨランダよりその手紙を受け取った。それはご丁寧にも蝋で烙印までされていて、宛名には丁寧で綺麗な文字が書かれている。
指令書の類に偽装でも施しているのか、そう適当に考え破いて開けようとしたが
「おやおや、せっかくの大事な贈り物なんだ。破いちまったら可哀そうだろうに」
「……送り主、知っているのですか?」
「あぁ、とっても可愛い子だったよ」
「はぁ……それは、またって……は!?」
声色が変わる、CIAのクールな振る舞いが壊れて荒っぽい不良シスターのエダが飛び出てしまった
渡されたナイフで封を切り、おそるおそる出してみればそこにはフロム・ケイティの文字があった
親愛なる常連さんへ
僕は貴方の秘密を知っています。あなたも僕の秘密を知ってます
いい加減けりをつけましょう。約束の日時を記しておきました。
都合が悪い場合はおっしゃってください。適宜、調整は致しますので
ケイティより
「……………………はぁ?」
〇
手紙を見てあっけにとられた日のすぐ、夕方の時刻
エダは約束通りケイティの店に足を運んだ。いつものごとく荒くれ者の出で立ちで、ホルスターには銃をしまい込んだまま
「いらっしゃいませ……すみません、急にお呼びして」
「……いいよ、別に」
重い空気、それはエダのせいでもあるが、そして感じているのはエダだけか
「まってくださいね、すぐに作りますから」
「……」
のんきに料理を再開するケイティ、時折見せる後ろ姿には無警戒にも程がある。引き金を引けば綺麗に片はつくだろう。この場に顔を出したエダにとって、念頭にあるのは手紙に記され秘密とやらのみ
……まったく、一体どんな腹積もりだってんだ
心中穏やかではない。秘密、エダにとってそれはこの地における最も秘すべきシークレット、そこに爪を立てるような存在、聞き逃せない発言があるのなら当然の対応をしなければならない
しかし、目の前にいるケイティは非常に厄介だ。前提として、ここロアナプラにおける有力者にコネがあり、例え自分がどれだけ大きなバックを持っていたとしてもこの街に混乱を及ぼすきっかけになってしまえば元も子もない。扱いに困る生ける火薬、ロシア人にさえ影響を及ぼす存在、判断次第では本国の危険人物に登録してもいいほどだ
なので、真意を確かめるまでは強行は不可。エダはただ座して待たねばならない
真意を知るために、その為の会話の切り口を思考の海で模索する中
「あ、そういえば」
「!」
ガタっと、つい反応して椅子が浮足立ち音が立った。しかし、ケイティは特に気に留めず
「先に聞きますけど、嫌いな食べ物ってありましたっけ?」
「…………」
「あの、エダさん?」
「……別に、とくにないよ」
「そうですか、なら安心」
踵を返し、またも無警戒な背中を見せて調理に戻る。鼻歌混じりでご機嫌に、ケイティが何かを刻んでいる姿を見ながら
「……ッ」
そっと、エダはホルスターに収めた銃へ手を置いた
「……ケイティ、お前さん何を考えている」
「?」
声色は重く、ようやくエダは切り出した
待っていても答えは出ない。曖昧にはできない故に、エダは
「詮索屋は嫌われるって知ってたか?レディの秘密をしって浮かれでもしたか? ケイティ、なあケイティ」
「……エダさん」
「よく考えな。秘密ってもんがどうして隠されるか、それが激毒だからだよ。特にアタシのはね、アラバマ生まれの不良アメリカ人で通せばいいのさ。そうすれば皆ハッピー、引き金も引かず、セーフティーもかかったままだ」
だがなと、付け加えたエダはホルスターに置いた手をそっと前に、ゆっくり向けた切っ先は重く黒い銃口であった
「ケイティ、外したのはお前だ……さ、言うならさっさと言いな。その掴んだ情報、それがガセならあんたは助かる、だけど」
「……」
……ピピピ
「よし、ゆで上がった」
「……は?」
