麺処・ロアナプラ亭~悪党達に愛されたとある料理人の生き方    作:37級建築士

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幕間これにて終了、甘やかし成分多めでお送りします




(36) 幕間:傷つけないと決めたから

 

 

 背中、気持ちがいい。絶妙な力加減で掻いてくれる指先がツボを刺激しているのか、どこかマッサージのようで気分が良くなる。安堵の息、心地よさで漏れ出る淡い声、意思とは反して出してしまうそれがバラライカさんの胸に触れてしまう

 

 背徳的で、申し訳ないようで、でもそんな僕の気を知らずか、それともあえて無視してかあなたの手つきにストップはかからない。顔が見えないけど、もしかしたらとてもいじらしい笑みを浮かべているのかもしれない

 

「…………ぁ」

 

 

 

 

……する、しゅるる……くしゅ、ぐく、っく……すり、ずりり

 

 

 

 

「……ぁ、はぁ…………ぅ」

 

 隙間なく、あなたの胸に抱き寄せられた顔は安らぎで包まれている。包まれた顔は淡く静かに呼吸を唱えて緩やかに目を閉じて、鼻から得られるあなたの匂いが内側の渇きを満たす

 

 イケないとはわかってはいても、やはり耐えがたい魅力がここにはある。色んな質感を知っているけど、この感触が一番だと僕は思う

 

 バラライカさんの胸の中が好きだ。

 

 本当に心地よくて、何もかもが蕩けて駄目になってしまうような、堕落とわかってはいてもそれが良くて耐えがたい。

 

 逆らえない。この人の優しさや、母性と言ったものに包まれる心地よさに僕はひどく飢えてしまっている 

 

 

「……柔らかい、暖かい」

 

 

「そう、それはなによりだわ」

 

 

「……」

 

 

「なにか、して欲しいことは無いかしら……甘えさせてあげる、あなたの願いを聞かせてくれないかしら」

 

 

「…………」

 

 

 十分すぎる程の幸福、それでもこの人は施しを止めない

 

 願い、そう聞かれてもこれ以上に値すること、そんなことすぐには思いつかない

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 

「思いつかないのかしら。あら、チャンスを逃してしまったわね……なんて言っても、無垢なあなたは首をかしげるでしょう」

 

「?」

 

「なんでもない、なんでもないわ……ケイティ、して欲しいがないならあなたのされたくないことを…………して欲しくないあなたの嫌なこと、それを教えてくれないかしら?」

 

「……嫌なこと、ぼくが」

 

「そう、それを知っていればあなたを悲しませずに済むでしょ。今後の為にも聞かせてちょうだい」

 

「……」

 

 少し考える、嫌なこと、自分の欲望を探るよりもずっとそっちの方が明確だ。

 

 思いつく嫌なこと、それはずらりと脳内で整列した。例えば、今この状況だってそれに入る。

 

 一面闇の閉鎖空間、目を空ければきっと体は震えでおかしくなる

 

 暗いのは正直言って苦手だ。窓もない部屋で、一切の光無い空間なんて、正直不安でしかない。

 

 

「……い」

 

 

「?」

 

 

「くら、い……暗いのは、きらいです」

 

 

「…………そう」

 

 

 目の前のふくらみに顔を埋め、安心感に包まれながら告白を始める。恥じらいがまぎれて、舌が上手に回ってくれる

 

 

「船も、あまり好きじゃない……」  

 

 

「……へぇ」

 

 

「酸っぱいのも、嫌い……実は、体の大きい男も怖い」

 

 

「そう、他には何かあるかしら」

 

 

「……あと、実は葉巻も」

 

 

「…………そう、そうだったの」

 

 

「ぁ、最後の二つは……違いますから。バラライカさんのことを言いたい訳じゃなくて、その

 

 

 思い出す記憶、この地に来て間もない頃

 

 最初の数年は本当に嫌なことばかりで、そのせいで今でも苦手なことがいくつか残っている

 

 どうせだから、一度はこういう弱音も誰かに吐いてみたかった。眠る、ほんの少し前の合間。暗い夜更けの闇に紛れて、僕は顔も見えないことをいいことに弱音を吐く。

 

 顔を合わせては、きっと恥ずかしくて情けなくて口には出せないこと。嫌いな暗闇も、それだけは感謝してもいい

 

 

「……言ってなかったこと、昔の僕のことです。聞いてくれますか?」

 

 

「ええ、構わないわ」

 

 

「……10歳の誕生日、ぼくは海の上で迎えました……日本から、ここにくるまでの旅の間に」

 

