麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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(32) 旧知の縁

 

 

 定休日、クローズの看板が下げられた店の中に明かりが灯っている。

 変わらぬロアナプラの夜の時間、外は繁華街の騒々しさが羽虫のごとく蠢いている。静けさには程遠い場所だ

 

 気が休まらない場所、ここでは皆酒に酔って暴れるか死んだように眠るか、穏やかな日々を求めたくても求められない。それこそ大金を積んでセレブ御用達のセーフスポットでも見つけなければ

 

 したいことに我慢をするほどストレスをためることはない。ストレスは体にとって有害この上ない。だから、ストレスが一番の毒であると僕は思う。

 不健康でも食べたいものを食べるのがいい。体には悪かろうが、一方で精神にはとても健康的な食べ物、それこそがラーメンであり、僕はそのラーメンでお客たちのストレスを治してきた自負だってある。お客様の喜ぶ顔、というのはそういうものだ

 

 満足して欲しい。美味しいは身分年齢関係なく平等で、誰もが持っている当たり前の権利だ。食と不満は切っても切れない関係にあるからこそ、僕もそこに気を配る

 富山ブラック風パーコーメン、あの料理にもそんな僕の想いがいっぱいに込められていた。凝った料理にはない単調でインパクトのある味わい、塩分も濃く風味も強く油と肉汁で胃にどっしりとくる食後感、それがレヴィさんをはじめ張さんやいろんなお客さん達のストレスを吹き飛ばしてきた、はずだった

 

 でも、一人。あの場でエダさんは違った

 

 スープに浮かぶ衣、あの場では何事もないように振舞っていたが、そのドンブリは明らかな意図が見えていた。僕にはわかった

 

 食べることでストレスを解消するはずが、エダさんはその逆になっていた。スープを吸った衣を剥がして、最低限麺と肉を完食した器には明らかに不満の痕跡があったのだ

 

 僕は失敗したのだ。僕の作った一杯は、エダさんを満足させてストレスを払い落とすことが出来なかったのだ

 

 そのために、僕は動いた。知るべきことを深めて、そして必要なものもそろえた。エダさんに振舞うべき、エダさんの為の一杯

 

 あぁ、我ながらなんともむきになって行動してしまったものだ。少し暴走ぎみだったと思う

 

 自覚はある。でも、それでも僕はエダさんのために行動したかった。したいことは、二つあった

 

 一つは、エダさんが望む本当に食べたい味を。そして、もう一つは打ち明けること。

 

 エダさんと出会ったあの日、そして今に至る日々の中でしなかったこと、気づけなかったせいで言葉を吐き出さず飲み込んでしまったこと、それが今となっては後悔となっている

 エダさんの秘密、それを僕は知っている。だから、もうこの関係を変えるべきだ。これは、そのきっかけでもある。であるからこそ、故に目的は二つ

 

 その第一歩として、まずはこの味を提供した

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

……ズルルル

 

 

 店に響く気持ちの良い音、麺をすすり上げる所作もこの人には一切問題はない  

 

 ぎこちない空気はとっくに薄れ、今はその慈味深い味わいにエダさんの箸は止まらない

 

 

「よかった、良い食べっぷりで」

 

「……ふん、言ってな」

 

 しかし、よく食べてくれている。

 

 麺も具もスープも空になった器を見て、僕は少し満足気になっている。

 

「良かった、やっぱりエダさんはこういうのが食べたかったんですね」

 

「……」

 

「気にしませんよ。別に、荒くれ者たちの居る街だからって、新鮮な野菜たっぷりでヘルシーな料理を食べても気にしません。いいじゃないですか、オーガニックで健康的なものを食べるのは金持ちだけの権利じゃありません」

 

「……余計なお世話だよ」

 

「余計、でもです。アメリカ人だからって、ジャンクフードばかり好き好んで食べているわけじゃありませんから」

 

「……からかわれるだけさ。いいさ、適当に広めればよ、アタシがセレブ気取りのいけすかないビッチだってな」

 

「しませんよ、そんなことをしたら引き金を引く指を軽くしてしまう」

 

「へえ、言うじゃねえか」

 

 笑った、いつもの砕けた振る舞いが少し出ていて、つられてこっちも気が落ち着く

 

「……たく、いったいなんなんだよ。あたしのご機嫌取って、それでどうしたいんだ?」

 

「さあ、機嫌取りが出来るほど僕は器用じゃありません」

 

「謙遜かい、本気で言ってるから質が悪いね」

 

 おもしろくない、そんな事をぼそっとぼやくけどエダさんの雰囲気にさっきまでの恐れはない。胃が満腹になって落ち着いて、どうにも気分が良くなってしまうせいで調子がくるっているのだろう。

 

 秘密について話がしたい、そう呼ばれたエダさんはかなり身構えていたから。うん、思い返せばもう少しやり方があったかもしれない。ちょっともったいぶって、変に演出をして招待したのは失敗だったかも

 

 

「……ま、それでもいいや」

 

 

 どのみち、こうして二人きりで話をしたいと思ってしまったのだ。

 

 

「……ま、旨いね。しみじみと、染みる味だ」

 

「それはどうも、そんな味が欲しいと予想したんで」

 

「聞いて回って、あたしが疲れてるって予想したのかい」

 

「疲れを愚痴っているのに、連日酒場でどんちゃん騒いで……その上乱痴気騒ぎ。その上、見栄を張って迎え酒をして、そんな夜にがっつりしたラーメンなんて、僕でも嫌です」

 