空気を理解しないケイティの独り言、エダは銃を持ったまま固まっている。
銃口は依然向いたまま、しかしケイティは我関せずと言った具合に、テキパキと調理の仕上げを始めていた
「……あぁ、えっと、まさかなんだ、お前さん……バカか?」
「失敬な、バカとは何ですかバカとは」
「バカ以外あるかよ! こっちは命突き立てて尋問してんだッ!!」
何を勝手に軽く扱っているんだ、まくしたてるもエダはケイティの妙な落ち着きに歯切れを悪くする。
そうこうしている間に、目の前にはドンブリが置かれてしまった
漂うスープの匂い、先までのやり取りを無視して語感がその良さを拾ってしまう。
「冷めますよ」
「……いや、はぁ?」
この状態で食えと、そう迫るケイティにエダは戸惑う。そこに畳みかけるように
「麺処・ロアナプラ亭……ここでの訓示」
ケイティはエダを振り回す発言を止めない。それどころか、銃が目の前にある場所でも、堂々と振る舞いは変えず
「銃は置いて、まずはラーメンを一杯……美味しいうちに食べてください。話は、それからでも遅くないですよ
「…………はぁ??」
ただ真正面から、エダに対して笑みを向けはなった
× × ×
注文の品は無事届いた。それは方々の市場から集めた新鮮な野菜、そして上質で希少なキノコ類
スープを作るうえで、僕は今回一切の動物系食材を使っていない。それは海外で言う所のベジタリアン専門の料理、だけどそこには確かな文化と実績もある。
僕の故郷、仏教である故の制限で発達した食文化、それは精進料理。言うなれば、今回作るラーメンは精進ラーメンといった所だ
スープは昆布だしをベースに、各種キノコ、野菜、そして豆類、濁りの無い黄金のスープに乗せるはこれまた野菜の具材だ。はっきり言ってかなりあっさりしているスープで、複雑な風味とうま味こそあれど奥行と満足感は物足りない
だけど、そこで動物系の食材を使っては面白くない。精進料理とは規則に縛られた不満足な料理ではなく、限られた条件で巧みに技巧を巡らし独自に昇華されていった高度な料理文化なのだから
だから、僕は徹底してそのやり方にこだわった
あっさりしたスープ、コクを足すには脂が要る。米から抽出した油は癖が無く、香味のある野菜を揚げることでいい香りとコクを加味する。タレはシンプルにこれまた昆布とシイタケの乾物で仕上げたモノ
複雑な奥行きは具の相乗効果で発揮すればいい。使ったのは根菜類に葉物野菜、そしてタケノコやキノコに大豆製品、どれも細かくさいの目に刻んだうえで、各種異なった調理を施す。
生で浅漬けにしたもの、出汁で茹でたモノ、素揚げして、炙って、漬けこんで火を通して、甘、辛、塩、苦み、渋み、そして旨味、複雑な奥行きは麺と一緒に啜り込むことで口に運ばれる多種多様な細切れ具材によって演出が成される。
複雑であり、しかし食欲を減衰させる重さは無い。軽く、いくらでも食べられる鮮烈でさわやかなうま味、滋味深く、体に染み入る味わいには決して不足さなど感じさせない魅力がある。
制限されてこそ生まれる味わい、清々しいまでのこの一杯
悩み、迷いを抱える人の曇りを晴らすことさえきっと可能、そう信じて僕はこの一杯をエダさんにぶつけるのだ
彩り豊かな具材を乗せた精進式醤油ラーメン、モザイクアートのような野菜の具材、そこに乗るは揚げた巻き湯葉の煮物、穂先メンマも大きいまま乗せて、薬味もちらして完成。ロアナプラ亭非売品の特別メニュー、ヘルシーなラーメンなんて荒くれ者たちの街ではまず売らないし、売れるとも思わない
だけど、だからこそ僕はこれをエダさんに出した。話すべきことは、まずこの一杯を味わってもらってから
次回に続く
今回はここまで、シリアスパート次回も続きます。まあ実食シーンも挟むので飯テロ、になるかなぁ?ヘルシーなラーメンの需要次第