「……」

 

 聞いてくれている。無言で、ただ頭と背中を撫でる手つきは変わらず優しいまま

 

 額に淡く触れるバラライカさんの吐息、胸の柔らかさに顔を預けさせて、優しく僕の背中を押してくれた。

 

 口を開く。吐く息とともに出した微かな声、それが下着越しに柔肌へと染みこんで溶けていく。

 

 二人分の熱が混じり合って、接触しているからそれが直に感じられる。僕とバラライカさん、二人の熱が溶け合った温度

 

 

「…………日本に、あまり良い思い出もない。ぼく、捨てられたから」

 

 

 悲しい記憶を紐解くように告白、温もりの癒しが無ければきっと心は絶えられない

 

 

「理由は知らない。でも、きっと借金とかそんな理由……ヤクザの人たちが僕を見て、外で高く買ってくれるって、何もわからないまま連れていかれて、気づけば暗い箱の中にいました。揺れて、うるさくて、すごく気持ちが悪かった」

 

 コンテナを運ぶ輸送船に詰め込まれたのだろう。揺れる感覚に耐性の無い僕は酷く酔って、なんども自分の胃液の味に苦しんだ

 

「すっぱいものも嫌い、苦いのも嫌……暗いのは、辛い」

 

「そう、なら今はどうなのかしら?」

 

「……少し慣れました。得意ではないから、だからこうして……甘えて、目を閉じています」

 

「そう、なら匂いはどうなのかしら?葉巻の臭い、嫌いだって言ったわよね」

 

「それも、もう昔のことです。この地に来て最初に僕を所有していた男の人、体も力も声も、何かもが大きくて、それで葉巻の臭いが全部に染み付いていた。教育の度に、その臭いを感じていたから、だから臭いといっしょにトラウマが染み付いていた、それで……そう、昔は本当に嫌いだった」

 

 

 暗い部屋、痛いのと熱いのと、そして気持ち悪いのと、なにも光景は見えてなかったけど感覚だけは今も肌の奥に染み込んで消え去ってはいない。

 

 背中の痕も、まだ少し残っている

 

……ぁ、そういうことかも

 

 

 背中を撫でられて気持ちがいい。そう思ったのはどうしてか、今少しだけ理解が得られた気がする

 

 もう痕は無い。けど、痛みを与えられた場所は覚えている。幻痛が残っているわけじゃないけど、でも上書きされるから安心するのだろう

 

 

 

「あなたの、おかげなんですね」

 

 

 

「……どういう意味なのかしら?」

 

 

 

「背中、バラライカさんに掻かれるのが気持ちいいってことです……あなたがくれる安心が、とっても嬉しいから」

 

 

 

 苦手な葉巻が、今は好きな人の大きな要素になっている。

 

 おっかないけど、格好良くて優しいバラライカさん。苦くて甘い大人のお姉さんの匂い

 

 

 

 

「……贅沢ですよね。背中を掻いてもらって、抱きしめられて、良い匂いもして、本当に贅沢だ」

 

 

「ケイティ、あまり匂い匂いってあなた……はぁ、まあいいわ。教えたのはわたし……いいわ、好きなだけ味わって」

 

 

「はい……そうします」

 

 

 

「……好きなのね、本当に変わり者」

 

 

 

「変わり者、かもしれません」

 

 

 

「かもしれない?そうに違いないの間違いでしょうに……まったく、あなた自分がいったい誰に甘えているのかわかっているのかしら?」

 

 

 

「おかあ…………バラライカさん、です」

 

 

 

「……ふふ、貴方じゃなかったら銃弾が飛び出てるわ」

 

 

 

「そうですか」 

 

 

 

「ええ、そうよ……またズドンなんてこと、無いことを祈るわ」

 

 

 

「…………はい」

 

 

 

「あなたぐらいね、撃った相手でもう撃ち抜きたくないなんて思う相手は……もう痛みは無いのよね?」

 

 

 

「……無い」

 

 

 

 言い切る、それに関しては偽りなく完治している

 

 太ももを貫通した銃弾。血をいっぱい流して、冷え切っていく温度は中々に忘れられない体験だ

 

 

 

「……触っていいかしら?」

 

 

 

「あの、それは」

 

 

 

「服の上からよ……くす、胸に甘えきりなのに今更ね。ほら、動かないで、ここかしら?」

 

 

 伸ばした手、指先が太ももの表面をなぞる。もどかしい感触、くすぐったさに体少し震えた

 