「……本当によく調べたね」

 

「だいたいはアーシェ姉とコリンネ姉さんからです。お二人、口は悪いですけどエダさんのこと大好きですよ」

 

 夜の店で売れっ子の嬢をやる二人、だからこそ人を見る目に長けている。見る人物の人柄だけじゃなく、体調や気分の程度まで読み取ることができる

 

 エダさんに足りないのはビタミン等の体の調子を整える成分。このラーメンにはふんだんにその栄養素が詰まっている。具材はもちろん、使わなかった野菜の皮や食せない硬い部分等を網に包んでしっかり出汁を取ったのだ。

 

 滋養に満ちた旨味、前回のラーメンとは違う。食べれば食べる程胃が、腸が、体そのものが喜ぶ味。健康は食と切り離せない要素だ。

 

 不健康な料理はストレスを解消する。でも、エダさんに今本当に必要なのはその逆、でもそれだけじゃ足りない。不健康で美味しいより、健康でまずいでもなく、本当に健康的で且つ美味しい料理が今のエダさんに必要だった。

 

 

……でも、そんな事は思わない。普段の、荒くれ者のシスター・エダを見るものからすれば、そんな風には思わない

 

 

 エダさんに似合わない。でも、エダさんのもう一つの顔を知っていれば、きっとそういう面もある。そう気づくことはできる。

 

 僕は、エダさんのもう一つの顔を知っている。だから、今日これを振舞うことが出来たのだ。エダさんは人に隠している顔があると知っている、僕だからこそ

 

 

 

「……知っていますから」

 

「!」

 

「僕は、ちゃんと覚えています……エダさんのこと、不良シスターなエダさんのもう一つの顔を」

 

「……へえ」

 

 

 言い切る、と同時にエダさんは箸をおいた。話を聞く態勢、というにはその手はあまりにも無粋なものを掴んでいる

 

 

「なんだい、本題にでも戻ろうとしてんのか?」

 

「ええ、でもその口調は……ぁ、別にいいか」

 

「ぁ?」 

 

「……先に言っておきます。僕、張さんから忠告を受けています」

 

「張の……へえ、そうかい」

 

 この日に至る前、仕入れ業者とのコメディがあった際に張さんはそれとなく僕に通告をしたのだ

 

 暴力協会、そこの不良シスターとの関係はあくまで表面的にと。裏を抱えるロアナプラの住人の中でとりわけ、あいつの存在は不可侵だと

 

 もはや答えとばかりに、張さんは僕にエダさんの注意事項を告げてきたのだ

 

「そうか、だがそれじゃあ話が通らないね」

 

「…………」

 

「あんた、いったい何が言いたい」

 

 

 低く、短くつぶやいた声色、そこには安堵の色を感じた。ホルスターに納まった銃が、ようやく静かに息をひそめてくれたようだ

 

「ええ、ですから……エダさんのこと、僕が知っているのは今の荒くれ者なあなた。そして、もう一人」

 

「ぁ、何言ってんだ……ケイティ、変な探りはやめな。第一、女の顔はいくつもあるんだからよ、アタシ自身自分の面の皮に覚え何てあるかわかんねえぜ」

 

「いいえ、あなたはそういうタイプじゃないでしょ。そういうのは、アーシェ姉さんやコリンネ姉さんみたいな、一流の夜の女性だけです」

 

「じゃあ話を戻すのかい」

 

「いえ、だから最初からずれているんです。僕が言っているあなたの秘密、それは僕の知らない怖いナニカではないです…………もう、忘れてしまったのですか」

 

「?」

 

「…………なら」

 

 

 呼吸を整える。ちゃんとエダさんの顔を見て、僕ははきはきと発音をした

 

 

 

 

『……See you later, my sweetie』

 

 

 

 

「!」

 

 

 

「おぼえていますか。あなたが最初に教えてくれた言葉」

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 ティーチャー・エダ、今となってはそう呼べないけど、それでもエダさんは僕にとってあの頃の優しいエダさんなのだ。このロアナプラで出会えた初めて優しい、そして暖かい人だった。

 

 でも、再会したあなたはとても荒っぽくて、だから違う人じゃないかって思って、気づけば初対面で関係を再構築してしまった。

 

 でも、やっぱりあなたです、エダさんなんです。

 

 信頼して、笑って、自分に心があると思いだせたのは貴方がいたからなんです。

 

 貴方は僕に言葉をくれた。生き方をくれたにも等しい借りがある。そして、その上で僕は貴方に救われた。かつての故郷では出会ったことも知ったこともない修道服の女性、そんなあなたがただただ暖かく満たしてくれる存在だったから、僕はあの酷い時代を生き残ることが出来たのだと思う

 

 辛かったあの頃を支えてくれたエダさん、ローワンさんの店に拾われたのだってあなたに教養を付けてもらえたから、この恩義を僕は決して忘れない

 

 初めて信頼したお姉さん、数年時が経ったとしてもこの思いは変わらない。なのに、僕は覚えていなかったことに戸惑い、恥ずかしがり、一歩引いて諦めてしまった。

 

 やっと再会したのに、ずっと忘れたままでいるのはもう嫌だ

 

 だから、僕は

 

 

 

 

「……先生、エダ先生」

 

 

 

次回に続く




過去回想はこれにて終わり、次回はデザートであまあまなエダ×ケイティを提供します。ご賞味あれ


次回の投稿は明日の夜に
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