 背中の跡と違い、そこはまだ新しい。若干あざの様な、隆起した感触、バラライカさんの指はそこを捉えた

 

 

「……ッ」

 

 

「あら、敏感なのね?」

 

 

「……それは、その、はい」

 

 

「そう、でも痛くは無いのね……なら、よかったわ」

 

 

 

 手が離れた。ほっと息をついたのもつかの間、今度は大きな感触が足を襲う

 

 

 

「!」

 

 

 むぎゅう、そんな擬音が暗闇に響いた。

 

 密着度が増した。上半身だけじゃなくて、今はバラライカさんの左足が僕の下半身を引き寄せている

 

 腕と足で抱き着いて、より密着して柔らかさを感じる顔の肌

 

 

「……熱く、ないかしら」

 

 

「ぅ……ん、んん」

 

 

 違う、熱くはない。否定の伝えるように、首を微かに横に振る。あまり動かなくても、触れあっているからそれで十分に伝わる

 

 

「急にごめんなさいね……でも、今はどうしようもなく、あなたを抱きしめていたい。ケイティ、苦しいなら言いなさい……そうじゃないなら、いっぱい暖まって、匂いに包まれなさいな」

 

 

 とろけるような言葉が耳を撫でる。少し、眠気が混じってるのか、バラライカさんの声色に柔らかさがより生じている

 

 抱き着きに不満は無い。暖かいのは本当に大好きだ

 

 ただ、今は

 

 

 

「……少し、痛い」

 

「!」

 

「その、硬いのが……その」

 

 

 

 絞り出すように訴えた。顔に触れる金具、それが鼻頭にかすれて、少し痛い

 

 

 

 

「……そう、そうなのね」

 

 

 

「はい……だから」

 

 

 

 

 逡巡、互いに止まる会話

 

 

 睡魔に溶け落ちかける頭でも、その行為の躊躇いは理解できる。だけど、バラライカさんは容易に

 

 

 

 

……カチャ

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 暗い、とっても真っ暗な空間

 

 見えはしない。何も見えない。感じるのは良い匂い、そして温もり

 

 けど、なんといってもこの感触は

 

 

 

 

 

「……ァ、んぁ…………ぁ、あぁ……身をよじって、本当に好きなのね」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「いけない子ね……本当に、いけない子」

 

 

 

「……」

 

 

 

 遮る者が無い。ほんの少し、額を、鼻先を、口元を押し付ける場所が変わる。少しじっとりと蒸れた肌、聞こえる音に吐息の音ともう一つ

 

 等間隔、聞こえる、心音の音

 

 

 

「…………おと、きこえる」

 

 

 

「ええ、そんなに埋めれば聞こえるでしょうね……外したこと、誰にも言っちゃだめよ」

 

 

 

「はい…………ぁ、ぃ……あぅ、この匂い、すきかも…………はぅ」

 

 

 

「……ケイティ、あなたちょっと大胆」

 

 

 

「だめ、ですか」

 

 

 

「……顔だけ、手は駄目」

 

 

 

「はい」

 

 

 

「まだ、今はまだ……まだ、もう少し」

 

 

 

「……はい、バラライカさん」

 

 

 

……ぐ、する……じと

 

 

 

「ぁ、もう本当に……いけない子、いけない子よケイティ」

 

 

 

 

「…………すぅ、ぁ」

 

 

 

 

「……ない、子…………いけない子、あぁ……駄目、でも」

 

 

 

 

……………………ピク

 

 

 

 

「…………ぁ、いい子……いい子ね…………よし、よし………………ねむって、深く……吸って、吐いて…………そう、上手ね……上手な、いい子……いい子よ、ケイティ」

 

 

 

 

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 

 

 

 心地いい、とても心地い夢の中

 

 暗闇に包まれながらも、体を余すことなく包み込むあなたの温度、感触、それが僕の不安を消し去って満たしてくれる 

 

 でも、そんな幸福な満腹感は、少しだけ、いやとっても僕には身に余る。当然だなんて思えない

 

 バラライカさんの甘やかしに報いることを僕は返せているか、あなたが抱きしめて甘く囁いてくれる見返りを僕は払えているか

 

 恩は募っていく一方、それでもいいとあなたは言うのだろうけど

 

 

 それでも、だとしても

 

 

 ぼくにだって、あなたに返せること

 

 

 分不相応とはわかってはいるけど、支えてくれた恩に報いるためにも僕はあなたの役には立てないだろうか

 

 

 

……役に立つ、こんな僕が言っても

 

 

 余計なことだと、笑顔でアナタはそう言うだろう。目一杯の心配する気持ちを込めて、何の憂いもいらないと語り掛けながら、また僕を優しく抱きしめてくれる

 

 優しく、胸の柔らかさも心音の機微も、全部間近で感じさせて、たっぷりと甘やかしに浸してくるのだろう

 

 

 

 

 

 

「………………」 

 

 

 

 

 

 思考が一区切り、瞼をこすり頭を少し振った

 

 よく眠れた頭は、起きて早々に思考をスムーズに回してくれた

 

 

 

 

 

「……ぼく、バラライカさんにあんなに……はぁ、また甘えっぱなしだ」

 

 

 

 

 冷静に、我に返った頭。気分は、ひどい昨夜の酔っぱらった自分に辟易するような、とにかく非常時という状況とはいえなんとも情けなく甘えてしまったものだ

 

 甘える行為を喜んでしまっているけど、まったく恥じらいが無いわけじゃないのだ

 

 

 

 一人、バラライカさんがいなくなった後、部屋に一人残された後になって僕は思い出したように顔を赤くする。

 

 今が、まさにそうだ

 

 

 

 

……背中掻いてとか、あれを外してなんて……ぼく、本当に何言ってたんだろう

 

 

 

 

 熱くなる顔を押さえて天井を仰ぐ、綺麗な天井、見下ろした部屋はキングサイズのベッドから一望出来て、そしてなんとも広いものだと唖然とした

 

 

 

……連れてこられた、みたい。寝ている間に全部済ましたんだ

 

 

 

 

 今いる場所、そこは閉じ込められたエレベーターとは程遠い場所、ベッドから見渡せる情報だけでもバラライカさんが言っていた私邸の最上階スウィートだと理解できる。

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 オーシャンビューが一望できる丘の上の高級ホテルのビル、なんとも居心地のよさそうな場所だと思う。その一方で、このままどうしていればいいのかと思った。

 

 でも、大抵こういう時は

 

 

 

「……あった」

 

 

 

 ベッドのすぐそば、水の入ったコップと、あと一枚のメモ書き、書かれている内容はいつも同じ

 

 バラライカさんの部屋に止まって朝を迎えた時は一人、そんな時はこういう風に書き置きをしてくれている

 

 書かれている内容は、変わらず自由にしていいと、好きな時にホテルを出ればいいと、チェックアウトも自由、値段はただ

 

 そして、連泊もただ

 

 

 

「……戻るのは、夜か」

 

 

 

 ひとり呟く、だだっ広い部屋に一人、ガラス窓に淡く映る自分の姿はいつの間にか着替えさせられたバスローブ、本当に金持ちになった気分だ

 

 一人ここで待って、また夜にバラライカさんと会う、それだけはわかっている

 

 このまま帰ってもいい、でもそれで本当にいいのだろうか

 

 

 

「…………」

 

 

 

 昨日の施し、それに報いることを、少しはしてみせたい。

 

 トロトロに溶かされて、甘やかされっぱなしで依存心しかみせてない僕が何を言っているのだと、内心自分で自分に突っ込んでしまうけど

 

 

 

 

 

……ガチャリ

 

 

 

 

 

「あ、結構そろってる……肉も魚も野菜も、小麦粉も卵もあるから麺は自家製手打ちで、一日使えば……うん、それなりのは作れるな、よしッ」

 

 

 

 

 できること、それはやっぱり料理だ。ラーメンだ

 

 施されっぱなしで、甘えっぱなしなぼくだけど、バラライカさんにお返しをする方法に見合うかどうかは言い切れないけど

 

 

 

……今できること、それだけは最低限、しないよりはずっといい

 

 

 

 一杯の甘やかし、不安を消し去って幸福に上書きしてくれたあの夜に報いるため

 

 僕は今から精一杯の料理を始める

 

 できること、それは二つ

 

 心を込めた料理、それでもって

 

 

 

 

「おかえりなさいって言おう。バラライカさんだって、きっと嬉しいはずだよね」

 

 

 

 

 ほんの少しでもいい。くれた分に報いるためにも、僕なりの誠意を尽くすのだ

 

 

 

 

 

 

 

次回に続く

 

 




以上、次回よりロベルタ編に移行します。

予定では、少し改変多め、ケイティに活躍させるお話にできればいいなぁ、投稿は気ままで

最近、また評価やコメントを多くいただき恐悦至極、ランキング効果のすごさを改めて痛感しました。これからも精進、料理の描写もあまあまもよりよく書けるよう努力していきます。
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